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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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異獣狩り12

「異獣の処理をくれぐれも頼む」

「おまかせを。道中のご無事を祈っております。エヴのご加護がありますように」


 狩り小屋駐留の部隊に見送られ、俺達は朝早くに出立した。


 異獣はあまりに大きすぎて、その日のうちに焼却が終わらなかった。とりあえず俺とウルム卿で解体しておいたが――大きいわ硬いわで苦労した――、他の動物が食べないように見張りをしつつ、すべてを燃やし尽くすのに数日かかる予定だ。

 これがしっかりできていないと、翌年の異獣の大発生に繋がるので、おろそかにできない。


 本来だったら最後まで俺も加わるんだが、今回はとにかくムンドールの竜殺しを殺してしまったせいで、一刻も早く父上や女王との相談が必要だ。

 帰り道は急ぎに急いだ。おかげでなんとか夕暮れ前に帰城できた。


「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです。……おお。これはまた大きな牙ですね」


 狩った証拠として一本だけ持って帰ってきた異獣の牙――普通は頭とかなんだが――をサマルに渡すよう指示し、立ち止まらずに進みながら矢継ぎ早に尋ねる。


「他の部隊は? 怪我人は? 慰労会の準備はどうなっている?」

「皆戻っております。怪我人はおりません、ご安心を。準備は大奥様がすすめておられます」


 そこへちょうど、母が奥から出てきた。


「母上! ただいま戻りました」

「ああ、ギルバート。お帰りなさい。怪我はありませんか?」

「ないですよ。すみませんがルーシェをお願いします」


 おぶい紐をとくと、俺の背にまわった母が抱き取ってくれる。


「ルーシェ、晩餐で会おう。今夜は宴会でごちそうだからな。湯を浴びてきれいな服に着替えておけよ」


 頼むからごねないでくれよと念じながら、ルーシェの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「母上、慰労会の準備はこのままお任せしても大丈夫ですか?」

「ええ、心配いりませんよ。あ、待ちなさい、ギルバート! 父上とラダ様から、とりあえず一休みなさいと伝言です。遺体で事実確認ができたので、詳細は不要、と」


 う。確かに。状況をよく知る者を遺体の運搬役としたし、これ以上の説明は不要といえば不要。……俺が早く父上達の意見を聞きたかっただけで。

 でもそれは、休んで頭をはっきりさせて冷静になってからにしろ、ということらしい。……冷静じゃないのも見透かされている、らしい。


「あなたも一緒にいらっしゃい。宴会用の服は身ぎれいにしてから着てほしいわ」

「……はい」


 とたんにニコニコ顔で俺に手を伸ばしてきたルーシェを抱っこして、内心悶々としながら浴室へ向かった。




 大広間から合唱が聞こえてくる。誰が持ち出してきたのか、調子外れの歌声の合間に、きれいな楽器の音も流れている。


 俺は今、宴を早々に抜け出した首脳陣の真ん中に座っていた。

 長いテーブルの中央に、向かい合わせにヴァユの女王。俺と女王の両脇に各責任者が座っている。ムンドールをどうするかの相談だ。首脳部だけ宴を抜け出してきたのだ。


 褒美の下賜は滞りなく済んでいる。

 俺の猟果は締めて二体のみだが、いずれも難易度の高い個体で、ウルム卿の証言もある。俺が褒美をもらうだけの立場なら、景品総取りでもおかしくなかったくらいだ。

 なのだが、褒美を授ける側が独り占めするわけにはいかない。俺がケチで褒美をやりたくないばかりに、一芝居打って自分の物にしたとか言われかねない。


 ヴァユの者が、ではない。話を伝え聞いたどこの誰ともわからない奴らが、エヴァーリに難癖付けたいときに、そう噂するのだ。

 ヴァユに大物の出没情報を渡さなかったのは本当だしな。それにそもそも、俺に膝をついて謝罪した女王の名誉挽回も狙っているわけで。

 それで、雑魚ばかりとはいえ大量の異獣を仕留めたヴァユにも、褒美を等分に配分した。


 品物は良質の織物と砂金をたっぷり。俺とヴァユの騎士隊長が受け取り、どちらも女主人である母上と女王に捧げられた。そのうち砂金の方は、彼女達から戦士達に下げ渡されて山分けだ。みんな山の中を歩きまわって危険な狩りをしてくれたのだ、そのくらいの見返りはないとな。


 砂金をくれた寛大な女主人二人をたたえて乾杯を繰り返した宴は、現在は無礼講となって、どんちゃん騒が繰り広げられている。


 途中でルーシェはおねむになり、母と寝室に行った。

 だが、俺はこれからが本番だ。


「まずはギルバートの考えを聞かせてもらえるか」


 議事進行役の父上に聞かれる。俺からかよ!? と狼狽えた気持ちになるのを、ええ、と答えることで時間を稼いだ。俺がいない間に大先輩方が相談したであろう結果を先に聞くのでかまわないんだけど! ……そうしたら、俺が違った意見を持っていても言わないだろうと見越してのことか。


 集った人々の顔を見まわした。この大勢の頼れる大人の中で語れるのは、幸せなことだと改めて思った。

 ……ずっと考え続けていた。ムンドールの竜殺しを殺してしまった時から。考えずにはいられなかった。俺の手で均衡を崩してしまった、その落とし所を。


「すぐにムンドールを支配下に置くべきと考えます」

「方法は」


 質問してきた女王をあえて見なかった。立ち上がって中央に広げられた地図に手を伸ばす。川向こうのランダイオ側の街道沿いに、駒を倒して一つ置いた。


「幸い、ムンドールは竜殺しの治める城です。後継者もいない。まずは、()()()()()()()()、我がエヴァーリが保護下に置くと宣言します」

「城主の敵、ですか」


「はい。先に遺体を運ばせたのでご覧になったかと思いますが、()()()()()()()()()()()、ムンドールの竜殺しの遺体を見つけました。街道から少し奥まった場所です。

 青の竜が、動物のみならず人まで食っていた話は有名です。おそらく、運悪く竜と鉢合わせてしまったのでしょう。

 遺体の状態を見るに、逃げおおせることはできたようですが、その傷が元で命を落としたものと考えられます」


「同盟国の竜に襲われるとは、痛ましいことですね。……それほど近くで凶行があったのならば、ランダイオの竜殺しは、ムンドールの竜殺しがこの城に逃げ込んだと考えたかもしれません。

 自国の竜が同盟国の竜殺しを襲ったという事実を隠すために、エヴァーリを襲ってきた可能性がありますね。証拠をすべて消し去るために」

「同意見です。首謀者が死んでしまった今となっては、真相はわかりませんが」


 死人に口なしである。

 女王が俺の口車に乗ってくれたので、ムンドール城に二つ駒を追加する。


「ただ、今のうちでは、ムンドールまで統治する余裕がありません。そこで、同盟の盟主、ヴァユのラダ様に協力を要請したいのです。ムンドールに執政官と竜殺しを派遣していただけませんか。

 もちろん、うちに上納金はいりません。すべてを執政官にお任せします」


 真面目にムンドールに還元するもよし、いくらかヴァユに納めるもよし、である。


「そこまでうちを買ってもらえるのは嬉しいですが、大切な人材をこのような敵に囲まれた場所に、二人も派遣するのは。彼らの安全はどのように確保するつもりですか?」

「ランダイオのここと、ムンドールのこことここに早急に小さな砦を築き、街道の警備と敵襲の警戒にあたらせます」


 ハヌーヴァ同盟に続く道の要衝に、大きめの駒を置いていく。


「大軍が来た時は狼煙と鳥にて連絡、道を塞ぎ、時間を稼ぎます。

 その間に、執政官と竜殺しは船着き場から脱出すればよろしいかと。うちの船着き場で保護します。

 また、ランダイオ方面からの進軍は、今までどおり我がエヴァーリが食い止めます」


 勝手に居座った統治者が、ムンドールの税収を巻き上げて貧しくさせたら、暴動が起こる。それよりも、あそこは交通の要衝だ。栄えさせて増収を狙う方がいいということは、女王もわかっているはず。


 うちとしては、あそこを通る船の管理をしてもらえれば、それでいい。今回のランダイオの襲撃で、竜以外は船でやってきた。ランダイオには船着き場がないにもかかわらず、だ。最も近いムンドールから船に乗ったと考えるのが自然だ。


 あの程度の人数だったからすぐに殲滅できたが、同じ手法でハヌーヴァ同盟の連合軍が送り込まれたら、どれほどの大軍になるかわからない。突如襲われる前に、一報が欲しい。


「この三つの砦の人員はどこから出す予定ですか?」

「とりあえずはうちで出します。いずれムンドールの砦は、住人と交代してもよい日が来るかもしれません。そのときは、城主の座を執政官か竜殺しに渡しましょう」


 ムンドールの住人に主として認められるなら、その人物が統治すればいい。そうすればうちは同盟との最前線ではなくなるし、ありがたいかぎりだ。


「竜殺しの欲のなさには、いつも驚かされますね」


 女王は呆れ半分、感嘆半分という感じだ。

 そうは言われても、他の土地を積極的に欲しいとは思わない。己の領土を守ることが一番で、報復や安全上の問題で土地を接収することはあれど、副次的なものだ。人のように領土問題を起こさないのが竜殺しだ。巣を大切にした竜の性質を受け継いでいるためだと言われている。


「ランダイオ城はムンドールに行く道すがらにありますので、緑の竜殺しの遺体を届けにいく際に、早速この凶事を知らせてこようと思います。

 青の竜がうちを襲っただけでなくムンドールの竜殺しも殺していたとなれば、ランダイオの立場は同盟の中でさらに危ういものになりましょう。ムンドールがうちの配下となることで、領地の境界の半分をうちに囲まれることになりますし、後継者は我が手元におり、多額の賠償金のこともあります。

 ランダイオがハヌーヴァ同盟と距離を置かざるを得なくなるよう、積極的にランダイオの失策を噂として流していきます。これもご協力願えますか?」

「ええ、もちろんですとも。ですが、窮鼠に噛まれぬよう、お気を付けくださいな」


 竜殺しという切り札をを失ったランダイオ城主を追い詰めすぎれば、逆恨みされかねないということだろう。実際に交渉してきた女王の助言だ、肝に銘じておくとしよう。


「俺からは以上です。忌憚ない意見をいただきたい」


 俺の意見は聞き入れられ、ムンドールの竜殺しの遺体の傷の偽装から、砦の築造時期と方法、ランダイオ城主との会見の予行演習、ムンドールへの訪問と反発の少ない統治方法等々、結局三日間にわたり細かく詰めていったのだった。

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