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大聖都 過去への誘い

 画面の向こうで、私は座っていた。


 不思議な事に、この白い空間にいると、大聖都の事ならなんでも見えるみたいだ。

 願えば、画面が中空に浮かぶ。


 流石に、アルケディウスの事は見えないけれど。


「マリカ皇女が意識を失ったのは、アルケディウスが彼女に負担を強いていたからではないのですかな?」


 国王会議の議場は見える。

 随員も殆どなく、一人席に着くアルケディウス皇王陛下に、そう厳しい目を向けるのはヒンメルヴェルエクト大公閣下だ。


「マリカ皇女は不老不死を得ていない十一歳の少女にすぎん。

 それなのにアルケディウスは彼女に『新しい食』の全体指揮、新技術の纏め、精霊古語の指導、孤児院の監督、それに加えて神殿の神殿長までやらせていたというではないか?

 日頃の激務と心労が積み重なり、倒れられたのではないのか?」


 随分詳しいなあと思ったけど、そういえばヒンメルヴェルエクトから魔術師見習いのヤール君が派遣されていた。

 別に国家機密という訳でもないことだし、伝わっていても不思議はないか。


「確かに、マリカに歳に不相応な負担がかかっていたことは否めません。

 出来る限り仕事は分け合い、休息なども取らせていたつもりですが、心労や負担はあったかもしれないと反省しております」


 皇王陛下のせいではないのに。

 辛そうに頭を下げるお祖父様に、申し訳ない気分になる。


「まあ、あまりそう皇王陛下を責めてもどうかと思うぞ。大公閣下」

「そうでございますわ。それで言うのであれば、幼いその身に一番の負担となっていたのは、長旅を伴う七国への派遣と指導でございますもの」


 そんな皇王陛下に助け舟を出して下さったのは、プラーミァの国王陛下と、シュトルムスルフトの元公主様。


 公主様は既にトップの地位を公子メルクーリオ様に譲っているけれど、化粧品関係のオブザーバーとして会議に出席している。

 こういう時には、経験と積み重ねがものを言うよね。


 長い付き合いの王お二人にやんわりと注意され、悔しげに大公閣下は口を噤む。


「まあ、それはそれとして。マリカ皇女の意識はまだ戻りませんの?」

「『神』の元に呼ばれているので、いつ戻ってくるかは『神』の御心次第。と神官長は申しておりました。

 早ければ明日にでも。遅ければ数年先になるやもしれぬ、と。

 復活した『精霊神』様が働きかけて下さっているようですが、なかなか……」

「まったく。真なる『聖なる乙女』の輝きは『神』をも魅了するか。うちの偽乙女とは大違いだ」

「皇帝陛下。そのような事は……。アンヌティーレ様とて麗しく、五百年の間、世界を照らした『聖なる乙女』ではありませんか」


 吐息と共に愚痴をこぼすアーヴェントルクの皇帝陛下を、アマリィヤ様が諫める。


 でも皇帝陛下は、不機嫌そうに顔を逸らしてしまわれる。

 まあ、アンヌティーレ様が『聖なる乙女』として我儘することで、色々と思う所やジレンマが御有りだったみたいだから、それは仕方ないのだけれど。


 側のヴェートリッヒ皇子は苦笑いしている。


「それで、今後アルケディウスはどうなさるおつもりか?」

「どう? とは?」


 心配そうに声をかけて下さるのは、エルディランドのスーダイ大王。


 質問の意味が解っているのか、いないのか。

 問い返す皇王陛下に向けるスーダイ様の目は真剣だ。


「マリカ皇女の今後、だ。

 本当にすぐ意識が戻るのなら良いが、下手したら何年もこのまま、ということもありうるのだろう?」

「そう、ですな。とりあえず会議が終わるまでは様子を見て、その後、国に連れ戻ります。

 母親も心配しておるでしょうし、意識が戻るまで国で看病するつもりです」

「大神殿に預ける、という事はしないのだな?」

「無論。

 大神殿で預かった方が『神』が早くマリカを返して下さる可能性も高く、国にも面倒がないのではと、神官長にも言われましたが、そのようなつもりはありません。

 マリカは、アルケディウスの皇女。

 我が国が最後まで責任をもって守ります」

「覚醒が一年後、十年後になっても?」

「はい。あの子は今まで、十二分に働き、国と世界を導いてくれた。

 いえ、そんな働きが無くても、愛しく大事なアルケディウスの娘ですから」


 ほう、と安堵とも感心とも言える声が聞こえる。


 各国王が、皇王陛下の示した意志に敬意を表したのだろうと解る。

 少し、ホッとした。


『ほら、ちゃんと使い物にならない道具でも大切にしてくれるって言ってますよ』


 私は振り返り、側で腕組みする『神』を見やる。


『まだだ。単に今まで役に立っていたから、というのもあるだろうし、捨てた後、直ったらもったいないと思ったからかもしれない。

 それに、お前自身を大切にしている証明でもない』

『うー。それじゃあ、どうしろって言うんですか?』

『今、準備をしている。もう少し待っていろ。

 人間はどうしたって自分が一番かわいいということと、人外の存在を本当の意味で仲間や友として認めることはない、と証明してやる』


 私と『彼』は、賭けの真っ最中。


 人は、人間を道具のように使い捨てるばかりではない。

 私には帰る場所がある。


 それを『彼』が納得してくれたら、戻してくれる約束。

 そして『彼』は、本気で何かを企んでいるようだ。


 私はちょっと肩を落とし、応接間で座す私に視線を戻した。


 椅子に座って、身動き一つしない私がそこにいる。

 綺麗な服を着て、髪も梳かして貰っているので、本当に人形みたいだ。

 部屋の中は明るく、無人な時がない。


 窓際に座ったアレクが弾いてくれるリュートの音も、絶えず聞こえてくる。


「マリカ様、眩しくはありませんか?」


 ミュールズさんが、顔に当たる日光を遮るようにカーテンをかけてくれた。


 今の私は身体と心が繋がっていないので、眩しいとか感じもしないけれど、その気持ちが嬉しい。


 いつも侍女の誰かが側にいる。

 ミーティラさんも、カマラも側を離れない。


 ユン君はどうしたんだろう?

 あれ? リオンやお父様もいないや。


 どうしたんだろうと、チューニングを合わせようとしたら。


 部屋が少しざわついている。

 誰かが入ってきたみたいだ。


 入ってきたのは、お父様だった。

 リオンにフェイも従えている。


『お父様?』


「マリカをちょっと連れ出す。夜までには戻ってくるから心配するな」

「皇子?」


 お父様は側仕え達にそう言うと、返事を待たず、椅子に座った私を軽々と抱き上げてマントに包んだ。

 そして、フェイとリオンに合図をすると、そのまま、ふいっと消えてしまったのだ。


「あ、あれ? どこに行ったの?」


 カマラさえも置いていったお父様。


 でも、私の事だから、映像が乱れたのは本当に一瞬で、直ぐにまた画像が浮かぶ。


 なんだか空撮しているような感じ。

 本当にどういう仕組みなのかな、これ。


 周囲の様子からして、どこかの屋上みたいだ。


 見下ろす眼下の光景は、アルケディウスじゃない。

 多分、ルペア・カディナ。


 ってことは、鐘楼かどこかの上なのだろうか?

 こんな場所、大聖都にあったんだ。


「ここに来るのは、五百年ぶりか? アルフィリーガ」


 お父様は私を抱き上げたまま、振り返り、リオンを見やる。


「お前が、あれ以来来ていないのなら、そうだろうな。

 最後の夜、ここで。二人で話をし約束した。

『神』との会見が終わったら、また一緒に旅をしよう、と」

「ああ。あれは嬉しかった。お前が。『精霊の獣』が俺達に願いを、言ってくれたんだからな。

 それにここは『あの時の場所』とよく似ている」


 気が付けば、もう夕刻に近い時間になっていたのか。


 空気が暁色を帯びて、眼下の街を金色に染めていた。


 夜のとばりが降りる前の、僅かな時間。

 路地から徐々に人が消え、代わりに家々に灯る灯りの数が増えている。


 綺麗だな。

 陳腐だけれど、そう思った。


「マリカ。俺の声が聞こえるか?」


 お父様が、腕の中の私に話しかける。


 外の世界の私の身体は動かない。

 人形のように硬いままだ。


 けれど、きっと返事を求めていた訳では無いのだろう。


「聞こえているか、聞こえていないか解らないが、ちょっとした思い出話を聞いてくれ。

 俺が、生きて、今ここにいる理由。

 それは……アルフィリーガに出会えたからだ」


 大きな鐘の下。

 開かれた窓に腰を下ろし、隣に人形のような私を座らせて。


「最初に言っておく。俺は、お前達を守る。

 精霊であろうと、人間であろうと関係ない。

 そう。関係ないんだ」


 お父様は語り始める。


 孤独な一人の皇子が、光に出会うまでの物語を。

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