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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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ムンドール5

 その後、実務的な話に入った。


 当初の計画どおり、上納金は断った。それを使ってさらに領地を富ませ、ヴァユ同盟の前哨基地になってもらわなければならない。それが、オーレリア殿を守る一助にもなる。


 その代わりに、船着き場の端に、俺のための館を建ててもらうことにした。いずれ俺が成人すると、ウルム卿やアーセンタと同鱗でない俺は、この城に入れなくなるからだ。俺専用の会談場所となる。


 あと、街道に旅籠街と、ハヌーヴァ同盟と接する要衝に砦の設置も。これで今まで以上に情報が入りやすくなるし、いざというときも迅速に動ける下地ができた。


 いずれの建物も、設計士はうちから派遣する。おかしな部屋や地下道なんか作られたら、たまらないからな。


 大きな話はだいたい終わって、オーレリア殿が細かいことを詰めているのを、聞くばかりになった。


 ……そういえば、ルーシェの土産をまだ買ってなかったな。どうしようか。城下のいい店を教えてもら……、いや、うちの城下じゃないから、俺が行ったら怖がられて買い物どころじゃなくなるか。この城の出入りの商人を呼んでもらうのが無難だろう。何なら喜ぶかな……。


「エヴァーリ公、僭越ながら、神々の配剤を受けた寄進をさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 寝耳に水で、とっさに言いだした家令を見返すので精一杯だった。


 いや、だって、それをやったら、何が神々の配剤と言えるほど奇跡的なことなのか文章にしたためて、神殿に提出するんだぞ? あの子の性別にも言及しないわけにはいかない。それが広く衆目にさらされ、申請が妥当か審査される。だから俺は、わざと要求項目に入れなかったのだ。しかも、申請料がバカ高い。何の罠だろうか?


「あら、いいのではないのかしら」


 オーレリア殿まで言いだすから、「どのような内容にするつもりだ」と問いただす。

 家令が粛々と説明をはじめた。


「城主を殺した竜と竜殺しを討って、仇を取ってくださっただけでなく、森で朽ちるしかなかったはずの遺体を見つけてくださいました。その上、慈悲深くもわざわざ遺体をお届けくださった。

 その際に偶々伴ったご友人の護衛である竜殺し殿が、城主の姪を見初めたのも、偶然と言うには幸運すぎます。

 そればかりか、その姪に後継の権利を認め、成人して竜殺し殿を夫を迎えるまでの庇護を約束してくださった。

 お忙しいエヴァーリ公の代わりに、それらの実務を果たしてくださるのが、竜殺し殿の(あるじ)であり、偶々伴ったご友人であることもまた、数奇な巡り合わせでございます。

 いずれも、神々によってムンドールの混乱を治めるために遣わされた者としか思えないものにございます」


 たしかに姪になら継承権がないでもないが……。


「神殿が認定すれば、この地はヴァユ同盟に(くみ)すべしと、神々があなたを遣わしたことになります。私が城主代理を務める正統性も保証されます」


 オーレリア殿が言い足す。


 ふむ、と唸って考える。

 神々の配剤で俺が遣わされたと認定されれば、神が意を託すほどの人物、ということになるので、名声が上がる。清廉潔白、公明正大あたりは、神のお墨付き。慈悲深いとか寛容とかも、たぶんセットで付いてくる。


 なにより、そこに至るまでのあれこれも、うまくいけばすべて「神の思し召し」で押し通せる可能性が出てくる。

 つまり、ビーセルの竜殺しを殺したことも、神々の配剤。俺が頭のおかしい奴だから、ではなくなるんだよな……。


 それに、神殿が俺を贔屓してくれるようになる。

 世間的にも、神様が目をかけている人物に喧嘩を売れば、神様に睨まれると考えるわけで、格段に俺、ひいてはエヴァーリに、手を出しにくくなる。……はずだ。


 デメリットは、これからは神のお墨付きを求めて、俺に面倒事が持ち込まれやすくなること。

 あと、根本的に、前提が嘘なことだ。これが大きい。嘘がバレたら、恥をかくどころか評判が大暴落する。


 ……もっとも、そこのところは、俺としては恥じることは一片もない。俺はただ、暗殺されそうになったのを返り討ちにしただけだ。しかも、その首謀者の城を滅ぼすどころか、子まできちんと養育してやろうというのだから、慈悲深いにもほどがある。やっていることは申請内容と相違ない。


 ……あ。なるほど。なぜ寄進なんて話が出てきたのかと思ったら、俺が申請内容を履行するように、だ。

 神殿に認定されたら、それに反することは、そうそうできないからな。途中で俺の気が変わったとしても、あの子が殺されたりムンドールが滅ぼされたりしないように、手を打とうとしているのだろう。


 神々の配剤を認定してもらえるような寄進は、かなり高額なのだが、それで安全が買えるなら安いものだ。お互いに利のある話だというなら安心である。


 それに、気付いた。もしもいつかすべての真実が明るみに出たとしても。神々が俺を選んでもたらした巡り合わせであった、と言われるような業績を俺が残し続けるかぎり、何の問題もないのだ。


 それはそれほど特別なことではない。エヴァーリ城主として生きるとは、そういうことだから。


「わかった。オーレリア殿と相談して、良いようにしてくれ」


 こういうのは、オーレリア殿のほうが詳しいからな。まだ俺が読み切れていない罠には、彼女に対応してもらおう。


 ……ん? 家令と兵隊長の顔が、明らかにゆるんだ。ほっとした雰囲気を醸し出している気がする。なぜだ?


「エヴァーリ公、普通は支配地になれば、なんらかの利益供与を求められるものでしょう? それはわかっていますか?」


 オーレリア殿がオー姉さんモードだ。どういうわけだ?


「もちろんだ。だからムンドール持ちで、様々な建造を要求しただろう」


「街道の整備も旅籠の設置も砦もあなた専用の館も、ムンドールが費用を持つのは当然です。そんなのは利益供与のうちに入りません。それどころか、上納金はいらない上に相互の通行税を下げようなんて、ムンドールに都合が良すぎて、いっそ怪しすぎるんです」


「エヴァーリにも益になることだ。だいたい、ここも俺の支配地になったんだぞ。国防には金がかかる。その金を稼ぎ出してもらわないと、エヴァーリからの持ち出しになるだろう」


 常に伏し目がちだった家令と兵隊長が、まじまじと俺を見ている。どことなく唖然としたものを感じる。だから、どうしてだ!? 


「そういうわけですので、なんの裏もないことはわかっていただけましたか?」


 オーレリア殿が、二人に向かって言った。


「は。まさに神々が意を託すにふさわしいお方。必ずや万全の準備でもって申請いたします」


 家令がうやうやしく答え、兵隊長もそれに合わせて礼を執った。


 ……どうやらオーレリア殿がうまくやってくれたようだ。俺の評価上げまでついでにやってのける優秀さ。

 持つべきものは有能な相棒であると、心底思ったのだった。

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