大聖都 宙の秘密と新しい挑戦
この世界には天文学が無い。
改めて考えれば、それはとても意外な事だった。
会議の後、私は部屋で一人、地図を見ながら考える。
この世界には東西南北の概念はある。
磁石も、水に浮かべるタイプの方位磁針もあった。
方位磁石は北を向くので、大聖都で使うとアルケディウスの方を指し、アルケディウスで使うとビエイリークから先の海、魔王城の島を指す。
魔王城の島では……試したことが無かったなあ。
ふと、私は以前、魔王城の島で、この異世界の星空は向こうの世界と全く違うな、と思ったことがある。
でも、星座を作るとか、星を使って方向を見定めるとか、そういう学問が存在していないようだとは、今まで気付かなかった。
向こうの世界で、星を見るのは大好きだったのに、不思議なくらいだ。
精密な地図が『精霊神』様によって伝わっているし、道も基本的な街道は最初からある。
話を聞くところによると、『精霊神』様が人界にいる頃に通したとされている、とか。
七国の首都同士は街道で繋がっていて、その後、開拓が進むにつれて道や町は増えていき、地図に書き込まれた。
普通に街道を旅している範囲であれば、地図があれば迷う事はない。
暦は『精霊神』の力で分けられているから、天文は関係ない。
週も月も、聞けば『精霊神』の力によって七国が生まれた時代からあるらしい。
七国、七精霊が暦になっているのは、どこかの国が欠けて無くなることを想定していないのだと解る。
むしろ七国のどれが欠けてもいけない。
欠けるべきではない。
暦には『精霊神』様達のそんな意思が込められている感じがする。
季節は春夏秋冬が七国平等。同じ時期に春が来て夏になり、秋が終われば冬が来る。
地球のように地軸や赤道は関係ないっぽい。
南は暑くて、北は寒い。
太陽の運行も、一年間ほぼ変わらない。
雨は降るし、雪も降るけれど、そう言えば台風とか雹とか、そういう異常気象が起きたことは多くない気がする。
フリュッスカイトで嵐に遭った時くらいだ。
一年を通じて、天候や気候は各国で多少の差はあれど安定している。
だから、人々は星や外に興味を示すことが無かったのかもしれない。
それでも、不思議だ。
ここまで綺麗さっぱり、天文学が生まれないということがあるのだろうか?
そう言えば、精霊国の術者。しかも選ばれた魔術師でもなければ、この星が丸い事は知らないという。
引力とか重力などについても知識は無い様子だ。
聞かれても、説明できるほど私も詳しくは無いけれど。
不老不死前の時代、船が今より運用されていた頃も、あくまで漁や他国への運搬に使用するだけ。
一番遠くを目指したのが魔王城の島、というくらいだから、本当にこの世界は大陸のみで全て完結しているのだろう。
地図を手に取り、円筒形にし、キャンディのように上下を絞って丸くしてみた。
前にお父様に、この星はこんな風に丸いのだと説明したことがある。
私はこの星が丸いと思い、精霊達もそうだという。
そして、この星がこんな風に丸いのだと思っていたけれど。
もしかしたら、違うのだろうか?
異世界に地球世界の気候をそのまま当てはめることはできないけれど。
北は寒く、南は暑い。
それは日本人の感覚だ。
地球で一番暑いのは赤道直下。
地球の最南端は南極。氷の世界だった。
それから考えると、この大陸、アースガイアは、例えば北半球の一部に浮かぶ、星全体から見れば小さな大陸である、という可能性さえ考えられる。
私は暫く考えた末、
「……寝よ」
皺だらけになってしまった世界地図を手で伸ばしてから、ベッドに潜り込んだ。
科学会議は三日間。
明日にはアインカウフが来て、ガソリン自動車の試作品を見せてくれる筈だし、活版印刷についてとか、酒造についてとか、色々と話すことがあってまた忙しくなる。
私一人で考えてもドツボに嵌る。
クラージュさんやフェイ、リオンと一緒に、もう一度よく考えた方がいい。
それに、睡眠不足はお肌と頭の大敵だもんね。
私はそっと目を閉じる。
瞼の裏では、懐かしい地球の星が煌めいていた。
翌日、私は改めて科学会議の席で、皆に聞いてみた。
「空の星って、方向確認に使う事ってできないものでしょうか?」
私の質問に、参加者の皆さんはみんな怪訝そうな様子を見せる。
「考えたことがありませんでしたね。星は日々場所と形を変えますし」
「しょっちゅう形を変えるものを、なかなか基準にはできないでしょう。
まだ太陽の方が……」
この世界には北極星が無いのかな?
地球でも星座は季節ごとに変わるものだけれど、北極星は変わらない天の導だった。
それがないとなると、やはり太陽と方位磁針しか、方向を探る手段はないか。
っていうか、忘れていた。
根本的な話。
「私達の在るこの星が球形をしている、と言ったらどう思われますか?」
シーン。
あ、皆さん黙っちゃった。
大陸有数の知恵者ばっかりなのに。
「……精霊古語の書物の中に、そのような記載がありましたが、到底信じられませんな」
と、おっしゃるのはタートザッヘ様。
やっぱりこの世界は地動説的な世界なんだな、と改めて再確認する。
「アーヴェントルクの伝承では、
『夜空の星は『精霊神』達が映し出した願いの幻。
人を眠りに誘う夢の結晶』
と伝えられています」
そう教えてくれたのは、アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子だ。
アーヴェントルクは夜の国だもんね。
「願いの幻……」
「はい。そして星より降り来た『魔王』とは、人の未練、怨讐、悪夢が形を取ったもの。
人の希望や力を喰らい、大地を夜に染める。だそうです」
大聖都の一般用聖典には、魔王は突然現れて世界を闇に染めた者、くらいにしか書いて無かった。
宙から降りてきた、というのもお父様に後から聞いたくらいだ。
大神官になってから読んだ本格的な聖典には、
「大陸の中心地に、魔王が降りた。光と炎で大地を削った魔王は、世界を暗雲で覆い闇に染める。
その時『神』が現れ、大地に光の柱と神殿を表し、魔王を追い払った。
『神』が立てた神殿が大神殿となり、その大神殿が大聖都となった」
と書いてあったから、魔王が宙から来た、というのは間違いないだろう。
そして『神』は魔王登場と共に現れた。
『魔王』が『神』の手先なのは間違いないのだから、もしかしたら、魔王と『神』は一緒に宙からやってきて、『魔王』がやっつけられたフリをして『神』に居場所を作ったのかもしれない。
先に来ていた『精霊神』を封印して……って、ちょっと待って。
何かおかしい。
『精霊神』は地球からの異世界転生者だ。
それは、本人達ははっきりと言わないけれど、ある程度言質も取れている。
『神』も多分、同じだ。
知り合いだと早い段階から言っていた。
上司ポジだって。
『神』は帰る為に私達の力が必要だ、という。
帰る場所は地球。
帰る方法があるのかどうかは解らないけれど、『神』はその為に『精霊の力』を集めている。
そして、宙からやってきたとされる『魔王』が本当は『神』と一緒にやってきたのだとしたら。
異世界転移の出口は宙にあるの?
もしかしたら、その出口を隠すために、宙は『精霊神』もしくは『星』の幻で覆い隠されているのだろうか?
私やリオンの力を使う事でその幻を取り除き、出口をこじ開け、地球に帰ることができると考えているとしたら……?
この世界には飛行魔性や鳥以外に空を飛ぶ生き物は無いし、空を飛ぶ術もない。
宙に興味を持たれたら困るから、天文学を『精霊神』様はシャットアウトしたのだろうか?
もしかしたら『宙』に、『神』に近づく何か手がかりがあるのかも?
「どうかなされましたか? マリカ様?
随分と悩んだ顔をしておられますが……」
「ありがとうございます。大丈夫です。
皆さんに、ちょっとご相談したいことがあるのですが……」
心配そうに私の顔を覗き込むアリアン公子にお礼を言って、私は会議に集まった知恵者達に呼びかけた。
私の提案に、彼らの目が丸くなった。
それは、きっとこの世界で初めての思考。
正しく挑戦、だったから。




