皇国の大祭 二日目 女の争い
皇王妃様主催。女性達とのお茶会は表面上問題なく終わった。
私は求められるまま、各国の流行の話や、最近進んでいる科学についての話をした。
化粧品についてや、ヒンメルヴェルエクトで開発された新しい服飾素材の話とか。
皆様、とても楽しそうに聞いて下さった。
あくまで表面上は。だけれども。
「マリカ。ティラトリーツェ。話があります。
忙しいとは思うけれど、残りなさい。夕餐の用意がしてあるから」
お茶会後、私は第一皇子妃アドラクィーレ様にそう呼び止められた。
この件に関しては問題はない。
事前に打診もされていた。
「はい」
「明日の晩餐会の料理の試作でもあるから意見があれば聞かせて頂戴」
「かしこまりました。アドラクィーレ様」
私とお母様は静かに頭を下げる。
アドラクィーレ様のこと、昔は苦手で今も得意では無いけれど御子ができてあたりも柔らかくなったし、考えも変えて下さったし、嫌いでは無くなったと思う。
「あ、でもいいんですか? 男性方々は?」
「あちらはあちらで、色々と会議について詰めているから別室で食事をとると思うわ」
「ラウル君やフォル君達は?」
「あの子達は乳母と一緒に食事をとります。しっかりとしたマナーが身につくまでは、正式な食事に同行はできないでしょう?」
「そうですね」
どんなに注意したって子どもには偏食もあるし、カトラリーの使い方には訓練もいる。
食育指導は大事だ。
「貴女が大聖都に行ってしまう前に色々と詰めなければならないことがあると思ったのよ。
皇王妃様やメリーディエーラにも来て頂いて、今夜中に明日の会議に向けての提案だけでもしておかないと」
「どういうことですか?」
「それは、後で。マリカには仕事を増やしてしまうし、無理を頼むことになるかと思うのだけれど」
「え?」
「私一人の意見で決めて押し付けてしまうとせっかく改善できてきたと思う皇王家内部の関係や、今後に差し障るから他の方もいる場で意見を聞きながら決めたいと思うのです」
「は、はい」
話がある、というのはどうやら第三皇子家や私個人へのことではないようだ。
真面目な為政者の顔で私を見るアドラクィーレ様に、私はお母様と思わず顔を見合わせてしまった。
そして、その日の夕食の席。
「皇王妃様。マリカが大神殿に嫁いで後、彼女を雇いたいと言ったらどう思われますか?」
アドラクィーレ様は、皇王妃様に仰ぐという形で、私達皆にそう問いかけた。
「私を、雇う、ですか? 何の為に?」
「ええ。具体的に言うのなら、今後、貴族として生まれる子ども達に教育を。
そして王宮の女達。大貴族を含む母親となる者達に親としての指導を行いたいのです
でないと、今後のアルケディウスを支える人材育成に支障が出るでしょうから」
その瞳に込められた意志は随分と強固で、力が籠っている。と私は感じた。
「その根拠は?」
「マリカやティラトリーツェは外での活動が多いから、気付いていないかもしれないけれど、今、大貴族に限らず、王宮の女達の一番の話題はどうしたら、子どもを得られるか、なのよ」
「子どもを得る? 産むではなく?」
「そう。子どもを身籠れた者は次々世代のアルケディウス王家で、高い地位を築ける。
さっきのストウディウム伯爵夫人と彼女を見る羨望の眼差しを見たでしょう?
若さに自信がある女貴族は、日々子造りに励んでいるという話よ。流石にスィンドラー伯爵夫人は五十を超えているから無理だと思うけれど」
「な、なんで?」
「若い子弟がいる一族は、今まで放置していた後継者に教育をしなおしています。
養子として孤児を育てようとしている者もいる程ね。
ただ、王都では既に皇立孤児院が確固たる地位を築いているから子どもを思うように得られず、地元で探したり、酷い時には奴隷商人などから買い取ったりしている者もいると聞くわ。
今年の冬に勝負をかけ、子造りに励む者が多いでしょう。
おそらく、来年の社交シーズンには出産が多くなるかもしれないわね」
「だから、なんでですか? 今まで貴族家の皆様、子どものことなんか興味を持っておられなかったのに……」
あまりの話に皆のナイフが止まってしまう。
せっかくの美味しいポークソテーなのに。
私だってこんな話を前にしては食事が喉を通らなくなる。
震える声の私にアドラクィーレ様は目を伏せ微笑した。
「不老不死が終わって世界が動き出したから」
「あっ……」
「今まで、約五〇〇年以上の間、時が止まっていた。世代交代なども無く当たり前に生きて同じことをしていれば不自由なく生きられた。
脱税だの横領だのが最近増えてきたのは、今まで確実にあった同じ『明日』が無くなり、未来が定まらなくなったからね。
不安な先にさらに安心を得る為に、皆、自分の分身である子どもを欲しがっているのよ。さらには次々世代のアルケディウスの王となるラウルや、双子達がいる。
今、一刻も早く子どもを作っておけば、彼らの同世代となり重用されるだろうという意図もあるのだと思うの」
さっきのお茶会のことを思い出す。妊娠したと誇らしげなストゥディウム伯爵夫人を見つめるどこか妬みの籠った眼差し。
あれは、先を越されたから、なのか?
「子どもが増え、次々世代が充実するのは良い事では無いのですか?」
「充実すれば、確かに良い事でしょう。皇王妃様。
ですが、数が増えたからとてそれが直ぐに人材充実に繋がるかどうかは、疑問でございます。この五〇〇年、貴族達の多くは子育てなどしてこなかったのです。
特に貴族における若手の放蕩には目に余るものがあります。
マリカ。さっきの茶会で無礼を働いたスィンドラー家の消えた小間使いの話を知っていますか?」
「あ、はい。聞いたことは」
嘘だ。とてもよく知っている。その小間使いの顔も、今、何処にいるかも知っている。
と、前にも似たような展開があったな、と思い出した。
今もこうして語られるくらい、よっぽどの醜聞になっているのだろう。
「正妻である彼女の息子はかつて取り潰しになったタシュケント伯爵家のソルプレーザに匹敵する出来の悪さで有名です。
五〇〇年の間、大貴族の息子であることを良い事に仕事もせず放蕩三昧。そこでスィンドラー伯爵は妾の妊娠をきっかけに彼を廃嫡しようとし、妻はその妾を殺したと言われています」
私とお母様、そして皇王妃様は微かに視線を交差させ、そして料理で口を塞いだ。実はその妾は生きて子どもも無事だけれど、教えるつもりは無い。
「他にも現在の若手と呼ばれ成人している者達のうち、かなりの者達は正直、使い物にならないと見ています。来年、ケントニス様が皇王位に就かれるにあたり良い人材を探しているのですが、見込みがあるのは本当に僅か。
目端の効く当主の中には妾や側室に子を産ませ、スィンドラー家と同じことをしようとしている者もいるようです。
一方で放蕩を続けていた子らは、世代交代、親を排除し自分が表舞台に立つ好機と手を打つものもいる様子」
「それって、酷くありませんか? 子どもは地位を得る為の道具じゃないんですよ!」
「家門、家名を守る為に親が子の道行や、結婚相手を決めるのは普通のことでしょう?」
アドラクィーレ様に言われて、私は口を噤むしかなかった。
そうだ。ここは中世異世界。
平和に見えて奴隷や人身売買もあり。
子どもは親の道具。そういう時代だった。
「ただ。
少なくとも、私は彼らにラウルトリスを付けたくは無いのです。
ならば、今の若手は世代は諦めて飛び越し、さらに次の世代。今のマリカ達やこれから生まれて来る世代に望みをかけ教育を施したいと考えています」
「子ども達に、教育を与えるのはとても良い事だと思いますが……」
言葉を濁らせる私にアドラクィーレ様は口角を上げて見せる。
「言いたいことは解っていますよ。どの口で、といいたいのでしょう?
ティラトリーツェの子を流させ、貴女に冷たく当たり、子を虐げてきた私が偉そうに、と自分でも思っています」
「あ、いや、そんな……」
「自分が親になるなど、そもそも考えられず。
ラウルトリスを産み、育てる上で迷うことがたくさんありました。
今も問題や悩みは増える一方ですが」
「アドラクィーレ様」
「それでも少し、薄目は開いたつもりでいます。
乳母や皇王妃様、ティラトリーツェやメリーディエーラ。そしてマリカの援助や助言が無ければ、私も義母様のように我が子を愛せないまま、どう関わったらよいか解らないままだったでしょう」
けれど、子を産んだことで理解できたこと。気付いたこと、気付かされたことがたくさんあったという。
王族は子育てを乳母に任せきりにすることも珍しくはないことだけれど、手元で育てるお母様に対抗してかアドラクィーレ様も自分の元でラウル君を育てて、教育を行っている。そして、
「私は、ラウルが愛しい。
我が子が望む道を歩めるように道を整えてやりたい。新たに生まれる子に、その母に手を差し伸べるのは我が子の為と嗤ってくれてかまいませんよ」
「別に笑いませんわ。その気持ちは理解できますもの」
「ティラトリーツェ」
「私も、我が子達がより良い環境でやりたいことを為せるように行く道を整えてやりたいと思ってきましたし、今も思っています。
マリカには側近を付けるのさえ困難を極めました。
今後フォルトフィーグやレヴィーナ。そしてラウルトリスの側近や学友を求めるのならより良い環境でしっかりとした教育を受けた子であって欲しいと思いますもの」
自嘲するようなアドラクィーレ様の言葉に共感と肯定の意志を示したのは意外にもお母様だった。
「それに、我が子の未来をも拓く為に子ども達の為の環境を整えることが、後に続く者達を助けることになる。他者への情けが巡って、我が子を救う力にもなる。
少し、見直しました。
それは人の上に立つ、国の、民の母である王族の務めというものでしょう」
「一応、褒められたと受け取っておきましょうか」
小さく俯きながらもアドラクィーレ様はお母様の言葉に楽し気、いや嬉し気だ。
子どもを持つ親同士、通じるものがあるのかもしれない。
「それで、我が子を含む貴族子弟の教育と、親の指導の為にマリカが必要だというのですね」
「はい。せめて全体的な見通しがつくまでは意見や力を借りたいのです」
話の区切りを待って皇王妃様が確認するように問いかける。
「結婚を止めさせることはできませんし、マリカが忙しいのも重々に承知していますが」
「概要や予算、権利関係については?」
「纏めてございます。
個人的な希望は、母親となる女性の教育。良き子、良き臣民を育てる為の方法論の共通理解。
子育ての注意点についての書籍の発行。
妊娠、出産を助ける施設の設立。
生まれた子どもに保育室とマリカが呼んだ、今、ラウルと双子が過ごしているような集団生活の場を作り、人間関係や上下関係、身分について学ばせる、など。
ただ、マリカの協力を前提としておりますので、まずは本人の意思を確認しないと、と思いまして」
腐っても(失礼)第一皇子妃。
昔、私が行きあたりばったりで孤児院設立を要請した時と違うか。
個人的には私にとっても母子保健、乳幼児保育と教育は専門の所、力になりたくはあるのだけれど。
「そう……。ねえ、マリカ?」
「なんでしょうか? 皇王妃様」
微かな逡巡と、でも躊躇いの無い意志と決断を持って、アルケディウスの皇王妃は私に告げた。
「ミュールズを。貴女の女官長を返して貰えないかしら」
と。




