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08.




愛する人ができたからといって、ニュイは長い生に執着が湧かなかった。

ただ同じ頃合いに老いて朽ちて逝ければいい。だから、どちらの寿命に合わせるかは、ニュイが魔女を辞め人間堕ちすることにした。

魔女であることは嫌ではないが、ミエル亡きあとも生きつづける算段が浮かばない以上、意義が消えた。魔女としてなら充分生きた。魔女のまま死ぬ手段を探すよりは、魔力をなくし人間となる方がすでに手段があってやりやすい。その考えに至って、多少思考が彼に毒されていると感じた。ともに過ごす時間が多ければ、そういうこともあるだろう。

辞める方法は、探さずともすでにミエルが見つけていた。魔女の古い文献、ニュイが生まれた頃かそれ以前のものという意味で古く読みづらいはずのそれを読み解いた彼は、保存可能で他人の手で採取して問題のないものについては、すでに材料を揃えていた。ニュイが望めば、悪魔堕ちに必要な(ごう)も躊躇いなくすみやかに彼は背負うだろう。

ニュイは魔女を辞める方法として用いるが、行使する魔術は宿した子をかならず魔女にするというものだ。子の魔力の有無にかかわらず、母親の魔力を譲渡し魔女にする。もともと魔力ある子どもなら、より強い魔力を得て生まれるだけだ。長い寿命に飽いた魔女のためのものか、この魔術がどのような理由で編み出されたのかは定かではない。


「子どもに魔女を押し付けるのって無責任かしら?」


「さぁ? 嫌ならその子もまた同じことをすればいいだけだし」


魔力を失っても知識は残るので魔女としての生き方は教えられる。だが、そもそもニュイにとって意義がなくなったものを渡すので、エゴでしかない。罪悪感を覚えるべきか悩むも、その子が勝手に判断して決めればいいとミエルの方が他人事(ひとごと)扱いをした。彼には、愛する人の血肉を分けて生まれてこようと、別人でしかないので興味が薄かった。

ニュイもそれもそうか、と納得してしまう。子種を宿す前から気をもんでも仕方のないことだ。人格をもつようになって文句をいわれたらきくことにしよう。


「そうだ。ニュイ」


「なに?」


「魔女を辞める前に、僕を呪ってよ」


思ってもみないお願いに、黒い瞳をきょとりと丸くする。


「ニュイの心臓が止まったら、僕の心臓も止まるようにしてほしい」


それは確かに呪いだ。しかし、彼にはニュイのいない世界など意味はない。だったら、一緒に心の臓が止まればいい。道連れの呪詛はミエルにとって幸福の手段だ。


「なら、あたしも呪ってほしいわ」


材料を揃え、自身の血で相手の心臓のうえに魔法陣を描き、呪文を唱えるものだ。魔力は多少必要だが、それは魔導具などで補えるので人間のミエルでも呪詛をかけられる。人間同士ですることを目的として魔女が依頼を受けて編み出した呪法なのでそれも当然だった。

同じ呪いをミエルからもかけてほしいと、人間に堕ちる予定の彼女は願う。寿命が近しくなるだけでは足りない。ニュイとて、彼のいない世界の生き方がわからないのだ。だから、一方通行ではなく相互で作用するようにしなければ。


「いいよ」


溶けた蜂蜜のように甘やかな笑みを浮かべ、ミエルは了承した。


「呪いなら指輪と違って失くさなくていいね」


運命の赤い糸を象徴する指輪よりも、互いの胸に呪いの紋を刻む儀式の方がずっといい。誰かの祝福などいらない。第三者に祝われずとも二人でいれば幸福なのだから。

時代や国や宗教で祈る先が変わる神から祝福を受けるより、確実だ。二人にはこれ以上ない生涯の契りだった。

夕暮れに染まり始める小屋の窓辺で、二人でひとつの揺り椅子に座り、ゆるりと揺られる。ミエルにもたれ、後ろから両腕を回されているのでニュイは彼に包まれている心地になる。それは夕陽のあたたかさより心地よいものだった。

わかっているのかいないのか、彼はくすぐるように耳元で話す。だから、ニュイはつい笑ってしまう。笑いまじりの会話に緊迫感など微塵もないというのに、内容は命の重みのあるものだった。そして、冗談でもない。


「そういえば、あたしが人間になったら、ミエルは『魔女』の飼い主じゃなくなるわね」


人の常識では、これから二人は夫婦の枠に当て嵌められるだろう。だが、二人のなかでは飼い主と愛玩対象の関係に近いまま変わりない。同族が同族を飼うことに倫理的な問題意識など二人にはない。魔女のニュイにはみなれたものだし、ミエルも醜悪な面含めて人間という生物を理解していた。


「魔女を飼うことは変わらないんじゃないかな」


事実に変更がないとミエルがいうものだから、ニュイは不思議に思い振り仰いだ。すると、やわらかな笑みが返り、回されていた両腕が下りてゆきニュイの腹部を両の掌で包む。


「生まれるのが魔女なんだから」


子種を宿す予定の位置をあたたかく包まれて、育てるではなく飼うつもりでいるのが彼らしくて、ニュイは可笑しくなった。

きっと、すぐ魔女の道に進んでも、一旦ロラン侯爵家を継いでも、子どものやりたいようにさせるのだろう。ミエルには、魔女として生まれる子に人間の倫理を説くつもりなどなかった。子どもが愛するニュイとは別の生命である以上、魔女かどうかにかかわらず本人の好きにさせるだろうが。

愛しい人の血肉を分けた存在なので、少なくとも他の人間よりは手厚く扱うはずだ。ニュイは、彼が自分以外の魔女を飼う未来を想像してみた。


「……あまり(かま)いすぎたら、嫌だわ」


世間一般とは違う形でも、彼がニュイの子を大事にしない訳がない。これまでと違い、自分以外を構うミエルをみることになると考えたら、寂しい気がした。


「じゃあ、ニュイも僕が()かないぐらいにしてね」


ただ他者への関心が薄かっただけで、彼女にも情はある。だからこそ、自分以外の者に関心を向けられたときに、彼女の子というだけでどこまで許容できるのか。ミエルは自身の独占欲の加減を識るゆえに、殺意にまで至らなければいいと思った。

第一優先が揺るがないと解っていながら、互いに警告しあう。子どもからしたら、さぞ酷い両親になることだろう。親の無償の愛がないのだから。

ニュイは、魔女として生まれるので、魔女の生き方を教える。ミエルは、彼女の子なので衣食住を保証し、望む教養や立場を与える。それだけの対象だ。

そんな二人を眺めていた使い魔のクローディーヌは、己の方がよほど情が深いと知る。少なくとも生まれるであろう子どもが自身で幸せを掴めるようになるまでは、見守ってやろうと決めた。きっと、放任されることはなくとも、一般的な親の情を求めたときに違う、と子どもは気付くはずだ。


『邪魔者扱いしないだけ、マシね』


この二人に関しては、邪険や放置しないだけ良心的といえた。白銀の猫は嘆息をひとつ零す。

窓辺からの夕陽が濃くなり、ニュイの白髪(はくはつ)(だいだい)に染める。


「ミエルと同じだわ」


すると夕陽で濃くなったミエルの蜂蜜色の髪と似た色合いになる。


「一緒だね」


ただそれだけのことがニュイには嬉しかった。刹那だけの共有を互いに喜びあう。

これから二人は、命尽きるまでこんなくすぐったい出来事を重ねてゆくのだろう。それは違えようもなく二人だけに解る幸福だった。

夜の森のように、他者が不可侵の生涯を送る。語り継がれずとも、魔女の飼い主と人へ堕ちる魔女の物語はハッピーエンドの終止符を打つのは確定事項だ。


「好きよ、ミエル」


「僕も愛してるよ」


好きも、愛してるも、互いのためだけの言葉と口にのせる。

白銀の猫が静かに席を外したが、二人が気付くことはなかった――





fin.


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