風国 戦いの始まり
翌日、歓迎会の為の料理指導に行って気が付いた。
「あれ? 下働きの女性達がいなくありませんか?」
初日の説明の時にはかなりいて、話をしてくれた女性達が一人もいない。
逆に男性の下働きがやたらと増えている。
「姫君にご迷惑をおかけするおそれがあるので、外させました」
「え?」
疑問に思った私の質問に悪びれた様子もなく司厨長が答えてくれた。
「どうして? 私はむしろ彼女達の知識に興味をもっていて、話をしたいと望んでいましたのに!」
「も、元々、今日は高貴な方達の食事を作るので、最高のものを作れるように男性だけが厨房に立てることになっていたのです。完全に解雇した訳ではありませんので、ご安心を」
「当たり前です! どうして、そういう思考になるのですか?」
「女性は、男性よりも体力、技術に劣る。それはどうしようもないことですから」
向こうの世界でも家事は女の仕事だという割に職業料理人は男性が多くて女性を板場に入れないなんて所もあるのはある。
でも……。
「体力はともかく、技術において女性が低く見られるのは心外です。
私も女、ですよ。皆さんは私より『新しい味』を上手に作れるのですか?」
「そ、それは……。あと、皇女様と直接話をするのは緊張する、という声もあったのです。
男の料理人でさえ、王族、皇族との直接会話どころか、お姿を拝する事さえ通常許されませんから。ましてや下々の者が『聖なる乙女』のご尊顔を拝するなど」
「……」
アルケディウスも上の者に下の者が許しを得ないのに直接、声をかけてはいけないという慣習だった。だから多少は理解するけど……やっぱり嫌だ。露骨すぎる。
「もしかして、私の調理指導の間、ずっと彼女達は仕事を失うのですか?」
「一応、そう言われております」
「絶対に止めて下さい。私は彼女達にこの国の料理を教えて頂きたいと思っていたし、それでなくても、私のせいで仕事と収入を失うなんて申し訳なさすぎます」
「その辺は国王陛下の決定ですので、どうか直接……」
「解りました。そうします」
実際の所、今日の私は厨房で包丁を持つことは許されなかった。
基本的に前日に教えた調理法の確認をしたり、疑問に答えを返すだけ。
厨房の中でも上級と下級に料理人が分かれていて、私に話しかけたり質問したりできるのは上級料理人に限られているようだった。
まあ、アルケディウスだって直接、皇家の人間の食事を作れるのは準貴族以上の待遇をもつ料理人さんだけで、下働きの人達はたくさんいたけれど。
うーん、なんか嫌だな。
「料理の確認をお願いいたします」
一通り完成した料理を確認の為、味見する。
まだ調味料の使い方とか、オーブンでのパンやパウンドケーキの焼き加減など、細かい所に課題は残るけれどひとまずは及第かな。
『新しい味』を楽しんで貰えると思う。
ただ
「暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たく。
一番美味しいタイミングで料理を出すのが『新しい味』の基本です。
この国には料理やその他に術を使う魔術師はいないのですよね?」
料理の下ごしらえやその他がある程度進んだところで私は確認する。
私は直前には厨房から離れないといけない。
晩餐会の為の着替えと準備があるからね。
できれば、保冷、保温の術だけでも使って欲しい所だけれども、生活魔術を嫌がるタイプの魔術師が少なくないことは知っている。
「はい。王宮魔術師様達のお仕事は、城の管理などが主でございますから」
「では、私の魔術師をお貸しします。彼女に頼んで保温の術を使って貰って下さい」
「ご厚情感謝申し上げます」
羊肉とかはあまり冷めると固くなってしまうし、味も悪くなる。
アイスやチョコレートも解けるほど暑いわけじゃないけれど、冷たくしておいたほうが
絶対に美味しい。
「セリーナ。料理を手伝ってあげて下さい。護衛にカマラ……いえ、ヴァルをつけますから」
「解りました」
念の為彼女が侮られたりしないように、男の守護騎士を付けておく。
まさか、皇女の側近に手出しをするアホはいないと思うけれど。
とりあえず、私は厨房から部屋に戻り、待ちかねていたミュールズさん達に着替えをお願いした。共通衣装の子供服にはスカーフはどこからどうみても似合わない。
「まだ、サラファンの方が合うかもしれませんね。姫様の立場を表す意味でも良いですし」
と言われて、青系のアルケディウスの民族衣装サラファンに白いリオンから貰ったスカーフをつけた。 王都に到着したのでスカーフや最低限のこの国の服などは準備できたらしい。この先、洗い替えとかが必要になっても対応できるだろう。
香水に化粧水、口紅もつけて、準備完了。
と思ったところに、扉がノックされた。
「第一王子がお迎えに来ておられます」
晩餐会のエスコートは第一王子になってしまったか。
滞在の間の助手は王太子様と決まったらしいけれど、王子がごり押ししたのかもしれない。
「解りました。フェイはどうします?」
「僕は、今日は残ってもいいでしょうか? あまり顔を出したくないので」
「解りました。国王陛下に何か言われたら、『文官の仕事は晩餐会では必要がないので』と言っておきますから」
フェイは部屋に置いて、国王陛下達の反応を見ることにして、私達は離宮の外に出た。
「わざわざのお出迎え、感謝申し上げます」
「ふむ、流石『聖なる乙女』
正装に身を包むとさらに映えるな。ますます、其方が欲しくなった。
ファイルーズの子などには渡してやることはできん。王族の沽券にかかわる」
丁寧にお辞儀をした私に対して、シャッハラール王子は値踏みするような目で私を眇めた後、そう笑った。
私は物じゃないですから。欲しいとか渡すとか止めて欲しいですけど、という言葉はとりあえず飲み込んで私はリオンに手を向けた。
「エスコートをお願いします。リオン」
「かしこまりました」
「待て、姫君! その役は私が……」
「正式な婚約者でもない相手に手を預けることはできませんので、今日はお許し下さい。
ご不満がお有りでしたら国王陛下に」
シャッハラール王子は慌て顔だけど、知らない。
知らないふりをしてにっこり笑顔、スルーする。
苦虫をかみつぶしたような顔のまま王子は背を向けた。
国王陛下がフェイと私の婚約を発表したことで、彼の立ち位置も色々と微妙なのかもしれない。
今日の晩餐会、基本的には味方はいないと見ていい。
王太子様にだって油断はできない。
フェイやみんなを守る為に、相手の力、意図、出方などをできるだけ探って来ないといけない。
気合いをしっかり入れたつもりだったけれど、どうやら身体も心も緊張でこわばりすぎていたみたいだ。
「マリカ」
ぎゅっと、手が握られた。エスコートより少しだけ力強め。
暖かい体温と思いが伝わってくる。
「リオン」
「あんまり一人で気負うな。身体が固くなっているぞ」
先を行く王子には聞こえないかもしれないけれど、多分横のカマラには聞こえている。
優しく暖かい二人の眼差しが気持ち良かった。
「俺も、フェイの事は絶対に守る。
お前一人で抱え込む必要はないんだからな。少し肩の力を抜け」
「私も微力ながらお手伝いしますので」
「ありがとう。二人とも。
うん、少し気持ちが楽になった」
いい具合に肩の力も抜けて、足取りも軽くなる。
いつもながら単純だ。私は。
一人じゃない。それだけで、幸せなのだから。
向こうではずっと一人だった。
だからこの幸せがどれほど貴重なものがよく分かってる。
離宮から、本宮殿へ。
そして、大広間へと移動した私達は足を踏み入れる。
「お待ちしていた。アルケディウスの宵闇の星。
『神』と『星』と『精霊』に愛され、シュトルムスルフトに『精霊の恵み』を取り戻す『聖なる乙女』よ」
差し出された笑顔と掌。
陰謀と策略に彩られた煌びやかな戦場へと。




