皇国の大祭 三日目 貴族子弟視点 顧みる負け犬の思い
大祭の最終日、私はグローブ一座の小間使いをさせられる破目になった。
大祭最終日を締めくくる最後の劇は、公平性から別の劇団が務めるが、グローブ一座の人気があまりにも高いので、祭りの後、追加公演を行う事になったのだという。
「昼間の間は数名ずつ組になって、広場や城壁市場の側で、明日の宣伝を行いましょう」
それぞれ、劇の一場面を演じて見せるように。どこを見せるかは指示した通りです」
ヒロインやメインキャストが数人ずつチームになって夜祭りまであちらこちらで宣伝を行うらしい。ご苦労な事だ。と思わずにはいられない。
「夜は私と主役級数名は余興の為、王宮の舞踏会に招かれております。
昼間がんばってくれたら、夜は皆、自由に祭りを楽しんで構いませんよ。
臨時の給料も弾みましょう!」
わあっ! エールの泡が弾けるような明るい声と共に役者や裏方たちが笑顔を零す。
それぞれ準備に走り出す劇団員たちをこちらも満面の笑みで見送る座長エンテシウス。
そして奴は、まるで何にもなかったかのように私にも声を向けた。
「貴公も事が終わったら祭りを楽しまれるとよろしいでしょう? なにげに王都の大祭を見るのは初めてでは?」
「う、煩い! いつも社交シーズンは父上達は王都におられるのだ。
跡継ぎである私が、領地を離れられるわけなかろう!」
大貴族の長男の苦労が気楽な三男に解ってたまるか!
顔を背けた私を奴はくくくと嗤っている。
どんな仕事をしていたのだ、その瞳が言っていた。
実際、言われた書類にサインしていただけだが。
「ならば、頑張って仕事をしてから祭りを楽しまれるとよろしいでしょう。
皇女の舞は終わってしまいましたが、王都の大祭は魅惑的な女性のようなもの。
一度味わえば癖になりますぞ?」
「ふん!」
「貴公は私と楽師達の組です。よろしくお願いいたしますぞ」
顔を背けた私は、奴の表情など解らないが、きっと勝ち誇ったような顔をしているのだろう。自分を見下して、いい気味だと腹の中で嘲笑っているのだ。
絶対に。
祭りを見に行ってもいいと言っても、監視はおそらくそのままだし、頭に付けられた輪も外されることは無い。逃げることもできない。鎖に繋がれた犬のようなものだ。
私は恥ずかしさと悔しさに唇を噛みしめるしかできなかった。
奴が私を助手に選んだのは、おそらく、万が一にも他の劇団員に手出しされないようにする為だ。
人ごみの中を縫うように移動して、ここと決めた場所で演奏と宣伝を行う。
それを二の地の刻まで繰り返した。休憩なし。
楽器運びや、芸の前後の掃除など私は思う様こき使われた。
奴らは身軽で良かっただろうけれど。
とはいえ、悔しいがこの時点で、思い知らされていた。
自分の過ちを。
目の前の自分が『芸人ごとき』と蔑んだ男の実力を。
不老不死時代、こいつは仲間、だった。
成人して間もなく。
妻を迎え、父の跡を継がんとしたその時に、世界は大きく変化し、私は領主になれなくなった。
不老不死世の到来。全ての人類が不老不死になった為、世代交代ができなくなったのだ。
何故、こんなことに、と。私は不老不死を人々に齎した勇者を少し恨めしく思った。
どうせ不老不死世にするのなら、あと、もう少し後。
私が地位を受け継いでからにすればよかったのに。
妻は領地内の貴族の娘だった。
おそらく大貴族夫人の地位目当てだったのだろう。
不老不死世になって間もなく実家に帰ってしまった。
いずれは私が後を継ぐのだと言っても聞かず、父親も娘の我儘を聞き、そのうち他の男と結婚したという。
大貴族子息の中ではそういう話は珍しくなかった。
才能があっても使い殺され、永久に後継者のまま。
そんな仲間達と傷を舐めあう不毛な日々が続いた。
父は仕事に忙しく、私の事に無関心。
そのくせ、教養が足らんと言っては怒り、私を蔑んだ。
字をもっと覚えろ、計算がいつも間違っていると怒るばかり。
そもそも、読むべき文書を私に回してもくれないのに。
複雑な計算が必要な財政に、私を携わらせてもくれないのに。
「貴方は、貴方の好きに生きなさい。
それが許されているのだから」
母はそう言って私の気持ちに寄り添ってくれた。
嫌なことはしなくていいと言ってくれた。
私は戦いには向いていない。文官として仕事をすることもごめんこうむる。
いくら時を重ねようとも領主になることはできないのだ。
何百年ものあいだ、私の才能に嫉妬する無能な上司や年長者に見下されたくはない。
私は領地を見回るふりをして、賭場で時価を潰す日々を仕方なく過ごしていた。
自分には機会があればできる。
やればできる。
母の言葉を信じて。
そう。自分は やる価値がないからやらないだけ。やればいつでもできる。
そう自分に言い聞かせ毎日、昨日と同じ今日、今日と同じ明日を過ごした。
不満をもつことさえも、気が付けば無くなっていた。
ただ、途中、一度だけ本気を出したことがある。
父が、妾の女を孕ませその子を後継者にすると言い出した時だ。
あの時は私以上に母が激怒して、妾の命を狙った。
毒を使い子を流させ、浮気の罪で妾の不老不死を解除させようと神殿に手を尽くして働きかけていたことを覚えている。
女はそれを察し、子を連れて着の身着のままで逃亡。
私も全力で女を追った。
あの妾の子は絶対に産ませてはいけないと必死だった。
我が子に後継者の地位を奪われるなどあってはならないことだ。
だが妾はかなりの数の追手の追及を退け、何処かに姿を消した。国を出た形跡もないのにどこにいったのか? 今も行方は知れない。
スィンドラー家の消えた側仕えとちょっとした怪談めいた謎として今も語られている。
話はずれたが、そんな中でこいつは、自分のやりたいことを芸能と定めていた。
勇者伝説を文章に書き起こし、劇にして旅芸人に提供したりもしていたようだ。
そして、ついには自分の一座を立て、芸人として王族の目に留まるようにもなった。
こうして側で聞くとよく解る。
ほんの一瞬前まで、人ごみの中に紛れていたのに、いざ、奴が動き出すと、周囲の視線を一身に集めるのだ。
朗々たるセリフは人の目と心を惹きつける。
本人が芸人にも矜持があるという通り、それに相応しい実力をもってはいるのだろう。
それは認めるのはやぶさかではない。
私にはとてもできないことだ。
奴を見る度、思ってしまう。
もし、私ももっと読み書きができていたら。
もし、私も奴のような才能があったとしたら。
奴のように喝采を、人々の崇敬を受けることができていたのだろうか?
無為な五百年に意味を見いだすことができたのだろうか?
慌てて、頭を振ってそんな考えを追い払う。
私は大貴族の息子なのだ。
奴のように家を出て、大貴族であることを捨てたりしない。
絶対に。
「さて、ご苦労様でございました。皆の衆」
その後、五か所ほどを回って宣伝を行って後、自分の組の芸人たちにエンテシウスはそんな労いの言葉をかけた。
「こんなところでしょう。今日はここで上がりとしましょう。
手応えは上々。
皆のおかげで、きっと明日は多くの方に足を運んでもらえると私は確信いたしました!」
明日の公演は街のギルドなどが代行となって出演料を払う大祭の舞台とは違う。
人々の御厚意が収益の全て。観客が集まらないと御厚意は集まらない。
今日の宣伝の中の劇団員たちの人気を考えれば、奴の言う通りきっとある程度の人は集まるのだろうけれど。
「孤児院に戻るもよし、大祭を最後まで楽しむもよし。
明日の朝までに戻って貰えれば構いません。
腹ごしらえをしていくのもいいかもしれませんね。
ああ、食事ならゲシュマック商会本店がお勧めです。運が良ければ幻のエールで喉を潤せるかもしれませんぞ」
楽師たちに臨時給金を渡す流れで、奴は私と私の監視の騎士にも金を渡す。
「どうぞ、良き大祭を」
逃げるとは微塵も思わぬ笑みを残して奴は去っていった。
どうせ行き場もなく、目的もない。
誘いに乗るのは癪だが、私はゲシュマック商会の食堂に赴いた。新しい食と言われるものへの興味があったのも事実だから。
そこで、私はある『噂』を耳にすることになる。




