大聖都 アルフィリーガ奪還作戦
事情は一応理解できた。でも――
「気分は最悪、状況も勿論最悪だな」
秘密の会談を終えた夜。
リオンの容をしたモノとフェイが去った部屋で、残された全員は誰一人立ち去ることなく、今後について話し合っていた。
いきなり私達の前に現れた『神』の『精霊』。
マリク・ヴァン・ドゥルーフは、私達に何の釈明も反撃の機会も与えず、私達からリオンを奪い取ってしまった。
リオンに力を貸して戦うどころか、リオンに今生の別れを告げることさえ許されないまま、かけがえのない人を『殺された』理不尽。
悲しみが過ぎれば、次に湧いてくるのは怒りだった。
「……クラージュ殿。『精霊神様』。あいつの肉体を殺したら、魂というか意識の主導権がリオンに戻って転生しませんか?」
「お父様!」
過激なことを考える。
よほど腹に据えかねているんだな。
気持ちは解るけれど。
『多分、戻せると思うけど時間がかかる。
赤ん坊に戻って一から身体を育て直し、というのは相当に辛いと思うよ』
「そうですか……」
あ、お父様が舌打ちした。
できるんだ。
でも転生はそう簡単にできるものではないと聞いているし、死ぬと星の煉獄とかいうところで辛い目に遭わされるらしいし、それは本当に最終手段だね。
「多分、なんだけどさ。リオン兄はずっと、身体の中のマリクと戦って押さえつけていたのかなって思う」
アルはぽつりと、零すように呟いた。
「なんとか抑え込んでいたのに刺されて、『神』の力を入れられ、弱まったところを絡め取られた。
それで、主導権を持っていかれたんだ」
「お父様。アル。
二人はリオンが『魔王』の転生だってことを知っていたんですか?」
私は、もしかしたら、と思うことはあっても意識の上には登ってこなかった。
魔王城の守護精霊の妨害かな、って思う。
けれど二人の今までの様子は割と冷静で、前から知っていた。
悪くしても気付いていた、としか考えられない。
私の問いに、案の定二人からは肯定の頷きが返る。
「知っていた。アルフィリーガが教えてくれていたからな」
「俺も同じく。『神』の直接介入が来たらヤバいかもしれない。その時は止めてくれ、って頼まれてた。…役に立てなかったけど」
やっぱり。
私にも言っておいてくれれば、って思うけど、言えなかった気持ちは解る。
「一体、いつから? まさか、最初から?」
「いや、転生当初はあいつ自身、自分が魔王の転生だとは気付いていなかった筈だ」
お父様は静かに首を横に振った。
「新年の参賀。あの騒動の時に蓋が開き、同じ年の夏の儀式の時、決定的に変化した」
「三年前から? それ以前や、それ以降ということは?」
「無いな。あいつは隠し事が上手くない。変化があれば直ぐに解る」
「皇子の言う通りだ。その二回がリオン兄を大きく変えた出来事。
その後はずっと小康状態で二年間。城でエルフィリーネが治療とかもして、『神の精霊の記憶と力』を押さえてくれてるって言ってた。
ずっと敵の大きな動きも無かったから油断してた。まさか、こんな一気に攻めて来るなんて」
「おそらく『神』は、私達がずっと油断する隙を狙っていたのでしょう。
力を蓄えながら。そしてリオンの肉体がほぼ完成したのを見計らって、一気に攻勢に出た」
「クラージュさん」
口外禁止の封印が解けたのか。
クラージュさんは自分から私達に話を向けてきた。
「クラージュ? あの伝説の戦士がなんでここに?
っていうか、外見がまったくあの頃と……」
「その話は後でしてやる。ヴェートリッヒ。
クラージュ殿。貴方は五百年前の勇者時代から、あいつが『魔王』の転生であることを知っておられたのですね?」
ヴェートリッヒ皇子を視線で制しながら問いかけるお父様に、クラージュさんは静かに頷いた。
「私は『魔王消滅の場』、そして『精霊の獣生誕の場』に居合わせました。
先代の『精霊の貴人』が『魔王』の魂に特殊な加工を施すことで『星』に属する精霊として初期化し、『星』が肉体を与えて『精霊の獣』として新たな命を誕生させたことを見て、知っています」
「魂の初期化とか、人格の書き換えとか、そんなに簡単にできることなんですか?」
「当然、簡単にはできませんよ。魔王の魂の初期化には巨大な力と犠牲が必要でした」
当時を知る貴重な証言者は目を伏せ、思い出すように語る。
「『精霊の貴人』は魔王との戦いとその後の処理で力のほぼ全てを使い果たし、人並みの生活を送るのがやっと。
魔王を失って暴れる魔性達を止めることどころか、島からも殆ど出られなくなりました。
また、『魔王の魂』を『星の精霊』に加工する為に、右腕とも言える精霊の長が命と存在を捧げています」
「え?」
「魔王との戦いでかの方は『精霊の貴人』を守って戦い、消滅の危機に瀕しました。
消耗が激しく、消滅を免れても長い眠りにつくことは必至。
ならば、新たなる『精霊』に生まれ変わり、『精霊の貴人』を助ける力になりたい。
そうおっしゃって彼は密かに、命と存在をあの子に譲渡しました。
言い方は悪いかもしれませんが、精霊長の魂を混ぜ合わせることで、ようやく魔王の魂を『星の精霊』にすることができたのです」
ふと脳裏に浮かぶのは、魔王城の最上階にあった命の輝きの無い『精霊石』。
確か、シュルーストラムが『精霊の長』だと言っていた。
「このことは『精霊達』には秘密とされています。
『精霊の長』を犠牲として『精霊の獣』が生まれたと知られれば、いかに精霊達と言えど『精霊の獣』の誕生を麗らかに祝福できないかもしれない。
そういう懸念があったからです」
あり得ぬ精霊石の死。
彼の死が全ての始まり。
エルフィリーネの言葉は、そういう意味だったのか。
「新たなる『星』の愛し子。二人目の人型精霊の誕生は精霊国の祝福となりました。
無垢な幼子として生まれ、大事に、国中の愛情を受けて育てられた『精霊の獣』。
いつか『精霊の貴人』と並び立ち、『神』を押さえ、『星』を守ることをあの子は期待されていた。
それが最終的に『神』の元へ自ら赴き、『星』の主導権を奪われるきっかけになってしまったのは、魂に深く刻み込まれた運命だったのかもしれませんが……」
「あいつの選択や思いを、運命なんていう簡単な言葉で纏めないでくれ……」
クラージュさんの言葉に、お父様が首を振る。
「ライオット……」
「あいつはいつも悩み、苦しみ、それでも誰かの為にどうしたらより良い方法を目指せるか考えていた。
自分の幸せや喜びは、俺が何をいくら言っても計算には入れてくれなかった。
やっと自分の願い、望みを持ってくれたと思ったのに……」
掠れた声。
震える肩がお父様の苦悩を物語る。
リオンを奪われた哀しみ、苦しみに順位など付けられる筈も無いけれど。
私の知らないアルフィリーガ。
親友としてリオンと多くの思い出を持つお父様の痛みは、家族を奪われた私達とはまた違う、大きなものなのだと解っていた。
「ただ……『神』も随分と強硬手段に出てきたものだな、と思います」
「どういうことですか? クラージュさん」
お父様の慟哭にあえて言葉をかけず、クラージュさんは何かを見上げるように呟く。
その声には微かな希望の光が宿っていた。
「『星の精霊』を潰して上書きに走ったことです。
『神の人型精霊の魂』はリオンの身体を乗っ取りましたが、おそらく今の彼は『星の精霊』の持つ力の多くを使いこなせていないと思います」
「え?」
「人を形作る『魂』『精神』『肉体』。
その関係性は思う以上に複雑なのですよ。
それを模倣して作られた『精霊』も等しく。
おそらく『神』も、肉体の主である『本人達』ですら知りえないことかもしれませんが」
「どういうことです?」
「私も全てを理解している訳ではありませんが……」
そう言って、『神』と『星』の複合精霊。
この世でたった一人のリオンを誕生から見続けていたクラージュさんは、思い出すように語る。
「記憶を初期化した状態の『精霊の獣』は、『神』の代行権者としての力を自分のものとして使うことができませんでした。
彼は『魔王』として魔性に対し絶対的な優位権限を与えられていましたが、それを戦士として魔性を屠る以上には使えなかったのです。
いくら魔術師が教えても、魂に彼自身の能力として与えられていた瞬間移動の能力と、魔性に関する知識と弱点の把握が精一杯。
『星の精霊』として自然精霊の力を行使することも、あまり好んでいませんでしたね。
魔性に対する命令権を微小ながらも使えるようになったのは、今世になってからのことだった筈です」
「あっ……」
私は思い出した。
エルディランドでクラージュさんがリオンを『マリク』と呼び、スーダイ王子の体内に潜んだ魔性に命令させたことを。
「おそらく記憶と意志がないと、能力の使用権限が無いのかもしれません」
「クラージュさんは、あの時既にリオンが『神の精霊』の記憶を取り戻していることを知っていたのですか?」
「知っていた、ではなく、解った。ですね。
自分が知っている『星の精霊』だった頃のあの子ではなくなっていた。
記憶は戻っていないなりに『神の精霊』である自覚を有していたようです。
だからこそ逆に『神の精霊』の力が使えるかもしれないと思いました」
マリクという言葉は『王』を意味するのだそうだ。
魂に刻まれた彼の、いわば真実の名。
他の名前は付けられなかった。
精霊国時代は隠し名のように秘されていて、『精霊の獣』と皆に呼ばれていたけれど、『アルフィリーガ』という名前そのものが『神の道具』という意味を持つ。
だから『星』はその名に『精霊の獣』という意味を与え、付け直した。
『星の愛し子』『人型精霊』という意味を持つ役職名にして。
『貴方は星の精霊だよ』『神の精霊じゃないよ』
そう名前を呼ぶことで、繰り返し魂に言い聞かせていたのかもしれない。
「じゃあ、リオンは『星の精霊』と『神の精霊』、両方の力が使えるのですか?」
「おそらく。
孤児院に結界を張ったという話を聞き、確認ことがあります。
あれは『星の精霊』とは違う術でした。
維持と移動を司るという『神』側の力ではないかと推察しています」
「そしてマリクは、リオンの『星の精霊』としての力や戦闘力を有してはいない、と?」
「武術などは特にそうですが、『知識がある』と『使える』は等しくありません。
マリクがリオンの模倣に時間とリソースが必要だ、と言ったのは、あの子が長い年月をかけて得た技術や能力を習得するのが一朝一夕では困難だからだと思います。
マリクにはリオンの記憶をもとに模倣して振る舞う自信があるのでしょうが、彼はあまりにも『人間』を知らない。
本人が言う程には上手くできず、早々にボロが出るのではないかと私は考えます」
「じゃあ、もしかして、マリクの体内でリオンの人格は本当に生きている?」
おそらく。そう告げるクラージュさんの瞳には確信が見えた。
「完全に死んだ訳ではないと言っていました。
厳重に封じられてはいるでしょうが、能力の参照や『星の精霊』の力を使う時の為に、殺されてはいないと思いますよ」
「……そうか。
クラージュ殿。精霊神様。
聞きたいことがある」
私達の話を遮るお父様。
言いたいことは解っている。
きっとみんな同じだ。
「『星の精霊の人格』――俺達のリオン・アルフィリーガが死んではいないのなら、取り戻す方法はあるのか、ないのか?」
『あるよ。不可能ではない。程度の確率ではあるけれど』
今まで沈黙を守っていた『精霊神』ラス様が、確かな回答をくれた。
「本当ですか?」
「ならばやる」
「ライオット!」
「皇子!」
お父様の目に力が宿った。
固い意志の光。
「俺はアルフィリーガをまた目の前で失うなんて、まっぴら御免だ。
あいつを取り戻せる可能性があるというのなら、俺はあいつを助ける。手を差し伸べる。
きっと、あいつだってただ黙って殺されてはいない筈だ。
生きて、心の中でチャンスを窺っている」
その輝きは、私達にも灯をともした。
そうだ。
リオンが簡単に殺される筈がない。
きっと今も戦っている。
ならば今度こそ、助けに行かないと。
「マリカ。手を貸せ。
俺はアルフィリーガを取り戻す」
「はい。お父様」
同意し、頭を下げる。
一切の躊躇は必要ない。
できないと決まっているならともかく、助けられる可能性があるのなら、後はやるかやらないか。
彼なりの誠実を示してくれたマリクには悪いけれど。
私は、私達は、何としてでも私達のリオンを取り戻す。
そう心に決めていた。




