皇国 転売と税金と教育と
ガルフの話を聞き、私は食料品や酒の転売問題について改めて考えた。
「お父様、ケントニス様、トレランス様、皇王陛下。
食料品の転売問題について、皆様はどうお考えでしょうか?」
ガルフ達との会見の翌日。
もともと今後の様々な課題についてご相談するため、面会を申し込んでいたアルケディウス王族の方々に、私はそう問いかけた。
「ある程度は、仕方ないと割り切るしかあるまい」
あっさりと言ってのけたのはケントニス皇子だった。
第一皇子にして次期皇王陛下となるお方の転売容認とも取れる発言に、私は正直むっとしたけれど、
「物を安く仕入れ、高く売る。それは商売の基本でもある。
どこまでが正当な仕入れで、どこからが悪質な転売なのか。その線引きは難しい。売り手にも買い手にも、それぞれ言い分があるだろう」
返ってきた言葉は、至極もっともなものだった。
どうやら転売そのものを容認しているわけではないらしい。
「故に必要なのは、不当な買い占めや略取の禁止、そして盗賊の撲滅だ」
「……その通りですね」
「エクトール領の黄金の酒――ラガーやピルスナーが人気でありながら適正価格で流通しているのは、ゲシュマック商会が一括して管理しているからだ。
正当な価格で、正当な商品が手に入るのであれば、誰も怪しい品を高値で買おうとはせぬ。
我ら上に立つ者が果たすべき役目は、正規の販路に正当な商品を、必要とされる量だけ安定して流通させること。そのための支援であろう」
「ごもっともでございます」
「それに、この問題の原因の一端は、お前にもある」
「え?」
思わず目を丸くすると、トレランス様は一枚の書類を差し出された。
「食品の転売が目立つようになったのは昨年からだ。
今年はまだ収穫を終えたばかりで最終的な数字は出ておらぬが、おそらくさらに増える。
何故だと思う?」
「何故……ですか?」
「大貴族達に余裕ができたからだ。
神殿への租税が減ったことでな」
「え?」
「お前も耳にしたであろう。
一部の大貴族が大神殿の減税を領民へ知らせず、例年通りの税を徴収し、神殿へは減税後の額だけを納め、差額を懐へ入れていたという話を」
「はい。聞きました」
「あれは、お前の密偵がたまたまその場に居合わせたから発覚したに過ぎん。
おそらくアルケディウスだけではない。他国でも同じようなことが起きているだろう」
「あ……私が余計なことをしたせいで……」
トレランス皇子とケントニス皇子。
アルケディウスを支えるお二人の言葉に、私は素直に頭を下げた。
ここ数年で、お二人は本当に変わられた。
かつては無能だ、浪費家だと陰口を叩かれた放蕩皇子。
今では皇王陛下を支える、頼もしい両腕となっている。
自覚を持ち、皇族として真摯に政務へ向き合うお二人に、小娘の浅い考えなど三年前ならともかく、今では釈迦に説法だったのかもしれない。
それに私自身、自分なりの正義ばかりを見つめ、人の欲や大局というものへ十分に目を向けられていなかった。
まさか、そんな形で悪用されるとは思ってもみなかった考えの甘さが今回の原因だ。
反省。
「別に余計なことではない。
国内の食料品流通が基本的に健全であるのは、お前が最初にしっかりとした仕入れと販売ルートを整え、品質基準や価格を定め、その舵取りをゲシュマック商会へ任せたからだ。
故に、王都や皇家直轄領、侯爵家の領地などでは、食料品の高額転売といった問題はほとんど発生しておらぬ」
「トレランス様……」
「私腹を肥やそうとする大貴族達を管理するのは皇家の仕事だ。だからこそ、各国王もこの件をお前には話さなかったのだろう」
「ケントニス様……ありがとうございます」
少し肩を落とした私に、ケントニス様は慰めるように穏やかな言葉を掛けてくださる。
本当に変わられた。
この方もまた、良い方向へと。
「国へ納める租税については、農作物で納める場合は現金納付より一割ほど有利にしているため、多くの領地や農民は現物で納税している。
そして、必要量と予備、さらに緊急時の備蓄分を除いた残りは、ゲシュマック商会へ委託して売却・流通させている。こちらには転売が入り込む余地はない。
問題は、各領地に残される分だろう」
神殿へ入って初めて知ったことだけれど、この国の税制は以前、国と神殿の二重課税だったため、国民の負担はかなり大きかった。
特に不老不死時代は農業そのものがほぼ失われていたため、納税は現金のみ。年に一度、本人、あるいは代理人が神殿へ納める仕組みだった。
徴税も、多くの場合は神殿が各国から委託されて行っていた。
今では神殿が農業復興のために徴収分の一部を放棄したことで、領主が直接徴収し納入する地域が増えている。
……そこを悪用されたのか。
「酒蔵についても、酒造免許を交付する際には年間生産量のおおよその見込みを提出させている。
品質確認の意味もあり、税は基本的に現物で納めるよう命じている。
大麦が不作だった、仕込みに失敗した――そうした理由で予定数量を大きく下回る場合は申告が必要だが、中には意図的に少なく申告する例も見受けられる。
全ての酒蔵を、エクトール領のように安心して任せられるとは、まだ言い切れんな」
ちなみに、エクトール様は皇子であるトレランス様を除けば、国内の酒造局を束ねる最高責任者とも言える立場にある。いわば大臣級。
それでもなお、自ら酒蔵の最前線へ立ち、新しい酒造りへ挑み続ける、国の食文化を支えるお一人だ。
「蔵元や農家、酒造りに携わる者達が誠実であっても、領主が私腹を肥やそうとすれば、民は従うしかない。
まだ読み書きも計算もできぬ者が大半だからな。
各領地を監視する必要はあるが、距離もあり容易ではない……」
「各領地の会計監査は行わないのですか?」
「よほど大きな不自然さでも見つからぬ限り、そのままだ。
調査員を派遣するだけでも時間も金も掛かるからな」
天候は精霊神様方が見守ってくださり、大きな天災も滅多に起きないアースガイア。
それでも、一部の領主は様々な理由を並べ、税収をごまかそうとする。
余剰分が領地へ還元されるのならまだいい。
けれど、その多くは私腹を肥やすために消えてしまう。
せっかく地域活性化のために減税したというのに。
「マリカ」
「はい?」
経済や財政は二人の兄へ任せてきた第三皇子――お父様が腕を組みながら私を見る。
「神殿分の租税を復活させることはできぬか?」
「私も、早計だったのではないかと思い始めています。
大神殿へ戻ったら上層部とも相談し、各国とも調整を進めてみます」
「そうしてくれ。
余剰分を残さぬ方が、収穫物も正当な流通へ乗せやすい。
地域振興へ回したいのであれば、補助金や現物支給という形の方が良いだろう」
「そうですね。
私も領地経営というものを、少し甘く考えていたのかもしれません」
税を減らせば人々の手元にお金が残り、皆が豊かになる。
そんな単純な話ではなかった。
税金は、貴族が私腹を肥やすためのものではない。
国を支え、民の暮らしを守るための大切な財源なのだ。
「大貴族達にも教育と監視が必要だ。
以前、お前が行っていた『会計監査』を定期的に実施すべきだろう」
「会計監査……とは?」
「会計を担当する部署の帳簿や書類を第三者が確認し、適正に管理されているかを調べる制度です。
今までは行われていなかったのですか?」
「以前は税の管理そのものが神殿の役目だったからな。
さっきも言ったように、大貴族の領地経営へは、納税さえ滞っていなければ基本的に口を出さなかった」
……ざるだ。
私は首を傾げるケントニス様へ説明しながら、そう思った。
日本では役所や企業の多くで監査が行われる。
受ける側にとっては準備も多く大変だけれど、だからこそ帳簿管理が乱れず、不正も起こりにくい。
業務を健全に保つためには、必要不可欠な仕組みだったのだろう。
「でしたら、各神殿の転移陣を必要に応じて利用できるようにしましょう。
表と裏、双方から定期的に監査を行えば、大貴族も今までのような放漫経営はできなくなるのではないでしょうか」
「表と裏?」
「表向きの監査員を派遣すると同時に、水面下でも実情を調べる者が必要だと思うのです。
監査があるからと帳簿だけ整えるところも、きっと出てくるでしょうから」
「お前の手袋のようにか?」
「はい。
彼らは各領地の『本当の姿』を確認するための存在です。
旅芸人や商人に身をやつせば、目立ちにくいかもしれません。
もちろん、監査役には高い能力と何より誠実さが求められますけれど」
グローブ座は、各領地の実情を探る密偵として、予想以上の働きを見せてくれている。
これまでは、不老不死社会だったからこそ、人が死ぬことはなかった。
しかしこれからは、領主や大貴族の悪政一つで、人々の幸福だけでなく、生死までも左右される時代になる。
グローブ座だけではアルケディウス全土を把握しきれない。
人数を増やす必要もあるだろう。
『精霊神』様方は全てをご覧になっている。
けれど、だからといって頼り切ってはいられない。
「分かった。検討し、できるだけ早く実施できるよう進めよう」
「民にも教育を施し、不当な搾取を受けないようにしたいですね」
「一部の神殿では、子ども達や希望する大人へ読み書きを教える取り組みも始めています。
アルケディウスにも学校を作りませんか?」
「ならば、復活させる神殿租税を学校建設へ充てるのはどうだ?」
「あ、それは良いですね」
皇子達と孫娘による政治と経済の議論を、皇王陛下は終始穏やかな笑みを浮かべながら見守っておられた。
その表情は、次の世代へ国が受け継がれていくことを、心から喜んでいるようにも見えた。




