皇国 騎士試験本選2 カマラ視点 騎士試験の裏側 後編
私はカマラ。
アルケディウス皇女マリカ様の護衛騎士です。
そう名乗れるのは、とても嬉しい事。
騎士試験本選 御前試合終了の日の夜。
予選を勝ち抜き、本選でも思わぬ良い結果を修めた私は、幸せな気分で祝賀のパーティを終えて帰路につこうとしていました。
「カマラ。パーティが終わったら馬車でクラージュさん……ユン君とミーティラ様と一緒に第三皇子家に戻ってきて下さい。改めてお祝いをしますから」
「そんな、予選突破の時も祝って頂いたのに」
「それはそれ、これはこれです。パーティでは碌に食事もできないでしょうからね」
御両親と先に戻られたマリカ様に、そう声をかけて頂きました。
おそれ多くも楽しみで胸が沸き立ちます。
私は弾む足取りと気持ちで、裏玄関に向かったのです。
王宮の正門は王族や大貴族方々、来客用。
私達使用人や護衛は、例え貴族と言えど裏玄関を使います。
もっと下位の者や使用人達が使う入り口はまたあるのですが、私はマリカ様と一緒で無い時には今日からここを使う様に言われていました。
「あら? ミーティラ様とユン様はまだ来ていないのですか?」
私は玄関を潜り、外に出て首を傾げます。
外で待っている馬車は無人。中には誰もいません。
夜気にさらされた馬車は静まり返り、乗り込むべき主人を待ち続けているようでした。
「はい。まだどなたも。宴は終わっているのですよね」
「おかしいですね。お二人は私より先に会場を出られたと思ったのに。
どこかですれ違ったのでしょうか?」
御者は困り顔でそう問いかけてきます。
宴は終了し、皇族の皆様と大貴族達は既に退場。
私は、魔術剣に興味を持つ騎士に呼び止められて話しているうちに遅くなったので、てっきりお二人は先行しているものだと思っていました。
「仕方ありません。もう少し待っていて下さい。探してきます」
私は一度出た玄関を逆戻りし、城内に戻りました。
御者は自由に城内に入ることを許されていませんから、私が行くしかありません。
足早にパーティ会場に戻り、覗きましたがやはり誰もいません。片付けの使用人以外には。
騎士貴族、準騎士貴族とはいえ王城を勝手にうろついて良いわけではないですし、そんなことは私より身分の高いお二人は百も承知の筈。
どこに行かれたのだろう。
そう思う私が中庭に向かったのは、根拠があってのことではありませんでした。
なんとなく、というか、虫が知らせたというか、匂いを感じたというか。
とにかく不思議な感覚に促されて、足を向けたその先に、お二人がいました。
「では、本当に手加減をしていた訳では無い、とおっしゃるのですね?」
「はい」
「私に同情して勝利を譲ったわけでもないと」
とっさに呼吸を鎮め、物陰に隠れました。
強い意志を込めた眼差しでユン様、クラージュさんを見るミーティラ様の雰囲気は、どこかただならない何かを湛えています。
何か深刻な話をしているお二人の秘密を立ち聞き? と思うと心臓がバクバクしていますが、今更この場から離れる訳にもいきません。
それに私の尊敬する二人の騎士がどんな話をしているのか。
申し訳ないですが、純粋に興味もあったのです。
「違います」
ミーティラ様に問いかけられたユン様は、静かに頭を振りました。
「私は自分の思惑と信念があってあの場であの選択をした。
私が、本気で騎士貴族の地位を必要と思い、手に入れなくては、と思えば遠慮なくそうします。
そこには同情とか情けとか、手加減などが入る余裕はありません。
私にとっては『国内騎士の最上位、騎士貴族』は必要では無かった、むしろ邪魔になると思った。
だから、この結果に十二分に満足しています」
おそらくは騎士試験本選での決勝戦で、ユン様が自ら膝をつき、降伏したことについて。
見ていた私達ですら意外だった展開に、当事者であるミーティラ様にはより納得のいかないものがあったのだろうということは容易に理解できました。
きっとその件を確認されておられたのでしょう。
何故、勝てる可能性のあった試合を自ら捨てたのか、と。
「では、手足に重りをつけていた事は? もしあのような重りをつけていなければもっと早く。
それこそリオン殿、アルフィリーガのように動けたのでは?
貴方は勇者の師であると聞いています。最初から私との戦いに手心を加えていたのではないのですか?」
「パーティでも言いましたが、鋼の棒の入った手甲、足甲はハンデではなく防御です。
かつて……貴方と同じように長柄の武器を使う相手と戦う練習試合があった時も、足を護る防具を付けた時がありました。今回のように真剣の刃物が相手なら、スピードよりも刃物のダメージを防御することを取った方がいいと判断したまでです。
実際、その後の武器を奪う流れに繋がったでしょう?」
「それは……そうですが」
「正直な所、私はあの瞬間までは勝ちに行くつもりだったのですよ。無理に最上位が欲しかった訳では無いですが、負けるつもりはありませんでした」
静かに目を伏せるクラージュ様は、あの戦いを思い出しているかのようです。
槍の力点、弱点を正確に見抜き、細い槍に力を加えたあの神業。
確かに、あの時点で圧倒的有利だったのはクラージュ様だったでしょう。
「ですが、貴女は諦めなかった。武器を失うという衝撃を受けながらも呆けることなく、あの場でできる最善手を考え、行動に移した。
試合中、私自身が手心を加えていると言いましたが、貴方自身も私を慮って急所を狙ってこなかったでしょう?」
試合中、ミーティラ様は確かに顔面や喉などの急所に矛先を向ける事を避けていたように思います。
でも最終局面、折れた槍を引き寄せたミーティラ様は、遠慮もなくその先を向けておられました。
「あの時に、感じたのです。ああ、彼女には絶対に勝ちあがるという強い意思がある。
私のようにただ、惰性で目的無く地位を求めるのではなく、地位を得て成し遂げようとする思いが、決意があるのなら、騎士貴族の地位を得るべきは彼女だと。
その心映えに私は『負けた』。だから剣を引いた。それだけの事ですよ」
「クラージュ殿……」
ミーティラ様の表情は、クラージュ様の言葉を聞く中、確実に変わって行きました。
最初は本当に苦しそうで。
自分は勝利を譲られたのではないか、その地位に相応しくはないのではないか、と悩んでいる様子が私にも見えました。
ですが、今はそんな逡巡は消えて、どこか晴れやかな想い、自信が見て取れます。
「まあ、それに加えてさっきも言った通り、異国から来たばかりのポッと出の実績もない剣士がいきなり上位職につくとやっかみとかがあるだろうな、とか。
教育ならともかく、全体の指揮とかは面倒だな、とか。仕事を詰め込まれ過ぎると一番の目的であるマリカ様の護衛に付きにくくなるな、とかの思惑もありました。
私はむしろ、私個人の勝手で貴女に重責を押し付けたのですよ。
ですから、どうか本当にお気になさらず」
くすり、と柔らかい眼差しで自分を見るクラージュ様に、ミーティラ様は背筋を伸ばすと深い礼を捧げた。
「ありがとうございます。クラージュ殿。
もう悩みません。不安や周囲の目は実力と行動で払拭し、その地位に相応しいと胸を張れるように努力していこうと思います」
「多分、貴女がその地位に相応しくない、という者などいないとは思いますよ。
でも、地位にはそれに相応しい行動が求められるのは事実。マリカ様をお守りする為に味方は多い方がいい。どうか宜しくお願いします」
「はい。全力を尽くします」
『星』の剣士、選ばれた転生者というのは凄いな、とこの時本当に思いました。
外見は子どもなのに、頼りがいのある雰囲気、包容力、何よりも身体全体に漲る自信と強さは、本当にアルケディウスの上層にも滅多にいない程で、見ているだけで胸がトキメくのを感じたのです。
実年齢は、私より年下、でしたっけ。
でも、まだ不老不死を得ておらず、これから身長とかは伸びる可能性があるのですよね。
今の時点では私より少しだけ身長が高いクラージュ様。
もう少ししたらティラトリーツェ様と皇子くらいの良いバランスになるのでしょうか?
って、違う。何を考えているのでしょう。私は!
「さて、戻りましょうか。遅くなってしまったのでマリカ様や皇子が心配しておられるかもしれません。行きますよ。カマラ」
「は、はいいいいっ!」
「カマラ? いつからそこに?」
ぼんやりとしていた私は、いきなり、突然、本当に何の前置きも無く向けられた声に硬直してしまいました。
立ち聞きがバレていた? 本当に一体いつから?
「別に聞かれて困る会話をしていたわけではありませんから、構いませんが、今度からはちゃんと声をかけて下さい。立ち聞きはあまり良い事ではありませんよ」
余裕のある表情で片目を閉じるクラージュさんとは対照的に、ミーティラ様の顔はエナのように真っ赤に染まっていました。
「というか、クラージュ様も気付いておられたのなら教えて下さい。カマラがいると知っていたらあんな恥ずかしい話はしなかったのに」
「はい、すみませんでした!!!」
「そういうことなので、マリカ様達には今の話は内緒で。私達だけの秘密にしておいて下さいね」
「本当にお願いよ。カマラ。ティラトリーツェ様に知られたら恥ずかしくて死ねるわ」
「わかりましたぁ!」
直属の上司、お二人の要請を受けて、私はこの日の事は胸の奥にしまっておくことにしました。
アルケディウス騎士試験本選の幕は降りましたが、私達にとってはここからが始まり。
アルケディウス皇女 宵闇の星にして『聖なる乙女』。
マリカ様をお守りする日々は、ここから、未来へと続いていくのですから。




