第四十一話 暗がりに光る双眸が――
「お~い。ルシ~」
気の抜けた声が暗闇に響き渡る。
松明の薄明かりが、先のない暗闇の廊下を照らす。
「…まさか、落ちたとかな?」
キフェルが首をすくめて足元の穴を指す。
石畳の隙間に人一人分の穴が開いていた。
「さすがにないだろ…」
そう言いつつ、ヴェーゼンとキフェルは穴を飛び越えて進んでいく。
進んだ先の道には踏まれた苔があった。
「じゃ、行こうぜ――いって!」
そう言って正面に進むキフェル。
が、ほどなくして扉に正面衝突する。
「馬鹿だな」
ヴェーゼンが淡々とそう言う。
そして、キフェルを押しのけ扉を開ける。
その先に合った光景は今までとは一線を画す空間だった。
豪奢なシャンデリア、ちぎれた絨毯…欠けた大理石。
まるで、ダンスホールか宴会場のような様相だ。
「……遺跡…王宮とはできた仮説だな」
隣でキフェルがほほ笑む。
「仮説?」
「そうだな、無名で優秀な考古学者は遺跡が…古城だといってる。それだけだ」
そのままキフェルは広間を突っ切り反対の何もない壁に手をつく。
「あ、待てよ」
コツコツコツ
靴の音だけがやけに響く。
コンコン
不意に、キフェルが壁を無造作にたたく。
壊れかけの壁がわずかに崩れる。
「ちょ、なにして」
コン…コン…コーンコーン
ヴェーゼンは言葉を失った。
石造りの壁からはあり得ない。
その先に空洞があるような音がしたのだ。
「……隠し部屋か」
キフェルはそれだけ言うと二歩三歩後ろに下がる。
「…どうした?」
ヴェーゼンも緊張したように尋ねる。
キフェルは何も答えない。
ただ、助走をつけて壁を蹴り破る。
ドゴーン
すさまじくパワー系の開け方だ。
破片も四方八方へ飛び散り、
そこに壁があったなど信じられないほどに。
「行くぞ」
その先に現れた廊下へとキフェルは足を踏み入れる。
あっけにとられるヴェーゼンなど素知らぬふりをして。
「何で隠し部屋があるんだよ」
ヴェーゼンは呆れるように前を歩くキフェルに問う。
床には先ほどの広間と同じくすんだ赤いカーペットが敷き詰められている。
「あそこ、不自然にカーペットが途切れてただろ?」
ヴェーゼンには全く持ってそんな記憶はない。
「だからだよ。遺跡とか遺物とかには大小あれど影がある」
――ほらな
キフェルはそう言って廊下の突き当りを指す。
扉のない一室。
壁は無機質な砂岩で、床には鮮やかな”赤”が落ちている。
「ルシ?」
その中心、白い法衣を纏った聖女さんは。
血の気の失せた顔をして横たわっていた。
「ま、生きてはいるんだがな」
そう言ってルシを軽く小突く。
ヴェーゼンにはその意図が分からなかった。
「なにをして――」
「う…寒…い」
ルシが何かを呟く。
体をよじらせヴェーゼンの足元でうずくまる。
「寒い…寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い」
突如としてルシは叫びだす。
いや、呻いているのだろうか。
ヴェーゼンの足にまとわりつき体勢を崩す。
「うわ」
ヴェーゼンは少なからず驚いた。
その拍子に体勢を崩してしまう。
冷たく硬いカーペットにたたきつけられる。
「とっても…暖かい」
ルシはまるで、幽霊のように立ち上がる。
ヴェーゼンの腕に纏わりつきその牙を…。
「っ⁉ヴェーゼン避けろ」
キフェルはそう言うとルシの頭を乱暴に蹴り飛ばした。
正直な鎌にその仕打ちはないとヴェーゼン思う。
「キフェル。あれはなんだ?」
「ヴァンパイア…のはず」
何処か自信なさげにキフェルは言う。
「はずってなんだよ」
ヴェーゼンはすかさず言う。
あの自信満々なキフェルが珍しく自信がない。
普通ではないはずだと彼の本能は告げていた。
「…ヴァンパイアってのは、500年ぐらい前に滅んだはず」
「500年⁉」
素っ頓狂な声をあげてしまう。
「あれは弱い種族だったからなぁ」
キフェルはそう呟き、気を取り直したようにルシを見据える。
「…ルシ。お前を感染させた主様ってのをぶち殺せばお前は元に戻れるからな」
キフェルは不穏なことを言いつつ室内を見渡す。
その視線を追ってヴェーゼンも。
「…鎖?」
酸化した鉄の鎖が、揺れる。
「なぁ、キフェ――」
暗い闇にぼんやりとともる赤い双眸が目を引く。
「なんだ?」
不思議そうにするキフェルの背後。
長い鎖とはずれかけの首輪。
「み~つけた♡」
つきたてられた二本の犬歯が何者であるかを物語っていた。
「く、そ…ヴァンパイア?…やめ…ろ」
キフェルは力なく横たわる。
倒れこむのほうが正しいかもしれない。
傷口からはとめどなく血が流れている。
「…美味しい。甘い、暖かい。フフほんとーに久しぶりだ」
ぺろりと口の周りについた血を舐める。
透けそうなほどに白い肌。
ぼろぼろの白いバルーンドレス。
真っ赤な瞳、白い長髪。
「お前は…誰だ?」
ヴェーゼンは半歩だけ下がる。
壁に背中をついてずり落ちる。
「フフ。私は誰でしょー?」
子供っぽいその口調、目の前で横たえるキフェル。
まるで…悪夢のような。




