皇国 現状と新たなる問題点
晩餐会の前後は、アルケディウスの現状報告と技術についての相談になった。
私としては早く終わらせて魔王城へ戻りたいけれど、仕方ない。
皇女であり大神官でもある私の務めだ。
「今のところ、アルケディウス全体に大きな問題はない。
農地拡大の政策が四年目に入り、軌道に乗ってきたと言えるだろう」
会議室の大テーブルへ地図を広げ、ケントニス皇子が説明して下さる。
「一番目覚ましい成果を上げているのはロンバルディア領だな。
流石にアルケディウスの穀物庫と言われているだけあって、小麦や大麦が良く育つ。
あとは海産物を独占するストウディウム領。
ストウディウム領が魔術師を雇用したり、塩干物の研究を進めたりすることで、王都以外でも魚介類の人気が高まっているようだ。
他にもプレンディヒ侯爵領、パウエルンホーフ侯爵領も安定した生産高を誇っている。
小麦が育ちにくい領地もあるが、そんな土地でもお前が推奨したナーハやパータト、サツマイモなどの取れ高は高いことが多い。
各地の神殿からの教導によって、一般市民も徐々に食を求めるようになってきているな」
「それはとっても良いことだと思います」
「ただ、食料生産によって貧富の差が広がってきている、という話もある」
「お父様」
「特に地方領地など、目の届きにくい場所では領民をこき使うばかりで正当な代価を支払わないとか、働くことを厭う者達が農家や商人を襲撃するといった良くない話も届いてくる。
お前の手袋からな」
「お役に立っているようなら何よりです。
ぜひ適切な対処をお願いいたします」
「解っている。
魔性の増加への対応と合わせて兵の増員や監視を増やす予定だ」
私が後援して設立したグローブ一座には、子どもの保護と各領地の情報収集を依頼してある。
今や各地で引っ張りだこの人気劇団だと聞く。
私が急にこんな立場になってしまったので管理はお父様へ委託したけれど、真面目で頭の良い座長エンテシウスは、劇で各街へ滞在する度、約束通り正確な情報を届けてくれているようだ。
今度また大聖都へ呼んで舞台を掛けてもらおう。
直接、功も労いたいし。
「麦酒蔵の方も順調で、去年からはエクトール荘領から独立した者が新しく二つ蔵を開いた。
黄金のピルスナーだけはまだどうしてもエクトール荘領だけのものだが、エールは今やそれぞれの蔵が研鑽を競っている」
補足説明はトレランス皇子。
酒造関連が専門だけれど、酒造と農業は切っても切れない関係だもんね。
「また、穀物や果実の汁からなら葡萄酒のように色々な酒ができるのでは、という観点から様々な酒造に取り組んだ。
そのうちの一つ、サフィーレ酒が最近形になり売り出しを始めた。
甘やかな味わいが女性に人気だそうだ」
「流石ですね」
「ああ、そうだ。
お前の成人の儀の時には最高の麦酒を用意するから、ぜひ飲んで欲しいとエクトールから伝言もあった」
「ありがとうございます。楽しみにしています、とお伝え下さい」
「解った。
エクトール領への通信鏡は私が持っているからな。
かの領地は最近、狙う者が多い。
今年に入って二度、盗賊の襲撃があったそうだ。
連絡を密にしておこう」
あっちもこっちも忙しいから、エクトール様とはここ二年ほとんどお会いしていない。
たまにはカマラにも里帰りさせてあげたいんだけどね。
「でも、最近はそんなに盗賊が増えているんですか?」
「働こうと思えば誰でも仕事はある。
だが、働かずに楽をして暮らしたいという不届き者はどこにでもいるのだ。
困った話だがな。
捕らえて労働刑などを与えても、奴らの多くは反省しない。
兵を増やす以外の対処が難しい現実もある」
「貴族達も聖人君子ばかりではない。
厳重に監視はしているが、自領を繁栄させるため農民へ過重労働を強いている例もあるようだ」
食によって気力が戻ったことで、人に欲も出てきた。
悪事も増えているとお父様は言う。
悪人も小者なら力で押さえ込める。
けれど貴族や大貴族が地位を笠に着て行う悪事は厄介だ。
「……どうしてもの時は、不老不死の剥奪刑に処すと言ってもいいですよ。
頑張る人の功を土足で踏みにじるような人は許せませんし」
「それは最後の手段だ。
自棄になって神殿やお前、子ども達へ特攻でもされたら厄介だからな」
「そうですね。私達も考えてみます」
農業関連の報告が終わった後は、今度は工業関係の話になる。
ファイルを持って前へ進み出てきたのは文官長タートザッヘ様だ。
「印刷も活版印刷が軌道に乗り始め、製紙業も順調にございます。
主要道路の舗装整備もこの二年で一応の目途が付き、流通に関しては以前とは雲泥の差で流れております。
特に各都市の神殿と王都を繋ぐ転移陣を開放して頂いたのが大きい。
各国との輸出入も推進されており、国民の生活も豊かになってきたことが確かな数字として表れております」
税収や労働者の給料は全体的に上がり、食品や化粧品の消費も回っている。
「今、一番の人気品目は小型通信鏡でして。数年待ちに近い形で申し込みが殺到しております。
各国からは作り方を公開してもらえないかという声が引きも切らないのですが、最低でもフェイ、ソレルティア様レベルの魔術師が二人いないと難しいと濁しております。
各国、子どもの保護と魔術師の教育育成に血眼の様子です」
「人気が出るとは解っていましたけれど、やっぱり欲しいものなのですね」
「それはそうだ。
情報通信の重要性は提唱したお前が一番よく知っているだろうに」
それは勿論知っている。
だからこそ、人気の通信鏡を大神官特権でいくつも入手して使わせて貰っているのだから。
販売価格金貨十枚の小型通信鏡を、私は五台所有している。
映像も一緒に送る最高級品の通信鏡は、リオンの『精霊の力』と、それを借りて固定する技術を持つフェイ。
そしてアルケディウスの技術者達による繊細な回路基板作成が必要になる。
けれど、その後開発された声のみを送る小型通信鏡は、そこまで大掛かりではなくて済む。
さっきタートザッヘ様が言ったように、最低二人の魔術師がいて、カレドナイトで作る経路を固定できれば何とかなるとのことだ。
回路基板作成も、機械式時計を作れる技術があれば、時間は掛かるものの製作可能。
アーヴェントルクなどは、売れないなら作り方を教えてくれと本当に真剣である。
二つを一組で作り、その双方でしか連絡が取れない。
いわば糸のない糸電話方式。
それでも小型通信鏡が画期的なのは、持ち運びが容易にできることだった。
サイズも外見もほぼスマホだ。
魔術師でなくても、ストラップ状になっているカレドナイトでスイッチを入れ、送受信が可能であることも大きい。
小型なのに、映像も送れる大型通信鏡と同じくらいカレドナイトを必要とするため、値段も決して安くはない。
それでも要望は絶えない。
国境を越えても使えることもあり、商人達はもう血眼で欲しがっている。
開発から約三年。
現在、特上の通信鏡は各国と大聖都からアルケディウスへ繋ぐ八台のみ。
小型通信鏡は百組ほどが稼働中だ。
そのうち五組を私が所有している。
大聖都と私。
私と魔王城。
私とお父様。
私とアルケディウス神殿。
そして私とリオン。
あとは各国王宮と大神殿を繋ぐために活用されている。
商人の中で所有しているのは、ゲシュマック商会とアインカウフが各一組ずつ。
全ての大貴族への配布が済んでいるのはアルケディウスだけで、各国は一月に二~三組しかできない小型通信鏡を順番待ちしているとのこと。
早く作ってくれという催促も激しい。
「ただ、あんまり増産すると悪用もされそうで心配ですね」
「その危惧は確かにあるが、仕方ないと割り切るしかない。
各国へ渡した分がどう使われるかまで、我々には把握できないからな」
「最終的には技術留学生を各国から受け入れ、作り方を教えることは避けられないかな、と思っています」
「できれば特許を取り、作る度に利用料が入るようにしたいところではありますが、一度公開してしまうと各国がいくつ作ったか把握できませんからね。
売るならかなり高額にした方が良いのかも」
「金貨百枚でも安いな。
今は無理でも十年後にはきっと、世界中の多くの人間が小型通信鏡を持つようになるぞ」
「研究が進めば新しい発想で、一つの鏡にいくつもの鏡と連絡を繋げるようになるかもしれませんね」
各国へ食と技術が伝わったことで活気が出てきたのは良い。
けれど、悪い人も出てきた。
利権問題など難しい話も増えてきている。
『精霊神』様達がいきなり向こうの世界の技術を伝えなかったのは、その辺りが理由なのかな。
そんなことを考えながら。
私は遅くまで、けっこう本気で意見交換に参加したのだった。
頑張る人が報われる世界を作れるように。




