35. 飛竜のあと
キリオンが飛竜を倒したあと、農場の周辺はちょっとした騒ぎになった。
噂を聞きつけた近場の農家の人たちや、飛竜退治のためにやってきた冒険者が集まってきたのだ。
飛竜の死体の周りには人だかりができた。首のない飛竜を目にした人たちは、やれ大魔法使いナントカが来て倒しただの、やれ飛竜が火を吐こうとして自滅しただのといった自説をささやきあっている。
私とキリオンはそんな様子を遠巻きに眺めながら、親切な農家の人から手当を受けていた。
しばらくすると冒険者ギルドから何人か職員がやってきた。
ずいぶんと大事になっているけど、それだけ飛竜が特別な魔物ということらしい。
ギルドから来た人の中には見知った顔もいた。エミリーだ。
「おや? シホさんですよね? どうしてシホさんがここに……って、血まみれじゃないですか! えっ、飛竜の血?」
エミリーに聞かせてもらった話によると、ここへ飛んで来た飛竜はクリスの参加した飛竜討伐隊から逃げた1匹ということだった。
「複数体いるとは想定外でした。討伐隊にも怪我人は出ましたが、クリスさんたちの活躍で死者は出なかったそうです」
「よかった。クリスさんは無事なんですね」
「詳しくはわかりませんが、今日明日には帰ってくるでしょう」
気がかりだったことがわかって、ほっと胸をなでおろす。
こちらで飛竜を倒したキリオンは冒険者ギルドの人に質問攻めに合っていた。すっかり萎縮してしまって、しどろもどろになっている。
ギルド職員のおじさんも、なんとか話を聞き出そうとしているけど、かなり苦戦しているようだ。
エミリーが尋ねてきた。
「あの子が飛竜を倒したと聞きましたが、シホさんのお知り合いですか?」
「友だちなんです。今日は仕事の見学をさせてもらっていて」
私が話していると、冒険者ギルドのおじさんが困り顔でエミリーにすがりついてきた。
「エミリー、すまんが代わってくれんか。あの子、おれに全然口聞いてくれないんだよ。お前、女の扱いには慣れてるだろ?」
おじさんが私を見てにかっと笑う。
「それは構いませんが、誤解を招くような言い方はやめてください。それにこの子は私の知人です。ちょっかいかけないでくださいね」
「わかったわかった。そんじゃ、頼んだぞ」
おじさんはエミリーと私に笑顔を向けると飛竜の死体の方へ歩いていった。
「まったく……。そうだ。よかったらシホさんも協力してもらえませんか。友人がそばにいるほうが話しやすいでしょうし」
「私でよければ喜んで」
私たちが近づいていくと、キリオンはぱっと顔を上げて表情をやわらげた。
「あ……シホちゃん」
「キリちゃん、こちらは冒険者ギルドのエミリーさんです。飛竜を倒したときのことを聞きたいそうですよ」
「こんにちは。よかったら、少しだけ話を聞かせてもらえないかな。あのうるさい上司にせっつかれて報告書をまとめなくちゃいけなくてね」
いつもより、エミリーの口調がくだけた感じに聞こえる。
キリオンもそんなエミリーの様子に安心したのか、肩の力が少しだけ抜けたようだった。
「わ、わかり、ました」
キリオンがぽつりぽつりと話し始めた。
「なるほど。魔晶石を飛ばして……。しかし、胴体ではなく飛竜の頭部をあそこまで破壊するとは、驚きですね……」
「頭だとなにか難しいんですか?」
「ええ。頭部は全身で最も硬い鱗と骨に守られていますから。生き物としては弱点には違いないんですが、あえて狙う人はなかなかいません。それを一撃でここまで……」
「へえー、じゃあキリちゃんの魔法ってやっぱり凄いんですね」
「そ、そんな……大したものじゃないよ……」
キリオンが困ったように眉をよせて謙遜する。
「いえ、実際大したものですよ。三ツ星の魔法使いでも、飛竜の頭部を砕くほどの威力は出せないでしょう」
「で、でも……あれは、魔晶石のおかげ、だから……。本当は全然、すごくなんか……」
「杖に付いている程度の魔晶石で飛竜を倒したというのが驚きです。それに、たとえそれが魔晶石の力だったとしても、誰かを守るために一度きりの力を使うことができる冒険者はなかなかいません。とっさの行動力や冷静な判断力も称賛に値するものです。キリオンさん、あなたは自分の力に自信を持って良いんです。あなたは素晴らしい冒険者ですよ」
「ふえぇ…………あ、ありがとう……ござい、ます……」
恐縮したように縮こまりながらも、キリオンは素直に言葉を受け取ったようだった。
「そういえばキリオンさん、冒険者ランクは星いくつですか?」
「え、あの……ひとつ……」
「ひとつ? 一ツ星ランクですか?」
「あ、う……はい……」
「なんと……。うちのギルドも見る目がありませんね。まあ今回の件で1ランクアップは間違いないでしょうが、飛竜の単独討伐であれば三ツ星相当ですよ」
「た、単独じゃ、ないっ。シホちゃんが、いたから」
「いえ、私はただうろうろしていただけで、何にも……」
むしろ現場を引っ掻き回して危険を招いたくらいのものだ。
「ううん。一人じゃきっと……何もできなかったから……」
「そうでしょうか」
飛んでくる飛竜を目にして震えていたキリオンを思い出す。たしかに、私が変なことをしなければキリオンも行動を起こすことはなかったかもしれない。
結果だけ見れば怪我もなく無事だったけど、何かひとつでも違っていたら、その場にいた全員がどうなっていたかわからないのだ。
「やっぱり、私は余計なことをしただけのような気がします」
「そんなことない、シホちゃんがいてくれたから……」
「まあまあ、二人ともその辺で。とりあえずキリオンさんのランクアップは私から支部長へ進言しておきます。それと、飛竜の魔晶石や素材はどうしますか? 特に希望がなければ冒険者ギルドで買い取らせていただきますが」
「だ、だいじょうぶです」
飛竜の素材かあ……。
私が口を出すようなことではないんだけど、どうしても気になるものがあった。
「あの、キリちゃん、よかったら――」
私は飛竜の所有者であるキリオンに相談をもちかけた。
「――え? う、うん、いいよ」
「やった。ありがとうございます、キリちゃん」
快諾してくれたキリオンにお礼を言って、エミリーに向き直る。
「エミリーさん、飛竜のお肉を譲っていただけませんか?」
「お肉、ですか。構いませんが……。ああ、そういえば先輩が飛竜の肉は珍味だと言っていたような」
「そうなんですか! それはぜひ食べてみたいです!」
「わかりました。ただ、飛竜の素材は貴重なので、解体と選別はこちらに任せていただけると助かります」
「その辺はおまかせします」
「では、解体後に食用できそうな部位を届けさせましょう」
「ありがとうございます。どんな味がするんでしょう。楽しみですねー」
これまでクリスが獲ってきた魔物を食べてきた経験からすると、大きくて強いと言われているものほど肉が美味しかった。
飛竜ともなればきっと素晴らしく美味しいに違いない。
どんな料理が合うだろう。まずはそのまま焼いて、お肉そのものの味がわかるステーキがいいよね。肉質は硬いのか柔らかいのか、脂身は――。
想像が膨らむばかりだ。
その後、私とキリオンは一緒に町へと戻った。
畑の中を転げ回ったせいで身体中が土まみれだ。服は着替えればいいけど、髪の毛もかなりほこりっぽい。
そういえば飛竜の血もかかってしまっただろうし、洗わないと気持ちが悪い。よく見ると毛先が焦げていた。これは結構切らないといけないかもなあ……。
髪を切るのは後でもいいけど、とりあえず今は――
お風呂に入りたい。
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