24. ロゼッタのケーキ
「クリスさんっ!?」
金色の髪が少し乱れている。クリスは私に目を向けながら、片手で前髪をはらった。
不機嫌そうに目を細めた表情がいつもより少し大人っぽく見えて、こんな顔もするんだ、なんて思いながら私は疑問を投げかけた。
「どうしてここに……? というか、冒険者ギルドの用事はどうしたんです?」
「ただのミーティングだもの。すぐ終わったわよ。ちょうど帰るところだったの」
「そうだったんですか。私、いまから買い物に行くところなんですけど、よかったら一緒に行きませんか?」
「ふーん。まあ、やることもないし? いいわよ。ついていってあげるわ! それで、どこに行くの?」
「実はですね、この靴が――」
「ちょっと待ちなさいよぉー!!」
歩き出した私たちの後ろから、ロゼッタが走って追いかけてきた。
「なんであたしを放っといてイチャついてるの! 蹴っ飛ばされたんだよ!? 普通心配するか様子を見に来るところでしょ!?」
「あっ……大丈夫ですか?」
「思い出したみたいに聞かないで! まあ、受け身をとったから大丈夫だけど。これでも二ツ星冒険者だし。っていうか、クリス! 久しぶりだっていうのに随分なご挨拶じゃない!」
「誰?」
クリスが投げやりに聞き返した。
「いやいや、あたしを忘れたとは言わせないから! 冒険者であんたの同期でライバルのロゼッタ!! ま、まあ、いまはこんな格好してるから、わかんなかったのも無理はないけど」
ロゼッタがメイド服のフリルをひらりとつまむ。
「ロゼッタ……? 知らないわね」
「ちょっ……それじゃまるであたしだけが意識してるみたいになるじゃん!」
「……そういえばあんた、シホに迷惑かけてたみたいだけど、どういうつもりなのか聞かせてもらおうかしら……?」
ゆらり、とクリスの周囲に殺意のオーラが立ち上った……ような気がした。
「え、いや、あれは、ただの勧誘で……迷惑かけるつもりなんて、そんな」
それまでの勢いはどこへ行ったのか、ロゼッタが後退りし始める。
「ただの勧誘で体をまさぐる必要があるの?」
「そんなことしてな……いや、したかも……? と、とにかく。こっちだって色々事情があるんだからっ」
気圧されるようにじりじりと下がったロゼッタが壁際まで追い詰められる。
クリスはロゼッタの胸ぐらを掴むと、右手の拳を握り固めて振り上げた。
「言い訳はそれだけかしら」
「ちょ、ちょっとまって! 顔はやめて!? まずいって! お仕事できなくなっちゃうっ」
「クリスさん!? やめてください! 暴力はだめです!」
「シホ、どうして止めるの? この女はシホにいやらしいことをしたのよ?」
「してないよ!?」
「そんなことされてません! とにかく、ロゼッタさんにも事情があるみたいですし、私は何もされてませんから」
「……シホがそう言うなら。今日のところは許してあげるわ」
クリスが手を離すと、ロゼッタがへなへなと崩れ落ちた。
「た、助かった……。あ、ありがとう。シホさん、助けてくれて」
「いえ、私はなにも。ロゼッタさんは怪我とかしてないですか?」
へたり込んでいるロゼッタに手をのばす。ロゼッタは私の手をつかもうとして、ピクリと顔をこわばらせると自分一人で立ち上がった。
隣を見るとクリスが怖い顔をしている。
「クリスさん……威嚇しないでください」
「ふんっ」
「もう……。こんなところにいると通行の邪魔になりますから。行きますよ、クリスさん」
クリスの肩を押して先へ行こうとすると、ロゼッタが私たちを呼び止めた。
「あ、あのっ、お詫びと言ってはなんだけど――」
「なんでわたしが、こんなやつの作ったものを食べなくちゃいけないのよ」
ロゼッタのお店の中で、ケーキを前にしたクリスがむすーっと頬を膨らませている。
「いい加減、機嫌を直してください。ほら、こっちのケーキも美味しいですよ。クリスさんも一口どうですか? はい、あーん」
私がケーキをすくってクリスの口の前に持っていくと、しかたなくという感じでケーキをぱくり。
とたんにクリスの目が輝いた。
「ね? 美味しいでしょう」
「ま、まあ。悪くないわね」
なんだかんだ言ってクリスも甘いものは好きらしい。
「本当っ? それあたしの自信作なんだ!」
ロゼッタが嬉しそうに顔をほころばせる。
クリスは嫌そうな顔をしてロゼッタをじとっとにらんだ。
「盗み聞きしてないで仕事しなさいよ」
「他にお客さんいないんだからいいでしょ! って、自分で言ってて悲しくなるんだけど……」
「こんなに美味しいのに、どうしてお客さんが来ないんでしょうか」
「変なメイドがいるからじゃないの?」
「クリスさん!」
「せっかく作っても、ほとんど売れ残っちゃうんだよね……。まるであたしみたい…………あはは」
ロゼッタはそう呟いて売れ残りのケーキを見つめている。
「…………なんか、空気悪いわね。早く出たほうがいいんじゃない?」
クリスがお皿の上のケーキを一口で頬張った。
「そうだ、ロゼッタさん、そんなに余るならライカ亭で売ってみたらどうでしょうか」
「えっ、ライカ亭に……?」
「もちろんライラさんに聞いてみないと出来るかどうかもわからないですけど、ライカ亭では食後のデザートは果物くらいしか出していないので、需要はあると思います」
「……上手く行けばケーキも売れるし、店の宣伝にもなって一石二鳥……。かけあってみる価値はあるかも」
さっそくロゼッタを伴ってライカ亭に戻ると、ライラは試食用のケーキを食べながら「うん。いいわね」と賛成してトントン拍子に話が進んでいった。
「上手くいくといいですね」
「わたしはどうでもいいけど……。ま、ここでケーキが食べられるなら悪くないわね。ところでシホの買い物はよかったの?」
「あっ、そうでした。靴を買いに行こうと思ってたんですよ。すっかり忘れてました」
「しょうがないわねー……。それじゃ、行くわよ、シホ」
その後、ロゼッタのケーキは評判を呼び、メイド喫茶『きゅあかると』はメイド姿のケーキ職人がいる店として繁盛したという。
――次回予告――
平和な町に不穏なしらせが届く
次回、『招集』お楽しみに
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