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大聖都 大神官への要請 4

 固いサークレットを付けての睡眠は、なかなか寝付けないかなあ、とも思ったんだけれど、全然そんなことは無かった。

 あっという間に眠りへ落ちた私は、夢の中。

 いつもの通り、ふわふわと白くて優しい無重力空間で――


「やあ、待っていたよ」

「ラス様」


 予想通り、待っていてくれた『精霊神』ラスサデーニア様の出迎えを受けたのだった。


 


「色々と、辛い目に遭わせちゃったみたいだね。ごめんよ」


 今、この夢の空間の中にいるラス様は『精霊獣モード』ではなく、普通――と言ったらおかしいかもしれないけれど、人間モードだった。

 私の優しいお兄さんポジション。

 私がアルケディウス皇女だから、なのかもしれないけれど、説明や話はラス様が担当していることが多いな、と改めて思う。


「あいつ、アーレリオスに怒られたことで拗ねちゃってさ。

 ガッチガチに結界を貼って引きこもっちゃっているんだ。おかげで僕らは中に入ることもできず、君を助けに行けなかった」

「お気になさらないで下さい。私がグダグダと悩んでた隙を突かれただけですから。

 落ち込んでいたところを慰めて下さったり、こうして無理して話に来て下さったりしたこと、感謝しています」


 ちょっと照れたように鼻を擦るラス様。

 うん、やっぱり私を見る『精霊神』様達の目は優しい。

 道具を見るようなものじゃない。


「今、アーレリオスはいつもの通り、君のしているサークレットを通して結界の中に穴を開けている。それでも現実の身体は入って来れないから外にいるけど、心配しないで。

 大聖都の結界を抜ければ戻るから」

「それは良かったです」

「何か聞きたいことがあるなら言って。言えることは答えるから」

「ありがとうございます」


 だから、私はラス様を、『精霊神』様達を、『星』を信じて問いかける。


「ラス様。私は『星』が作った『精霊』、道具なんですか?」


 浮かんだのは一瞬の逡巡。微かな迷い。

 けれど――


「そうだけど、違う。

 そもそも精霊石も含め、意識ある『精霊』は道具なんかじゃないんだ。

 この星で、子ども達を共に助け守る友、同士、仲間。

 兄弟にも等しいものだと僕は思っている」


 思った以上にはっきりと、首は横に振られた。

 精霊の力は助けの力。人々を守り導く為のもの。

 精霊石や人型精霊は、その為の大切な担い手なのだ、とラス様はおっしゃる。


「私は両親がいるホモサピエンスだとおっしゃったのは?」

「それも本当。嘘じゃないよ。僕は君の親を知っている。そして君の命は愛され、託されて生まれてきたものだというのも本当だ。決して便利な道具として無機質に作られたものじゃない。全ての事情を話すことは、今はまだできないけれど、信じて欲しい。

 嘘じゃない」

「解っています。『精霊神』様達は嘘をつかないって。だから……それでいいです」


 自分が人間として生まれた訳じゃない、と解った時。

 あれほどもやもやと悩んだのが嘘のように、心は軽い。


 あの時は、多分『神』が私の心にデバフをかけてたんだ。きっと。


 私がどんな風に生まれたとしても、『精霊』としての力をもって生まれなければ、魔王城の子ども達は守れなかったし、生まれてきた赤ちゃん達、各国の子ども達も救えなかった。


 私には人々を助け、守る力がある。

 そして、子ども達の笑顔を守る保育士でありたいと思っている。


 お父様は、人間でなくてもいい、一緒にいていいと言ってくれている。

 お母様は、精霊であろうとなかろうと私は私だと言って下さった。


 皆と同じで無くても。

 その輪の中に入ることが本当は許されないのだとしても。


 それでいいのだと、自分の中で納得した。

 納得することができたのだから。


 


「『精霊神』様達は今回の事情、分かってらっしゃいます?」

「おおよそはね。見ることくらいしかできなくって、やきもきしたけど。

 あそこまでやるか、って正直ドン引きだったよ」


 ラス様は皮肉めいた顔で笑う。

『神』の領域で外の様子を見ていた時も思ったけれど、どういう仕組みで見ておられるのだろう?

 まあ、貴重な質問タイムをそんなことで使う訳にもいかない。


「もし、ノアールが受けた変生の炎を私がかけられていたら、どうなってたと思いますか?」

「精神があるかないか、に寄るかな? もし、精神が奴に囚われたままで身体の内部まで作り変えられていたら、かなりヤバかったと思う。最悪だったのは、君自身の血が奪われ、変生させられていた場合かな。そうなっていた場合、『星』は君という大事な『精霊』を失い、この星の支配権をあらかた奪われてた可能性がある」

「もし、七王の血で起動した術式を私が受けていたら?」

「それも精神の有無に寄るけど、君の意識があれば逆に力が増していたかもしれないね。ただ、それは完全に人間の身体を失うことだから、今の君にはお勧めはしない」


 ってことは、『神』は私の精神を確保しておけば有利に事を進められた訳だ。

 賭けに負けたとはいえ、よく素直に返してくれたものだ。

 ちょっと背筋が寒くなる。


「……ノアールは『変生』と同じことになったって聞きました。元の人間に戻れますか?」

「悪いけど無理。一度絵の具を混ぜられた水は、二度と透明には戻らないだろう?」


 断言されてしまった。

 心臓がキュッと音を立てる。


 私のせいで、ノアールの幸せな人間としての人生が奪われてしまったのだ。

 これは、もう取り返しがつかない。


 でも、エリクスから取り戻せば、光の中でフェイと同じ、尊敬される魔術師として生きることはできるかもしれない。

 その為にはエリクスの居場所、彼の魔王城を見つけ、取り返さないと。


「マリカ」

「なんですか?」

「僕達は、君達の味方だ。頼むことがあり、頼みたい時があったとしても、君達の選択を優先する」

「それは……『精霊神』様達も私に大神官をやって欲しいってことですか?」


 正直、精霊神様達からも頼まれるんじゃないかな、とは思っていた。

 前にも言われていたし。『神』を外に引っ張り出してくれって。

『神』が結界を貼って引きこもったのならなおのこと、私は『神』とのパイプを作った方がいいんじゃないかな、と思ったのだ。


「まあ、それは、ね。できればやって欲しいと思わなくもない。というか実は思っている」


 微かに上がった唇は、自分の力ではそれを為しえない自嘲が宿っているように見えた。


「今回の大きな失敗で、奴はおそらく決意を固めたと思う。

 次に動く時は勝負をかける時。小出しに動いていたら、こっちに呑まれるってね。

 だから、地上での動きは手駒に任せて、彼は決戦と目的に向けて力を貯めることだろう。

 一年か、二年。多分、二年かな。

 君が大神殿に入って、奴を監視して、首に鈴をつけてくれると助かるは助かるよ」

「『神』に引っ張られたりしません? 力を送ることで相手をパワーアップさせてしまったりとかは?」

「君がしっかりと意思をもっていれば大丈夫。そもそも大神官になれば、その辺の加減も自分でできるし、力を送ったふりをして送らない、ってこともできるだろう?」


 なーる。

 そういうやり方もあったか。


 夏の儀式の時は控えめに。

 新年の儀式の時は、サークレットをしておけば『神』に送る力をコントロールできる。


「不老不死の民からの気力の徴収は止められないけどね。

 奴が単独で動けるようになる頃には、君の身体が成長し、自分の本来の力に耐えられるようになる。

『星』は君に問う筈だ。人として生きるか。それとも『精霊の貴人』として『星』の後継者になるか」

「選んでも、いいんですか?」

「強制はしないと思う。

 そもそも『星』の後継者というのは、『精霊神』と同じで無理に繋いでやらせて、どうにかなるってものでもないんだ。奴は君の精神を完全に殺して、『星』の端末の機能だけを求めているのかもしれないけれど」


 私は『精霊』。目的があり、使命があり、その為に作られた者。

 でも『星』も『精霊神』も、私に選んでいいという。

 成るか、成らないかを。


「君が人として生まれ、生きて。そして多くの人々と出会うことに意味がある。

 この世界を見て、触れて、感じて。

 その果てに君が決めた道、選択を僕達は尊重するよ」

「私が、前世。向こうの記憶をもって生まれたことも意味があるんでしょうか?」

「そうだね。両方の知識をもっていないと、比べることはできないだろうから。

 ……僕達はね。この地で、向こうの世界での過ちを繰り返したくはないと思ったんだ」

「はい」


 夢の中、だからだろうか。

 ラス様は多分、初めて「向こうの世界」という言葉を自分から口にした。


 やはり私達が生きる地、アースガイアと地球世界。

 二つの世界は『精霊神』と私達によって繋がっているのだ。


「ただ、僕達は愚かで、子ども達も変わらず。

 世界は理想郷にはならなかったし、できなかった」

「人間が生きる世界ですから、争いの無い理想郷になんてならないですよ」

「そうだね。皮肉にも、不老不死をあいつが与えたせいで落ち着いた感はあるけれど、そのせいでやっぱり、子ども達が本来生きる筈だった世界は歪められた、と感じている。

 だから、君が生まれたんだ。星を力づけ、子ども達を前へと進ませる導き手として」

「ラス様……」

「君が言った通り、争いの全くない理想郷は作れない。でも、それを目指していくことはできる筈だ。君には、君達には、迷い悩む子ども達を導く星であって欲しい」

「私達に、そんなこと、できますか?」

「できると信じてる。ただ、それは君達の、子どもとしての幸せと引き換えかもしれないけれど……」


 申し訳なさそうに俯くラス様。

 私達をいつも心配して下さる優しい『精霊神』様が愛しくて、私は背伸びすると、ぎゅうっと抱きしめた。


「ありがとうございます。信じて下さって。

 大丈夫です。私、十分幸せですから。この世界にやってきて、不幸せだと思ったことないですし」


 そう。私は幸せだ。

 一番辛かった奴隷時代はともかく、記憶が戻ってから一度だって不幸だと思ったことはない。


 いつも誰かが側にいてくれて、誰かの為に役に立つことができて。

 そして誰かを幸せにすることができるのなら、不運なんてことは絶対にない。


「なんで、向こうの世界から私が呼ばれたのかは解らないですけれど、でも、見込まれたのなら全力を尽くします。私、『精霊神』様の作ったこの世界、大好きですから」


 世界を巡り、人々と出会い、その土地の風土を知って。

 私は七国どこも嫌いにはならなかった。大好きになった。


 だから。

 この世界の人々が幸せになれるのなら、できる限りのことをしたいと思うのだ。


 私は保育士。

 子ども達を守り、育て、より良い環境を作るのが仕事だから。

 私のやりたいことだから。


「ありがとう……。やっぱり君は母親似、だね」


 照れたように微笑して、ラス様はスッと私の手から離れた。


「そうですか?」

「うん、まったく同じではないのだけれど、よく似ている」


 少し考える。

『精霊』ってクローンとかアンドロイドのイメージだったけれど、ラス様の言う通り『親』がいるのだとしたら、私の命も繋がってここまで届き、そして未来に繋げていけるのだろうか?


「私って、子どもを作れると思います?」

「大人になればできると思うよ。そういう面で『星』は君達の身体に手を加えてはいない筈だ」

「そうですか」


 少し、胸の奥が暖かくなる。

 夢を諦めずに済みそうだ。


「さあ、そろそろお帰り。

 皆が、君を待っている」

「はい」

「例え、側にいられなくても、姿が見えなくても、いつも僕達は君達を見守っているから」

「はい!!!」


 とん、と言葉と思いで押された背中。

 私は前に進みだす。


 行こう。

 私のやるべきことが待っている。


 


 ゆるやかな意識の覚醒。

 微睡みの中、目を醒ます。


「おはよう。マリカ。いい朝ね」

「おはようございます。…………えっ!!」


 私は意識を全力覚醒させる。


 そこには、朝の光よりも暖かく柔らかく微笑む、お母様の顔があったのだから。

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