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大聖都 『神』と保育士の賭け

 胸の中で、悩みが、思いが、昏く渦を巻く。


 私は、人間じゃない。

 皆と同じじゃない。

『星』の道具なのだ。


 そこに、声が聞こえた。


「マリカ!」

「マリカ様」


 私の意識が、ぼんやりと形を取り戻す。


 甘い香り。

 優しく甘やかな音楽の音色。


 解けていた自分を自覚して、届く感覚にチューニングを合わせていると、また声が届く。


 さっきのとは違う。

 ダイレクトに伝わる、強い声で。


「マリカ。『星』の端末にして道具。『聖なる乙女』」


 誰かが、私に呼びかけている。


「我が意に従い、その力を示せ。

 お前の力は、我が為に。子ども達を守り、導く為にあるのだから」


 目の前の少年を『感じて』、なんだか、だんだん頭の中が明確になった。


 どこか寂しげな眼差し。

 放っておいてはいけない。

 そんな思いが胸の中に湧き立つ。


 何かが伸ばされ、私に触れた。

 そして、入ってくる。


 頭の中で光がチカチカと明滅し、私の返事を待つのではなく、強引に手を引き、変えようとしているのを感じる。


「今、お前の記憶を初期化する。今後は私の娘として、手足として、アルフィリーガと共に……」

「だ、ダメ……」

「は?」

「人権侵害!」

「わああっ?」

「人の気持ちを考えずに、自分の思いを押し付けちゃいけないって教わったでしょ!」


 バチン!


 稲妻が弾けるような拒絶の音がすると同時に、私の意識が『身体』を取り戻した。


「せ、せんせい?」

「先生?」

「あ、いや違う。お前? 一体どうして?」

「人をお前呼ばわりしない! 私にはマリカって名前がちゃんとあるんです」

「マリカ。何故、私の暗示を破った?」

「暗示?」


 私の身体――イメージは、仁王立ちして一人の青年の前に立っていた。


 一応、服も作ってある。

 保育士のエプロンドレス。

 私にはこれが一番イメージしやすいみたいだ。


「貴方、私に一体何したんですか?」


 目の前の人物が、奥の間で現れた『神』と同一人物だというのは解る。


 だけど、『あの時』に感じた恐怖とか、異質感とかが、今は薄い。


 金髪、碧の瞳、白い肌。

 ちょっとおどおどした感じのティーンエイジャー?


 私の突然の覚醒と怒鳴り声に驚いて、目を瞬かせている感じだ。


 不思議。


 私の魂? 心は彼を、守らなきゃ、助けなきゃって思っている。

 感じている。


 いや、相手の方が間違いなく強いんだけど、何故か聞き分けのない子どものような……。

 放っておけないような……。


「お前の精神、所謂魂、心をこちらに呼び寄せただけだ。

 まあ、その過程で色々と誘導はしたが」

「誘導?」

「私が必要としているのはお前の身体と能力。だが、それを手に入れる為には心を獲得しないといけない。

 だから、薄く、暗く、重く暗示を……かけて、自意識を手放すように……」


 言い訳するように『彼』は応える。

 ああ、だから妙に今、頭がスッキリしてるのか。


 あんなに悩んで落ち込んでいたのが嘘みたいだ。

 というか、今までがおかしかったのだと今なら解る。


 私はちゃんと覚悟を決めていたつもりだった。


 精霊でも、人間でなくても構わない。

 大切な人達の為に、全力を尽くすと。


 それがあんなに、自分でも解らないくらいに落ち込んでしまったのは、勿論真実を突き付けられたってこともあるけれど。


 この人が、いや、『神』が大聖都の水や食べ物を通じて、何か暗示(デバフ)をかけていたのだ。

 きっと。

 影響はそんなにない、って言われて油断した。


「止めて下さい。プライバシーの侵害ですよ?」

「プ・プライバシー? だと」

「そうです。人の心はそれぞれのもの。誰も介入してはいけないし、否定してもいけないものなんです」


 私は目の前の存在に言い聞かせる。


 身体が無くなり、魂というか心だけになって。

 今、私はマリカより、転生前の北村真里香に近くなっている気がする。


 私が『星』の作った道具で、『人造人間』とかクローンだったら、どうしてそんな記憶があるのか解らないけれど。


 でも、肉体を持たない分、私は『私』であることを強く感じていた。


「お前は、人間ではない。作られた存在だ。心など必要ないだろう?」

「そう、かもしれませんね。でも……」


 目を閉じる。


 意識をはっきりと確立させたせいか、さっきよりもはっきりと伝わってくる皆の思い。

 さっきまで、ドロドロ、ドロドロ悩んでいたことが嘘のように晴れ、やるべきことがちゃんと『見える』。


「マリカ!」

「目を醒まして下さいませ」

「また、其方の笑顔を見せてくれないか?」


 私を呼んでくれる声がする。

 私という存在を求めてくれる人がいるのなら、私は応えなくてはならない。


 ううん。

 応えたい。


「いいんです。道具でも。皆が幸せになるのならそれで。

 保育士って、元からそんなものですし」

「本当にそれでいいのか? 人間はお前の献身など気にも留めぬ。

 自分の良いようにならなければ怒り、文句を言い。作り替え、そして捨てるだけだろう?」

「そういう人ばっかりじゃないですよ。ちゃんと解ってくれる人もいますし」


 おや、意外。

 私の事を心配してくれているのか。


「私はお前を大事にしてやる。決して見捨てたりしない。

 私の目的、子ども達を守る為にはお前が、お前達が必要なのだ。

 だから、私に従え!」

「そうやって自由を奪い、縛り上げて、命令したり洗脳して考えに従わせることは、大切にしていることじゃないですって」

「利用され、自由を奪われ、ボロボロになるまで使われて、最後にはその命をすり減らして死ぬ。

 俺は、そんな辛い目をもう誰にもさせたくない。人に、あいつらに、『星』に任せておけば、また良いように使われて使い捨てられるのがオチだぞ」


 あ、違うな。


 心配しているのは、私じゃない。

 私じゃない誰かを見て、それを重ねているんだ。


「俺はそんなことはしない。……辛い思いを感じなくて済むように、心を操作したりはするかもしれないが、それでも!

 最後まで、見捨てたりしない! 絶対に!!」

「だから、そこがプライバシー侵害なんですってば」

「心や、人の意志など道具には不要だと何度も言っている!! あるからこそ、辛く苦しい思いをさせるのだ。献身に報いてやれぬのなら、せめて苦しみくらいは取り除いてやらねば」

「報いてあげればいいだけじゃありません?」

「煩い! 黙れ!」


 うーん。

 言葉が通じているのに話が通じない様子は、神官長に似てる。


 流石主?


 本当に子どもが駄々をこねているようだ。

 ただ、『私』じゃないけれど、誰かを愛し、私を心配してくれている。

 悪い子じゃなさそうなんだけど。


 私は息を吐いて、『彼』を見やった。


「――じゃあ、賭けをしませんか?」

「賭け?」

「今、私の身体は魂が無い状態、なんですよね?」

「ああ。そうだ」

「その身体を、もう動かないから必要ない、とアルケディウスや他国が見捨てて、神殿に渡したら、私は貴方に協力するっていうのはどうでしょう?」

「俺に協力する?」

「ええ。力を捧げ、目的に協力します。

 でも、その代わり、役に立つから私を愛しているのじゃない、って納得したら返して下さい。私を、皆の所へ」

「……期限は?」

「貴方が納得するまで。あんまり長いのは困りますけれど。

 夏まで拘束してたら、儀式で奉納舞してあげられませんし」

「……それで、いいのか?」

「大丈夫です。私、自信がありますから。

 みんなは私を見捨てたりしない。正体が知れたとしても、道具としてじゃなく、家族として、仲間として見てくれる。って」


 ちょっと、嘘じゃない嘘をついた。


 不安はある。


 私が役に立たない人形であっても、みんなは愛してくれるのだろうか?

 人間じゃないと知れたとしても、仲間として接してくれるだろうか。


 お父様やお母様、リオンはともかく、フェイやアルは大丈夫だろう。

 でも、他の人は?


 そんな不安は、ポーカーフェイス。

 胸の奥に押し隠す。


 涙や苦しさを子どもの前で見せないのが、保育士だ。


「良かろう」

「あっ」


 周囲にひらひらと光が散ると、私と彼の間に集まり、不思議なチェーンが結ばれた。


「長くはかけぬ。

 この会議とやらの間に決着をつける。

 あいつらの『子ども達』の末が。この星に根付いた人間が、大人が。

 役に立たない子どもの為にどれだけ真剣になれるか。

 見せて貰うとしよう」


 ぶわり、と空間が音を立てて揺れ、空気中に画像を結んだ。


 凄いな。

 テレビみたい。


「あ、私がいる。どういう仕組みなんですか?」

「聞くな」


 そうして、私達は見つめる。


 人と、精霊。

 大人と子ども。


 皆が自分の意志で選んだ、一つの結末を。

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