大聖都 私の正体
「貴女が巻き起こす騒動の本質が、解ってきたように思います。マリカ」
舞踏会の後。
アルケディウス宿舎に戻っての反省会の場で、皇王妃様は吐息と共に私へそう告げた。
「私の、本質、ですか?」
「貴女には『能力』とは別に、物事の最短最善の道を見出す力があるようですね」
「物事の最短、最善の……道?」
「そう。
最初に出会った時。孤児院を作りたいと交渉してきた時もそうだったけれど、何か事を成すにあたり、貴女は意識してか、そうでないのか解りませんが、様々な方法の中から最短、もしくは最善の道を見つけ出すのです」
「それって悪い事ですか?」
自分では失敗もいっぱいして、周囲に迷惑をかけている自覚があるから、最善の手をとっているとは思えないけれど。
最短の道を選べているのなら、それはいいことでは無いだろうか?
「悪い事では無いのですよ。勿論。
ただ、少し遠回りすれば最短ではないにしても、もう少し穏やかに事を運ぶ方法があっても、目に入らなくなってしまう様子。
しかも、その最短の方法は貴女にしか見えないから――いいえ。もしかしたら、貴女自身にも見えていないから、周囲がそれを理解、援助しきれずに騒ぎになってしまうのよ。きっと」
「それは、さっきの舞踏会でも感じたな」
「お父様」
皇王妃様の指摘に、納得した。というようにお父様が頷く。
「舞踏会の挨拶、情報交換というものは、今まで一国、多くても二国で行うものだった。
七つの国と大聖都。どうしても優先順位がつくし、国同士、全てを曝け出す事はできないからな」
プラーミァのオルファリア様もおっしゃっていた。
国王会議と名がついていても、ほぼ決まった事の報告会と個別会談だったって。
国交もほぼ隣国同士で事足りて、よっぽどの縁がない国とは関わりを持たなかったって。
「それが、いきなり七国首脳会談だ。
全ての国が第一に交渉し、国同士の縁を結びたかったのがアルケディウスだったことを差し引いても、非公式の場で七つの国の権力者が一堂に会し、あまつさえ自国の特産品や秘技を見せ合うなど、今までは考えられない事だった。
その前代未聞の場を作り上げたのは、お前だ」
「あ……う……」
否定できない。
確かに舞踏会の明るさと、ゴムとか時計とか今までにない新技術に舞い上がって、一つのテーブルに七国のトップを着かせた自覚は、ある。
「結果として、今までの型に嵌った交渉とは比較にならない成果が見られ、明日からの交渉、中日と最終日の国王会議の話し合いも活発になり、国同士の連携なども進むようになったのは間違いない。
だが……お前、国王会議の場に呼ばれただろう?」
「はい」
舞踏会の会談で、ヒンメルヴェルエクトは念願の科学の国フリュッスカイトに接触。
化学薬品や石鹸などについての知識を得て、プラスチック関連の石油化学工業を大きく発展させられそうだ、と話をしていた。
シュトルムスルフトのアマリィヤ様は、プラーミァ国王ベフェルティルング様に正式に昔の事件について謝罪。
ベフェルティルング様も逆に謝罪し、国の立て直しへの協力を約束した。
一番の案件としては、火の精霊術についての技術協力。
プラーミァには火の王の杖は無いけれど、火の精霊術が一番働きやすい国ではあるから、石油精製のプラントのようなものを国境に建てようという話まで出ている。
さらにベフェルティルング様は。
「風国の協力が得られるのであれば、チョコレートの精錬が時計を動かすのと似たような形で自動化できるのではないか?」
と、ノリノリだったのだ。
そういう提案自体は悪くない。
悪い事では無いのだけれど。
話題を振り、仲介した私でさえ、舞踏会で話していいのかな、って思うところまで皆で話し合っていた。
中世異世界に、一気に石油に、ゴムに、電気、化学薬品、プラスチックに化学繊維。
腕時計に、挙句の果てが通信鏡だ。
私が知らせ、各国に『精霊古語の書物』があったとしても、異常なスピードだと思う。
停滞の五百年とは比べ物にならない。
とんでもない勢いで、世界が動き始めているのを感じる。
「お前は今まで以上に縛られるぞ。
いいのか? それで」
「各国が発展し、元気になるのなら、それはそれで……」
「お前には夢があったんじゃないか?
子ども達が笑顔でいられる環境を作る。
各国の進歩や発展が、お前のやりたかったことなのか?」
「国が豊かになれば、子ども達を養う余裕も生まれる。
これもある意味で言えば目的への最短手段かもしれませんが、私も一個人がやるにはやりすぎだし、急ぎすぎだと思いますね」
お父様は、私を心から心配してくれているのが解る。
言われてみれば、子どもを守るのに、新しい食材の発見はともかく、科学や新技術に手を出す必要は無い筈だ。
料理指導を求められて各国に行ったのなら、仕事だけしてくれば良かった。
おかげで、孤児院どころか、魔王城の子ども達とも日々遠ざかっている。
なのに……止まらない。
止められない。
目の前で困った人がいれば助けたいと思うし、国々がもっと暮らしやすくなればと思って口出ししてしまう。
私は、私の行動にブレーキをかけることができない。
おかしい、と今、初めて気が付いた。
「それが、マリカという娘だ。仕方なかろう」
「父上!」
皇王陛下が、柔らかい説教を続けるお父様と皇王妃様に軽く手を振った。
「后が言う通り、マリカは問題解決の為の最適解を見つけ出し、実行する力を有している。
それはマリカという娘が持って生まれた定め。
『精霊女王』の化身。
『星』に愛された『聖なる乙女』の役割なのだ」
きっと私を庇い、励まして下さるつもりの皇王陛下の言葉。
でも、なんだか今は胸に詰まる。
大聖都に来て以来、妙に色々な事が『解る』気がする。
「なれば、その行動を止めることはできぬ。
世界の変革。動かない時の終わりを『星』はお望みなのだ。
我々がすべきことは、マリカの行動と思いを信じ、助ける事。
その自由を守ることだと私は考える」
そのお心遣いが嬉しい気持ちは確かにあるのだけれど。
お父様やリオン、フェイが気遣うように見ているのも解るのだけれど。
ダメだ。
顔が上げられない。
今まで気付いていなかったこと。
気付かない振りをしていたことが、胸の中でパチパチと火花を上げるのだ。
気付け、気付けと迫るように。
「故にマリカ。其方は基本的には其方の信じ、正しいと思う事をすればよい。
『神』と『星』の代行者、という神官長の言葉は盛りすぎだとは思うが、それが七国、ひいてはこの『星』を動かし、導くことになるだろう」
「……ありがとうございます」
きっと、私にしか理解できない不快感。
胸の中をぐるぐる、もやもやと言葉にできない思いが渦を巻いている。
それを胸の中で飲み込んで、膝をついたのだった。
その日の夜。
私は一人、ベッドで眠れない夜を過ごしていた。
明日からも会議は続く。
今日の情報交換が有益だったと見えて、午前中は全日、会議になったらしい。
そして私は、明日以降、会議にオブザーバーとして入れと言われている。
私の去就、とオルファリア様がおっしゃった件や、来年以降の訪問についてだけではなく、諸国を旅した者として道路整備の順番や注意点などについて意見を話すよう申し付けられたからだ。
私を置き去りにしてスケジュールを決めると言わないだけありがたいけれど、余裕はきれいさっぱり無くなった。
面会の要望はひっきりなしだし、エルディランドとプラーミァは明日の昼餐と午餐にもお招きする。
明日以降は、他の四国も期待している事だろう。
メニューを立てて、ザーフトラク様と相談して。
やるべきことはたくさんある。
夜更かししている余裕はないのだけれど、眠れない。
儀式の後から、妙に頭の中がクリアで、色々な事を考えてしまう。
私が布団の中で唸っていると。
「マリカ」
「え?」
私を呼ぶ声。
思わず跳ね起きた。
深夜、誰も入って来れる筈のない皇女の寝室に、男子の……声?
身体を起こして部屋を見回せば、ベッドサイドにリオンが立っている。
静かに、というように口元に指を立てて。
「リオン! どうして?」
声を潜めながらも、動揺を隠しきれない私に、リオンはどこか困ったように微笑んでいる。
「ライオから、お前を見舞ってやってくれ、話をしてきてやれと頼まれたんだ」
「お父様が……」
お父様は、人の心の機微を感じ取ったり、状況を理解することに長けていらっしゃる。
私がもやもやと悩んでいることに気が付いたのだ。
だから、リオンを差し向けた。
「ティラトリーツェ妃との約束を破ると言えば、破ることになる。
だから、嫌なら帰る。
でも……少し、風に当たらないか?」
「……うん。お願い。連れて行って」
私は立ち上がり、リオンの胸に顔を寄せた。
なんだか涙が出そうだ。
我慢できるかな、って思ったけど、多分もうできない。
「解った。行くぞ」
リオンの手が肩に回されたと同時、風が揺れる。
瞬間移動。
気が付けば私は、大聖都の中庭にいた。
アルケディウス区画の中庭。
その東屋に、目立たないように軟着陸する。
去年もここで、リオンと話をした。
あの時は、突っかかってきた偽勇者エリクスをやっつけて、って話をしたんだっけ。
一年前の事なのに、凄く遠く感じる。
月もあの時と同じように明るい。
雲もない。
異世界でも、この優しい光は向こうの世界とよく似ている。
リオンの顔が、灯り無しでも良く見えた。
部屋に置いてあった寒い時用のガウンも持ってきてくれたみたいで、そっと肩にかけてくれる。
私を気遣ってくれる優しい眼差し。
それを曇らせることは解っているけれど、口にする。
「ねえ、リオン。丁度いいから、教えて」
「……なんだ?」
覚悟を決めて。
気付いてしまったコトを。
「私って、皆と同じ人間じゃないんだね」
微かな逡巡。
そして、噛みしめるような、でも確かな答えが返る。
「ああ。俺とお前は『星』によって作られた、生まれながらの『精霊』だ」




