大聖都 覚醒 6
夜。
秘密裏に、その会合は行われた。
大神殿の奥まった一室。
参加者以外には話を聞かれることのないように、十二分な注意を払ったつもりだ。
参加者は私とリオン、アル、フェイ。
お父様とクラージュさん。
兄弟や身内ばかりではあるけれど、男性ばかりの中に女性を一人にはできないと、カマラが私の護衛としてついている。
そしてもう一人。
「また、僕を仲間外れにするつもりか!」
「ヴェートリッヒ!」
「もう置いて行かれるのは御免だ! 話を聞かせろ!」
強引に割り込んできたアーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子。
正直、ヴェートリッヒ皇子には言っていない事、言えない事も少なくないから入れたくはなかった。
でも――
「入れないなら、他国の首脳陣にも話をするぞ。
皆、ただ事ではない何かを察知してはいるんだ」
そう半ば強引に脅しをかけられてしまったので、仕方ないと受け入れた。
護衛は入れず、口外は絶対にしないと誓って貰ったけれど。
打ち合わせ用の丸い卓に、それぞれが着く。
一応の上座は私。その右隣にカマラが立つ。
席の両脇はお父様とヴェートリッヒ皇子。
アルはお父様の護衛、ヴィクスさんと共にお父様の横に立ち、二匹の精霊獣を抱えている。
お二人の『精霊神』は、『神』の結界内である神殿では相当な力を使わないと出て来られない。
でも、本当に必要な時は出て来ることも不可能ではない。
ここに来たという事は、どうしてもの時は出て来て下さるつもりなのだろう。
そして、私の真向かいの席に座っているのはリオン。
いや、リオンの容をした『誰か』だ。
さっき私の部屋に忍び込み、襲いかけた様子などおくびにも見せず、平然とした顔で座っている。
隣にはフェイ。
大神官としてならフェイは私の隣に立つべきだけれど、今はリオンの隣に魔術師の杖を持って立っている。
リオンに仕える魔術師という立場は、今も変えてはいないのだろう。
表情が冴えを見せず、面のように硬く凍っているのは、フェイがリオンの消失――『彼』の覚醒を喜んでいないからだと思いたい。
クラージュさんは扉の前に立っていた。
全員が席につき、人払いなども終わったのを確認し、
「さて、お前は誰だ」
単刀直入に。
一切の前置きもなく、様子見さえせず。
お父様はそう言ってのけた。
「リオン・アルフィリーガ。他に名乗る名前はないが、その先を聞きたいのか?」
「ああ。お前が俺の知るアルフィリーガではないことは解っている。
今世のリオンという意味だけじゃない。五百年前、俺――いや、俺達と共に旅をした『勇者』とも完璧な別人だということも」
アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子も静かに頷く。
お父様達にとってリオンは、共に旅した勇者の転生。
けれど目の前の人物は、そうではないと認識できているようだ。
「だから、お前が誰で、何の目的をもってここにいるのか。
何故『リオン』の身体を奪ったのか。
そして、何をするつもりかを聞かせろ」
リオンに向けていた家族、仲間、親友としての眼差しはそこにはない。
むしろ敵意さえ宿した瞳で、『彼』を見つめている。
「『リオンの身体を奪った』は間違いだ。
元々、この身体は私の『アルフィリーガ』のものだからな」
『彼』の言い分は、さっき私に言った時と同じだった。
揺るぎない。
『リオン』はあくまで自分になる前の踏み台。
本体は自分なのだ、と。
「……まあいい。いずれ、ここにいる者達には私の手足にして理解者。
友として働いて貰わなければならないからな」
腕を組んだまま息を吐き、『彼』はフェイを見やった。
フェイは立ち上がり、シュルーストラムの杖を掲げると術を行使した。
この術については報告を受けているから問題ない。
盗み聞き防止の結界だ。
外の扉はアーサーとクリスが見張っている。
彼らにも話を聞かれない為の措置なのだろう。
そして術を整えたフェイは、再びリオンの隣に立ち膝をつく。
最敬礼。
主に仕える臣下のそれで。
フェイはもしかしたら事情を聞かされているのだろうか。
一方でアルは厳しい眼差しでリオンを見つめている。
皆の視線を一身に集めるリオンは、怯むことなく、臆することなく、微笑さえ浮かべて立ち上がった。
「我が名は『精霊』アルフィリーガ。
魂、精神を『神』に与えられ、肉体は『星』によって創造された複合人型精霊。
リオン・アルフィリーガ。
『神』の道具にして『精霊の獣』だ」
揺るぎない眼差しで言ってのける。
その表情に、リオンが持っていた迷いや悩み。
自分の罪に対する後悔。
そして優しさや慈しみは見えない。
澄んだ朝露のような煌めきと輝きを宿した瞳は、今も強く美しく力を放っている。
黒水晶のように硬質で冷たい光を放って。
「今までのリオンはどうした?
消えたのか?」
「ああ、消えた。
今の私は子ども。正確に言うなら幼生体だった、お前達の言う『リオン』とは完全に違う人格だ」
震えるように問いかけたお父様の問い。
そこへ返された容赦のない肯定に、背筋が凍る。
「まあ、消えたというのは正確じゃないな。
私は『リオン』の記憶を、長い転生時代、勇者と呼ばれた時代も含め欠片も損なう事なく所持している。
奴が持っていた意味のない罪悪感や後悔の念と共にな。
ただ、完成された私にそんな子どもの意識は不要だ。
だから『神』によって与えられた糸に絡めて押し潰した。
完全に消失まではしていないが、完全に封じ、箱に入れて奥底へ。
精神は完全に上書きされているから、二度と出てくることは無いだろう。
出て来る隙を与えるつもりもないしな」
「そんな……」
呟いたのはカマラだった。
けれど、その言葉はこの場にいる全員の思いを代弁していた。
さよならさえ言う事もできず、大切な人の死亡告知を聞く。
それも本人自身から。
こんなあり得ない、残酷な事があってもいいのだろうか。
部屋全体の温度が一気に下がったように感じる。
「本来なら『人間』が知る必要もないことだが、特別に告げるとしよう。
今の私にはそれが許されている」
自分にとっては取るに足らない『子ども時代』の消失。
私達がこれほど苦しんでいるとは思わなかったのだろうか。
呆れたように息を吐き、『彼』は補足説明を始めた。
「『精霊』というのは、人の補助を行い、その生存を助ける役割を持つ人外。
『星』と『精霊神』を含む『神』が作り上げた『機構』。
中継機だ」
自身を『機構』と言うように、『彼』の説明は事務的で淡々としていた。
――そして、その先に続く真実は。
私達が知っていたリオンという存在の根幹そのものを揺るがすものだ。
「人型精霊を含む精神、意識を持つ精霊は本来、人には扱えぬ『精霊』の力、恵みを人が扱えるように用意された接続補助装置。
『創造主』の意思に従い、その役割を果たす者だ。
さっきも言ったが、精神や意思は人間との接続を円滑に行う為に設定されているだけで、どんな個性であろうとも役割を果たせれば問題は無い。
今まではこの肉体を動かす個性として『リオン』という精神が採用されていた。
それを役目を果たす為に『私』へと『神』が書き換えた。
そういう話だ」
「書き換えた、だと?」
お父様の声が微かに震えていた。
でも『彼』はそれに気付いていないのか。
あるいは気付いていても意味が無いと無視しているのか。
反応もせず話し続ける。
「本来役割を与えられた魂、身体を使用し、民を守り導く存在として設定された精神は『私』であり、『リオン』は『私』になるまでの繋ぎ。
情報集積と肉体の成長の為の初期設定に過ぎなかった。
成長して徐々に大人になる過程で『私』と同調し、最終的に二つの人格は混じり合い、リオンの精神が主導となる『精霊の獣』となることを『星』は望んでおられたのだろう。
だが、『魂』の創造主である『神』はそれを望まなかった」
「『魂の創造主』?」
首を傾げたのはヴェートリッヒ皇子だ。
ヴェートリッヒ皇子は『星』と『神』の確執など知らない。
純粋に同位格の『神』だと思っているのだろう。
「『精霊』というのがどういう風に作られ、生み出されるのか知らないけれど、『神』が魂を、『星』が身体を作った君というのは特別な存在なのかい?」
「特別だ。通常はあり得ない。
人型精霊そのものがこの星には……数える程しかいないが、通常は創造主が肉体も、魂も、精神も全て手掛ける。
人間も精霊も変わらない生命の基本構造だが、魂はその人物を動かす存在そのもの。
精神は人格。意識、思考能力など表層だと思えばいい」
『彼』はちらりと私を見やった。
数や名前を言わないでくれたのは『彼』なりの慈悲だろうか。
少し、ホッとした。
ここで私が『人型精霊』だなんて言ったら、ヴェートリッヒ皇子や側にいるヴィクスさんに、私が皇子の子ではないことが知られてしまうから。
「人型精霊は『神』の地上における代理権者で、それを手に入れる者は創造主の力を手に入れるに等しい」
「『神』と『星』と『精霊神』は対立しているのかい?
確かに聖典ではあまり仲が良いようには書かれていなかったけれど」
この発言もヴェートリッヒ皇子。
第三者の視点から素直な質問をしてくれて助かるかもしれない。
今、私は下手に口を開けない。
何か言ったら、絶対に泣いて暴れてしまいそうだ。
「ああ。今、『神』と『星』はある種の対立関係にある。
『神』は『星』の力を欲し、『星』は『神』の目的を阻もうとする。
その為に互いの端末である『人型精霊』を奪い合っていた。
長い戦いの結果、『星』は『神』の『人型精霊』を奪うことに成功する。
そして『神』に返さない為。
『神』の力を奪い、利用する為に『神』の身体を壊し、魂を『星』の作った身体に封じ、新しい精神を上書きして自分の道具『精霊の獣』として育てた。
オリジナル。
最初に生まれた魂が『私』マリク・ヴァン・ドゥルーフ。
お前達が『リオン』と呼ぶ精神は、この変遷時に『星』が『私』に授けたものだ」
「ちょ、ちょっと待て。マリク・ヴァン・ドゥルーフ?
それは『魔王』を意味する名前だ。
ま、まさか……」
驚愕の顔をしているのはヴェートリッヒ皇子とヴィクスさんだけ。
お父様、フェイ、アルの目にはそこまでの驚きは見えない。
「ああ、そうだ」
私は扉の側に立つクラージュさんを見つめた。
静かな頷き。
そうか。
彼が『星』に封じられ、言えなかった秘密はやっぱりそういうことだったのか。
「ああ、そうだ」
黒水晶のような瞳が私達を見渡す。
迷いも躊躇いもない声で、『彼』は真実を告げた。
「お前達が言う勇者『アルフィリーガ』は、『神』が造った人型精霊。
『魔王』の転生体である」




