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大聖都 決着と選択 後編

後半部のみ三人称

 落ち着いて考えれば凄いと思う。

 人の動きを遥かに超えたレベルの剣戟。

 魔王と勇者の戦いに割って入ったのだ。しかも一撃で、正確に魔王の武器を奪って……。


「そうか! ア……リオン! その鎌をこちらに!」


 慌てて拾おうとする魔王の眼前で、リオンが鎌を蹴り飛ばす。

 アーヴェントルク皇子、ヴェートリッヒ様の方へと。


 回転しながら大理石の床を滑った鎌は、ヴェートリッヒ皇子の手に。

 『魔王(エリクス)』は武器を取り返そうとしたようだけれど、間に立ち塞がるリオンの影に気付き、後ろへ飛び退いて間を開けた。


「……やっぱりだ。この鎌であるなら、不老不死者の身体にも傷がつく」


 拾い上げた鎌の先で、自分の指を切ったのか。

 皇子は指先に浮かんだ赤い雫を見つめ、頷いた。


「血を注ぐことが正しいのかどうかは解らない。

 でも、爆発の可能性があるのに放置して術式が起動。ここにいる七国の主要人物が全て死ぬようなことになれば、大陸は終わりだ。

 なら、やるしかない」

「皇子、何をするおつもりなのですか?」

「僕の血を、注いでみようか、と」

「それは!」


 部屋中の者達が、ぎょっと目をむいた。


「魔王は言った。精霊の力溢れる血を水晶に注げ、と。

 姫君の力が欲しいのは事実でしょうけれど、姫君の血でなくてはならないとは言っていない。

 なら、精霊の力を持つ王族の血であるのなら、代用は利くのではないかな?

 どうだい? 魔王?」

「さて、どうでしょうね?」

「貴様!」


 リオンの追撃をひらりと交わしたエリクスは、腰に帯びていた剣を引き抜いた。


「試してみればいかがですか?」


 鎌を奪われた焦りは、表向き見えない。


「でも……それでは……」

「姫君をここで死なせるわけにはいきませんから。なら、僕がやったほうが」

「待て、皇子」

「いや、お待ち下さい。ヴェートリッヒ皇子」


 鎌を自分の手首に当てようとした皇子を、強い声と静かな声が制する。


「俺はそんなつもりで鎌を取り上げたわけでは無いぞ」

「ベフェルティルング王……」

「そうです。それでは我々の負けです」

「メルクーリオ公……いえ、大公閣下」


 皇子を止めたのは火の国の王だけではなく、水国の新王メルクーリオ様もだ。


「それでは、一人の王族の命を犠牲にして、という結果は同じ。

 魔王はほくそ笑み、目を醒ました時、皇女は自らの命と引き換えに皇子を犠牲にした、と悲しまれることでしょう。

 それに今回の件。私には裏があるように思うのです」

「裏?」

「ええ。本当にマリカ様の血液や命を狙うだけなら、もっと手薄な時はいくらでもある。なのに何故、今を狙ったのか?

 そもそも、爆発したとて不老不死者も死ぬのか。皇女を含めた子どもだけ死ぬのか。

 魔性の力で攻撃されれば、鎌でも牙でも、爆発でも人が傷つき死ぬのか。

 私は魔王の今回の行動は、我々を試しているようにしか思えない。

 そんな奴の遊びに、聡明な皇子の――いや、皇子に限らず誰も、命を捧げるなどしてはいけない」


 確かに、エリクスにはやる気が見えない。

 のらりくらりとリオンの攻撃を受け流している。


 この襲撃が『神』と私の賭けに起因するものであり、エリクスはその尖兵であるとしたら。

 私を、それ見たことかと哂う何かがある筈なのだ。


「では、どうしたら?」

「必要なのは、一人の命ではなく、一人分の血液――と魔王は言った。

 であれば、王族複数で血を捧げれば、一人分の血はさして支障の無い量に収めて目的の分を達成できるのでは?

 いかがでしょう? ベフェルティルング陛下」

「流石、知恵を誇る水国の新王。

 説明と説得の暇が省けて助かる。協力して頂けるか?」

「無論」

「そういうことなら、私もやろう。血を抜けば、少しは体重も減るかもしれぬしな」

「若者は考えが柔軟ですな。ですが、それならば私も、孫の代わりが務まるやもしれません」


 兄王様の呼びかけに、水国、地国、木国が頷けば、


「私もご協力致します」

「一人一人の力は小さくても、合わせれば大きなことができる。

 それが大公国の理念でもございますから」

「退け、ヴェートリッヒ。であるなら王の仕事だ」


 風国、空国、夜国も同意するように前へ進み出て下さる。


「義兄上、俺は!」

「お前はマリカを守っていろ。どうしてもの時は力を借りることもあるかもしれんが、さっきも言った。

 お前達にばかり重荷を背負わせるわけにはいかん。

 この星は我らの大地であり、我らは王なのだから」


 動かない身体。

 幻影の姿。


 でも――胸が熱くなった。


 やっぱり、人間は人や子どもを道具として扱うような者ばかりではない。

 そう確信できたから。


 各国を巡り、語り合ってきた結果かもしれない。

 けれど、だからこそ嬉しかった。


 私を抱きしめるお父様に微笑むと、まずは言い出しっぺから――ではないだろうけれど、ベフェルティルング王が鎌を持ち、自らの手首に奔らせた。


「……っ!」


 流れる血液を陛下が注ぎかけると、まるで水晶が血液を飲み込むかのように吸い込まれていく。


 水晶の中央に、赤い炎のような光が宿り、明滅の間隔がゆっくりになったのだ。


「いけるやもしれぬな」

「では、次は私が……」


 順番に他の国の王達が血を注いでいくに従って、中央の炎は虹を帯びていく。


 そして、水晶はやがて明滅を完全に止め、静まった。


「よしっ!」


 安堵の吐息が王様達の間から零れた。

 私も、良かったと思う。


 そして、未だ動くことが許されていない、凍り付いた身体と声の全力で叫ぶ。


(これが、『精霊神』様が育てた子ども達。『人間』の力、ですよ!!!)


 あの水晶玉が本当に時限爆弾か、それとも違う脅威なのかもしれないけれど。

 ここまでやって、人間――国を率いる者達の善性を証明させて。


 その上でまだ爆発なんてしたら、完全に反則だろう。

 っていうか許さない。絶対に暴れてやる――と抵抗したら。


 あれ?


 パチン、と苦も無く呪縛は解けた。


「納得して下さったんですか? だったら!」


 言葉での返事は返らない。

 私に背中を向けたままの『神』は無言で、ついっ――と手を横に動かした。


 その瞬間。


「わああっ!」


 私の意識は反転、暗転する。


 例えて言うなら、足元が急にパカンと開いて落っこちた感じ。

 無限のようで一瞬の落下感覚。


 そして唐突に終わったと思って目を開けた瞬間。


「マリカ!」


 そこには、お父様がいた。

 炎のような赤い瞳が、さらに朱を帯びている。

 髭も心なしか、いつもより荒れてるな。

 ほんの数日のことなのに。


「おと……う……さま」

「戻ったのか? 良かった!」


 お父様の声に、周囲にいた王様達も駆け寄ってくる。

 気が付けば、フェイやリオンも。


 魔性達はいなくなったのだろうか――と朦朧とする頭で考えるけれど、それよりも先にすることがある。


 何日ぶり。

 思いと神経がまだ接続しきれない身体を必死に繋ぎ、唇と手を動かす。


「……ご……めん、なさい。わ、た……」

「まだ、しゃべらなくていい。ただ……戻ってきてくれた。それだけでいい」


 肌に触れるお父様の優しさ。

 周囲に集まるみんなの思い。


 これは、あの白くて冷たい『神』の異世界では感じることができなかった、生きている証。

 命の暖かさだ。


 私は人間じゃなくって、この身体も心も作りものかもしれなくて。

 でも、ここにいる。いていいと言ってくれている。


 なら、私はみんなと一緒にいたいと思ったのだ。

 冷たく何もない世界で、人形として何も考えずにいるよりも。


 苦しくても、悩んでも。

 大切なみんなの為に何かができる自分でいたい。


 だから、私はお父様の背に手を回し、確かな光に縋りつきながら告げる。


「ここに……いる。いたい……ずっと」

「ああ。お前の居場所。いるべき場所はここだ」


 伝わる体温。

 優しい思い。


 本当に陳腐で、他に思いを示す言葉が見つからないのは情けないのだけれど。


「あ……り、……が、とう」


 向こうの世界でも、この世界でも変わらない、大切な思いを。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 魔性達は駆逐され、魔王は水晶が静まった瞬間、忽然と姿を消していた。

 そして皇女の帰還。


 場は完全に勝利と安堵に弛緩していた――と言えるだろう。


 だから、気が付けなかった。

 気が付くのが遅れた。


「え?」


 慶びの輪の中に入れなかった、一人の少女以外には。


 七王の血を吸い取り、沈黙した筈の黒水晶が、その形を変えていた。


 丸く固い印象だった水晶は、まるで卵の殻に罅が入り、割れていくかのように、その皮を剝いで変わっていく。


 炎だった。


 水晶の内側に生まれた虹色の光。

 闇を宿したその炎は、音もなく静かに、けれどゆっくりと大きくなっていく。


 その時点で、声を上げれば良かった。

 誰かを呼べば良かった。


 けれど、彼女は魅入っていた。


 目の前に集まり輝く、あり得ざる『特別』の光。

 力の結晶に。


 そして気付いた。


 炎が方向性をもって動き始めたことを。

 その行く先を感じ取った時、彼女は踏み込み、炎を阻むように身を投じたのだ。


 黒い炎、その中へと。


「キャアアア!! ノアール!!」

「な、なんだ!!」


 弛緩した空気は、その叫びに一瞬で消えた。


 そして彼らは見ることになる。


 会議場の中央。

 ゆらゆらと立つ黒い炎柱と、その中で目を閉じ、眠るように立つ『皇女の影武者』と呼ばれた少女の姿を。

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