大聖都 決着と選択 前編
もどかしい。
自分で提案したことなのに、今は後悔でいっぱいだ。
皆にこんな苦難を負わせるなんて。
『やりすぎでしょう? こんなの』
『何がやりすぎだ。俺はこの目で見ないと納得しないぞ。
『星』と『精霊神』に甘やかされた人間どもの答えなど』
私達の視線と争いの先。
国王の会議場では今、一つの結論が出されようとしていた。
「何故、貴様がここにいる? エリクス!!」
「お待ちしていましたよ。皇子。それから、本物の『聖なる乙女』」
「本物?」
私を抱っこしたまま、議場に飛び込んだお父様とリオン達は、荒れた議場の様子に息を呑みこんだようだった。
粉々になったテーブル。
倒された椅子。
周囲に倒れ伏す騎士に、蠢く狼や豹。
獣の姿をした飛行魔性達。
その中央に、『魔王』が泰然と立つ。
その手に巨大な鎌を携え、足元に鮮血の花を咲かせて。
『血? どうやって?』
この世界の人達は不老不死。
普通の武器では傷をつける事も出来ない筈なのに。
「おっと、動かないで下さいよ。動くと……」
「!」
エリクスが何かを言おうとするより早く、リオンは飛翔した。
魔王の背後、その零距離へ。
「!」
広いようで、実のところは室内だからそうでもない国王会議場。
とっさに身をかわし、後ずさるエリクスの周囲で、戦いの余波だろうか、爆発するような音を立てて調度が崩れ散っていく。
リオンの閃光そのもののような連撃を、これも驚くような身体能力で、エリクスは捌き、躱していく。
前はそんなことはできなかった筈なのに。
魔王になって、彼の何かが変わったのだろうか?
「君にとっては彼など、人質の意味を成しませんか?」
「人質?」
「待って! 一端、下がって下さい! リオン!! その武器はおそらく!!」
フェイの声に目を見開きながらも、瞬時に間を開け遠ざかるリオン。
彼の目はこの時、ようやく足元に転がる人間の姿を捉えていた。
「神官長?」
そう。
血まみれで倒れていたのは、神官長フェデリクス・アルディクスだったのだ。
「本当に、一体何があったのですか? 父上」
「我々にも訳が分からぬ。突然、議場に魔王と魔性共が乱入し、神官長の身を鎌で切りつけたのだ」
「邪魔をされたくなかったのと、この方には、まあ、色々と恨みもありましたので。見せしめに。
大丈夫ですよ。逆らわなければ、他の方達は命まで取るつもりはありません」
床に横たわる神官長を見るエリクスの目は、氷のように冷たく、酷薄。
感情の色も見えない。
神官長は、エリクスを偽勇者と解って神殿に入れたと言っていたから、もしかしたら蔑み見られることもあったのかもしれない。
だとしても、傷つけて良いわけでは決してなく、彼が何を考えているのかは理解できないけれど。
「見せしめ……だと?」
「私は、不老不死者を殺すことができる――ということです。
それを踏まえて、皆さんにお願いが」
そう言うと、エリクスは手をひらりと翻し、掲げた。
浮かび現れたのは、真っ黒な水晶玉。
「その水晶に、血を捧げて下さい。
最低でも一人分。精霊の力に満ち溢れた血を。
そうしないと爆発しますよ。
ここに存在する者――いや、大聖都全てを巻き込む、命を奪う呪いとなって」
「な、なんだと!!」
ぽいっ、と彼は無造作にその水晶玉を部屋の中央へ向けて投げ入れる。
と、同時。
「な、何!!」
自らリオンへ接近し、鎌を振り上げ襲い掛かった。
「くっ!!」
リオンが短剣で攻撃を受け流す。
それと同時、フェイと、まだ動ける護衛騎士達へ、エリクスが従えていた飛行魔性が群がった。
「フェイ!」
「正直に言うと、ですね」
お前の相手はこっちだ――と挑発するように、エリクスが死神の鎌でリオンの眼前を裂く。
「私はマリカ皇女の血に宿るお力が欲しいのです」
「な!」
「ですので、その水晶玉に皇女の血を捧げて下さい。
水晶が求めるだけの血液を吸ったなら、水晶は静まり、大聖都は救われます」
「そんな戯言、信じられるものか!」
「信じないなら、それでも結構。ただし、本当だった場合の責任を取れるのであれば……」
リオンと剣を交わしながら、してやったりの笑みで告げる『魔王』の言葉は、当然、国王達に届いている。
彼らの前に、重力を無視して浮かび、チカ、チカ。
ゆっくりと見せつけるように明滅を続ける水晶玉と共に。
国王様達に選択させる為に。
その証拠に、獣魔性達は明らかに国王様達を避けている。
フェイや護衛騎士達を執拗に狙う様は、これがエリクスの作戦であることを告げていた。
焦る国王様達。
向こうで言うなら、爆発寸前の時限爆弾を前に、どうしたらいいか悩んでいる感じ。
あの宝玉を止めるには、精霊の宿る血が必要。
不老不死者は、基本的に血を流す事が出来ない。
身体を刃で傷つけて、血を捧げることができるのは、子どもだけ……。
「私が、血を捧げれば」
「其方では無理だと、さっきも解ったであろう。下がっておれ!」
苛立つような声で、前に出かけた影を皇王陛下が後ろへ押し戻した。
あ、ノアールだ。なんでここに?
もしかしたら、私の影武者として連れてこられたのかもしれない。
事情はよく見えないけれど。
……リオンの手をエリクスが、フェイの手を魔性が塞げば、血液を捧げられる存在は私だけになる。
「どうぞ、お選びを。
一人の少女の命を犠牲に全てを守るか。
それとも、少女と共に七国全て滅ぶか?」
「くそっ! ライオ!!」
リオンの悔しげな叫び声が議場に響く。
私を抱いたままの皇子の手が震えていた。
いつもなら助けてくれる『精霊神様』達が出てくる様子もない。
これが『神』の作戦であるのならば、結界や封印は対処済み――ということなのだろうか?
私は、隣で腕を組み、情景を見守るように立つ『彼』に掴みかかった。
『やりすぎでしょう? こんなの』
『何がやりすぎだ。黙れ!』
『あうっ!』
でも、軽く押された瞬間、私自身も動きが封じられてしまう。
『賭けを持ちかけてきたのはお前だ。
大人しく見ていろ。
『星』と『精霊神』に甘やかされた人間どもの答えなど、決まっているだろうがな』
視線の先、水晶玉の明滅が早くなっていくのが見て取れる。
これは、相当にヤバい奴だ。
意識の無い私を切り裂き、水晶に血を吸わせるか。
外に繋がる窓の無い会議場なので、投げ捨てることもできない。
「私が、サークレットをもってきていれば……」
悔しげに呟いたシュトルムスルフトのアマリィヤ様。
その声を聞いた瞬間、ハッ――と幾人かの王が顔を上げた。
何かに気付いた、というように。
と、同時。
ゆっくりと動き出し、お父様に近づいたのはベフェルティルング陛下。
「ライオット。剣を借りるぞ」
国王会議の間、各国王は他国への信頼の為に、王杖やサークレット、武器などを帯びることはできない。
オブザーバーの同伴者も同様。
武器を持っているのは護衛騎士と、今はリオンとフェイ。そしてお父様だけだ。
私を抱きしめ、身動きできなかったお父様は、腰に帯びていた剣を陛下に奪われてしまう。
「義兄上! 何を」
「お前にばかり、罪や苦悩を被せてはおくわけにもいくまい。
だから……俺がやってやる」
国王陛下は白銀の剣を構え――
次の瞬間!
「なに!!」
ガキン!! カラララン――!
鋼が噛み合う音が響き、何かが床に落ちる。
「偽勇者への、仕置きを……な」
床に落ちる死神の鎌。
あっけに取られる魔王と勇者、その狭間。
割って入った戦士の国、火国の王は、にやりと不敵な笑みを見せたのだった。




