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大聖都 覚醒 5

 元々、声を上げて人を呼んだりするつもりはなかった。


 大神殿の最奥。

 大神官である巫女の部屋。


 それも究極のプライベートルームである寝室に男が忍び込んで、巫女を組み敷いているなどと知れたら、とんでもない騒動になる。


 例え婚約者であろうとも。

 私も、相手もただでは済まない。

 下手をしたら七国に神殿、全てを巻き込む大騒動になる。

 目の前の人物は、それを十二分に理解している筈だ。


「今、ここでお前をどうこうするつもりはない。

 ただ、確認したかっただけだ」


 それでも、こんな強硬手段に出てきた。

 つまり彼は、私が絶対に声を荒げ、人を呼び、騒ぎを起こすことをしないという確信があるのだ。


「……リオン」


 私を見つめるリオンの瞳には感情が見えない。


 熱も、躊躇いも、照れもない。

 見知らぬ他人を見るような硬質な眼差しだ。


「なんだ?」

「忘れたの? お父様と、お母様と約束したでしょう? 転移術を使って、私の部屋に忍び込んだりしないって。

 周囲に誤解を招くようなことはしない。

 自覚をもって行動するって」

「……ああ、そんなこともあったな」

「そんなことって……」

「保護者との約束は、守れるなら守るべきなのだろうが、今はそれよりも優先すべきことがある。確かめておかなければならないことがな」


 一瞬だけ目を伏せ、そして気にも留める必要もないと払い捨てる。


 その仕草。

 その言葉。

 この一言で、私は確信した。


「貴方は、リオンじゃない!」


 突き付けられる。

 少なくとも今、私を押し倒した男は、私達と共に生き、一緒に過ごしてきたリオンではないのだと。


 少なくとも、私達のリオンはお父様――心配して支えてくれているライオット皇子との約束を、そんな風には言わない。

 絶対に守ろうとするはずだ。


「その言葉は、ある意味で正しく、ある意味では間違っている」


 私の追及に苦笑する『彼』は、私の手を掴むと身体を跨いだ。


「どういうことなのです? 何をするつもりです?」

「急くな。どうせ、夜には全てが知れるのだ。

 今は、黙って目を閉じ、身を委ねろ」

「えっ?」

「奴らを不必要に敵に回さない為にも、その前に私は、私の立ち位置を確認しておく必要がある」

「い、イヤ!!」


 そういうと、いきなり彼の顔が私の前に近づいて来た。

 さらには私の手首を大きな掌でベッドに縫い付け、抵抗を奪うと私の唇を自分の唇で塞いだ。


「う……く…うっ!」


「どうこうするつもりはない」

 と言っておきながらのいきなりの行為。私は抵抗もできず凍り付く。

 声を上げて拒否することもできなかった。


 目の前の彼はリオンの容をしている。

 けれど彼の口づけはリオンのそれとは全く違った。

 今まで、リオンと何度もしてきた、優しい。思いを確かめ合うキスではない。

 荒々しく、武骨で、大きくて強引で。

 それでいて、私の身体と心に馴染む『リオンの唇』で行われるキスに私は翻弄された。


「うっ……ううっ!!」


 呼吸を封じるかのように強く吸い上げられた口唇。固く力を入れていたつもりなのに、息苦しさから、少し開いた隙間を見逃してはくれず。あっさりと割り開かれてしまった。そして容赦なく入り込んだ舌が私の口の中を調べ尽くすように探り、舐め回し、蹂躙する。

 私の心も体も、一切気遣うことのない強引な口づけは、悪夢のようなファーストキスを思い出すけれど。

 リオンの身体がしてくる、というだけで、私の身体は嫌悪を忘れ、快楽さえ感じてしまう。

 そう、快楽。

 リオンと今までしてきたお互いを確かめ合うような、うっとりとした気持ちのよさとは違う。

 溶け合って、一つになって、何もかも委ねてしまいそうなそれは快楽を与える口づけだった。



「ふむ、やはり違う。いや、まだ、だな」

「……な、何が……まだ?」



 どのくらい、弄ばれていたのか?

 解放された時には我ながら息も絶え絶えだった。

 身体が熱い。心臓に炎が宿っているようだ。

 テラつく自分の唇を獣のように舐めて微笑する彼に、私はなんとかそれだけ問いかけた。


「『リオン』とお前はまだ番ってはいない。

 互いに身体を許し合ってもいないだろう」

「つ、番って……」


 今のキスの後に放たれた言葉。

 その意味を解らない程、私は元々子どもではない。

 彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「『精霊の獣(アルフィリーガ)』は『精霊の貴人(エルトリンデ)』の番となるべく生み出された。

 お互いに惹かれ合うようにできているのに、何年もかけて心も体も奪えないとは情けない」

「私とリオンは番になる為に生まれて、惹かれ合う?」

「そうだ。まあ面倒が無くて済んだと、思っておくとしよう。『リオン』がお前と番となっているのであれば、面倒でも奴を呼び起こす必要があったが、そうでないのならもう奴に用はない。

 いずれ、私がお前を手に入れればいいだけだからな」

「勝手に決めないで!」


 私は顎へ伸ばされた手を渾身の力で払いのけた。


「……真の『リオン・アルフィリーガ』は私だ。

 あいつは『私』という人格が覚醒するまでの繋ぎ。幼生体に過ぎない」

「違う! リオンと貴方は同じじゃない。全然違う!

 っていうか、リオンを返して!!」

「それは意味のない事だ。上位互換が完成しているのに、今更脆弱な前工程を出してどうする?」


 私の懸命の否定も、彼は気にした様子も見せない。


 瞬間移動。

 ベッドから降りた彼は小さく微笑し、語る。


「まあ、まだ子どものお前には理解できなくても仕方ないが、いつまでも子どもではいられないぞ。

 早く大人になり、覚醒(めざめ)ろ。

 彼女のように」


 まるで子どもが大人に教え諭すように。


「マリカ様? 何かあったのですか?」


 いけない。

 私が大きな声を出してしまったから、外に声が漏れてしまったのかも。


「夜に改めてちゃんと話して理解させてやろう。

 だが、『精霊の貴人(エルトリンデ)』。

 いい加減自覚することだ。己の使命と存在意義を」

「使命と、存在意義?」

「いつまでも遊んでいる暇はない。

 お前はいずれ、精霊として、私の后として隣に立ち、人々を導くことになるのだから。

 今の私は迷わない。躊躇わない。……諦めない。

 今度は必ずお前を、手に入れる」


 カマラが鍵を開けて中に入ってきた頃には、もう彼は消えていた。


「何やら人の気配と声がしたようですが」

「何でもない。ちょっとうとうとしたら寝ぼけちゃったみたい」

「それならいいのですが……」

「着替えの準備とかはできてる? 夜からの会談用に」

「はい、できております」

「じゃあ、お願いします。この会見、きっと今後の私達に大事な話になりますから」

「解りました」


 私は立ち上がり、準備に向かう。


 今のは前哨戦。


 これからが本番だ。

 絶対に負けない。


 彼がいかに精霊として完成された上位者であろうとも。

 彼の存在も、言う事も、した事も。

 絶対に認めないと気合を入れて。


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