追憶。
「ミリアリア、君との婚約はなかったことにしてほしい」
王子様と出会って3年目の記念日、交際して2年の記念日、婚約して半年の記念日、2人が出会ったアリッシュ広場で王子様はそう切り出した。
「今までありがとう」
"ありがとう"の一言で全てを終結させようとする王子様。
「ま、待って下さいっ!」
当然、私は納得がいかなかった。
何故? どうして? いきなり婚約破棄になるの?
「どうしてですか? 私のことが嫌いになりましたか? 私……、何かしましたか?」
「…………」
王子様はバツが悪そうに視線を逸らす。
「王子様!」
私の問いかけに小さく深呼吸すると、王子様は端的に言った。
「すまない、ミリアリア。他に愛したい女性がいる」
「…………は?」
「だから、君とは結婚できない。私は"彼女"と婚約しようと思う」
「そ、それって誰ですか?」
問いかける声は震えていた。
喉が熱くてうまく話せなかった。
「ルルール・シャンデルバルト」
名前を聞いても誰かわからない。
「君が知らなくても無理はない。ルルールは遠く小さな農村の娘だからね」
「で、ではどうしてそのような娘を愛したいと思うのですか?」
「ん?」
一瞬、王子様が怪訝な顔をした。
いけない。おそらく、聞き方が良くなかった。
「君は貴族である自分よりも下の身分の農民の娘が僕に好かれるのが気に入らないのかい?」
「い、いえ。そのようなつもりでは……」
全く以てそんなつもりはない。
婚約した女がいるくせに、他の女を好きになるのが許せなかっただけだ。
けれど、王子様はそうは受け取らなかった。
自分が"浮気"をすることが"おかしい"という認識が欠けているみたいだった。
「残念だよ、ミリアリア。君が他人を見下す女だとは思わなかった」
「違います……、違うんです……!」
私は必死に食らいつく。
ここで引いてしまえば、さっきの私の言葉を理由に婚約破棄を押し切られてしまう気がしたから。
よくよく考えてみれば、他の女を愛したいとなどと何の臆面もなく言えるような男なんて最低なわけだけれど、3年間の逢瀬を、王子様との時間を無駄にしたくなかったから、だから、このときの私は王子様との婚約を死守しなければなかなかった。
ただ、失敗した。
「さよなら、ミリアリア。僕はルルールと幸せになるよ」
そう言って王子様は私に背を向ける。
「待って下さい! 話はまだ終わってないでしょうっ!?」
と、絶叫して、私の瞳から大量の涙が溢れた。
そして、そのまま私は大泣きしてしまった。
相手は一国の王子様。
その心変わりをたかが3年間程度の逢瀬という関係性で繋ぎ止められるわけがない。
彼が背を向けた瞬間、頭の奥でそうわかったから。