皇国の大祭 二日目 波乱と変化の貴族会議 前編
大祭二日目 貴族会議を終えて戻っていらしたお父様は、随分と疲れている様子だった。
「はあ、疲れた。
不老不死後初めての会議だからな、荒れるのは承知していたがまさかここまでになるとは思ってもみなかった。
初日に遊び過ぎたツケが回ったか」
「お疲れ様です。お父様」
「本当に疲れた。だが、お前関連についての問題に関しては全て承認が降りたぞ。
新年の国王会議での結婚式も、成人式も、あと大神殿の税復活も」
「ありがとうございました」
「エールが欲しい所だが、明日も会議だからな。炭酸水でも貰ってきてくれないか」
「解りました」
自室に戻り私を呼びつけ書類を渡すと、ぐったりと背中を椅子にもたれさせ両手を広げて見せる。まるでイカの干物か何かの様だ。
生粋の騎士で戦士のお父様は肉体的な事では滅多に疲れたなどと弱音を吐かない。
これは純粋に精神的疲労だろうな、小走りで厨房から冷えた炭酸水を貰ってきて果実割りを作る。
手渡すと一気に飲み干して、ぷはあっと大きな息を吐きだすお父様。
炭酸水なのに気にする様子もない。
「何にそんなに困られたのですか?」
「若い連中の躾がなっていないことに、だ。
いや、あれは親がちゃんと教育できていないからだろうな?
あれと比べるのも失礼だか魔王城やゲシュマック商会の子ども達の方が大人に見える」
「若い連中というのは?」
「今まで、貴族会議は当主である貴族一名のみが参加できていた。
側近や護衛、書記官なども伴っていたがな。ただ今年は皇王陛下が後継者、もしくは候補者も同席させるようにとお命じになった」
「跡継ぎを?」
「今までは心配いらなかったが、今後、不慮の事故などで当主が政務をとれなくなることも有りうる。その場合の跡継ぎを登録しておくようにとの仰せだった。
だがその跡継ぎ共の一部が本当になってなくてな。
無能なら無能で黙っていればいいものの、それすらできない奴もいる。
こんなに難航したのは初めてだ」
貴族子弟の全員がそうであるわけでは無いけれど、今回連れてこられた者達の多くがあまりにも酷すぎた。とお父様はため息をつく。
会議に集中できないわ、話に茶々を入れるわ。
もしかしたら、レジュメの内容を理解できない奴もいるかもしれない、というぐちまで出てきた日にはよっぽどなのだろうと同情するしかない。
「まあ、そういう輩ばかりでも無かったし、多少、面白いものも見れたがな」
「面白いもの?」
「ああ。聞くか?」
「ぜひ」
多分話したかったのだろう。お父様の目が子供のようにキラキラ輝いている。
私が知っている貴族会議は皇女の名乗りを上げる為に乱入した時しかない。
普通の(今回も普通ではなかったのだろうけれど)会議は興味がある。
ということで、お母様と二人、話を聞かせて頂いた。
貴族会議は例年春の大祭と秋の大祭の年二回行われる。
春の大祭には昨年の報告と、今年の方針を決め。秋の大祭には現状の簡易報告をして次年度の凡その概要や法令を決める感じかな?
法令が決まっても準備期間などが必要なものもあるので、冬の間、民に周知したり施行の為の準備をしたりして新年(春)からの実施を目指すのが一般的。
今回は、来年の春の大祭に合わせてケントニス様が皇王位に就く事の承認があった。
でもこれはもう形だけ。元々皇王陛下からの下知に近いので反対は大貴族達が束になってもできない。そもそも彼らを味方に付けて支持して貰うことが即位の条件だったし。
不老不死が無くなったことによる刑法についての追加措置や、他国との輸出入、科学製品の報告など、話し合うべきことがたくさんあったという。それに追加で各国に告知した大神殿からの納税復活の通知も。
仕事を増やしてごめんなさい。
けれど、一番先に決めておかなければならない議題として、新しい大貴族の決定と承認が上げられていた。
「ああ、ソレルティア様が大貴族になるというアレですね」
「そうだ。反対は出ないと思っていたんだが意外な所から変な声が出てな」
「変な声?」
アルケディウスには今、十七人の大貴族がいる。
領地が今は二十に分けられていて、そのうちの十七を大貴族が皇王家の委託によって統治している形だ。
十七のうち残り三つは王都と、その近辺の王族直轄領。
現在の王都での司法長官は第三皇子だ。お父様は騎士団長として国の警護を担っているから領地を統治している暇が無いという理由で王都に家を持ち独立皇族として暮らしている。お仕事が多くて大変な分、給料は十二分に入っているのだとか。
直轄領は第一第二両皇子がそれぞれ治めていたけれど、第一皇子は即位準備の為、退かれることが決まっていた。王都のすぐ近くで交通の便も良く、実りも豊かな土地だ。
「その領地の大貴族位は誰が入る予定なのですか」
「これ! ダヴィド!」
「もしよろしれば、私に任命下さい。必ずやご期待に副うて見せます」
会議の最中、礼儀も弁えずそう告げてきた者がいた。
スィンドラー伯爵家の長子だという。
会議の場においては上位者に話しかけてはいけないという慣習は省かれているけれど、それでも礼儀を弁えぬ振る舞い。議長を務めるトランスヴァール伯爵どころか、皇王陛下達にも失礼な行為に多くの者が、眉を潜めた。ただ、数名の『後継者候補』はもしや、自分が、と目を輝かせていたという。
不思議な話。
例えば、不遇の不老不死時代、大貴族の子どもの中にだって永遠の跡継ぎと言われても腐らず、真面目に仕事をしていた人も勿論何人かいる。
新しい子どもは生まれなかったり流されたりしたけれど。
でもその前に生まれた子どもはいて、彼らは成長してから騎士や文官として試験を受け、向こうの世界で言うところの上級公務員、官僚として誠実に仕事をしていた。今後、国の要所で抜擢されて行く可能性が高いだろうとお父様も言う。
この国における貴族は=試験を受けて合格した上級公務員。大貴族も例外ではない。
大貴族のみが領地の運営統治を業務として受けているので、世襲が認められているだけだ。
だから、貴族位を持つ者は、大貴族領地を預かる可能性だって0ではない。
現に取り潰しになったタシュケント伯爵家の後継として指名され、今は正式に大貴族に任命された人物は、彼はパウエルンホーフ伯爵家の三男だ。
次男さんは王宮近衛隊の隊長。長男さんは後継者として同じ場にいたって。
でも真面目な彼らはそんなことをおくびにも出さず、可能性のないバカ息子たちが我こそはと名乗り出る。
皇王陛下は無礼なおとなこどもを視界に入れることはなく、けれど議場に集まった人達の疑問に答える様に告げたという。
「なお、次期領主は内定している。ここにいる王宮魔術師のソレルティアだ。
彼女には次期文官長としての役割と共に直轄領を新しい大貴族として任せることになる」
「それは……」「なんと……女性の、しかも子ども上がりの大貴族とは」
皇王陛下が背後に座っていたソレルティア様を招き紹介すると、まあ、当然のように議場は波立つように揺れた。ソレルティア様が明らかに妊娠していたからなおのこと。
この辺は仕方ないけれど。
「何故ですか! 魔術師としては多少有能かもしれませんが、女でしかも平民の子ども上がりが何故、そこまで重用されるのです!」
スィンドラー家のドラ息子はなお止まらなくなった。
「ダヴィド卿、申し訳ありませんが発言は許可されていない。お静かに」
「私は大事な話をしているのです。口出し無用」
「…やスィンドラー伯爵。子を表に出すのであればもう少ししっかりと躾けなおしてからが良かろう。いや、我が子を見限った私が言う事では無いが」
「面目次第もございません」
そう言ったのはプレンティヒ侯爵で、彼の後継者候補の席には実子ではなくクレストがいた。侯爵の実子は二人でどちらも放蕩者だと以前聞いた気がするけれど。
ちなみに大貴族達は皆、ダヴィド(もう呼び捨てでいいや)を無視する。声もかけない。
視界に入れようともしない。
しかし、駄々っ子のようにダヴィドは声を上げ諫める父親にさえ空気を読まずに反論する。他にも何人かいたぼんやり貴族子弟も一応は皆、空気を読んで黙っていたのに。
「父上!」
「本当に、黙れ。ダヴィド。ここは貴族会議。
しかも皇王家の方々の御前なのだぞ!」
「だからこそ、言わねばならぬのでしょう。明確な過ちを犯す主家を諫めるのも忠心たる我らが勤めでございます」
ちなみダヴィド氏。顔は悪くないので昔はそれなりにもてていた。
でも、あまりにも空気を読まない言動と自己中心的な態度。
そして、女性を下に見る考え方から、つまはじきにあいまともな貴族女性からは相手にされなくなった人物だそうだ。
母親は溺愛しているので援助を続けていたらしいけれど。
「昨今の皇王家には色々と問題が多くあると存じます。
身分低き子どもを重用することも勿論ですが、女を政治の表に出すのはどうでしょう。
皇女然り、そのふしだらな女魔術師然り」
「ふしだらだと?」
「ふしだらではないというつもりですか?
その胎を見れば解ります。子を孕んでいる筈。誰彼かまわず男に足を開かなければ……」
何故私がダヴィドのことを知っているのかと言えば、一応皇女時代に学んだ貴族教育もあるけど、彼、今年のグローブ一座の劇の悪役、というか狂言回しを当てられていた人物なんだよね。
悪役貴族のモデルはスィンドラー家。
「まあ、一言で彼を表すとすればおしゃべり鸚鵡でしょうか?」
同じ放蕩息子扱いされていた彼の事をエンテシウスはそう称した。
一応知り合いなんだって。
「実を申しますと、永遠の後継者や、さらにその下の兄弟達の中でも一種の派閥、ではありませんな。傷を舐めあう同期会のようなものがありまして。彼とはそこで何度も顔を合わせたことがあるのです」
だから、筆が乗ったとエンテシウスは嗤う。
「教えられたことはまあ、できなくもないのですが、それ以外の事は理解せず空気も読まずただ、ぺちゃくちゃとしゃべくりまくる。
色合いは美しいので好む者もいないでもありませんが、飽きられるのも早く、永い人生の友とするにはいささか……」
放蕩者と言われても努力し、才能を発揮したエンテシウスとは違い、自分には才能があると信じ込みながらも実はそうではなく、努力もしないから日々錆びていくだけという感じだね。
貴族社会にも入れて貰えないから、貴族の流儀やルールも解らず空気も読まない。
さらには同期会の人にもどうやら色々あって……と。その話は後で。
べちゃらくちゃらと大声で捲し立てるダヴィド氏はその後はもう止まらなかったらしい。
なんとなく想像がつく。周囲の様子を見ることもなく、ただひたすらに自分の言いたいことをしゃべくるおしゃべり鸚鵡。
続く無礼はやがて温厚な皇王陛下の忍耐の糸さえぶっち切る。
「ほほう……」
議場に低い声が響くと場の空気が凍り付いたそうな。
「随分、度胸がある子息だな、スィンドラー伯爵。
我々が間違っていると、ここまで堂々と教授して下さる若者とはいっそ清々しい」
「お褒めにあずかり恐縮です!」
「ダヴィド!」
明るい顔で自慢げに言い放った『後継者候補』に皆、もう呆れた吐息しか出なかったという。
「ダヴィド卿……」
「お待ちください。父上」
その時、何かを言いかけ、いやしようとした皇王陛下を諫め、代わりに立ち上がった人物がいた。
「ここはどうか私にお任せを」
流石のダヴィドも押し黙り、視線を向ける。
アルケディウス第一皇子ケントニス様に。




