空国 ヒンメルヴェルエクトの今までとこれから
『精霊神』様復活の翌日からヒンメルヴェルエクトでの仕事が始まった。一日お休みは頂いたけど。
「ヒンメルヴェルエクトは、『新しい食』の実現の為に可能な限りの準備をしておりましたの。必要なものはなんでもおっしゃって下さいませ」
ヒンメルヴェルエクトにおいて、公子妃マルガレーテ様が私について助手を買って出て下さったので材料の調達などもスムーズに進んでいる。
小麦、卵、コーン、牛乳などもしっかり入手でき砂糖も確保済み。
果物や野菜も可能な限り、氷室などで集めておいて下さった。
本当にお待たせしてしまったんだなあ、と反省しつつ、私はとにかく、期待に応えできる限りの料理を教えていくことに全力を注ぐ。
まずは基本の酵母の作り方分け方、育て方。
「このこうぼ、ですか? 姫君の特別な薬を入れて作られたパンは美味ですね。
ハンバーグやソーセージ、ベーコンは商人がアルケディウスに赴きレシピを買い取ってきていたので徐々に広まりつつあるのですが。
こうしてパンに挟んで食べるのは格別ですわ」
ハンバーガーを遠慮もなしにかぶりつく公子妃様。口元にケチャップがついて、それを指で拭う姿も色っぽい。
美女っていいなあ。
「手間と時間はかかってしまいますけどね。
ドライイーストやベーキングパウダーができるようになれば、もう少し手軽になるかな、と思うのですが」
「どらいいーすと? べーきんぐぱうだー?」
「ドライイーストは酵母を乾燥させて加工しやすくしたものです。
ベーキングパウダーは重曹という特別な薬品で食べ物を膨らませやすくするものです」
本当に昔の人は偉いと思う。
どうやったらイースト菌だけを取り出して、乾燥させてなんてことができたのだか未だに解らない。イースト菌そのものは周囲に普通にいるのだろうけれど見えないし、顕微鏡とかもないし。重曹なんてもっと謎だ。今、一番見込みがあるのはフリュッスカイトの炭酸ソーダを電気分解して作り出す方法だけれども、電気を作るということそのものができるかどうか?
もしかしたら精霊魔術でなんとかする方法もあるのかもしれないけれど、なかなかに難しい。
時間をかけて少しずつ調べて考えて、技術の階段を上っていくしかないからね。
ハンバーガーにはケチャップが欠かせない。
ソース、お酢などの作り方も忘れずに。お酢があれば野菜で酢漬け、ピクルスができる。
ヒンメルヴェルエクトはサフィーレ リンゴがけっこう取れるんだって。
だからリンゴ酢を中心に作り方、お酢発酵の仕組みを知らせた。
お酒あるところお酢あり。最終的にはコーンからもお酢は作れるかもしれない。
醤油は作るのは難しいのでエルディランドのものをプレゼンテーションすれば料理人さんたちの目の色が変わるのはいつものこと。
醤油つけて焼いたコーンの美味しさは折り紙付きだ。
柔らかいパン生地とケチャップがあれば、ハンバーガー、ホットドック、ピザも含めて手軽で美味しいアメリカ料理の定番が色々と作れる。
パスタも基本ができれば応用が色々と可能だし、パイはまだ難しいけれどパン生地に甘いリンゴのフィリングなどを包んで焼けば、美味しい菓子パンになる。
今の所作る料理はどれも好評でこの国の人達の舌にも合う様子。
とりあえず、今の所アメリカ料理&日本の洋食もどきで行っても良さそうだ。
調理実習後
「やはり姫君に来て頂けて良かった。一年間待ったかいがありました」
大公閣下はそう言って下さった。
本当に、嬉しそうに。
昨日の儀式の後、私は『精霊神』が無事に復活したことを伝え、精霊獣と頂いた新しい冠を大公閣下達にお渡しした。
「これは、これは……。まさか私の生きているうちにこのような奇跡を目の当たりにできるとは」
大公閣下だけではなく、公家の皆さんも、大貴族達もみんな目を輝かせている。
ちょっと見、可愛い子犬にしか見えない精霊獣だけれどよく見れば解るレベルで精霊の力の塊。
公子様が彼を抱っこして
「お力をお借りできますか?」
と言ったら、凄い数の光の精霊が周囲に集まってきたくらいだ。
サークレットは偽物であったことは伝えずに『精霊神』様が力を分けてより良いものに作り直して下さった、と伝えお返しする。
「ほほう、前よりも細工も美しく、力も上がっているようですな。
アリアン。これも身に着ければ魔術が使えるようになるのではないか?」
「……流石に女性用の冠を付ける勇気は……。サイズも会いませんし」
うん、まあそうだよね。
子どものフェイと違ってどう見ても二十代後半、逞しいアメリカ男性が優美なサークレット被るのは似合わない。
魔術を使う時には精霊獣様に力を借りる。ということで納得したようだ。
可愛いハスキー犬。
今の所、しゃべらないし圧もかけない。従順な愛玩動物して、でも王子の側を離れない。
『精霊神』の復活と『精霊獣』の降臨、そして
「『精霊神』が復活下さったことで、この国はより豊かになることができる!
我々一人ひとりが力を合わせ、共に前進することが大事なのだ! 皆、力を貸してほしい!!」
『精霊獣』による公子の王族魔術師としての演説&光の精霊を呼んだパフォーマンスに国中がお祭り騒ぎっぽくなっているそうな。
この辺、凄いなって思う。公子様を始めとする国全体のバイタリティ。
「王都も大祭よりも盛り上がっておりますわ」
とはマルガレーテ様談。本来なら大祭で帰る大貴族達との対応、市民議会、貴族議会の調整で公子様始め国全体が今大忙しだという。
だから、マルガレーテ様が私の世話役について下さったのだ。勿体ないけれど
「私、姫君の舞に心から感動いたしましたの。
ぜひ、仲良くさせて下さいませ」
「こちらこそ、ぜひ」
プラーミァから数えて二人目の友達GETはちょっと嬉しい。
友達、というには外見年齢二十代半ばに見えるマルガレーテ様は大きすぎるけど、それでいったら不老不死世で私より年下なんてまず王宮にはいないし。
『敵』のスパイの可能性もあるオルクス様より気も楽に過ごせるから助かるし。
「来年は麦とトウモロコシ栽培に力を入れようという提案が早速臨時議会から上がりました。
今まで仕事にあぶれていた流民、特に男達に農業という仕事を与えられる事は国全体に良い影響を与えると、今年の結果で解っていましたが、姫君の来訪でさらに来年は育成が促進されそうですな」
「確か、ヒンメルヴェルエクトは織物がお得意なんですよね」
「左様。精霊神が構造を教えたとされる機械式織機が残っておりましてな。年々改良を加えて今ではかなり作業員の負担が軽減されるようになっております。それでも人力なので作業環境を良くするためにより明るい灯火を求めるなどしていました」
なるほど。いち早く石油を輸入なんてしていたのはその辺からか。
「今までシュトルムスルフトから輸入していた灯火用の油も精製が行われることでより上質のものが作れるようになりましたし、廃油は姫君の提案で道路の舗装に使えるようになり無駄が無くなった。実に良い傾向です」
ヒンメルヴェルエクトに来てまだ一週間と経っていないのにスポンジが水を吸うようにこの国は新しい事を吸収して発展させていく。
市民も議会に参加できるだけあって公子妃様も公子も大公閣下も市民の情報に明るいし、配慮をしているようだ。本当に国として侮れない。
きっとどんどん伸びていくだろう。アルケディウスにも提案してみようかな。
市民議会。
勿論、直ぐにヒンメルヴェルエクトのように活用するのは簡単では無いだろうけれど。
「そうそう。姫君。オルクスと貴女の文官がまた、新しい発見をしたようです。
私には理解が難しいのですが、姫君なら理解できるかもということ。話を聞いて頂けますか? 必要なものなどがあれば可能な限りご用意いたします」
「解りました」
大公閣下との謁見を終えた後、私達は王宮の左翼に向かった。
議会場もあるそちらの建物にはヒンメルヴェルエクト最大の図書館があるそうだ。
そこで、オルクスさんとフェイ。リオンは精霊古語の文書解読に専念して貰っている。
城内での護衛は、カマラとミーティラ様。魔術師としてセリーナもいるのでとりあえず大丈夫の筈。
けれどその行く先を遮る様に突如として、男達が姿を現した。
「これはこれは。アルケディウスの皇女様。公子妃様もご機嫌麗しゅう」
アルケディウスに比べると市民議会とかある分、ヒンメルヴェルエクトは下からの人の呼びかけ、話しかけには寛容だ。
部下や使用人が気さくに話しかけている姿をよく見かけた。
だが、目の前の人物はそういうレベルを超えている感じ。
私達を見下すような言葉と視線があからさまに感じられる。
カマラやミーティラ様も警戒は浮かべているが手を出せない。
見ただけで、簡単に手を出してはいけない人物だと解るからだ。
私も一応は知っている。
彼との射線に入り、マルガレーテ様が私を守る様に遮って下さった。
「何の御用ですか?
公家の者と、他国の皇女。
『神』の巫女に失礼ですよ。
パレンテース神殿長」
『神』の代行者。
その意図的な、絡みつくような視線から。




