水国 打ち合わせと覚悟
フリュッスカイト四日目。
最初の調理実習を終えて戻って来た私達は、なんだか宿舎が騒がしいことに気が付いた。
玄関先から廊下の奥まで人の気配が慌ただしく行き交い、普段はきちんと整えられている空気が少しだけざわついている。
「どうしたんですか?」
調理実習の仕事に同行しているのは私と、カマラ、リオン。
料理に時々魔術を使う関係上、フェイにも同行して貰っている。
それから、料理助手としてセリーナとノアール。
時々カマラの交代要員としてミーティラ様が同行して下さったりもするけれど、基本的にはそのメンバーだ。
居残り組には掃除や洗濯をしたり、来客対応をしたりしてもらっている。
「あ、マリカ様、お帰りなさいませ」
出迎えてくれたのはプリエラ。今回の随員の中で一番年下、かつ身分が低い。
だから、外に近い所で伝令代わりをしてくれていたのかも。
けれど、いつもは落ち着いている彼女が少しだけ息を弾ませているあたり、やっぱり何かあったのだろう。
「どうしたんですか?」
「姫君の御留守の間にフリュッスカイトの大貴族から荷物やお手紙が山のように……」
「やれやれ、またですか?」
思わずため息が零れる。
他所の国に来ると、大なり小なりこれが始まる。
贈り物付きの面会希望。
私の雇い主は基本的に国のトップなので、彼等の許しを得ないとレシピや情報は手に入らない。でも何とかならないかと、ダメ元で吶喊して来る大貴族がいるのだ。
贈り物で興味を引いて、というのが実に見え透いているけれど。
ドレスに調度品、アクセサリー。
どれもハイセンスで綺麗だけど、私の好みじゃない。
しかも、こういう時の品は大抵、見た目の豪華さ以上に意味が重い。受け取ること自体が返答になってしまうこともあるから厄介なのだ。
「送り主の名簿や書簡はありますか?」
「こちらです」
ミリアソリスが用意してくれた名簿に目を通す。
うん、ほぼほぼ知らない名前。
誰かを受け入れて、誰かを断ると不公平になるからほぼ全員関わらないでOKだ。
受け入れるとしたら……これとこれだけだね。
「……こちらは全部送り返して下さい。破損、汚損の無いように丁寧にお願いします」
「かしこまりました」
私の随員達も長い付き合いだから、手順は心得ている。
だから、基本的な所は任せて、私は基本的な対応が出来ない人の方を見る。
応接間に上級随員を呼び出して……
「リオン。ちょっと来て?」
「何でしょうか?」
「これは、私宛だけどリオンへの申し入れだと思う」
リオンに一通の書簡を手渡す。
白く上質な羊皮紙に押された封蝋は重々しく、書かれている内容以上に相手の格を物語っているようだった。
「ああ、確かにそう……ですね」
羊皮紙に紋章の封蝋がかけられた書簡は、フリュッスカイトのルイヴィル殿からのもの。
フリュッスカイト最高位の騎士将軍だもん。
地位で言えば大貴族に匹敵する。
「ざっと見せて貰ったけれど、滞在中に合同訓練をしないか? って」
「はい。オリーヴァ農園に行ったときに、割り当てられた居住区画には身体を動かすスペースが無い。
兵士達の訓練ができないという話をしたので、気を遣って下さったのではないかと思います」
要請を受けるなら、フリュッスカイトの騎士訓練施設をアルケディウスの者達に開放するという。
戻ったら騎士試験を控えているカマラやクレストは、確かに身体を鈍らせたくはないだろう。
「ただ、ルイヴィル殿は、俺との手合わせを望んでおられます。
今年の秋の戦には、多分、俺は出られないので、ならばせめて雪辱戦の機会を、とおっしゃっていて……」
書簡を見つめるリオンはちょっと浮かない顔。
ルイヴィル殿は最高位の騎士将軍だから、毎年の戦に出て問題ないのだろうけれど、リオンは一騎士貴族に過ぎない。いわば部隊長。
夏秋の戦は、国内に約五百人いる騎士貴族達にとっては晴れの舞台であり、順番を心待ちにしている者は結構多いと聞く。
二回連続で出たリオンは、例え実力が認められていても、三回目は難しいだろうとも。
そういう事情を思えば、彼の顔が曇るのも当然だった。
「ルイヴィル殿はリオンを気に入っているしね」
「それだけではないと思います」
「フェイ」
リオンはルイヴィル殿を戦士の尊敬すべき先達と慕っているけれど、傍らに立つ魔術師の目は厳しい。
感情ではなく状況を見ている、そんな冷静な光が碧の瞳に宿っていた。
「後は、秋の戦に向けた兵士のレベルの確認という意味合いもあると思われます。
随員や兵士の熟達度などからこちらの戦力を計りたいのではないでしょうか?
ただの好意だとは思えません」
確かに秋の戦までもう三カ月前後。
今年は雪辱に燃えているだろうから、情報収集の意味合いも確かにあるだろう。
「今年もリオンに出て貰って、カエラの群生地守って欲しいんだけど……」
「こればっかりは上層部が決める事ですから」
「もうすぐ定時連絡の時間ですから、その時に皇王陛下に確認してみてはいかがでしょうか?」
「そうだね。それが一番かも」
お茶を入れてくれたミュールズさんの提案に異論は勿論ない。
湯気の立つ茶器から柔らかな香りが広がる中、少しだけ張っていた空気が和らいだ気がした。
「リオンもそれでいい?」
「はい。構いません」
皆がいるので皇女と騎士モード。少し寂しいけど仕方がない。
こんな時、二人きりならもう少し素直に話せるのに、と思ってしまう自分がいる。
「それから、もう一つはソレイル様から」
ソレイル様からの手紙も、高価な羊皮紙を使った正式なものだ。
子どもの姿に似合わぬほど整った文面を見て、やっぱりこの国の公族なのだと改めて感じる。
「公主様からの許可が出たので、アルケディウスの区画に遊びに来たいって」
「ソレイル公をお茶会に誘った、とおっしゃっていた件ですか?」
「そう。フリュッスカイトには、使用人も含めて子どもがソレイル公しかいないんだって。
同世代の子どもと話してみたいっておっしゃっていて」
「マリカ様。この件も皇王陛下に事前にお話しておいた方がいいと存じます」
「え? なんで?」
真剣に首を傾げる私を見るミュールズさんの視線は厳しい。
完全に、これは小言が飛んでくる前触れだ。
「マリカ様は子どもに甘くていらっしゃいますから。
秘密や情報を話したりしてしまう可能性があります。
お茶会そのものは反対致しませんが、何を話して何を話さないかはしっかりと共通理解しておいて下さいませ」
「人聞きが悪い。そんなことはしな……」
「しないと言い切れますか? ソレイル公に悩みを打ち明けられ、アドバイスと言って『能力』のことを話したりなさいませんか?」
「え? 『能力』のこと、話すのダメ?」
子どものみが持つ『能力』。
ソレイル公は持っていないかな? 力に振り回されたりして困ったりしていないかな?
というのが、私がソレイル様に声をかけた理由の一つでもある。
周囲が大人ばっかりと言う状況なら、相談もできないだろうし、理解もしてあげられないと思うから。
子ども同士だからこそ話せることもある。そう思っていたのだけれど。
「うかつに話すのは危険だと思います。
どんな『能力』を持つかは人それぞれで外見などからは解らないのでしょう?
大聖都の勇者の転生 エリクスがもっていたように、読心などであったら色々と危険ではありませんか?」
「あ……」
ミーティラ様に言われて、初めて気が付いた。
そういう危険性もあるんだ。
善意で近付いたつもりでも、こちらが不用意なら足元を掬われる。そういう話でもあるのだろう。
「でも、ならなおの事、話を聞いて把握しておいた方が良くないですか?」
透視とか良く聞こえる耳とか、それこそ読心だと、情報が筒抜けになってしまう可能性もある。
あまり、疑いたくはないけれど。
けれど疑いたくない、では済まないことも、この旅の中で嫌というほど知っている。
「ですから皇王陛下に話をして確認を、と申し上げているのです」
「解りました、相談してみます」
そう返事をしながらも、胸の奥に少しだけ引っかかるものが残る。
子どもを疑うのは嫌だ。けれど、立場が立場だ。
私一人の気持ちで決めていいことではない。
その夜、定時連絡で私達の話を聞いた皇王陛下は
『まったく、お前達は何故、料理を教えて戻って来る、だけのことができぬのだ?』
と小さな雷を落とした上で、
・合同訓練への参加
・リオンとルイヴィル様の模擬試合
・ソレイル様とのお茶会
・フリュッスカイトと私の『精霊の書物』で理解している範囲内での知識交換は許可して下さった。
『公がもし『能力』を持つなら把握しておきたいな。
相談という形でもいい、聞き出せ』
「はい」
『リオンは、模擬戦をやるならなるべく勝て。
其方は秋の戦には出さない事が決まっている。
相手に対して非礼の無いようにな』
「かしこまりました」
『あと、特に可能であるのならソーダと呼ばれる物質の化合方法は学んで来るように。
現在、フリュッスカイト以外のガラス工房はその材料のほぼ全てをフリュッスカイトから輸入している。
同じものをアルケディウスで探そうとしても、特にソーダの入手が難しい様子だ。
アルケディウス独自の材料で作ったものは質があまり良くない』
「解りました」
オリーヴァオイルの件も大事だけれど、蒸留器のコイルガラスだけでは無く、他のものを作るにしてもガラスは大事だし。
しっかり勉強してこよう。
情報を出し、情報を手に入れる。
今までは割とこっちから与える方が多かっただけに、相当な頭脳戦が必要になりそうだ。
強敵公子と。
あの方は怖い。
普通とは違う何かを感じる。
子どもの姿をしていても、あの静かな瞳の奥にあるものはとても子どもらしいとは言い難い。
柔らかく笑っていても、油断してはいけない。そんな気配がずっと胸のどこかに刺さっている。
「マリカ?」
「大丈夫。まだまだ始まったばかりだものね。気合い入れて行かないと」
知らず、肩が震えてしまったけれど、背筋を伸ばす。
本当に、まだフリュッスカイトの滞在は始まったばかりなのだから。
ここで弱気になっている場合じゃない。
私はアルケディウスの皇女で、『新しい食』を担う者で、皆を背負ってここに立っているのだから。




