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閑話 大神官就任の裏側 6 前編 ノアール視点 偽物魔王の決意

 気が付いた時、私は見知らぬ部屋にいた。


 寝かされていたのは豪華な天蓋付きベッド。

 薄紫と黒を基調にした、落ち着いた印象の美しい調度の数々は、第三皇子家――マリカ皇女の居室にも勝るとも劣らない。


 こんな豪華なベッドで目覚めたのは初めてだ。

 いや、勿論、マリカ皇女の従者として住んでいた部屋が悪いというつもりはないけれど。

 と、その時。


 私は気が付いた。

 自分の身体に感じる違和感に。


 服がない。一糸まとわぬ裸であることは、まあいい。

 でも、この指。この身体。

 これは本当に私のものなのだろうか?


「お目覚めになったようですね? 気分はいかがですか?」


 私の視線の先。

 黒檀の扉の傍らに彼はいた。


「あ、貴方は……エリクス……様?」

「僕の名前を覚えていてくれたとは光栄ですね。

 ノアール。影武者の乙女」


 いつからそこにいたのだろうか?

 声を掛けられるまで気が付かなかった。


 今も気配は感じられない。

 金髪、碧の瞳。


 華やかな勇者の色をその身に宿しながらも、黒の鎧服の上下に黒いマントを纏う姿は、闇そのものを切り取ったようにそこに在った。


「貴女に危害を加えるつもりは、原則としてありません。

 望むなら、アルケディウスに返すことも検討します。

 ですが、その前に話を聞いて頂けませんか?」


 魔王エリクスが立っていた。


 私は彼の存在を意識したと同時に、自分が裸であることを思い出し、とっさに上掛けを胸にあてがう。


 少し慌てた私に、彼は小さく笑うと、私の真横。

 ベッドの端に腰を下ろした。


「ここは魔王城です。人間は、貴女の他に僕しかいません。

 ご安心を、と言っても安心できませんか?

 世話をする者もいないので、ご不便をお掛けするかもしれませんが、その辺はまあ慣れて下さい」


 そう言って彼は私の右手を取り、すっと人差し指に指輪をはめる。

 マリカ皇女がしていたような、シンプルで蒼い指輪。


 これは多分、カレドナイトだ。


「それは、我々の主からの贈り物です。

 ああ、特に意味とか他意がある訳ではないのでご安心を。

 指輪に願うように、服をイメージして下さい。こんな服が着たい程度で構いませんから」

「服?」

「ええ。そのままでは動くに動けないでしょう?

 私が貴女の服を用意する訳にもいきませんし。

 大丈夫。今の貴女ならできます」


 言われ、私は目を閉じた。

 とりあえず、そんな派手な服でなくていい。

 マリカ皇女が自室で着ているようなチュニックドレス……。


「わあっ!」


 驚いた。

 空気中の微粒子がすうっと集まるような感覚で。

 気が付けば私の身体は服を纏っていた。


 下着とドレス。

 こんなことができるのか。


「どういう仕組みなのですか? これ?」

「『精霊の力』を集め、固定し、維持するものだと主は言っていましたか。

 慣れれば装飾品も作れる筈です。

 一度散らして、また作り直せば洗濯もいりません。便利でしょう?」

「ええ。ありがとうございます」


 素直に感謝した私に満足げに頷くと、エリクスは改めて私に説明をしてくれた。


 マリカ皇女が意識を取り戻してから、私が国王達の血から生まれた炎を見つけ、飛び込んでしまった後のことを。


「あの炎は本来、マリカ皇女を作り替え、魔女王にする為のものでした。

 それを貴女が浴びてしまったので、貴女の身体が作り替えられてしまったのです。

 今の貴女は身体に国王達の血という力を取り込んだ、高位魔術師を上回る精霊の力を宿しています」

「皇女が得る筈だった力を、私が……?」

「はい。その為、身体が急激に増加した力を支える為に、変生の時に成長したようですね。

 今の貴女の身体は、僕が見るに十四~五歳くらいになっているようです。

 後で鏡を持って来ましょう」


 成長している?


 身体に感じる違和感はそれだったのか。

 言われてみれば、指や手足が長くなったような気がするし、体つきも変わっている。

 胸も随分と大きくなっている。

 ありがたいことに――ではなくて。


 戸惑う私に、彼は静かに微笑して告げる。


「ノアール嬢。

 もしよろしければ、この城で僕と『魔王』をやって頂けませんか?」


 『魔王』が私に。

 『魔王』になれ、と。


 私は今現在、魔王エリクスを名乗る人の今までを殆ど知らない。


 皇女の侍女として、大聖都で何回か『勇者の転生』として会った頃に顔を合わせた。

 でも、名乗るような場面はなかったから、この人は私の名前を知らなかった筈だ。

 ヒンメルヴェルエクトで『魔王』を名乗って空に現れた時も同様に。


 あの時と今とではだいぶ口調が違うけれど、大聖都の時の『勇者エリクス』を思い出すに、今の口調が素なのだろうな。きっと。


 でも――。


「エリクス様は……」

「エリクスで構いませんよ」

「いえ、マリカ皇女もエリクス様、と呼んでいたので。とりあえずは。

 エリクス様は、マリカ皇女を自分の隣に立たせたかったのではないのですか?

 私のことを影武者の~、とおっしゃったということは、私が偽物であることは御存じの筈です」


 私はマリカ皇女の影武者。

 要するに偽物だ。


 あの黒い炎に入ってからの記憶がないし、自分の中で何がどう変わったのか、ぴんと来ないのでよく解らないけれど。


 私が『魔王』になっていいのだろうか?


「はい。そうですね。解っています」

「私が魔王になっていいのですか?」

「はい。主からもこの件に関しては好きにしていいと許可を得ておりますので」


 でも、エリクス様は静かに頷いて私を見る。


 私でマリカ皇女の代わりが務まるとは思えない。


「無論、マリカ皇女を変化させて我々の側に取り込むことが、我々が目指す最上の成功でした。ただ、貴女を得たことも、まんざら悪い結果ではないと主はおっしゃっています」


「主?」

「それが誰かは今、言うことはできません。ただ、私は『魔王』として地上の人間から『精霊の力』や『気力』を奪い、集めることを命じられています。

 報酬は、人を――勇者リオン・アルフィリーガをも超える力」

「勇者……リオン」

「ええ。マリカ皇女の側近ならご存じですよね。

 本物の勇者の転生は、マリカ皇女の婚約者リオンで、私は偽物である、と」


 はい、と言っていいのか悪いのか。


 顔に動かない笑みを張り付けたままのエリクスは、私の返事など意にも介さず続けて語る。


「私は、所謂噛ませ犬でした。

 大聖都も、ライオット皇子も、皇女も。

 私を偽勇者だと知りつつ祀り上げた。

 まあ、その誘いに自分が勇者だと思い込み、乗った自分が一番悪いと解ってはいますが。

 彼らが私に期待した役割は、リオン・アルフィリーガという存在を引き立たせ、目覚めさせること。そして手に入れること。

 真実の勇者の転生がいれば、手に入れば。偽物は用無しなのです」


 彼の言葉の一つ一つが、ちくちくとした棘になって降り注ぎ、胸に突き刺さる。

 それはきっと、私自身にも覚えがある痛みだった。


 影武者。

 代用品。


 本物がいるからこそ存在を許される偽物。

 そんな自分を、私はずっと知っている。


「そんな僕でも『本物』になれる。力を与えてやると言われて、僕は『魔王』になりました。

 ただ、魔王城にはまともな会話ができる存在がおらず。

 知性のない魔性達は手駒にして使うにはいいのですが、やはり何とも言えず不快で。

 私は対となる存在を『主』に求めたのです。

 そして、貴女が来てくれた」


「……ごめんなさい。私のような偽物が、貴方のパートナーとなるべき皇女の位置と力を奪い取って……」


 偽物でしかない私が、手を伸ばしていいものではなかった筈。

 けれど。

 彼はすっと私の目尻に指をやり、零れた涙を拭うと微笑した。

 その指先は思っていたよりも温かかった。


「泣かないで下さい。


 むしろ、今考えてみれば好都合であったと思います」


「好都合……ですか?」

「ええ」


 彼は静かに頷いた。

 どこか諦めにも似た、けれど少しだけ安堵したような色を宿して。


「私は、貴方という魔王が欲しい」


 その言葉に、胸が小さく震える。

 欲しい。


 必要だ。

 そう言われたのは、いつ以来だっただろうか。


 私はマリカ皇女の影武者として生きてきた。

 役に立てることは嬉しかった。

 必要として貰えることも嬉しかった。

 でも、それはいつだって『マリカ皇女の代わり』としてだった。


 ノアールだからではなく。


 マリカ皇女に似ているから。

 マリカ皇女の代わりになれるから。

 だからこそ、その言葉は不思議なほど胸に響いた。


「だって似合いでしょう?」


 エリクスは昏い思いを宿した笑みを浮かべる。


「偽物同士」


 その笑みは寂しく。

 自嘲するようで。


 けれど、どこか嬉しそうでもあった。

 だから私は、その言葉に返事をすることができなかった。


 ただ黙って、目の前の『魔王』を見つめ返すことしかできなかったのだ。



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