ランダイオ3
ランダイオ城の門の前に、水色の髪の男がいた。仁王立ちしている。
「水色ってビーセルだったっけ?」
ウィルバートにこっそり聞くと、そうだと返事が来た。人にはあり得ないあの髪の色は、ランダイオの隣領の竜殺しだ。
「エヴァーリの小僧に物申ーす!!」
空気がビリビリ震えた。でかい声だな。
エヴァーリの小僧、な。うん、まあ、十中八九俺を呼んでいるのだろうが、一城の主を小僧呼ばわりしておいて、名乗り出てもらえると思うなよ。俺が城主になったって知らないとか言い訳にならん。
「この一行でエヴァーリの小僧と言えば俺ですね行ってきます」
「待て待て待て、駄目だ、駄目」
物騒な顔つきで早口になったウィルバートを、あわてて止める。たしかに幼い頃は向こうっ気が強かったけれど、七、八歳で直ってたよな!?
その間に、前の方にいる朱色の髪が動いて、ビーセルの竜殺しの前に躍り出た。馬を降りて対峙し、これまた大声をあげる。
「エヴァーリの小僧とは誰のことだ! 答え如何ではただではおかんぞ!」
「なんだ、小僧。きさま、ヴァユだな!? 西の狐がこんなところをうろつきおって、口を挟むなら、きさまも毛皮にしてくれようか!」
いやいやいや、おまえが出るのが一番まずいだろ、ウルム卿! これからムンドール入りするのに、ハヌーヴァに敵を作ってどうする!
しかたなく、気持ちは大急ぎでも対外的にゆったり構えて見えるように、おもむろに馬を進める。
注目が集まり、場が静まりかえった。
「出てきたな、白髪小僧! クローディオを殺したのはきさまだな!?」
クローディオって誰だよ、聞いたことあるような、ないような。それよりも、
「おまえ、ランダイオ城主の新しい飼い犬か?」
俺が訪れると先触れがあったはずなのに、敵対心むき出しの竜殺しに迎えさせるのは、敵意があると取られてもしかたない。
「誰が飼い犬だっ!! 小僧故甘い顔をしてやったら、つけあがりおって! ここで会ったが、仇を取れというイスヘルムのお導きだろうよ! 覚悟しろ! 剣の錆にしてくれる!」
剣を抜いて飛びかかってくる。蹴られた地面が、ドンッと鳴った。あの勢いで来られたら、馬の体のほうが保たない。
いなすために剣を抜いたが、その前にウルム卿がビーセルの竜殺しの足を掴んだ。彼の目の前をよぎった瞬間、ガシッと。そのまま体の位置を入れ替えるようにしてぐるんと振り回し、城門のほうへ投げ飛ばす。
「俺の質問にまだ答えてもらっていないのだが!? まさかエヴァーリ公を小僧呼ばわりしているのではないだろうな!?」
ビーセルの竜殺しは地に片手をついて、勢いを殺すために二度後転し、すくと立ちあがった。
「小僧は小僧だ! 小僧と呼んで何が悪い! 生意気な子狐め、きさまから毛皮にしてくれる!」」
ザワ、とウルム卿の髪が揺れた。今にも突っ込んでいきそうな肩を、馬から飛び降りて押さえる。
「喧嘩を売られたのは俺だ。姫の護衛をおろそかにするな」
俺のために怒ってくれたこと、馬に怪我をさせずにすんだことへの感謝を込め、ぽんと叩く。
振り返った彼は、ぐぬぬぬ、と珍しい顔をしていたが、さらにぽんぽんと肩を叩くと、目をつぶってフウと息をついて、こくりと頷いた。
手を離し、ビーセルの竜殺しへと近づきながら尋ねる。
「もう一度聞くが、出迎えはランダイオ城主の命令ではないのだな?」
「クローディオが殺されたと聞いて、真偽をたしかめに来たら、ちょうどきさまがやってきたというのでな! これが神のお導きでなくてなんだというのだ!?」
「さっきから人間違えではないのか? クローディオという者など知らな……」
「我が弟子をそこまで愚弄するか!!」
でし? ……ああ、弟子だったのか!?
「青の竜殺しのことか!」
うちは家門がまだ二つ残っているからやらないが、一家門しかないところでは、子を他家に行かせて修行させるのは、わりとある話だと聞いている。
「やはり、おまえなのだな!?」
「ああ、俺だ。むしろ聞きたい。道を踏み外した竜殺しを、師匠ならば、なぜ諫めなかった」
フツフツと怒りがわく。父親が死んでいても、師がいたならば、竜に人を食わせて育てるなんてしてはならないと、諭せたはずだ。
「我が弟子は誰に恥じることもない立派な竜殺しだ! 弟子の無念は師たる者が晴らすが道理! 覚悟せよ!」
一直線に突っ込んでくる。フェイントを入れるかと思いきや、剣を大きく振りかぶって振り下ろしてくるだけだった。その切っ先を狙って剣で叩き、そのまま刃を首元につきつける。
殺せばまた話がこじれる。そう思ったから寸止めした。……なのに。
ズブ、と喉仏に突き刺さり、あっけにとられているうちに、ビーセルの竜殺しは勢いを止めることなくもう一歩進んできた。完全に刃先が首の後ろに突き抜けた状態で、やっと立ち止まる。
驚いた表情で己の首を触っている。突然、ゴフッと咳き込んだ。
血を噴く。そう思ったから、とっさに身を引いた。顔に血をかぶらないように、だ。目に入ると戦闘に支障が出る。
剣を残しておくこともできたが、一緒に引き抜いた。おそらくこいつはもう助からない。脊髄はそれたが、大きな血管を切り裂いてしまっている。なにより、もしも竜殺しの回復力で助かったら、必ず復讐に来る。それならば、殺す。
刃が抜けると同時にブシャアッと音を立てて血が噴きだし、バシャバシャバシャと地に降り注いだ。
「な……あ……」
俺を睨んで何事か言おうと吸い込んだ息で、己の血が肺に流れ込んだのだろう、苦しげに咳き込み、ゴボゴボと口からも血があふれだした。
剣を持った腕がブルブルと震えている。持ち上げようとしているのだ。
咳の合間に喉がヒューと鳴った。眼光だけはまだ鋭い。蛇は心臓を潰されても噛みついてくるという。死に物狂いの一撃を放ってくるかもしれない。
だが、ふっと虚ろに視線がゆらぐと、膝から崩れ落ち、どさりと仰向けに倒れた。
なにが師だよ!? ランダイオの竜殺しよりも、ぜんぜん駄目じゃんよ! 向けられた刃を避けることもできず、止まっている切っ先に自分から突っ込んでくるなんて、竜殺しとしてあり得るか!? 信じられねえ!!
……ちょっと待て。これも俺が殺したってことになるのか?
おそるおそる振り返る。
「さすがエヴァーリ公! お見事です!」
顔を輝かせてウルム卿が駆け寄ってきた。
「たった一撃で仕留めるとは! あの一撃には痺れました! ほんっとうに! 素晴らしかったです!!」
やっぱりそうなるよなあああああ! うちやヴァユの者達だけでなく、ランダイオの者も絶対どこかから見ていたに決まっているし!
……どうすんだこれ、もみ消せない。
一月も経たないうちに三人も竜殺しを殺すなんて、狂気の沙汰だ。
自分じゃなかったら、頭がおかしい奴が現れたって、絶対思う。要注意人物として情報集めまくって、あわよくば殺す手立てを考える。
――ああ、ルーシェを抱えて思う存分髪をもしゃもしゃしながら甘い匂いを吸い込みたい。
思わず現実逃避をしたくなって、ルーシェのいるエヴァーリのほうの空を見上げたのだった。




