皇国 騎士試験本選2 準決勝 星の剣士
「騎士試験 御前試合 準決勝 第一試合
エルディランドのユン対エクトールのカマラ 用意はいいか?」
審判の声に、二つの頭が静かに縦に動く。
「胸を、お借りします」
「先程のレスタード卿もおっしゃっていたでしょう?
持てる力の全力で来て下さい。私も、全力で応じます」
「はい!」
カマラは剣を構える。紅い炎が刀身に宿る。揺らめく熱が、空気を僅かに歪ませていた。
それを確かめて、ユン君=クラージュさんも鞘から剣を引き抜いた。
初戦の時みたいな居合抜き、一撃必殺で決めるのかな?
と思ったけれど、それじゃあ、試合にも稽古にもならない。
ちゃんと剣を合わせるようだ。剣道の所謂正眼の構えで、カマラを真っ直ぐに見つめていた。
微動だにしないその姿は、まるでそこに根を張った大樹のようで――揺るぎがない。
「始め!」
会場中が息を呑む中、二人の戦いが始まった。
合図の後、暫くにらみ合っていた二人だが、先に動いたのはカマラだった。
正面の構えから右上段、左中段、左下段への三連。
まずは様子見と言った感じの正面からの攻撃だ。
ユン君もカマラの動きは予測できていたのだろう。綺麗な動きで受けとめて見せる。
カマラの炎を宿した剣は、打ち合わせると相手の刃の耐久度を下げてしまうようだ。
ユン君のあの見事な日本刀、大丈夫かなとちょっと心配になったのだけれど、本人は気にしている様子は無い。
実際、戦士が刀の刃こぼれを気にして戦っていたらお話にならないし、きっと防御はしているのだろう。
他の選手と違って、カマラがそういう技を使う事をユン君は知っているのだから。
三連撃に、剣を一瞬だけ引いてさらに三連。
カマラの正面攻撃を一部の隙も無く受け止めたユン君に、カマラはバックステップ。
砂を蹴る軽い音と共に、間合いを開けるように退いた。
今度は逆にユン君が踏み込んでいく。
退きながらも剣は下げていないカマラ。
追撃を刃で弾き、さらに後ろに。
簡単には逃がさないというように、弾かれた刃をさらに半回転させて、ユン君と刀が迫る。
刃が空を裂く音が、こちらまで届いてくるようだった。
さらに踏みこんだユン君の刀がカマラの頭部を狙う。
それを紙一重で、カマラは頭を左右に動かし、ギリギリで躱した。
ゆっくりと仕切り直している隙は無い。
間髪の隙さえ見せず仕掛けて来るユン君の剣戟を受けとめつつ、カマラは刃を半回転。下段から顎下を狙うけれども、それも読んでいたように受け止められてしまう。
……二人の剣技は、私でもこうして何をしているか見て理解できるくらい、滑らかで緩やかに見える。
でも実際にはかなり速い。瞬きするような一瞬の攻防だ。
多分、ユン君はカマラに動きの流れを教える為に、あえて型をさらう様に戦っているんじゃないかと思う。
カマラはそれを理解した上で、ユン君がしてくる次の攻撃に、正しい対処はどうするべきかを考えて、刹那の間に判断し、動いている。
正しい動きであれば、剣戟が続く。
もし間違っていたら――そこで終わり。
容赦のない攻撃に、打ち倒される。
指導碁とかチェスのハンデ戦とか……イメージ的にはそんな感じだ。
でも、カマラだって予選試合を勝ち抜き、本選で二回格上相手を倒しているのだ。
ただ、指導されるばかりじゃない。
鍔迫り合いから、急に力を抜き、しゃがみ膝をついた。
小柄な体をさらにユン君の死角に隠す様に沈めて、貯めた力を一気に放出させる。
「たああっ!!」
「なっ!」
目を見開き、首を後ろに動かすユン君。
カマラが放った風の剣術――刃の勢いと共に風の衝撃波を敵にぶつける技を、微かな首の動きで紙一重に避ける。
と同時、小さな黒い何かが風と共に舞った。
多分、ユン君の髪の毛。
「当たった?」
「これだから、止められない……」
「え?」
空耳だ、と思う。
けれど、彼が小さく笑った気がした。
そして、カマラの追撃を躱すと、自ら後ろに大きく飛び退り、構えを改めた。
腰を低く、背を丸める。
それはまるで、標的に襲い掛かる直前、全身に力を溜める獣のようだった。
頬に浮かんでいた笑みは消えていない。
けれど、それは――底冷えするような深さを宿したものへと変わっていた。
「戦いも、教師も。これだから止められない。
向こうも悪くはありませんでしたが、私の生きる場所はやはりここなのだと、実感しますね」
けっこうな距離がある闘技場の中央と、貴賓席。
そんな声が聞こえる筈も無し、聞こえたとしても私以外の人間には、向かい合うカマラでさえ意味が分からない言葉だろう。
でもユン君――クラージュさん。
いや、もしかしたら海斗先生かもしれない一人の剣士は、目の前の弟子を、一人の戦士として深く、深く見据え、告げた。
「カマラ」
「は、はい」
攻撃は当てたもののユン君を逃がしてしまったカマラ。
追撃が届かず、弛緩していた彼女は、けれど彼の言葉に我に返ったように背筋を伸ばす。
構えた彼に追撃はできない。
そもそも、できる空気じゃない。
彼が纏う空気は、文字通り刃のようで――近寄ったら切れてしまいそうだ。
真剣試合の最中としてはまぬけかもしれないけれど、彼女はすっかり師匠の前に立つ弟子になって、彼の挙動を見ている。
彼は剣を鞘に戻し、腰をさらに低く構えた。
そして、言い放ったのだ。
「本気で、行きます。
考えなさい。避けるか、防御するか、迎え撃つか。
でないと……」
「でないと?」
「死にますよ」
瞬間、彼の周りで『何か』が立ち上がったのが分かった。
風のような、空気の渦のような、目に見えない何かが。
ユン君は精霊魔術を使う剣士じゃない。
さっきのカマラのような、風の魔術を乗せた剣技は使えない筈だ。
けれど、会場全てが何かを感じ、静まり返る。
風じゃない。
『不思議な何か』としか表現のしようのないものが、彼から滲み出ている。
カタン、と音がしたので横を振り向けば、お父様が、らしくもなく席から身を乗り出していた。
視線は勿論、闘技場中央のクラージュさんへ。
子どものように、瞳を輝かせて。
「三」
小さなカウントダウンが耳に届いた。
カマラは後ろに飛びずさり、ハッと身構えると、片手で剣を握りつつ、胸ポケットに手を添えて小瓶を引き出す。
「二」
「エ、エル・ミュートウム!」
カマラの前方に、水の盾が生まれた――その瞬間と、ほぼ同時。
「一」
最後のカウントが宣告した。
カマラの敗北を。
「キャアアア!!」
パリン、と何かが割れた音がした。
ユン君から目を離したつもりはない。
けれど――見えなかった。
彼が何をしたのかは。
見えたのは、星が散ったような微かな煌めきと残像だけ。
気が付いた時にはもう、カマラの真横で彼は剣を鞘に納めていた。
まるで瞬間移動した様だ、と思った。
距離はそれなり開いていた。
少なく見積もっても3m。下手したらもっと。
でも、悲鳴に一瞬気を向けた次の瞬間、彼は消えていた。
一瞬、ユン君もリオンと同じ『能力』があるの?
とも本気で思った。というか今も思う。
瞬きの間に、何かがあったのは確かだろう。
彼の横でカマラは剣を取り落とす。
意識は――多分ない。
完全に指一つ動かさないまま、棒切れのようにドサリと倒れ込む。
彼女は地面に口づけた。
何が起きたのか。
彼が何をしたのか。
気付けたのは、多分、ほんの一握りの人間だけだっただろう。
でも、一つ、確かな事がある。
だから、審判ははっきりと宣言した。
「勝者 エルディランドのユン!」
今までの勝負にあった喝采は無い。
拍手も、呼吸さえ忘れた様に。
人々は静かに――ただ静かに、お辞儀をして去っていくユン君を見つめていた。




