31. クリス vs. 飛竜
飛竜は全身が硬い鱗で覆われているが、翼は柔らかく容易に刃が通る。不意を突くことができればクリスにとって難しい相手ではない。
クリスは落下しながら、斬りつけた飛竜が落ちたのを見届けた。掴まれていた冒険者もどうやら無事のようだ。
残りは、あと4匹――
視界の端で火球が炸裂し、空気が揺れた。
飛竜が他の冒険者に気を取られているうちに出来るだけ数を減らしたい。複数に狙われると厄介だ。
……というか、群れが相手だなんて聞いていない。どういうことだと責任者を問いただしたい気分だった。
着地の前に魔力を放出し、衝撃を和らげる。着地したらすぐに走り出す。素早く目立たないように距離を詰める必要があった。
4匹のうち、1匹だけが離れたところにいる。逃げた冒険者を追ってきたのか、火球を吐こうとしている。標的にされている冒険者を気にかける余裕はない。動きを止めている今がチャンスだ。
踏み込みと同時に魔力を爆発させて空へ跳ぶ。一直線に上空の飛竜に迫り、すれ違いざまに翼の膜を切り裂く。
さっきよりも理想的な角度で剣が入った。翼ごと切り落とせるかと思ったが、骨に当たって刃が弾かれた。硬い感触が、刃を伝って手に軽いしびれを残す。まあ切り落とせなくても問題はない。飛行能力を奪うのが目的だ。
片翼を失った飛竜が落ちていく。落下地点には空を見上げている冒険者がいた。
クリスは空中で魔力を放出して体勢を立て直し、地上に降りた。落とした飛竜にちらりと目を向けると、すでに数人の冒険者が声を掛け合いながら向かっていた。
「信じられん……! 飛んでいる飛竜を剣で……?」「空を飛んで……夢でも見てるのか?」「ぼけっとしてる場合か、止めをさすぞ!」「俺たちも続け!」「おう!」
残りの3匹はまだ上空にいる。息を揃えるように旋回して、様子を伺っているようだった。さすがに向こうもこちらの動きに気付いたのだろう。
離れたところを1匹ずつ倒すのが理想的だったが、飛竜が離れる気配はない。
「あ、こんなところにいた! クリス、あんた一人で全部やる気なの? 無茶しすぎだって」
場違いなメイド服を着た少女が走ってくる。
ロゼッタはクリスを強引に引っ張って、飛竜から身を隠すように大木の裏に回り込んだ。
クリスがロゼッタの手を払う。
「ちょっと、邪魔しないで。こんな面倒くさいことは早く終わらせたいのよ」
「気持ちはわかるけど、焦って怪我でもされたら困るってば。こっちはあんたが一番の戦力なんだから。とにかく動ける冒険者を集めて体勢を立て直そう。一斉に攻撃をすれば隙をつくれるはず」
「そんなの待ってられないわよ。逃げられたらどうするの? 私は飛竜なんかさっさと倒して早く帰らないといけないんだから」
「あたしだって帰りたいよ! だって、昨日と合わせて2日も店を閉めてるんだよ!? あんた、定休日以外にお店を閉めることがどれだけ大変なことかわかる? 最近やっと売上が伸びてきたところなのに、店に来たら閉まってるなんて最悪だよ!? どれだけお客さんが離れることか――」
現実を思い出したのか、ロゼッタが顔を真っ青にして語り始めた。
こっちだって、もうまる一日近くシホの顔を見ていない。いまごろシホはなにをしているだろう。こうして離れているだけで、もやもやした気持ちが膨らんでいく。
「――っていうかクリス、あんたは帰ったって別にやることなんてないでしょうが」
「あるわよ。わたしが居ないとシホが困るじゃない」
「いや、どんだけ過保護なのって……。それにシホさんはそんな子供じゃないでしょ。しっかりしてるし、ぜんぜん問題ないと思うけど」
「ふっ」
まるでわかっていない。とクリスはロゼッタを鼻で笑った。
「なに、その、これだから素人は、みたいな顔。なんか腹立つ……」
「だって、あんたがシホのことをしっかりしてるなんて言うから。まあ、働いてるところしか知らないならそう見えてもおかしくはないかもね。普段は本当にだめなんだから。力は弱いし世間知らずだし、一人じゃ何にもできないわよ」
そうだ。ライカ亭で働いているうちはまだいい。ライラやリルカが付いている。だけど今日はシホが休みの日だったはず。よりにもよってなぜこんな日と重なってしまったのか。
アルメイリアは比較的治安のいい町だが、犯罪がないわけではない。何かの拍子に巻き込まれる可能性がないとは言い切れない。
シホが自分の魅力をまるでわかっていないのも気がかりだ。おまけに、世の中には善人しかいないとでも思っているようなお人好しときている。
あんなのが一人で町を歩いていたら、もはやただのエサでしかない。
悪いやつにころっと騙されて、あんなことや、こんなことをされてしまうのでは……!?!??
「~~~~~~っ!!」
「ちょっとクリス、顔色が悪いよ? さっきから青くなったり赤くなったり、熱でもあるんじゃない?」
「うるさいわね! いまシホが大変なのよ!」
「大変って? シホさんは町にいるんでしょ?」
そうだ、シホは町にいる。シホがどんな目にあっていても、こんなところにいては助けに行くこともできない。
わたしがシホを守らないといけないのに!
こんな面倒はさっさと片付けて、いますぐアルメイリアに帰らなくては……!
「もう我慢できない。わたしだけでやるわ!」
「ちょっと、クリス!?」
クリスは木の陰から飛び出した。
飛竜は相変わらず3匹で息を合わせるように頭上を旋回している。地上の冒険者たちは隠れて様子を見ているのか、攻撃の手が止んでいた。
このままじっとしていたら、標的を失った飛竜がどこかへ行ってしまう。
そうなったら……いっそロゼッタに全部押し付けて帰ってしまおうか……そうしよう。
だが放置すれば危険であることは間違いない。平穏な暮らしを脅かす可能性があるものは排除すべきだ。
多少強引にでも落としにいく。まずは頭上の1匹。
狙いを定めて、クリスが空高く跳び上がった。
接近するクリスを察知した飛竜が回避行動をとった。真っ直ぐに飛んでくるなら矢と同じように避ければいい。飛竜はそう思ったのだろう。
クリスは空中を蹴った。魔力による爆発で軌道を変え、さらに速度も増したクリスが飛竜に迫る。剣閃が走り、翼の飛膜は無残に切り裂かれた。飛竜がもがきながら落ちていく。
「あと2匹……っ!」
固まって行動しているなら話は早い。続けざまにクリスが宙を蹴った。破裂音が空気を震わせ、何もないはずの空中で進行方向を反転させる。意表を突かれた飛竜が苦し紛れに身をよじった。
クリスの斬撃が飛竜の体に直撃した。狙いは外れたが、このまま振り抜けば飛膜に剣先が届く。鱗と刃がぶつかってガリガリと火花が散った。飛竜を追い抜きながらクリスは強引に剣を振り抜いたが、期待した手応えはなかった。
剣を見ると、刃が半ばで折れていた。引き返してもう一度……いや、飛竜との距離が離れすぎている。予想外のことに判断が遅れた。
地上に落ちていくクリスの着地点を狙うように火球が襲う。クリスはとっさに空中で軌道を変えた。
火球は回避したが、そのままの勢いで地面にぶつかった。放り投げられた鞠のように、クリスの体が土の上を跳ねて転がった。
「――アイスアロー!」
倒れたクリスに追撃しようとする飛竜を、ロゼッタが魔法で牽制する。別の方向からも矢が射掛けられた。飛竜の数が減って、ようやく冒険者たちが息を吹き返したらしい。
駆け寄ったロゼッタがクリスの体を抱き起こした。
「クリス! 大丈夫!?」
クリスはロゼッタの手を振り払うように立ち上がった。
「……なんともないわよ」
体を打ち付けた痛みは感じるが、大したことはない。だが武器がなかった。剣は着地の際に捨ててしまった。どのみち折れた剣など使い物にならない。
あと2匹。空を睨んで駆けながら、何か武器はないかと目を走らせる。他の冒険者から奪おうかとも思ったが、地面に転がっていたものに目が止まる。いいものを見つけた。
「あんた、それ本気……?」
なぜか追いかけてきたロゼッタが息を切らしながら問いかけた。
「冗談をやってるほど暇じゃないの」
ふたたび空を見上げる。2匹の飛竜は冒険者たちの攻撃に気を取られている。
大きく踏み込んで空へと跳んだ。クリスの脇には杭のような極太の矢が抱えられている。それは対飛竜のために用意された、バリスタで射出するための矢弾だった。
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