人間関係リセットさん
リセットさんというキャラクターをご存知だろうか? ゲーム「どうぶつの森」シリーズに登場する、黄色いヘルメットを被ったモグラのおじさんである。
彼の登場の仕方は一風変わっていた。ゲームをセーブせずに終了しようとすると、次のプレイ開始時に説教をかましてくるのだ。何かペナルティがあるわけではないが、長々と時間が取られ、「リセットするな」という持論を延々とぶつけられて終わる。
幼い頃の私は、なぜ任天堂はこんなのを作ったんだろうと疑問に思っていた。別に「リセット=悪」だなんて思わなかったし、こざかしいドッキリを仕掛けてくるのがウザいし、鬱陶しいだけの存在だった。
しかし彼は、最新作「あつまれどうぶつの森」では姿を消してしまった(声のみの出演はあるものの)。オートセーブ機能が追加されたからだ。ただし、その機能をオフにすればリセット自体は可能であり、私はそれを利用して「村人厳選」を行っていた。共に暮らす住人はランダムに出現するため、好みのキャラが出るまで粘るのだ。
……ルッキズムめいた理由だが、どうせ暮らすなら、ブタやカバよりもヒツジやネコと一緒に過ごしたかった。前者が出るたびに、失礼ながら苦い顔をしたものだ。不快にさせた方がいれば申し訳ない。今思えば、一番共に暮らしたくないのは当時の私である。
それで何十分の時間を潰したか分からないが、ふと、私は虚しくなっていた。虚しさの原因は時間の浪費だけじゃなかったと思う。自分に都合のいい世界を作ろうとすればするほど、その世界がプラスチックみたいに無機質で、死んでいるように感じられたからだ。
本来なら隣人なんて選べなかったはずだ。現実世界では、隣の部屋の住人がどんなに騒がしくても、職場に馬の合わない上司がいても、ボタン一つでやり直すことはできない。向かってくる波を乗りこなすように、日々を生きていかねばならない。それがスローライフの「ライフ」だったはずだ。
けれど、私はリセットを繰り返した。画面に現れるヒツジやネコは、私の理想を構成するためのパーツに過ぎなくなっていた。そこに「思わぬ出会い」や「予期せぬ友情」なんて芽生えなかった。
ふと、SNSで見る「人間関係リセット症候群」という言葉が頭をよぎった。
とあるきっかけを境に人間関係をバッサリ切ってしまう、そんな性質を指した言葉だ。私の場合はそれほど酷くないものの、一部共感できるところはあった。誰かに惨めなところを知られたくない、気を遣い続けたくない、どうでもいいのに連絡を取りたくない……思うところは多々あれど、LINEをブロックするほどの勇気は持ち合わせていなかった。
けれど、スマホの画面を伏せるたびに、私の中には小さなリセットボタンが増えていったんだと思う。面倒な誘いを未読スルーし、気に入らない発言をするアカウントをミュートする。そうやって自分にとってノイズのない、無菌室のような世界を少しずつ構築してきたのだ。画面の中のヒツジやネコを厳選する作業は、その延長線上にあったのだろう。
そう思うとリセットさんは、単にセーブ忘れを怒っていたのではないのかもしれない。彼がぶちまけていた持論の核心は、「ままならない現実を引き受けろ」ということだったのではないか。
思い通りにいかない隣人、うっかり口を滑らせた失敗、雨の日の憂鬱。それら全てを丸ごと飲み込んで、昨日の続きを歩いていく。それが「生きる」ということであり、リセットボタンはその営みから目を背けることなのだと、あのおじさんは叫んでいたのかもしれない。……とはいえ、「ゲームくらい好きにさせてくれよ」と思うけれど。
最新作のアップデートで彼は新たな職を手に入れた。かつての説教する仕事ではなく、島に配置したアイテム類を全て収納する……つまりは「リセットする」職である。また同時に、ゲーム内で動けなくなった際の緊急脱出サービスとしても働いていることが明らかになった。人生、どんな巡り合わせがあるか分からないものだ。
また、彼はゲーム内の喫茶店に客として現れるようになった。そうしてこんな言葉を放つのだ。
「今みたいな世の中にこそ、リセットボタンは必要なんちゃうか?」
「失敗してもやり直せる、そんな世の中であってほしい!」
「人生にリセットボタンがあってもエエやろ!」
……ずいぶん丸くなっていた。
幼い頃の私が今の彼に出会っていれば、嫌いにならずに済んだのかもしれない。しかし私は、かつての彼の言葉が分かるくらいに大きくなってしまった。今はどうしても寂しさが勝つ。もっと言わせればいいのに、なんて任天堂を恨めしく思ったりもする。
私はまだ、人間関係をリセットするくらいに追い詰められてはいない。でも、心のどこかで「いつでもこの繋がりを断てる」と思い込んでいる。そうやって自分を安心させているのだろう。
だからこそ、あの頃のリセットさんがちょっと恋しいのだ。完璧に制御された世界のつまらなさを教えてほしい。「失敗してもやり直せる」前に、挑戦する勇気を持たせてほしい。そして、今日もまた、リセットせずに歩き出す自分を見守っていてほしい。




