皇国 『精霊』の兄弟
翌日はリオンにも付き添って貰って、孤児院に行くことにした。
孤児院にもできる限り顔を出しているけれど、ここ数か月は夏の礼大祭の準備などで行くことができなかった。
みんな、元気にしているだろうか。
「マリカ様!」
「いらっしゃいませ!!」
「皆さん、元気そうで何よりです」
到着すると、子ども達が集まって挨拶をしてくれる。
良かった。
ホッとした。
皆、清潔で、幸せそうで。
大人達に見守られて、笑っている。
ここは、今も、私の夢のままに在る。
そのことが嬉しい。
「どうぞ、中へ。御相談したいこともありますので」
リタさんの促しで、私達は孤児院の応接室に招き入れられた。
「孤児院の運営について、何か問題はありませんか?
困っていることとかありますか?」
「いえ、それはありません。いつも最優先で予算を回して頂き、過不足のない生活をさせて頂いております」
「それなら良かったです。私は孤児院のことを放り出すような形で大神殿に行ってしまったので、苦労をさせていないかと心配だったのです」
「皇女様の跡は第三皇子妃様が受け継いで下さっているので、何の問題もありません。職員の数も多く、余裕をもって子ども達を見られるので……。
子ども同士のトラブルなどは勿論ありますが、皆、落ち着き、安心して暮らしていると自負しています」
この二年間で、アルケディウスの王都から路地に生きる孤児は根絶された。
地方や大貴族達の所には、まだいる可能性がある。
けれど、児童保護法によって子どもの保護、養育が義務付けられているので、多分、酷い扱いを受けている子は減ったと信じたい。
奴隷商から買い取った子。
旅劇団であるグローブ一座が保護してくれた子など、十人ほどが増えたけれど、先に保護された子達のうち半数ほどは就職し、独立しているので、部屋などにもまだ余裕があるようだ。
子どもの出産は年間二十件ほど。
一年間に王都で十件弱。
王国全体でも五十件を超えないと言われていた頃に比べると、確実に増加している。
でも、孤児院でなら安全に出産できる。
落ち着くまで保護もして貰える。
そう王都全体に広まり、妊娠した女性はまずここにやってくるようになった。
出産後は夫の元に戻る女性が七割。
孤児院で働く人が三割。
子どもを見る人がいなくて働けない女性の子どもを預かる保育施設も軌道に乗り、大聖都を始めとする各国で、ここをモデルとした孤児院が稼働しているという。
「では、相談したい事、というのは」
「二つほどありまして。一つは、この孤児院の結界を……」
「そろそろ解除した方がいいですか?」
「いえ、強化して頂くことは可能かと」
「強化、ですか?」
「子ども達が騒ぐんです。魔性のようなものが孤児院の中に出ると」
「へ? 魔性?」
我ながら変な声が出た。
孤児院の中に魔性?
あり得ない。
孤児院にはフェイが張った結界があって、正門と横の通用門以外からの立ち入りを禁止している。
子どもの単独の外出も禁止されているので、孤児院から外に出たい時には、リタさんの許可を得て保護者同伴ということになっている。
就業訓練などで外に出る子も、買い物などで出る人も通用門から。
元は、DV夫から逃げてきた女性を守る為のものなのだけれど、今は子どもの誘拐や事故防止の意味もある。
でも、不便ではあるので解除して欲しいと言われるなら検討するところだけれど。
強化……?
「見間違いか何かだとは思うんですよ。ただ、職員達の中にもそれを見た、と言う者が続出していて……」
詳しく話を聞いてみた。
夜に廊下を歩いていると、窓をカリカリと引っかく音がする。
見てみると、白とも黄色とも言えない丸いものが窓を開けようとしていて、自分に向けて襲い掛かってきた。
とか。
遊戯室のドアが開いていたので覗いてみたら、精霊の灯りでも蝋燭でもない薄ぼんやりとした灯りが飛び回っていた。
翌朝見てみると、本やおもちゃが散らばっていた。
とか。
うーん、孤児院の七不思議的な?
「子ども達の間では魔性だ、いや怖くない精霊だ、とか。楽しんでいる様子さえあるんですけど、女達の方がむしろ怯えてまして。
産んであげられなかった子どもの魂が彷徨っているんじゃないか、とか」
「なるほど」
なんとなく解る気がする。
特に以前に流産とかしているお母さんとかだと、幸せな子ども達を見て罪悪感を覚えることがあるかもしれない。
でも、そういう浮かばれない魂も孤児院の中には入って来られないと思うんだよね。
って……。
「リオン、どうしたの? なんで笑ってるの?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」
?
孤児院に来ると、リオンはなんだかテンションが上がることが多いような気がする。
以前はここで大爆笑したりしていた。
今日はそこまでではなかったけれど。
「別に、その魔性が何か悪さをするわけではないんだろ?
身体的危害を加えられた、とか」
リオンの問いに、はい、とリタさんが頷く。
「はい。ありません。ただ、あちらこちらでふよふよとしていたりするくらいで」
「なら放っておいていいと思う」
「大丈夫かな?」
「子ども達やホイクシ達には、マリカ様がお祈りしてくれたからもう出ない。出たとしても悪さをすることはない。
とでも言っておけば安心するだろう」
「そんな断言しちゃっていいの? リオン」
「フェイの張った結界内に、そんな悪さをする魔性が入ってくるはずもないしな。心配いらないさ」
「そんなもの?」
「そんなものさ。ああ、あとリタ院長。後で子ども達の様子を見に行ってもいいかな?」
「それは勿論。マリカ様やリオン様に憧れている子も多いですから、喜ぶでしょう」
リオンの余裕のある笑顔を見て、ああ、と気付いたことがあった。
レオ君関連かも。
この孤児院にいるレオ君は、実は『神』の側の転生者。
元フェデリクス・アルディクス。
本物大神官だ。
余計な先入観を持って欲しくないから、職員には誰も。
リタさんにも告げていないけれど、もしかしたら彼が何かしでかしたのかもしれない。
前に、私に変な事をしてきた事もあるし。
そう思っていた私の思いをさらに裏付けるように、リタさんが続ける。
「あと、もう一つ、相談したいことはレオの事なんです。もうじき三歳になるんですが、まったく喋らなくて……」
「え?」
「運動能力は、子どもの頃からとても良くって、どこにでもすぐ行ってしまって目が離せない子でしたけど、一歳を過ぎた頃から、なんだかぬいぐるみを抱っこしたまま、ぼーっとすることが多くって。乳母や、乳兄弟のデイジーにもまったく言葉を発しなくって」
「そうですか……。心配ですね」
「はい」
三歳くらいになると、子ども達の成長に個人差が出てくる。
緘黙とか、逆に多動とか。
周囲との違いにも気付けるようになってくる年頃だ。
「こっちの言っていることは、解っている感じですか?」
「ええ。身の回りの事は不器用ですけど、大抵一人でやろうとしますし、できます。
指示も通りますね。ただ、本当に喋ったり、自発的に遊んだりすることが少なくて、一人で本を読んでいたりすることが多くて」
「え? 三歳ですよね。本、読めているんですか?」
「文字はまだ積極的には教えていないので、遊んでいるだけかもしれないですけど、もしかしたら読めているのかな、と思う時もあります。
外遊びとかが本当に嫌いで、いつも部屋にいるんですよ。デイジーに引っ張られないと、一日部屋に籠っていることも多くって……」
外遊びは子どもにとって大事な事だから、できればした方がいいとは思う。
けれど、苦手な子もいるから強制はしない方がいい。
ただ、相手がレオ君となると、私が向こうで学んできた発達障害や子どもの発育に関する知識で対処できるものなのか……。
私がちらりとリオンを見ると、リオンは少しの間、目線を軽く空に向けた。
それから、なんだか優しい笑みを浮かべて見せる。
「リタ院長。頼みがある」
「頼み?」
リオンに真っ直ぐ見つめられて、リタさんが少し目を見開く。
リオンももう十六歳。
身長はそんなに高くないし細身ではあるけれど、均整が取れていて格好いいし、顔も非の打ち所がないくらい整っていて、大聖都でも彼目当ての女性ファンが増えているとの話がある。
声変わりして、昔よりワントーン低くなった声は、それ故にいつまでも聞いていたくなるくらいの安心感があり、耳に残る。
黒い露のような澄んだ瞳に見つめられたら、なんでも言う事を聞いてしまいそうな魔力さえ感じられるのは、『勇者』の力、だろうか。
「何ですか?」
「レオは、ちょっと特殊な『能力』を持った子ども、だと思って。でも特別扱いせず見守ってくれないか?」
「『能力』?」
「あんなに小さいのに?」
首を捻るリタさんよりも先に、私が疑問を口にしてしまった。
ああ、と静かに目を伏せるリオン。
「生まれついてのものだ。奴は、子ども、いや、赤子の頃から『能力』を持ち、それを持て余していた」
「リオン様は、もしかしてあの子の事をご存じで?」
「……まあ、遠い弟のようなものだと思って貰えるとありがたい」
「「弟?」」
私とリタさんの声がシンクロした。
勿論、秘められた意味と思いは違うだろうけれど。
「直接血が繋がっているとかではない。なら一体、と問われたり、口外されたりすると困るんだが」
「それは、勿論……。そうですか。リオン様の、弟……。
子どもの頃の異常な運動神経も、だからだったのでしょうか?」
「色々あって、今のあいつは精神の一部が封じられたようになっている。乱暴な例えだが、右手と左手を切り取られたようなものだと想像してくれると、多分、状況を理解しやすい」
「え?」
リオンはリタさんの問いをさりげなくかわし、逆にとんでもない事を告げる。
「普通に生きるのに、そこまで大きな支障があるわけではないんだが、今までできていたことができなくなって、多分、本人も戸惑ったりはしていると思う」
「それって……まさか?」
以前、レオ君が私にちょっかいを出してきたことがあった。
あの時、リオンは数年、力が使えないように処理したと言っていたけど、まさかそのせいで?
「いや、別口だ。レオ自身が望んで、力の一部をある者に分け与えた。そのせいで、動き辛くなった、ということだ。
もう二年も経つし、そういうものだと覚悟し、慣れてきているようではあるけどな」
「何故、もっと早く教えて頂けなかったのですか? 異常があると解っていたら、相応の対応をしてやることができましたのに」
「申し訳ない。ただ、特別扱いされることはあいつの為にはならないと思ったし、本人も気付かれたくなかったようだからな」
リオンの言葉と、多分、レオ君と今まで接してきたことからのきっと直感。
「……レオはやはり普通の子どもではない、ということですか? 孤児院の影もあの子関係だと?
リオン様の弟と聞き、その前の話と合わせ、もしやと思っていましたが」
「そう取って貰って構わない。ただ、さっきも言った通り、特別扱いされることは奴の為にならない。できれば普通の子どもとして、愛情を注ぎ、当たり前の生活を教えてやって欲しいんだが……」
かなり真実に近い所を突いてきたリタさんに、リオンは頷き、真っ直ぐな瞳で願う。
その優しい眼差しは、本当に弟を思う兄のように見えた。
「他の孤児達に危害を与えるような事はありませんね」
「無い。それは保証する」
「解りました。であるなら、マリカ様。さっきは冗談のように申しましたが、結界の強化を本当に願えますか? あの子を含め、子ども達を守りたいのです」
小さな吐息を一つ。
そして顔を上げたリタさんの表情は、子ども達を預かる責任。
その意味を理解する大人の眼差しをしていた。
「何か、心当たりでも?」
「実は数回、変な鳥が飛んでいた、と子ども達が報告してきたことがありまして。
魔性かもと思いながらも、畑でもなく、精霊力もないここに魔性が来るはずはないと思っていましたが、孤児院内に入り込んだかと心配でした。
孤児院内のものは心配ないと言って頂きましたが、そういう事情なら、今後魔性がレオを狙ってくるということもあるかもしれませんし」
「解りました。手配します」
「ありがとうございます。それからリオン様」
リタさんは私達に頭を下げながらも、リオンを厳しい眼差しで見据える。
「レオの様子も含め、注意深く見守っていきますので、何かありましたら今度はちゃんと教えて下さいませ」
「解った。必ず」
流石のリオンも逆らえないだろう。
そう思えるほどに強く。
その後、リオンと一緒に孤児院を回り、レオ君に会った。
ぬいぐるみをしっかりと胸に抱きしめ、乳母であるローラさんの後ろに隠れるレオ君は、確かに近い年頃のフォル君やレヴィーナちゃんとは随分違う。
少し虚ろな眼差しをしているように見えた。
「今のあいつは、自分の一部を他人に預けているような感じなんだと思う」
帰りの馬車の中で、リオンはそう説明してくれる。
「それは『精霊神』様の端末みたいな感じ?」
「いや、あれは切り離したようで、本体に接続されている。今のあいつは自分をすっぱりと切り分けて他人にやったと思えばいい。
俺達『人型精霊』の魂の力、大きさは普通の者より大きいけれど、それを切って他の者にやったせいで、今は普通の人間以下になっている」
つまり、生まれつき一・二くらいの魂の力を持つ『人型精霊』が、その力を〇・四くらい切って他の誰かに渡してしまった。
なので今は、〇・八しかなくなっちゃった、ということだろうか。
普通の発達障害なら知識も対応方法もあるけれど、今回はちょっと通用しなさそうだ。
「いずれ、ゆっくりと回復することもあると思う。見守ってやって欲しい」
「うん」
「恩に着る」
私は、あえて聞かなかった。
レオ君の〇・四はどこに行ったの?
とか。
どうしてそれをリオンが知ってるの?
とか。
聞いても教えられないことがある。
教えてくれるべきではないことは沈黙するしかない。
それが『精霊』だ。
でも、できるヒントは散りばめてくれている。
多分、リオンは私に知られてもいいと思って、あの言葉を口にしたんだ。
(リオンとレオ君は人型精霊。そして、兄弟……。
それにクラージュさんのあの言動……そっか。そういうことなんだ)
私は、この日。
ずっと私の中で、形にも言葉にもできずにいた事を、ようやくはっきりと理解できたような気がしていた。




