帰城4
竜の卵は、城の地下に封じることにした。
卵はどのような高所から投げ落としても割れないし、鍛冶の炉で熱してから氷を詰めた樽に入れても、ヒビ一つ入らない。不思議なことに卵の温度は一定で、熱しても冷やしても変わらないのだ。
だからといって、森に捨てて、万が一人に拾われたり、なにがしかの動物が我が子のように面倒を見たら、目も当てられない。同じ理由で、川に流したり、深い湖や海に沈めるのも安心できない。
結局、異常があれば見張れる場所に閉じ込めるのが良い、となった。
地熱は案外温かいものだから、直に地に埋めるのはよくない。日が当たる場所はもっと駄目だ。温まって孵ってしまったら困る。
ならば地下室が良かろうということになったのだが、既存のものはほとんどが食料庫か武器庫になっている。あそこは避難所でもある。他の竜の卵もこれから順に孵っていくかもしれないのなら、重要度が増す施設だ。なにより、誰もが入れる場所に卵は置いておけない。盗まれたら困る。
そこで、小さな地下室を新たに作った。執務室の金庫の床下に。
本当に小さなもので、卵が一個入るだけの空間を厚い石で覆った。もしも孵化しても、体を動かすのさえ困難にしておけば、地下室を壊して出てくることもできないだろう。放置しておけば、そのうち飢えて死ぬはずだ。……たぶん。
卵を入れる際には、ルーシェも立ち会わせた。父上や俺に何かあった時、竜殺しとしてルーシェが引き継がなければならないものだからだ。
「ルーシェ、ここから音がしても、絶対に開けてはいけないんだぞ。絶対にだ。約束してくれ。ここは絶対に開けない」
「うん、約束する!」
「開けないんだぞ」
「うん、わかった!」
ニコニコとはりきって約束してくれた。……不安だ。
もう一度しっかり言い聞かせる。
「絶対に開けてはいけないんだからな。絶対にだぞ」
「わかったって言った!」
タアンッとルーシェが右足で床を蹴る。
「そういう無作法なことはしてはいけない」
ぽんと軽く膝を叩くと、バタバタと両足で地団駄を踏んだ。
「だって、ギル様が何度も言うからじゃん!」
それはそうである。そうではあるんだけれど!
「……俺が悪かった。許してくれ」
「い・い・よー!」
一音ごとにステップを踏んで、「よ」で飛びついてきて、頬にチューッとされた。口でチューと言っているから、よけいに押しつけられた頬がくすぐったい。
胸がぎゅーっとなる。うちのルーシェはかわいすぎる。どうしてくれようか。
抱きしめ返して、俺もルーシェのもほっぺたにチューッとした。
「仲直りはすんだか?」
父上が地下室を蓋した石とそのまわりを踏んでなじませながら、呆れ顔で言った。……たぶん、卵の封印に立ち会っている他の面々も、同じ目で俺を見ている。
少々恥ずかしい思いをしながら、俺はルーシェを抱っこして立ち上がって、敷石を踏むのに加わった。
よしよし。石工が設計どおりに加工してくれたおかげで、他と見分けがつかない。
金庫の鍵は限られた者しか持ってないし、そもそもこの階に立ち入るのには見張りがいる。ひとまずはこれでいいだろう。
一応、女王とオーレリア殿に、今回気付いた懸念と一緒に、対応策を問う手紙を送っておいた。他に良い策があれば真似したい。
もっとも、うちは卵を封じる選択をしたが、彼らはどうするかわからない。もしかしたら飼い慣らす道を選ぶかもしれない。
特にヴァユは竜殺しが五家門もある。竜を躾ける人手には困らないだろうし、それに失敗しても、それだけ竜殺しがいれば、犠牲者を出さずに竜を殺せるかもしれない。そしてもしも竜を飼い慣らすことができたなら、なによりも大きな戦力になる。
ただし、竜は育てるのにも飼い続けるのにも、莫大な費用がかかるのは、ランダイオの一件で証明済みだ。
それを解消するには、やはり、同盟内で共同で飼育施設を作り、運用するのが現実的だろう。
そんなのは誰でも思いつくわけで、ハヌーヴァ同盟がその策を取るならば、こちらも対抗しないわけにはいかなくなる。
願わくば、人の未来のためにも、竜を武器にしない協定を推進してほしいと書き添えておいたが、どうなることか。
……なににしても、やることは今までと変わらない。もっと儲けて、竜に備えた設備を強化し、他領国の侵攻に対する武力を揃えつつ、軍事的な衝突は限定的になるよう、情報と政略でコントロールする。
領国の安泰は一日にして成らず。ただ毎日、打てる手を一つ一つを積み上げていくだけだ。
金庫室を出て、ドアの鍵をかけた。
「ねえねえ、ギル様、お仕事終わった?」
「ああ、今日はもう終わりだ」
「じゃあ、けーこしよ! あのね、俺、槍をビューンバシバシッてやるの習ったの、見て!」
「そうか。わかった。修練場に行こうか」
やったー! とルーシェがぐりぐりと額を押しつけてくる。
小さな体のもたらすあたたかさと重みを抱きしめて、無骨な城の廊下を歩く。
この腕の中にある幸せを失わないためなら、なんでもする。いや、させてくれ、と願う。必要なら、腕も足も目も惜しくない。よこせと言うなら、喜んで命も捧げる。
だからどうか、神々よ、ルーシェが、このエヴァーリが、十年先も無事で幸せでありますように。
窓の外に広がる空を見上げ、日々重ね掛けしている願いを、今日もまたまなざしに込めて、繰り返した。




