皇国の大祭 二日目 女達の戦い
大祭二日目の朝は、お風呂から始まった。
「お疲れ様でございました。
昨日の夜、お疲れで眠ってしまったので朝、着替えさせてあげてとの奥様からの伝言にございます」
昨夜は家族みんなで大祭に行って、夜遅くまで遊んできた。
そしてそのまま馬車の中で寝てしまったのだと思う。
祭り着のまま寝台にいたので、ミュールズさんとセリーナが起こしに来てくれた後、着替えとお風呂を手伝ってもらった。
「お父様とお母様は?」
「皇子は大祭二日目、貴族会議がありますので、早々にお出になられました。
奥様は皇王妃様のお茶会のお菓子の差配を手伝うとのことで、こちらも早くに」
「すみません。私、寝呆けてしまったのですね」
「いえ、お茶会はお昼からですし、マリカ様は事前の準備やレシピを手伝ったのだから間に合うように準備させればそれで良いと、皇王妃様はおっしゃっておられました」
「昨日は一日大活躍でしたもの。仕方ありません」
「カマラ……見ていたよね?」
「はい、クラージュ様も、エクトール様も微笑ましいお姿が見れて良かったと喜んでおられました。」
「うわっ」
ちょっと恥ずかしい。
まあ、昨日は皆の前で舞を舞って緊張したし、大祭でも色々あったし実際疲れていたとは思う。
でも同じように祭りに出ていたカマラやセリーナはちゃんともう出勤して、仕事に就いている。
少し、祭りで気が緩んでいたのはあるだろう。
反省。
気持ちを引き締めないと。
「今日は終日、皇王妃様主催の婦人方のお茶会にございます。
終了後、アドラクィーレ様が夕食を整えるので、奥様とマリカ様には残って欲しいとおっしゃっていましたが」
「解りました」
お風呂に入って、身体を清め、ドレスに着替えて王宮に向かう。
皇王妃様のお茶会に出るのも久しぶりだ。
女性同士の思惑が行き交うこの場はあまり好きでは無いけれど、本来だったらもっと色々と柵や関係が大変なこの社会に、私は今まであまり関わらずに済んだ。
それはお母様や皇王妃様、時にはアドラクィーレ様やメリーディエーラ様が防波堤になって下さったからだと解っている。
なら、せめて年に一度くらいは顔を繋いでおかないと。
「まあ、マリカ様。
御婚約おめでとうございます」
「お式が楽しみですわね。きっと大陸の歴史に残る盛大なものになるでしょう」
お茶会参加の前に、お母様と合流して一緒に入室する。
「すみません。お母様。お手伝いもせずに」
「いいのです。大した準備も必要ありませんでしたからね。少しはゆっくり休めた?」
「はい。お祭りも楽しかったですし、元気いっぱいです!」
「そう。それなら良かった。では、行きましょうか?」
お母様と並んで会場に入ると、もう殆どの大貴族家の婦人達が集まっているようだった。
彼女達は、私達の姿を見つけるとさわさわと騒めき始める。
嫉妬とか、羨望とかそういう負の空気を纏った視線は意外に少ない。
ありがたい話だ。
その後、皇王妃様が入室され、身分ごとに挨拶に行く。
私達はアドラクィーレ様とメリーディエーラ様の後、三番目。
「エル・トゥルヴィゼクス。
皇王妃様。本日は御招待くださいましてありがとうございます」
「エル・トゥルヴィゼクス。
昨日はお疲れ様、疲れはとれましたか? マリカ?」
「はい。おかげさまで」
「それは良かった。陛下と少し心配していたのですが。良ければ今回も各国の様子や、様々な技術について皆に話してあげて」
「かしこまりました」
それから、私達も自分の丸テーブルについて挨拶を受ける。
中には、表向きは丁寧に応じながらもあからさまに敵意のある視線を向ける人もいた。
例えば、スィンドラー伯爵夫人とか。
「マリカ様。次年度より神殿の税が復活するという話は真でございましょうか?」
「挨拶もそこそこに政治の話ですか? スィンドラー伯爵夫人」
「ですが昨日、夫から聞いてびっくりしたのです。ティラトリーツェ様。
民の事を常に慮る『聖なる乙女』らしからぬ行いであると。不老不死が無くなり、今までと変わった生活に苦しむ民衆に重税を課すなどと」
「重税を課しているのは伯爵家でございましょう?」
「マリカ様……」
ぎりりと音が鳴るくらい唇を噛みしめる伯爵夫人。
スィンドラー伯爵家と言えば、今は悪名で知られている。
税金の二重取りが発覚して、その歌をグローブ座に広められているからだ。
はっきりと伯爵家がと名指しされているわけではなく、アレンジはされているけれど、見る人が見れば解るくらい。今年の新作劇の悪役もスィンドラー伯爵家がモデルだともっぱらの噂だ。
そのせいで、次年度の順位はかなり下がる見込みらしい。
因みに、私はスィンドラー家が嫌いである。皇族として好き嫌いはなるべく入れないようにしているけれど、こればっかりはどうしようもない。
この夫人の顔を見る度、魔王城の親友のことを思い出してしまう。
「マリカ。今はお茶会の場です。政治の話は無粋ですよ」
「申し訳ありません。お母様」
「伯爵夫人もまた後で」
「解りました」
色々と切羽詰まっていたのだろうけれど、伯爵夫人を見る目は全体的に冷たい。
真面目に統治している領地は、むしろ減税と穀物、食物の栽培によって豊かになっている筈だし。同じように悪事をしている領地は、明日は我が身かと怯えている。
まあ、スィンドラー家を反面教師にして色々と改めてくれれば、私はそれでいいのだけれど。
「さあ、難しい話は後にしましょう。
まずはテアとお菓子を召し上がれ。マーロの砂糖菓は料理人の自信作でね」
皇王妃様のお声かけに場の空気が少し和んでお茶会が始まる。
マーロの砂糖菓。向こうで言う所のマロングラッセは美味しいけれど時間と手間がかかる。提案はしたけれど、今の私は厨房に何日も籠ってグラッセにするのは難しいので丸投げだった。
それを完璧に仕上げた上でケーキやアイスクリームに上手に活用されている。
皇王妃様の料理人ってことは今回の料理はザーフトラク様だよね。
流石。
いつもなら、どの夫人も大喜びで食べる所なのだけれど、ふと見ると食が進んでいない女性も見受けられる。あれは……
「どうかなさったのですか? ストウディウム伯爵夫人」
「マリカ様」
ここ数年で一番勢いに乗っているアルケディウスの領地はと言えば、ほぼ揺るがぬ三強、皇王妃様の弟の一族 パウエルンホーフ侯爵と皇王陛下の弟の一族ブレンディヒ侯爵。アルケディウスの穀物蔵ロンバルディア侯爵家を除けば、アルケディウスで唯一海に面し、海産物を一手に扱うストウディウム伯爵家だろう。
近年では造船業も息を吹き返し、水国フリュッスカイトと共に機帆船の開発に成功したことも記憶に新しい。
「菓子が進んでいないようですね。お口に合いませんでしたか?」
「あ、そうではないのです。実は……どうやら私、妊娠したようで」
「まあ、それはおめでとうございます」
私が上げた歓声に他の婦人達の視線が一気に夫人に向けられる。
皇王妃様、お母様も含めて。
「まだ四か月前後では無いかと」
「では、今が一番つわりが酷い時期ですね。知っていれば、もっと食べやすい物も用意して貰ったのですが……」
「いえ、お気遣いなく。ただ、私は妊娠も出産も始めてなので、解らない事、戸惑う事も多く日々何度もマリカ様の本を捲る日々にございます」
「お役に立っているのなら良いのですが」
各国に贈った妊娠出産についての覚書は、初版は各国王家と、大貴族家に贈ったけれど地味に版を重ねている。
最近は特に富裕層に売れているのだそうだ。
不老不死が解除されて今まで、滅多になかった妊娠の割合が平常に戻ったせいなのだろう。孤児院でも出産部門を独立させる話が出てくるくらい介助を求める声が増えてきている。
「不安ごとや、困りごとがあったらいつでも申し出ていらっしゃい。
先達だと胸を張るつもりはありませんが、相談に乗りますよ」
「ありがとうございます。ぜひお願いいたします」
ストウディウム伯爵夫人に優しく気遣いの声をかけるお母様。
それはそれでいい。とてもいいと思うのだけれど。
瞬間、メラッ、と何かが燃えるような音が聞こえたような気がした。
多分幻聴だったのだとは思うけれど、そればかりではきっとないのだろう。
(うわっ)
顔を上げると各領地の婦人達が、ストウディウム伯爵夫人をそれぞれにキツイ眼差しで睨んでいたから。




