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ひよわな私の異世界ぐらし  作者: ささみし
ひよわな私と飛竜の逆襲
25/75

25. 招集

 夕暮れの鐘が鳴り、今日も何事もなく仕事が終わる。エプロンを畳んでいると、ついさっき聞いたはずの鐘の音がまた聞こえてきた。

 私は近くにいたライラにたずねた。

 

「あれ? 夕方の鐘ってさっき鳴りませんでしたっけ」

「え? これは……冒険者ギルドの報せね。緊急のときにはこうやって鐘を鳴らすことがあるんだけど……なにかあったのかしら」


 ライラが少し不安そうな顔をする。

 よく聞いてみると確かに時刻を報せる鐘の音とは違った。一定のリズムを何度も繰り返しているようだ。

 鐘の音は街中に聞こえるため、冒険者ギルドの他にも自然災害や火事が起きたときにはそれぞれ決まった鳴らし方をすることでで住民に報せることができるのだという。

 

 食堂にいるお客さんが鐘の音に向かってなにごとか文句を言っている。覗いてみると、体格の良い人たちがガツガツとかき込むようにごはんを食べて席を立っていった。冒険者の人だろうか。

 階段を降りる足音が聞こえて、クリスが顔を見せた。

 普段着ているものと格好が違う。クリスは私と初めて会ったときと同じような旅支度をしていた。

 

「クリスさん、その格好は」

「シホ、わたしはちょっと出かけてくるわ。たぶん今日中には帰れないと思う。そういうわけだから、ライラ、食料を少しわけてくれる?」

「わかったわ」


 ライラが手早くパンやチーズなどを切り分けて、クリスが袋に詰めていく。

 私はそれを手伝いながらクリスに聞いた。

 

「ずいぶん急ですけど、何があったんですか?」

「飛竜よ。何日か前、近くの集落で目撃報告があったの。わたしはこの前知らされたけど、さっきのは二ツ星以上の冒険者を呼び出す鐘だから、その中からも何人か募って討伐に出ることになるでしょうね」

「あの、飛竜っていうのは……」

「ただの空飛ぶトカゲよ。ただ、あいつら火を吐くこともあるから人里の近くに来るとやっかいなのよね。まあそういうわけだから、さっさと行って倒してくるわ」

「怖そうな魔物ですね……」

 

 空を飛んで火を吐くなんて、ちょっと聞いただけでも相当やっかいな相手に思える。

 私が不安を口にすると、クリスは不敵に笑った。

 

「楽勝よ。飛竜なら何度も倒してるもの。それじゃ、行ってくるわね」

「あ、はい。いってらっしゃい。どうか気をつけて」

「シホもね。わたしが居ない間は大人しくしてなさいよ」


 そう言ってクリスは出かけていった。

 

 

 夕食を食べて部屋に戻ると、薄暗い室内が妙に寒々しく感じられた。

 灯りをつけてあたたかい色の光が壁を照らしても、その感覚は消えなかった。自分の足音や衣擦れの音までもが、やけに大げさに聞こえる。静かすぎて居心地が悪い。


「クリスさんってば、また脱ぎ散らかして……」


 独り言が虚しく響く。気を紛らわそうと思って、部屋の掃除をはじめた。

 散らかったものを片付けてしまうと、いつもの部屋ががらんとして余計に広く思えた。

 

 早く寝てしまおう。

 寝支度を整えてベッドに潜ったものの、やっぱりなんだか落ち着かない。

 考えてみればここに来てからというもの、夜は必ずクリスと一緒だった。すやすやと眠るクリスの息遣いが、いまは聞こえない。

 

 ……自分の呼吸の音が気になる。いつもどんなふうに息をしてたんだっけ。一度気になり始めると違和感がどんどん膨らんでいった。

 ごまかすように寝返りをうったら、新しく触れたシーツの冷たさに手足がひっこんだ。

 

 寒い。手足の末端がひどく冷えている。体温で温まった布団で冷えた指先を温めようとしても、布団が冷えていくばかりで指先は暖まらない。

 肩に感じる空気まで冷たくて、布団を頭からかぶった。

 

 布団の中から、少しだけクリスのにおいがした。

 

 つめたいのを我慢して、もそもそと布団の中を移動する。

 別に相談して決めたわけではないけど、いつも私はベッドの右側を、クリスは左側を使うようになっていた。

 

 どうせ私一人なのだからとクリスの側に寝てみた。枕からいつもと違うにおいがする。クリスの頭のにおいだ。

 枕に顔をうずめていると、なんとなく体が暖まってきたような気がした。

 指先になにかがあたった。するすると手繰ることができる。なんだろう、と思って引っ張り出したらクリスの寝間着だった。

 掃除のとき見当たらないと思ったら、こんなところに。

 

 布地から、汗のにおいがした。顔に近づけてみる。

 わあ……。何日洗ってないんだろう。ちょっとすっぱい……汗くさい。

 明日、ちゃんと洗おう。忘れないうちに――

 

 

 いつの間にか外は明るくなっていた。

 ベッドから這い出るように起き上がる。

 

「うう……寒い……」

 

 朝の空気は冷たくて、手足が凍えてうまく動いてくれない。それでもなんとか地に足をつけて立ち上がると、クリスの寝間着を握りしめていることに気がついた。

 ぬくもりが恋しくなる朝の冷え込みだった。

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