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大神殿 調査依頼

 実際の所、この五年間の、特に最近二年間におけるアースガイアの技術開発のスピードはすさまじい。


 できた物だけ言うなら、石油化学繊維、プラスチック、ガソリンに灯油。

 それから各種化学薬品も。重曹、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、次亜塩素酸ナトリウム。硫酸に硝酸。


 要するに膨らし粉に洗剤、消毒液に畑の肥料。応用によってできた物は多岐にわたる。


 金属同士を混ぜ合わせ加工させた超合金。ステンレスやアルミニウム。メッキ加工の技術も広まった。


 活版印刷の方も、活字と印刷機が開発されて、本の製作が可能になっている。

 植物紙の製作も独占状態であったエルディランドからアルケディウス。そして現在はプラーミァとヒンメルヴェルエクトへと広まってきている。


 多くの技術は既に市場に出て、人々に喝采をもって迎えられている。

 けれど、いかんせんどれも数が少ない。


 まだ、需要に供給が全く追いついていないのだ。


「とにかく、人手が足りませんな。農業も林業も鉱業も」


 会議卓の向こうで、誰かが大きく肩を落とした。


「特に技術者が足りない。新技術を運用する為にはある程度熟練した技術者が必要。けれど彼らに新しい事をさせると、今までやっていた仕事が疎かになる。

 難しい問題ですね」


 タートザッヘ様がため息をつく。


 例えば金属加工などを例にとっても、近年、料理用品の開発が進んでお玉、包丁、ボウル、フライパン、パンの型などが必要とされるようになってきた。新製品の開発で農業に使う道具、鍬、鎌、麦の脱穀、製粉用品なども充実してきており、作れば作るだけ売れる特需状態にある。


 そんな彼らに、印刷や車の仕事をさせると飲食関連の方が進まなくなってしまう。


 要するに、どこかを伸ばせばどこかが足りなくなる。

 そんな状況なのだ。


「働く意欲がある人間は全て雇っても、まだまだ人手不足だ」

「特に精霊術を使える術者の確保が急務だ。神殿からお借りしてもまだまだ足りない」

「新しいものを生み出す研究は楽しいがまずは、出来てるものを流通させる方を優先しないといけないかな」


 会議でそんな意見が出ることさえある。


「大量生産は今の現状では難しいですし、一気に技術者を増やすこともできませんからね」


 クラージュさんが息を吐く。


 向こうのように工場を作ってオートメーション化。

 大量生産、大量消費。


 そんな仕組みをこの中世異世界で再現するのは難しい。

 技術的にも、人材的にも、社会構造的にも。


「新商品も一回り全員の手に回れば、壊れるまで暫くは落ち着くでしょうから、そちらを優先させますか?」

「ですが、せっかく生まれつつある新しい波をここで止めるのももったいないですな」

「優先順位は決めた方がいいかもしれません。

 通信技術関連、農業関連は優先させつつ……」

「流通は早急に整えませんと、材料やできた商品が滞りますぞ」

「ですが、第一次産業を助ける道具の生産を滞らせるわけにも……」


 活発な意見交換がなされる中。


 とんとんとん。


 控えめなノックの音が聞こえ、私は顔を上げた。

 外からの呼び出しか。


 会議中でも緊急事態の場合は遠慮なく入ってくるはずだから、耳に入れた方がいいこと。

 もしくは中の人間の呼び出しだけれど、緊急を要するほどのものではない。


 そんな印象だった。

 大神官()神官長(フェイ)が顔を見合わせ、神官長(フェイ)が動こうとする。


 けれどそれをリオンが制した。


「二人はここにいてくれ。会議の要だろう?

 俺が話を聞いてくるから」


 会議の間、各国の参加者は議場に武器などを持ち込まない事で同意している。

 外にも中にも護衛兵はいるので護衛は比較的暇だから。

 そう言うリオンの言葉に私達は頷いて任せることにした。

 リオンを見送ってからも会議は止まらない。


「各国の農業の振興状況はどうなっていますか?」

「今のように、趣味で飲食を行う程度であるのなら、徐々に行きわたってきているでしょうか?」

「ただ、不老不死前のように全ての人間が、毎日最低一食から二食。食事をする分となるとまだまだ不足気味かもしれません」

「特に嗜好品や調味料の需要も値段も高い。麦酒、葡萄酒、調味料類は貴族達に独占されてなかなか一般人の市場には行き渡らないのが現実ですな。グエン第二王子。ショウユの製法は他国に知らせて下さる気は無いのですか?」


 ヒンメルヴェルエクトが苦い声を出す。


 今、国で焼きトウモロコシが流行ってるんだって。

 獲れたてのトウモロコシを焼いて、醤油を軽くかける。

 それは確かに美味しそうだ。

 じゅるり、とこぼれそうになるよだれを必死で止める。


「下手に大量生産しても、扱う人間の意識が変わらないと無駄になってしまうこともあり得ますから」

「確かにな。バターやチーズ、マヨネーズ、食用油脂なども保存方法が悪いと、劣化してしまう。特に今は夏だし。精霊術で変質、劣化をしないように時を留めればそれはそれでまた高価になるし」


 今の所、調味料は小売りが難しいものとして挙げられている。

 現在は専門店に必要な人物が容器を持って買いに赴き、量り売りで買っている感じだ。

 地球世界のようにプラスチックで誰もが家に好きなだけ買って帰り、備蓄できるようになるのはまだ先だろう。


「やはり、どの分野を優先して育てていくかの問題と、人手不足に戻ってきますな」


 食を育てる為には、農業を助ける道具や科学、化学の育成が急務。

 でもその為には材料の確保が重要で鉱業、工業は必須。


 そして作ったものを滞りなく流通させるには通信技術や運搬などの開発整備が求められ、過重業務の彼らにやる気を出させる為には『食』や『技術』を広めなくてはならない。

 ぐるぐる回るウロボロスの蛇のようだ。


 どこを引っ張っても、最後には同じ問題へと戻ってくる。


「当面は、少しずつ各分野の受容能力を高めていくしかありませんな。新技術の開発は暫し置いておくとして……生産性を高めていくにはどうしたら……」

「一度改めて現状の再確認と調査をした方がいいかもしれませんね」


 会議は夜まで続いた。


 そして。

 真剣な会議二日目が終わり、部屋の外に出た所で、リオンが待っているのに気付いた。


「マリカ様」

「どうかしましたか? リオン」


 スッと膝を折り、私に伺いを立てて来る。

 その表情はいつも通り落ち着いていた。


「会議中ではありますが数日、外出をお許しいただけますでしょうか?」

「外出? 何かあったのですか?」

「アルケディウスで、盗賊団の調査に出ていたヴァル達から連絡がありました。魔族の襲撃があったとされる畑の様子などに不審な点が多く見られる。

 精霊に関して専門の知識を有する人物、神殿からの見解を出せる識者が欲しいと」


 聞けば、インターレリ伯爵の領地にやってきたアルケディウスの調査団は、魔性の襲撃によって精霊を失い、立ち枯れたという野菜の畑を確かに見たらしい。


「ただ、パータトの地下茎やナーハの種などがまったく見られない。

 もしかしたら、収穫した後の野菜の茎などをまた植え直したということもあり得るのでは、という意見もあるそうなのです。精霊がいるかいないか、本当に食われたのかを確かめたいと」

「なるほど。精霊の知識がある専門家、大貴族家もその意見をないがしろにできない人物。となると会議中の今はやはり、リオンが最適かもしれませんね」


 話を聞いたフェイも頷く。

 大神官や神官長は軽々と外には出られないし、下手な司祭などでは生意気だ、疑うのかと一蹴されてしまう。


 身分社会ではこちらにある程度の地位と力が無いと、意見も通らないのだ。


 リオンなら大神官直属の護衛騎士。

 しかもアルケディウスの騎士階級で大貴族にも負けない身分だから、子どもであっても意見を握りつぶすことは難しいだろう。


「神殿の転移陣を使わせて頂ければ今日中に現地に到着し、数日で戻ってくることができます。小型通信鏡も持っていきますので、状況は逐次報告致します」

「解りました。でも、単独行動は厳に慎んで下さいね」


 私は許可を出す。

 会議中は外に出られないし、大神殿の中は厳重な警戒と結界が敷かれているから、私も神殿内にいる分にはそんなに危険も無いだろう。


「はい。アーサーとクリスを連れて行きます。向こうにはヴァルやウルクスの部隊もおりますので、盗賊が出たり、万が一インターレリ伯爵家が因縁をつけて来ても対応は十分に可能でしょう。

 明日の会議の閉会には間に合わないかもしれませんがどうぞご心配なく」


 いつも通りの穏やかな声音。

 いつも通りの頼もしい笑み。


 だから私は。


「気を付けて」


 いつも通り送り出した。

 そうして、リオン達は旅立っていく。


 その背中を見送った時の私は、まさか

 後日、私が何度も何度も思い返す光景になるとは思ってもいなかった。

 私は死ぬほど後悔することになる。


 どうして、この日、この時。

 リオンを『一人』送り出してしまったのだろう。


 と。


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