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皇国 新しい本と新しい命

 アルケディウスの製紙、印刷作業が本格的になってきた。

 工房には紙の匂いとインクの香りが混ざり合い、乾いた音と共に一枚一枚、新しい知識が形になっていく。


 第一弾となる妊娠出産の覚書が三十冊作成され、各国の王室などに送られたのが風の二月に入って直ぐの事。

 今回は絵なども多いので完全ガリ版印刷でページ数は50ページ。

 紙の厚み、インクの乗り、製本の強度。どれも試行錯誤の結晶だった。


 各王室にエルディランドとアルケディウスが、製紙印刷の契約を結んだことを知らせる意味で既刊、増刷を繰り返している食品図録第一弾第二弾と一緒に早馬で寄贈した。

 ただの贈り物ではない。これは知識と技術の共有であり、国と国を繋ぐ新しい形の外交でもある。


 食品図録は去年の第一弾は発行後から販売権をエルディランドのシービン商会に委託してある。シービン商会が再販をかけるごとに印税のような使用料を著者(この場合はアルケディウスの私)に支払う。で、販売する時は印税その他込み込みの額で販売するという形だ。

 多色刷り。しかもガリ版印刷なので一冊高額銀貨五枚(約50万)という高価格だけれど、各国の王家、大貴族に版が追いつかない勢いで売れているという。

 知識に値段がつき、それが求められる。少し不思議で、でも嬉しい感覚だった。


 手書きのガリ版印刷だとそろそろ限界ではあるよね。

 それでも、今はこの方法で進むしかない。


 そんな中、完全アルケディウス産の本が完成したのだ。

『初めて』という言葉の重みが、妙に胸に響いた。


「アルケディウス最初の本にして、クリーニチカ商会最初の完成品を『聖なる乙女』に献上いたします」


 製紙、印刷、製本を纏める新商会の代表として、ミルカが私と皇王陛下に届けてくれた。

 両手で大事そうに差し出されたその本には、これまでの努力と時間が詰まっている。


「ありがとう。ミルカ。商会の代表は大変でしょう?」

「リードさんが助けて下さっていますし、王宮からも有能な文官を多くお借りしております。製紙工場を司るユン様もとても協力的ですし、ガルフ様も落ち着くまでは突きっきりで商業の基本を教えて下さいました。

 販売、流通の細かい運営はレルスが動かしてくれていますので、私はこうして対外的な看板として外に回るのが主な仕事ですのでそこまで大変ではありません」


 ミルカは静かに微笑んできているけれど、魔王城にいた時よりは少し痩せた気がする。

 その笑顔の奥に、責任と緊張が積み重なっているのが分かった。


 言葉通りの神輿だとしても侮られない様に凛としているだけでも心労は大きいし、ミルカは頑張りやさんだから、商会長としての勉強も疎かにはしていないと思う。

 きっと見えないところで、何度も悩み、何度も学び、ここに立っているのだ。

 頑張り屋さん、だから。


 差し出された出産の手引書となる本はとても丁寧な作りだと感じる。

 表紙の絵は子どもを抱く母親の姿が描かれていて目を引く。

 今までエルディランドで作られていた娯楽本などの作りを真似つつ、より手間をかけて大事に手掛けてくれたのが分かった。

 ページをめくるたびに、誰かの命を支えるための言葉がそこにあって悩む人を励ましてくれるだろう。


「ありがとう。これから印刷業は仕事が増える事はあっても減ることはありません。

 大変でしょうけれど、無理せず、周囲と助け合って下さいね。何か困ったことがあったら直ぐに連絡を。必ず助けますから!」

「ありがとうございます。マリカ姉様。その時はどうぞよろしくお願いします」


 静かに、でも強い意思を湛えて私に微笑んでくれたミルカの笑顔を見て、私は少し安堵しつつ、ミルカをサポートする人材も必要だなあと思ったのだった。

 ゲシュマック商会から誰か常勤の人を派遣して貰おう。エリセか、ニムル、グランあたりかな?




 で、本をお贈りして間もなく、各国からお礼の返事が届いた。

 通信鏡が届いた国は通信鏡を使ってくる。距離という壁が、確実に薄くなっているのを感じる。


『これは、もう一度使うと手放せませんわね。本も、とても素晴らしいものでしたが、この通信鏡、一刻も早く市販されることを願いたく存じます。

 多少足元を見られても買いますわよ』


 とは最初に本が届いたフリュッスカイトの公主様。

 相変わらず勢いがあって、少し笑ってしまう。


 エルディランドもスーダイ大王様自ら


『固い木が多くてエルディランドとは違う工夫が必要であろうに、良い紙質だ。ユンは頑張っているようだな』


 とお褒めの言葉を下さった。

 短い言葉だけれど、そこに込められた信頼が伝わってくる。


 アーヴェントルクのヴェートリッヒ皇子はいろいろな業務についての相談の傍ら


『君には妹二人が世話になる。特にアドラクィーレには、『頑張って僕を伯父上にしておくれ』って伝えてくれないか』


 そう兄らしい言葉を贈っていたっけ。

 あの人なりの、優しさなのだろう。


 そして、一番遠いプラーミァからは通信鏡がある国としては最後になったけれど


『マリカ様。素晴らしい本と優しいお心づかいを、本当に心から感謝申し上げます』


 王太子妃自ら丁寧な謝辞が届いた。

 その声には、どこか張り詰めたものが混じっていた。


「フィリアトゥリス様もお身体の具合はいかがですか? もう妊娠も後半、臨月に近くていらっしゃいますでしょう?」

『ええ、今月中には生まれるだろうとのお話。

 ですが、コリーヌも戻って参りましたし、マリカ様からのアドバイスで準備も万全に整っていますから不安はそんなにありませんの』


 王太子妃らしい優しい微笑みだけれど、通信鏡越しにも微かに手が震えているのが解る。

 その小さな震えが、逆に本音を物語っていた。


「無理な顔をしなくても大丈夫ですよ。初産ですしお若いし、不安になるのは当然ですから」

『マリカ様』


 年齢的には500年以上生きていたとしても、心と身体はまだ十代ギリ後半程度のフィリアトゥリス様だ。

 アドラクィーレ様やお母様のような成熟した身体を持つ女性だって内部の変化や心境が大きく変わって戸惑うのが妊娠出産。

 不安になったり、苦しい思いを抱いたりしても当然のことだ。


「でも、一番頑張っているのはお腹の中の赤ちゃんだと思います。お母さんに会いたくて、お父さんと会いたくて。この世界に生まれたくて、一生懸命生まれて来るんです。

 フィリアトゥリス様には助けて下さる方がたくさんいますし、お子さんも、そして私もついていますから。どうか心安らかに。

 母子ともに健やかに子どもを産むことだけ考えて下さい」

『……そのお言葉、頂いた本の最後にも書いてありましたね。本を読む度、マリカ様のお顔が浮かんでくるようで、側にいて下さるようで心強いです』


 フィリアトゥリス様の出産に間に合うようにかなり頑張って作って貰ったからね。

 お世辞にしてもお役に立ったのなら良かった。


『あと、この花の香油も……』


 私が本と一緒に贈った、ジャスミンの花のポプリで作ったポマンダーペンダントをフィリアトゥリス様はつけておられたようだ。

 胸元で揺れるそれが、小さな安心のお守りのように見えた。


 プラーミァには特別に向こうでは取れないレヴェンダとジャスミンの香油をプレゼントした。出産の時の慰めになればいいなって思って。


「ジャスミンの花の香油は、ティラトリーツェ様の出産の時にも使ったのです。むくんだ足を湯に付ける時に使ったりすると、気持ちが安らぐと思いますよ」

『何から何までお心づかい下さりありがとうございます。私、頑張りますから!』

「私も、大事なお友達であるフィリアトゥリス様が無事出産を終えられますことを、アルケディウスから祈っています」


 水の月に会った時には本当に可愛らしい少女のようだったお姫様が、今は本当に強い眼差しを、その瞳に宿していた。

 揺らぎながらも、確かに前を向いている。


 母は強し。

 この世界でも何度も感じていたことを改めて思う。

 私もいつか、母親になれるだろうか?


 最後にまだ訪問していない秋二国からは、謝礼と言う名の


「一刻も早い訪問をお待ちしている。プラーミァばかりでなく我が国にも『聖なる乙女』の祝福を」

「星の二月は新年の準備などで慌ただしくなるのでどんなに遅くとも星の一月にはおいで頂きたい。我らは皇女の訪問を今や遅しと待っている」


 そんな催促が届いた。

 期待と焦れったさがそのまま言葉になっている。


 向こうが苛立つのは仕方ないと思うけれど、こればかりは仕方ない。

 私は一人しかいないのだ。影武者がいるとはいえ、ノアールを私の代わりに他の国に送り出すなんてできないもんね。

 順番は順番。


 でも新年の準備の下りはもっともだと思うので、アドラクィーレ様の出産をぎりぎりまで待つとしても、夜の一月の後半には出発しないといけないだろう。

 間に合うといいのだけれど。


 それから間もなくしてプラーミァから吉報が届いた。


 フィリアトゥリス様、無事出産。

 生まれたのは王子で、


『世継ぎの王子誕生!』


 と国中がお祭り騒ぎになったそうだ。

 遠い国の出来事なのに、まるで身近な誰かのことのように胸が温かくなる。


 良かった。

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