大聖都 覚醒 1
リオンがアーサーとクリスを連れて、アルケディウスの調査に出た翌日。
三日目の科学会議。
色々と活発な意見が交換されているけれど、正直、私は頭にまったく入って来ない。
朝、目が覚めた時から嫌な予感がするのだ。
「行ってくる」
「気を付けてね」
「おれ達がついてるから大丈夫」
「安心して待っててくれよ」
「だから心配なんですよ」
いや、違う。
リオン達を転移陣から見送った時から、彼らの笑顔が私達の側から消えた時からだ。
きっと。
何だろう。
胸の中がムカムカする。
吐き気が、不安が、言葉にならない様な嫌な予感が、ずっと頭の端を離れない。
止まらない。
どんどん、どんどん、大きくなっていく気がする。
「どうしましたか? マリカ様? 顔色がお悪いですよ?」
「本当だ。真っ青だね?」
見かねたのだろう。
護衛のカマラが声をかけてくれた頃には、私の中の言葉にできないナニカは完全に頂点を突破していた。
「フェイ、どうしたのです?」
「神官長殿も調子が悪そうだな?」
見れば、フェイだけでなくアルも様子がおかしい。
もしかしたら、同じモノを感じているのだろうか?
「会議中すみません。ちょっと外出してきてもいいですか?」
「僕も……失礼します」
「オレ、いや、私もすみません」
「勿論、構わない。何かあったのなら直ぐに知らせてくれ」
「お大事にな。無理はするなよ」
私達の明らかに普通ではない様子に気付いたのだろう。
アルやユン君、クラージュさんも付き添ってくれる。
「何か、あったのですか?」
「明確に、あったというわけでは無いのですが。なんだか嫌な予感がするんです。
吐き気と寒気が一気に襲ってきたような」
「僕は心臓が半分えぐり取られるような、恐怖と苦痛が……。これは一体?」
「……リオン兄だ」
「「え?」」
私たち以上に真っ白で血の気の引いた顔で、アルが呟く。
「リオン兄に、何かあったのかもしれない。
リオン兄のことを考えようとすると、目の前にカーテンを引いたように真っ暗になるんだ」
「リオンに?」
油膜を落としたような虹色の瞳。
精霊に愛された予知能力者。
アルがそう感じるのなら間違いない。
きっと何かが起きたのだ。
「クラージュさん。すみません。転移陣でリオン達の様子を見に行って……」
「マリカ様!」
「セリーナ。どうしたの?」
「良かった! 出てきておられたのですね。議場に呼び出しをかけなければならないかと思いました。いえ、全然良くは無いのですが」
廊下の向こうからセリーナが走ってくる。
廊下は走っちゃいけないが万国異世界共通ルールだと思うけれど、それでも走ってくるのなら。
間違いのない緊急事態、だ。
「良くない何かが?」
「はい。リオン様の通信鏡から連絡です。しかも連絡してきたのはアーサーさんなのです」
「え? アーサー?」
「リオン様に何かあったようなのですが、少し要領を得ず。
急いで来て頂けますか?」
「解りました。フェイ。アル。クラージュさんも一緒に」
「はい」
「おう」
「解りました」
私達は早歩きで通信鏡の間に向かう。
通信鏡は小型の物はスマホよりも少し大きいくらいで持ち運びできるけれど、大型、画像込みのモノは持ち運びが難しい。
しかも一つの端末から、複数に向けられないので誰とどういう風に繋がる鏡なのか気をつけないと混乱してしまう。
だから外出の時以外は、通信鏡は一つの部屋に集めて送受信の管理をしているのだ。
「何があったの? アーサー!」
『マリカ姉! 助けて! リオン兄が刺された!』
その中の一つ。
リオンが持っていった通信鏡から、悲痛なアーサーの叫びが聞こえてくる。
「な!」
「刺された? どうしてリオンが?」
騒めく私達。
しかも。
『罠だったんだ! 助けた子どもが、ナイフを突き刺して……、血がいっぱい出て、凄く苦しそうで! そしたら、魔王が! リオン兄に!』
「魔王?」
なんだか、聞き捨てならない単語まで聞こえてくる。
アーサーが混乱しているのか、それとも本当に魔王達が現れたのか。
「落ち着いて、アーサー! 今、私達が行くから。
ヴァルさんか誰か、大人近くにいる? 代わって!」
ひとまず周囲の大人に代わらせる。
当然アーサー一人だけの筈もなく、直ぐに誰かに鏡が渡った気配がした。
『マリカ様。私です。ヴァルです。
リオン隊長が刺されました。今、意識不明の重体です』
「ヴァルさん。詳しい事情などは後で聞きます。今、その周囲に盗賊はいますか? 魔性は?
リオンの他に怪我人などは?」
『盗賊は全て捕らえました。魔性も今は退却しています。
リオン隊長の他にけが人などはいません』
「リオンは今、どうしています? 怪我の具合は?」
『ウルクス、ゼファードが簡単な応急処置をして戦場から離れたところで休ませています。
出血は多いのですが、それ以上に顔色を始めとする様子がおかしいのです。
脂汗が酷く、怪我そのものよりも何かが体内で暴れていて、それを押さえこんでいるような。
魔王も変な事を言っていましたし、何か毒物が塗られていた可能性もあります』
「毒物?」
「魔王が一体何を?」
流石、副官で準騎士貴族。
ヴァルさんの返事は私の矢継ぎ早の質問にも的確かつ、正確だ。
ただ、私は息を呑む。
本当に魔王が出てきて、リオンに何かを仕掛けたのだとしたら事態は思う以上に深刻。
「解りました。リオンをできれば近くの神殿まで。
もし、動かすのが危険だと思われる場合には、安全な場所まで連れて来て安静にさせていて下さい。
後は傷口を押さえてできるだけ止血を。リオンは不老不死では無いので、適切な手当てが命運を分けるのです」
『かしこまりました』
私は、通信鏡をいったん切って、周囲に集まっている随員達に指示を出す。
「そういう訳なので、私は今からアルケディウスに行ってきます。いっしょに行くのはフェイとアル、カマラとユン殿。
セリーナはミュールズさんや、マイアさんに事情を話して、会議の皆様に緊急事態で出かけたと伝えて貰って下さい」
「大神官様と神官長様が揃ってお出に?」
司祭や何人かは顔を顰めたけど。
「何か、文句でも?」
吹雪の中の夜空のように、凍り付いたフェイの視線に射抜かれて何も言うことはできない。
「何かを言われたら後で謝罪します。リオンの命がかかっているのです。
こういう言い合いをしている時間さえ惜しいと理解して下さい」
「か、かしこまりました」
「留守はお願いします」
二年間でしっかり上下関係は飴と鞭で叩き込んだ。
だからそれ以上、止める人も食い下がる人もなく、私達は何も荷物も持たない空手のままで、アルケディウスに繋がる転移陣に飛び込むことになる。
「セリーナ。アルケディウスに連絡を入れて下さい。
お父様にこちらに来て頂けるようにお願いを。
リオンは一旦、大神殿に連れてきますから」
「はい。お任せ下さい」
「フェイ! 急いで!」
「はい! 行きます!」
フェイが杖を掲げると、転移陣が蒼く輝く。
私達は跳んだ。
「リオン。無事でいて……」
心から、願い、祈りながら。




