魔王城 フェイの結婚式 2
結婚式の基本的な流れは、向こうの世界の教会式結婚式とほぼ同じようだ。
「新郎入場」
黒正装に身を包んだリオンに先導され、フェイが入ってくる。
さらにその後ろには、魔術師の杖を掲げ持ったアーサーとクリス。
アーサーがシュルーストラムを。
クリスがソレルティア様の杖を持っている。
流石に新郎新婦が杖を持って式には来られない。
けれど、魔術師夫婦にとって、自分達を支えてくれる杖は大切な家族だ。
だから今回、こういう形で式へ持ち込むことになった。
月光を紡いだような銀糸の髪。
紺碧の海を思わせる蒼い瞳。
フェイは元々ハンサムだけれど、今日はまた一段と凄い。
白いアルケディウスのチェルケスカが長身によく映え、参列者達からも感嘆の吐息が漏れていた。
まるで彫像のように硬く澄ました顔をしているように見えるけれど、あれは緊張しているのだ。
それを必死に隠しながら、フェイは前へ進んでいく。
真紅のヴァージンロードの中央まで送り届けると、リオンはアーサー達と共に家族席の最前列へと下がった。
フェイが身体を少し傾け、扉の方へ視線を向ける。
そのタイミングを見計らい、私は続けた。
「新婦入場」
重い扉が、ゆっくりと開く。
お父様――皇子ライオットに手を取られ、ソレルティア様が入ってきた。
先頭を歩くのは、花嫁の進む先に花びらを撒くフラワーガール。
その後ろにはリングピローを運ぶジャックとリュウ。
そして最後に、ゆっくりとソレルティア様が歩いてくる。
白い長袖のハイウエストドレスは、身体を冷やさず、それでいて膨らみ始めたお腹を目立たせない美しい作りだった。
流石プリーツェ。
ソレルティア様の美しさを見事に引き立てている。
腕を組んで歩く二人は、やがて中央で待つフェイの元へ辿り着いた。
「頼んだぞ」
「はい。お任せ下さい」
お父様が差し出した花嫁の手を、花婿はしっかりと握る。
そして今度は二人並んで祭壇へ向かって歩いていった。
やがて二人は、祭壇で待つ私達の前へ進み出る。
司祭役である私と、その奥にいる神々へ向かって膝を折った。
純白の一対。
本当に綺麗だ。
――いけない、いけない。
ドキドキするけれど、ここからが本番。
私は背筋を伸ばし、気を引き締めた。
手を差し伸べて二人を立たせる。
そして誓いの言葉を確認した。
「今ここに、大いなる『星』と『精霊神』の御前で、愛し合う二人を娶せます。
フェイ」
「はい」
「貴方は、ここにある女性を妻とし。
病める時も健やかなる時も。
惑う時も苦しみの時も。
喜びの時も悲しみの時も。
愛し、守り、互いに支え、信じ合うことを誓いますか?」
「誓います」
「ソレルティア」
「はい」
「貴女は、ここにある男性を夫とし。
病める時も健やかなる時も。
惑う時も苦しみの時も。
喜びの時も悲しみの時も。
愛し、守り、互いに支え、信じ合うことを誓いますか?」
「誓います」
二人の真摯な思いが伝わってくる。
私には、二人がどんな思いの果てにここへ辿り着いたのか、その全ては解らない。
けれど。
子どもだった私達の仲間の一人が、こうして大人として愛する女性を妻に迎え、新しい家庭を築こうとしている。
それが本当に嬉しかった。
心から。
「では、契約の指輪の交換を」
リングピローを差し出し、まずフェイに指輪を取って貰う。
蒼い、シンプルで飾り気のない作り。
けれどそれは、フェイが仕事の傍ら鉱山で少しずつ集めたカレドナイトで作った指輪だった。
金貨十枚でも買えない貴重品だ。
フェイはソレルティア様の手を取り、白魚のように細い指へ優しく指輪を通した。
まるでそこが自分の居場所だと言うように、指輪は上品で美しい輝きを放つ。
今度はソレルティア様。
夫となるフェイの手を大切そうに取り、長くしなやかな指へ指輪を嵌める。
ソレルティア様の指先が触れた瞬間、フェイの肩がぴくりと揺れた。
けれどすぐに力を抜き、彼女へ全てを委ねる。
互いを本当に信頼し合っているのだと強く感じた。
「結婚誓約書に署名をして下さい」
二人の前へ差し出したのは、羊皮紙によく似ていて、それでいて厚く真っ白な紙だった。
結婚誓約書への署名そのものは普通の結婚式でも行われる。
これを神殿へ提出し、登録して貰うのだ。
けれどこれは、ジャハール様が用意してくださった特別な紙だった。
羊皮紙よりも滑らかで白く、ずっと書きやすい。
二人は順番に署名を行う。
すると――。
突然、紙が光り始めた。
「え?」
私も。
参列者達も。
そして何より、新郎新婦本人達が目を見開いていた。
式の段取りには無かった展開だ。
まず、二人の署名が虹色に輝き始める。
そして紙へ溶け込むように消えた。
続いて誓約書そのものが、端から金色の光となって溶けていく。
輝く粒子が二人の周囲を包み込み、やがて吸い込まれるように消えた。
昔。
初めて大聖都へ来た時、神官長から受けた『祝福』と少し似ている。
あれは後になって、『神の力』を体内へ入れられたのだとリオンが教えてくれた。
今の知識で言えば、操作用のナノマシンウイルスが体内へ入ったということなのだろう。
今回のこれも、そんな感じなのかな。
そう考えたのとほぼ同時だった。
『力を借りるぞ。マリカ』
「ジャハール様!」
祭壇にいたジャハール様が、私の肩へ飛び乗る。
そして、そのまま私の中へ溶けた。
ぽーん、と身体の操縦権が奪われる感覚。
意識だけが別の場所へ移動するのは、いつものことだ。
慌てず、映画を見るような気持ちで目の前の光景を見守る。
やがて私の身体を借りたジャハール様が、二人の前へ一歩進み出た。
そして大きく両手を掲げる。
『ここに、我が愛し子達の婚姻を認め、祝福する。
風と精霊の名において、二人の歩む道筋に爽やかなる風が常に共にあらんことを!』
その瞬間。
風を感じた。
会場中を駆け抜けるような疾風。
閉ざされた城の大ホール。
外から風など入り込むはずがないのに、爽やかな、どこか甘い花の香りを乗せた風の精霊達が踊り始める。
(ん?)
花の香りがしたのは気のせいではなかった。
ファミーちゃんが撒いたロッサの花びら。
そして会場を飾る花々の花弁が風に舞い上がる。
花びらを攫うほどの風なのに、参列者達の髪もドレスも乱れない。
もちろん、新郎新婦も美しいままだ。
集まった花弁は、私の身体を借りたジャハール様の掲げた手と共に高い天井へ舞い上がる。
シャンデリアの周囲で踊り。
やがて雪のように降り注いだ。
きらきらと眩しい光を纏いながら。
参列者達へ。
そして、新郎新婦へ。
『新たに生まれた家族に祝福を。
その道筋には常に、精霊の祝福と星の護り。
そして導きがあることでしょう……』
再び聞こえてきたのは女性の声だった。
きっとステラ様だ。
ステラ様も二人へ祝福を与えてくださったのだろう。
『では、誓いの口づけを』
私の身体のまま、二人を促すジャハール様。
祝福は終わったはずなのに、まだ身体の支配権は戻ってこない。
間近で二人のキスシーンを見たかったのかな。
好奇心旺盛な男の子みたいな感情が伝わってくるので、私は邪魔しないことにした。
それに――。
ある意味、ここは特等席だ。
向かい合う二人は微笑み、頷き合う。
そしてそっと唇を重ねた。
瞳を閉じ、顔を少し上へ向けるソレルティア様。
その薔薇色の唇へ。
フェイは啄むように自分の唇を重ねる。
光と風と花に包まれた二人は、本当に美しくて。
まるで一枚の絵画のようだった。
ああ。
結婚って、本当に素晴らしいことなんだな。
改めてそう思う。
他人同士が出会い。
愛し合い。
新たな家族となり。
命を育んでいく。
個人で生きるという考えを否定するつもりはない。
けれど、それとは別に。
やっぱりこれは美しい。
人間が紡ぎ上げた奇跡なのだと思う。
私はこの光景を決して忘れないようにしようと、写真のように心へ焼き付けたのだった。




