33. 飛竜が来る
「よいしょ、っと……」
キリオンが、引きずるようにして運んできた大きな動物を作業台にどっかと乗せる。
「いまので、えーと5匹目ですか。すごいですね」
3匹目からは作業台の上に乗せておけなくなったので、それまでの獲物は地べたにおろしてしまっている。横たわった動物の死骸がずらりと並ぶ様は異様な光景だった。
「こ、こんなの初めて……。いつも、丸一日ねばっても、1匹か、2匹。全然いない日だってあるのに。それに、簡単すぎる……。なにかあったのかな……」
不安そうな表情を浮かべたキリオンが森の奥に目を向ける。
「大猟だと、なにか良くないことでもあるんですか?」
「う、うん……。畑にとっては、あんまりいいことじゃない、と思うから……」
「あっ、そうでした。農家の人は困りますよね」
そう言えばここは畑なんだった。作物を荒らす動物がいっぱい来るのは、農家の人にとって嬉しいはずがない。
「もしかしたら、魔除けが壊れたのかも……。それとも、なにか……」
キリオンが空を見上げる。そのままじっと一点を見つめて動きをとめた。
……?
何かあるのかと思って同じ方向を見てみたけど、私の目には何も見えなかった。
「どうしたんですか?」
「う、うん……。あっちから何か……。鳥、みたいな……」
「うーん……?」
よーく目を凝らしてみると、すっごい遠くの方に小さな点ほどのものが見えた。
「あー、何か飛んでるような。よく見えますね。キリちゃんは目が良いんですね」
「なんだろう……大きい…………え、あれ…………まさか、うそ……大変……」
キリオンの顔色が青ざめていく。
「飛竜だ……」
「飛竜?」
なんだっけ。つい最近聞いた。そうだ、クリスが討伐しに行くと言っていた。
それがどうしてここに? 討伐に向かったクリスはどうなったんだろう。行き違いになった?
それとも……。
まさか! いやな想像を振り払う。
クリスは強いから、何かあったなんていうことはないだろうけど。やっぱり少し心配にはなってしまう。
「飛竜って確か、空を飛んで火を吐くっていう魔物、ですよね。危ないんですか?」
「あ、危ないなんてもんじゃ……! ど、どうしようっ。に、逃げなきゃ……!」
「落ち着いてくださいキリちゃん。逃げると言っても、どこへ」
キリオンの慌てぶりからすると、飛竜の目にとまるのはよくなさそうだ。下手に動くよりも隠れた方がいいかもしれない。
だけど目の前の真っ平らな畑地には身を隠す物陰なんてない。建物も近くにはない。やぐらや作業台の影には隠れられるけど、ちょっと頼りない。となると、あとは森の中に逃げ込むくらいしか。
「キリちゃん、ひとまず森に隠れましょう!」
「う、うん」
私たちは森に入って大きな木の幹に寄り添って身を潜めた。
木陰から空を見ると、私の目でも翼をもった大きな生き物の姿が確認できた。まっすぐにこっちへ向かってくる。
妙な風が吹いている。それが飛竜の羽ばたきが起こした風だと気付いたころには、飛竜はもう近くまで迫っていた。
上からの叩きつけるような風に木々が揺れて、体が飛ばされそうになる。私はキリオンと抱き合うようにうずくまり、木にしがみついた。
ぱぱっと眩しい光が明滅し、一瞬遅れて突風が押し寄せた。
なにが起こったのかと目をみはる。
さっきまで私たちが上っていたやぐらが、ガラガラと音をたてて崩れ落ちた。残骸に火がついて燃えている。キリオンが獲った獲物も、ばらばらになって地面に散らばっていた。
ひときわ強い風が吹いて、翼を生やした巨大なトカゲが地面に降りてきた。
これが飛竜――
見つかったのかと思って慌てて身を隠したけど、こちらに気づいたわけではないようだった。
着陸した飛竜は大きな翼をたたみ、2本の太い脚でのっそりと歩き出した。太く長い首の先にはワニみたいに大きな口を持った顔がある。大きな丸い目でぎょろりと前をにらみつけ、動物の死骸に近づいていく。
大きく口が開いて、ずらりと並んだ鋭い牙でがぶりとシカに噛み付いた。
飛竜もお腹が空いていたみたいだ。動物の肉が目当てだたとわかって少しだけほっとする。
ゴキゴキという不気味な音が聞こえる。肉と骨を噛み砕く音だ。
飛竜は大きな足で死骸を踏みつけて、かぶりついた肉が動かないようおさえつけている。長い首を大きく動かし、肉を引きちぎった。赤黒い血が飛び散って、私たちのすぐ近くにも肉片が落ちた。
「ぴ……っ」
小さな悲鳴がキリオンの口から漏れた。ひやっとしたけど、食事中の飛竜がこちらに気づいた様子はない。
真っ青な顔をして震えるキリオンを抱き寄せて、視界に飛竜が入らないようにした。
早くどこかへ行ってほしい……。ここに居座られると、身動きがとれない。
遠くで鐘が鳴りはじめた。いつもの時報とは違う。緊急事態を報せるような、けたたましい音だ。
さっきの爆発で町の方でも気づいたのかもしれない。このまま隠れていれば、きっと助けが来るはずだ。
「ひぃいい! な、なんだいこりゃあ!」
畑のほうから悲鳴が聞こえた。
木の陰から顔を出して見てみると、さっき会ったお婆さんが飛竜を見て立ち尽くしていた。
爆発が聞こえて様子を見に来たのかもしれない。
たぶん、飛竜が伏せていたから近くに来るまで気付かなかったんだ……。
飛竜は食事を中断して、お婆さんに首を向けた。
お婆さんが走って逃げ出した。それがかえって気を引く結果になったのか、飛竜はあとを追いかけ始めた。畑の中に身を隠すような場所はない。
だめだ。このままじゃ、お婆さんがあぶない……!
これから起きることがわかっていて、動かずに見ていることなんて出来なかった。
「ここでじっとしていてください」
私はキリオンにそう言って森から飛び出した。落ちていた木の枝を拾って飛竜に向かって投げつける。
かつん、と硬い音がして木の枝は地面に落ちた。飛竜が私を見る。
「え……っと……」
どうしよう。なんにも考えてなかった。
このまま見逃してくれるなんてことは……ないよね。
飛竜の喉が赤く光って膨らんだ。なんだかわからないけど、嫌な予感がした。
だっと走り出したら、すぐ後ろの地面が爆発して体が浮き上がった。背中を突き飛ばされたように、頭から畑の中に突っ込んだ。
反射的に両手で頭をかばったおかげで頭は打たずに済んだ。
「いたた……」
体を起こして後ろを見る。飛竜がのそのそと歩いてくる。ゆったりした動きに見えて意外と足が速い。歩幅が大きいからだ。
――ガンッ
硬いものがぶつかる音がした。飛竜が足を止めて後ろを見た。
木陰からキリオンが出てきている。泣き出しそうなほど怯えた顔で、杖を構えて魔法を撃っていた。
魔法が飛竜の体に命中して、何かの破片が飛び散った。あたってはいるけど、飛竜に効いているようには見えない。
さらに1発が脚にあたり、もう1発は外れて地面をえぐった。
飛竜が小さく唸って、喉が赤くなった。さっきの、火を吐く前ぶれだ。
キリオンが危ない!
私は無我夢中で、背中をむけている飛竜にとびついた。
「だ、だめです! やめてくださいっ!」
飛竜の体はひんやりと冷たかった。体を覆う鱗は金属のように硬く鋭く尖っていて、掴んだ指先の皮膚が切れた。
飛竜が嫌がるように体を揺らし、火の玉が飛んだ。狙いがそれたのか、森の手前の地面が弾けた。
私は飛竜にしがみついていることができず、振り落とされて畑の中をごろごろと転がった。
逃げなくちゃ……!
立ち上がろうと腕を立てたら、背中をつぶされて身体が土にめりこんだ。肺の中にあった空気が押し出され、息が止まる。
まるで身動きがとれず、息を吸うこともできない。
視界の端に翼が見えて、飛竜の足に踏み潰されているのだとわかった。ついさっき見たばかりの食事の光景と重なる。
ぽたり、血の混じったよだれが目の前に落ちた。飛竜の生暖かい息がかかる。
食べられてたまるか!
足の下から這い出ようと地面に爪を立てる。だけど、もがいても、もがいても、指先が土に沈むだけで体は1ミリも動かない。息のできない苦しさに頭に血が上ってくる。
ミシッ、身体の内側から嫌な音が聞こえた。背中がさらに重くなった。手足をばたつかせることすら、できなくなった。
魔法を撃つ音はもう聞こえない。ごめん、キリオン、お願いだから逃げて無事でいて。
身体から力が抜けていく。目の前に見える景色がじんじんと暗くなる。
……私はもう…………。クリス……。
――バァーン!!
近くで何かが破裂するような音がして、体がふっと軽くなった。息ができる!
大きく息を吸って、一緒に吸い込んでしまった土でひどくむせた。
突然、さあっと雨が降ってきて地面が濡れる。手の甲に当たった雨粒は赤黒い色をしていた。
後ろを見ると、飛竜の様子がおかしい。
首から真っ赤な血が吹き出している。そこにあるはずの頭部がどこかに消えていた。
なにこれ、どうなって――
咳き込みながら見ていたら、飛竜の体がぐらりと揺れてこっちに倒れてきた。
「わ、わっ!」
慌てて地面を這いずって、ぎりぎり脱出。
ズシン、と重そうな音を立てて飛竜が倒れた。
「ケホッ、ケホッ……た、助かった……?」
立ち上がろうとしたら、ずきずきと背中が痛んだので諦めて腰を下ろした。飛竜を見る。飛竜の首なし死体だ。
何が起きたのかわけがわからなくて、痛む背中をさすりながら呼吸を整えていると、森のほうからキリオンが走ってきた。
顔色は蒼白で、もつれて転びそうなほど足元がおぼつかない。キリオンもへろへろだった。
「し、シホちゃ…………おっ……おぅえぇぇ――」
キリオンは飛竜の死体をひと目見て、盛大に吐いた。
ブックマークや評価、いいね、ありがとうございます
うれしくて励みになってます




