水国 海産物知識と『異能力者』
フリュッスカイト五日目。
調理実習前。
「うわー、凄いです」
「昨夜から、朝にかけて船を出させた。使えそうなものはあるか?」
「流石、海辺の街。見ているだけで嬉しくなっちゃいます」
メルクーリオ公子に呼び出された私は、浅い木の箱いっぱいに入れられた魚介類に思わず目を見開いてしまった。
朝の光を受けて、濡れた貝殻や魚の鱗がきらきらと輝いている。潮の香りがふわりと鼻をくすぐって、胸の奥がわくわくと弾んだ。
まず牡蠣にホタテ、ユイットルとクテイス、だったっけ。
これはアルケディウスの海辺の街、ビエイリークと同じく真珠探しと、
「貝殻を使った加工の為に定期的に採取している」
「貝を粉にしてガラスや石鹸の材料に使っているんですね?」
「!」
炭酸カルシウム、石灰は色々な役に立つと向こうの世界で見た事が在る。
私、ビエイリークから牡蠣を仕入れるようになってから、貝殻の処理に困るようになった伯爵に炭酸カルシウムの作り方を教えた事があるのだ。
貝殻を焼いて粉にして、水に溶かして、もう一度再結晶化させると純度の高い炭酸カルシウムができるのだと、学童保育で行った科学館で聞いた事が在った。
畑に撒くと痩せた土地にいいというので、北のあまり農業に向いていない土地に分けて使って貰う様に頼んである。
公子が何で知っている? という目をしているけれど、今のところはスルーで。
「あと、イカに、カレイ、こっちはニシンかな? エビに……あ、タコもいる!」
「カラマル、パッティラ、アレンガ。ガルネーレ、プルポ。
パッティラとアレンガはともかく、カラマルやプルポまで食べるのか?」
昔は、魚は食べてもイカやエビ、タコまでは食べなかったのかな?
箱の中で鈍く光る足や殻を見ながら、私はそんな事を思う。日本では当たり前でも、この世界ではまだまだ珍しいのかもしれない。
「美味しいですよ。
ヴェーネは水と海の恵みが深いのですね。
調理させて頂きたいのですが良いでしょうか?」
「やってみるがいい」
私は元日本人、魚の国の人。
母に仕込まれたので鮭くらいまでなら、包丁があれば自分で捌ける。
ついでにタコの下ごしらえもマンガで読んだことがあるのだ。
そういうわけで、今回は海産物ずくし。
醤油があるから刺身とかにしたいところではあるけれど、魚を食べ慣れない人にいきなり生魚とかは無理だと思うから、火はしっかり通す。
初めての味で警戒されるより、まずは美味しいと思って貰うことが大切だ。
前菜は牡蠣のあぶり焼きと、茹でホタテと野菜のサラダ。
タコは煮物にして、メインはフライ。
最高のオリーブオイルをふんだんに使えるフリュッスカイトならではの贅沢だ。
牡蠣にホタテ、イカ、エビのフライの盛り合わせは私も食べたくなる。
衣をつける傍から、頭の中にさくっとした音や香ばしい匂いが浮かんで、お腹が鳴りそうになる。
カレイはシンプルにムニエルにして……。
「……姫君は精霊古語を覚えておいでなのか?」
「何故ですか?」
一通りの調理を終えた私に、メルクーリオ様が問いかける。
調理中もなんか、視線を離さない。
刺す様な眼差しがちょっと怖い。
じっとこちらを観察するようなその目は、料理そのものより私の方を見ていたようにすら思える。
「先程、その海産物の名前を不思議な言葉で呼んだだろう?」
「はい?」
「エビにタコ、イカとか……」
「それが、精霊古語、なんですか?」
「精霊古語にはいくつもの種類がある、と知っているか?」
「え? あ、はい。魔術師からうっすらとは」
「精霊古語には基本となる言葉が在り、そこから派生したと思われる各国の『精霊神』の言葉がある」
「そうなんですか?」
「私が知る限り、最低九種類は在る筈だ」
「そんなに?」
「ああ、基本語と七国の言葉。
そして『星』の言葉」
どんな本も一度読めば覚えるというフェイが、難しいという筈だ。
で、フェイに匹敵する頭脳。
知恵の国の公子は私を見据える。視線でまるで縛られているように動かない。
逃げるように視線を逸らしたら、そこで負けだと言われているような気さえした。
「私も全ての国の全ての言語を覚えている、というつもりは無い。
我々の精霊神の『言葉』を中心に覚えているだけだ。
ただ、まったく我らの知らぬ言葉でありながら、この国の産品を指すというのであれば、精霊古語、ではないかと思った。
アルケディウスにも、精霊古語の書物が在り、我々の知らぬ知識があるのではないか?
姫君は、それを修めておられるのではないか?」
精霊古語には同じ品物でも違う呼び名や表現があるのだという。
牡蠣、ユイットルをこちらの精霊古語ではオルストカと呼ぶみたいに。
「前にも言ったが、知らぬ知識がお有りなら教えて頂きたい。
さっきの貝殻から作る白き粉。我らはリーシェリオと呼ぶモノもご存知であったのだろう?」
「知ってはいましたが、精霊古語……ではなくて……うーん、なんて説明したらいいのか……」
異世界の言葉です、知識ですとはとても言えないし……。
曖昧に濁そうとしても、この人にはきっと通じない。そんな確信めいたものがあった。
「料理が冷めますので、食事の後、でもお時間を頂けますでしょうか?
信じて頂けないかもしれませんが、お話いたしますので。
できれば公主様抜きで」
「解った。だが、話の内容次第では後で報告するかもしれぬが良いな?」
「はい」
勿論、海産物ずくしのメニューは喜んで頂けた。
明日も、とリクエストを受けたので、アヒージョとかブイヤベースもやってみよう。
フリュッスカイトの豊かな海なら、まだまだ試せる料理は多い。そう思うと少し気が軽くなった。
調理実習終了後、私は執務室に促された。
公子が実務を取る為の部屋だという。
白を基調とした落ち着いた雰囲気のジョージアン風。
本がいっぱい詰まった書棚に、マホガニーのライティングテーブル。
いかにも国を指揮する王の執務部屋、という感じ。
整然としていて、無駄がなく、けれど冷たすぎる訳ではない。知性と品位がそのまま形になったような空間だった。
ただ一つ似つかわしくないものがあるとすれば、公子妃フェリーチェ様と一緒に
「にゃああ」
「わあ、可愛い猫ですね」
コバルトブルーの瞳をした猫がいたことだった。
細身でしなやか、体毛は薄茶色でシャムネコのような感じ。
澄ました顔でこちらを見ているのに、声だけは妙に甘えていて、その落差がなんとも可愛い。
「コレッティオと言う。賢い猫で悪さはしない。
嫌いで無ければ気にせずにいて欲しい」
「執務室で飼っておいでなのですか?」
「私が飼っている、のではなく母上の猫だ。
だが猫だからな。母上の命で好き勝手に城の中を歩きまわらせている」
「ステキですね。嫌いでは無いです」
「にゃあ~」
猫はぴぴょん、と軽く踏み足を蹴ると、ライティングテーブルの上に丸くなった。
我関せず、というように。
高そうな机の上なのに、誰も止めないあたり、本当に特別扱いされているらしい。
くすっ、と。
小さく微笑んだ公子は仕事の手を止め、私達のいる来客用のテーブルについた。
先程までの鋭さがほんの少しだけ和らいだ、その一瞬がかえって印象に残る。
「では、お待たせしたが姫君。教えて頂きたい。その知識の秘密を」
「はい。他国でも追及されたことはなかったので初めてお話する事ですが……」
そうして、私は精霊古語を読める訳では無い事、ただ、本に寄らず『精霊の書物』とお父様が名付けた知識を知っている、という事を話した。
これはアルケディウスの公式設定。
私が魔王の転生であることを知るアルケディウス上層部以外に、皇女マリカの特別性を理解して貰う為のもので、大聖都や神殿にも納得して貰っている。
『聖なる乙女は『神』の巫女姫。『神』の寵愛を受け、その知識を託されておられるのだろう』
って。
「なるほど、姫君は異能の持ち主であらせられたか?」
「話には聞いたことがありますが、私は初めて見ます」
「異能、と言う程ではありませんが……」
「精霊の術に頼らず、発揮した力を『異能』、その使い手を『異能者』と呼ぶのだ。
姫君は、不老不死後に生まれた王族。
かなりの確率で能力者であるとは思っていたが、やはりな」
得心がいったというように頷く公子。
とりあえず信じて頂けたらしい。
と同時に少し気になることが……。
「『異能』『異能者』とおっしゃいましたが、フリュッスカイトにもそのような能力者がおられるのですか?」
「不老不死後、生まれた子どもから稀に出現すると言われている。足が速い者、力に長ける者。
子どもでありながら大人を凌駕する異能者がな」
「子ども?」
「不老不死を得ると異能力者だった者も能力を失う事が確認されている。
不老不死時代になってから確認されたのは十八人。
今は、一名を除き不老不死になって力を失っているが」
「そんなに!」
立ち上がり、公子は書棚から資料集らしいものを取り出し捲る。
どうやらフリュッスカイトでは『能力』の存在が少なからず認知されているようだ。
子どもには『能力』が発動する可能性がある。
ではなく、不老不死後に生まれた者の中から『異能力者』が稀に生まれる。
という認識らしいけれど。
紙を捲る手つきに迷いがないあたり、本当に整理され、研究されてきた話なのだろう。
「フリュッスカイトには、ヴェーネだけだが孤児院がある。そこの出身者が殆どだ。
マルスリーヌ商会で働いていた子ども達がいただろう?
あの子ども達は孤児院から派遣されている。
十六までの間、無料で養われ、勉学を学び、仕事が斡旋される。
金を貯める事で不老不死を得る事も出来るし、その後、仕事に就く事もできる」
「素晴らしいお話ですね」
「不老不死後に生まれた子どもの中から異能者が生まれているということが解ってからは、特に母上が力を入れて、孤児院を設立して教育を施し、仕事を与えていた。
廃棄児全てを救っている訳では無いが、良い人材は多い方がいいし、魔術師も安定して確保できるからな」
「流石、フリュッスカイト。先見の明に優れていらっしゃいますね」
「精霊神の御心に沿っているだけだ」
本当に、流石知恵の国だと思う。
公主様、女性が治めている、というのもあるだろうけれど。
嬉しい。
なんだか、胸がときめく。
この世界にも、守られた子ども達の施設があるなんて。
ぜひ、見てみたいな。
ただ生き延びるだけではなく、学び、働き、未来を選べる場所。そんなものがこの世界にもあるのだと思うと、どうしようもなく心が惹かれた。
「アルケディウスでも最近、孤児院が作られていると聞くが?」
「はい。ぜひ見学や交流が叶えば嬉しく思います」
「考慮しよう。
話は離れたが、今後、姫君の『精霊の書物』と我々の知識の交換や、海産物の活用法についても前向きに考えて貰えると助かる」
「解りました」
海産物に、子どもの保護施設。
浮かれていた私は気付いていなかった。
私達を探るように見つめる海色の瞳と、それに向かい合うリオンの眼差しに。
静かで、けれど一歩も引かない『二人』の視線が、言葉にされない何かを交わしていることに。




