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水国 要請と決意

 いきなり開いた扉の先。

 叩きつけるような風雨が廊下の奥まで吹き込み、冷たい飛沫が床石を濡らす中――

 びしょ濡れの姿で立っていたのはソレイル様だった。

 もちろん、革製のレインコートのようなものは着ていたけれど、雨の勢いが強すぎてほぼほぼ意味が無くなっている。

 水滴は止めどなく滴り落ち、足元には小さな水たまりが出来ていた。


「どうしたんですか? ソレイル様?」

「どうか、どうか、力をお貸し下さい。マリカ様!

 ヴェーネ存亡の危機なのです!」


 唇は青を通り越して紫色。

 震える吐息が白くかすみ、血の気の無い表情は雨で冷えたからだけでは、きっとない。

 背後では雷鳴が低く唸り、建物全体がわずかに震えている気がした。


「ヴェーネ存亡の危機とは? 穏やかではありませんね」


 フェイが冷ややかな眼差しで言い放った。

 ソレイル様を見るそれには明らかな警戒が宿っている。

 リオン、カマラは私とソレイル様の間に、私を守るように立ち、私がソレイル様に近付くのもソレイル様が近付くのも阻んでいた。

 護衛としてはいかにこの国の公であろうとも、護衛対象を危険な目に合せるかもしれない者を近づける事はできないのだろう。

 その構えは隙がなく、ただならぬ緊張が場に満ちている。


「大嵐と高波が近づいています。規模はおそらく、ヴェーネ始まって以来に近い大きなもの。今、王宮騎士団も公族も全て、治安維持と避難の為に動いています」


 言葉と同時に、遠くからかすかに鐘の音が響いた気がした。

 警鐘だろうか。風にかき消され、断続的にしか聞こえない。


 家の無い流民や強度の弱そうな家の住民を城に入れて避難させたりしているそうだ。


「ですが、今回は嵐の規模が違います。

 加えて、波の様子が尋常じゃない。おそらく、相当な高さの高波がこれからヴェーネを襲うと思われるのです」

「そんな危険な状況の外に、マリカ様を連れ出そうとするのですか!」


 ミュールズさん、女官長が声を荒げる。

 確かに国賓がいる状況下で外に出るなはあっても、外に出て力を貸してくれ、は普通在りえない。

 その声には怒りと同時に、はっきりとした恐怖が滲んでいた。


「解っています。でも、本当に状況は切迫しているのです」


 でも、ソレイル様も必死だ。ヴェーネ数千人の命がかかっているのだ。当然だろう。

 その肩は小刻みに震え、濡れた髪が頬に張り付いている。


「母上と兄上は、城の屋上で儀式の準備に入っています。

 母上は

「命を賭しても成し遂げる。大丈夫。ここ暫く美味しい料理を食べているから、力が高まっているの」

 と言っておられましたが。……でも、足りない。

 母上と兄上の力だけでは、この嵐を乗り越えられないと僕には解るんです!」

「私が行く事で、状況を打破できると、ソレイル様はお思いですか?」


 正直、私は今まで『物の容を変える』能力しか意識してつかったことが無いからピンとは来ないのだけれど(舞でどうこうとかは意識してやっていることじゃない。精霊を呼び集めるのも能力、とじゃなくってお願いしているだけだしね)私が行って何かすることで、本当に何か役に立てるのだろうか?

 胸の奥に、かすかな不安が揺れる。


「可能だ、と僕は思います。

 姫君が『聖なる乙女』として母上に祈り、力をお貸し下されば、母上の王族魔術師としての力が増大して、この高波を乗り越えられる、と」


 各国の王族や魔術師がもつ力はそれぞれの力の特性に偏っていると聞く。水とか、風とか、木とか。それぞれの術を使うにはいいけれど、他の術は使いづらいらしい。

 でも、(精霊の貴人)の力は無色のワイルドカード。どの色にでもなれるし、力が相手にスムーズに届く、とは聞いていた。その力で、精霊神様は封印されている事で足りなくなった力を補い(封印を砕くのは私がやるけど)復活なさるわけで。

 でも、魔術師の足りない力を私が助ける事はできるのだろうか?

 私から視線を離さないソレイル様。

 ソレイル様の能力はコンピューターのような頭脳、計算と、演算。

 彼の能力しか根拠は無いけれど、彼はできると計算したのだ。

 その眼差しは揺らがない。


「……確かに、マリカ…様の力を借りれば普通とは比較にならない大きな術を行使する事は可能でしょう」

「フェイ」

「ですが、他国の皇女をこの大嵐の中自国の危険に巻き込むことを、国の上層部が願ったのですか? 貴方の提案は、公主が許可したものですか?」

「いいえ、僕の一存です」


 うなだれ、首を下げるソレイル様。

 その姿は責任の重さを自覚しているからこそのものだ。

 多分、国のプライドとかもある。公主様も公子もそんな事は言えないだろう。

 封印されている『精霊神』の開放は前例もあるし、頼めたとしても、王族魔術師と言う国の秘密と関わり、国を守るという努めに他国の皇女を巻き込むことは。


「だったら、せめて公主、公子の許可を得て来るのが先では無いですか?」

「そんな余裕はないのです。既に母上は波を食い止める術の行使に全力を注いでいる。兄上も補助で手一杯。ですから……」

「他国の皇女、しかも不老不死者でない子どもを嵐の中に連れ出して何かあった時に、貴方が責任をとれるのですか?」


 フェイの言う事は正論だけれども


「解りました。行きます!」

「姫君!」「マリカ!」「危険です!」「止めて下さいませ」


 随員達が騒ついた声を上げる。

 明らかに止め声だけれども私は大きく深呼吸

 胸いっぱいに空気を吸い込み、揺れかけた心を押さえ込む。


「静かに!」


 強く言い放った。私の声、大きいんだよ。

 転生前には良く響く。数室向こうからでも読み聞かせの声が聞こえる、と言われたことがある。

 空気を震わせる叱咤に随員達が凍り付いたように動きを止めた。

 一瞬で場の空気が支配される。


 上位者として、ここは反論を許しちゃいけない流れだ。


「責任は私が取ります。

 危険は確かにあるでしょう。 でもヴェーネに住む人々の命がかかっているのです。

 不老不死者であろうとも、波に攫われ、水に飲まれ、沈められたらどうなるか?

 試した事がある者がいますか?」


 無言の返答。

 重い沈黙が落ちる。


 水の中で永遠にもがき苦しむか、とりあえず呼吸はできるか解らないけれど、積極的に試したい事象では無い筈だ。


「何より、この町の水没は私達にも被害が及びます。

 私に助けられる事があるのなら行きます。無茶をしたと怒られるのは慣れていますから」

「ですが……」


『だったら『精霊神』に命令された。と言い訳すればいい。

 子ども達の危機を見過ごすわけにはいかない』


「ラ……『精霊神様』」


 何時からいたのか、どこにいたのか。

 優しげだけれども私の声よりも強く、鋭い強制力を持つ声が場に響き渡る。

 空気そのものが変質したように、圧がかかる。


 と同時、ぴょん、と灰色短耳うさぎが、私の手の中に飛び込んだ。

 濡れていないその毛並みが、不自然なほどに柔らかく温かい。


『あと数日だから、なんとかもつかな、と思っていたんだけれど、まさかこんなことになるとは。マリカ。僕が行って中継するから、あいつを助けてやって』

「あいつ?」

『説明は後、この嵐だから、リオスは外には出られないけれど、預かれるだけの力は預かってるから』

「あ、火の精霊神ですものね」


 いざという時の行動力はアーレリオス様の方が多分高い。でも、能力相性とかを考えれば水の精霊神と火は相性が良くないだろう。

 嵐の中外に出られないというのも理解できる。

 窓の外では、稲光が一瞬だけ世界を白く塗りつぶした。


『アルケディウスの皇女 マリカ。

 国を守護する『精霊神』の名において命じる。フリュッスカイトの危機に力を貸し子ども達を守れ』

「かしこまりました」


 私は『精霊神』様の慈愛に頭を下げる。

 後で問題になった時『精霊神』に命令された、と私が言い訳できるようにしてくれたのだ。

 その配慮の深さに、胸が少しだけ軽くなる。


 こうなれば、随員達も止める事はできない。

 何人かは、始めて見る『精霊神の降臨』に硬直している様子だ。

 ソレイル様も唖然としてる。

 そんな彼に私は声をかけた。


「ソレイル様。どこに行けばいいのですか?」

「こ、この城の屋上です」

「お、お待ちを!」


 その中でもいち早く自分を取り戻したミュールズさんが膝をつく。


「マリカ様。せめてコートを着て御身を守って下さいませ。今、準備を致します」

「嵐を前にどれほど役に立つか解りませんが、私も同行します。

 貴女の危機に、ただ部屋で座していたなどティラトリーツェ様に顔向けができません」

「わ、私も護衛としてお側に付かせて下さい」


 返事よりも早く走り出したミュールズさんとほぼ同時にミーティラ様とカマラも声をあげた。


「解りました。お願いします」

「俺も当然一緒に行く」「自然災害からの加護こそが魔術師の本業ですからね」

「オレも一緒に行きたいけど、足手まといになるからな。ここで待ってる」


 気が付けばリオンとフェイは既にコートを羽織って靴も履き替えて準備万端だ。

 アルが用意してくれたのかもしれない。


「ありがとう。こっちのことはお願い。石造りの建物の上階だから被害が及ぶことは少ないと思うけれど、念の為、避難の準備とかしてて」

「解った」


 私もミュールズさんがもってきてくれた、コートを羽織って冬用のブーツに履き替えた。

 外の様子からして焼け石に水かもしれないけれど、少しでもできる防御はしておいた方がいい。

 袖口に入り込む冷気が、これから向かう先の過酷さを予感させる。


「どうか、お気をつけて」

「必ず無事に戻ってきますから、お風呂の準備でもしておいて下さい」

「かしこまりました」


 微苦笑するミュールズさんと、膝をつく随員達に


「後を、お願いします」


 と頼んだ後は、振り返らない。

 振り返ってしまえば、足が止まる気がしたから。


 胸の中の精霊獣をぎゅうっと、抱きしめて足を進めた。

 その温もりだけを頼りに。


 廊下の先から吹き込む風が、まるで外へと急き立てるように唸っている。


「行きましょう。ソレイル様! 案内をお願いします」

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