35 歌唱戦記
逢阪雫瑚。翌日、彼女を探して校内の色んな教室に入って回ったが、どこにも見つからなかった。社会人の恋音の姉なので、付属中在学生はありえないが、教師をやっている可能性はある。ルミーナも探し回ったが、居なかったらしい。
教員棟に行っても個人情報を教えてくれるはずがないので、同じ新谷家で融通が利く校長の元に行き、この学校に在学していた履歴が無いか聞いたところ……幻の退治ゼロ期生の面々に居た。
人工島が設立したのは夏季で、退治が始動したのも所謂夏休み明けから。翌年分から入試を経て生徒の正式入学を始めた訳だが、学校の運営や教師の練習も兼ねて、各所から対異世界人関係に興味を持っていたり、有力候補となる人物に招待をかけ、編入する形で高一の途中から始まっている少数精鋭の代だ。そこの卒業生ということは、今俺の一個上……じゃない、空白の一年があるので、ズレているように見えて同い年の21歳だ。卒業後も人工島に残っているってことは、WB社か人工島内で働いている可能性が高い。
「実害は無いし今は気にしなくてもいいんじゃない?」
「それもそうか……」
現状漏れているのは住所だけ。銀行口座とかバレてたら一刻を争うが、最悪無視してもいい。ただ今までこういう系で無視して失敗した経験が多いんで、無視したくないのが本音だ。
「情報が無いから漁っても無駄だよな」
「向こうからの動きを待ちましょ」
「だな。今は金稼ぎせなならん」
数週間分の余裕が生まれたとはいえ、明日から怒涛の転移現象ラッシュが起きたら払えなくなる。肩の荷を下ろすためにも滞納金分だけでもとっとと完済したい。
逢阪雫瑚の謎はこれにて終了――
「……嘘だろ?」
――にしたかったが、通知が来て光ったスマホ画面を見て、先延ばしにできなくなった。
連絡先を交換した覚えはないのに、恋音から昨日のお礼チャットが飛んできている。
「しゅうやんまだまだ疎いねー」
「その態勢だと何に対して言ってんのかわからんな」
楓が登って来てるなとは思っていたが、壁を強く蹴りすぎて勢い余ってガラスを割り、そのまま室内に居た俺に激突しやがった。仰向け状態の俺の真上にはうつ伏せ状態の楓がへばりついている。
「近くの人に情報共有する仕組みがあるんだよね。きっとそこから連絡先不正入手されたんだよ」
そんな機能ONにした記憶はないが……
「おめー何度目だよ……」
石塚と違ってガラスを割っても絶対に払ってくれる良心的な人ではあるが、張り替えられるまで段ボールを張り付けておくのがかなりみっともない。どれだけ強靭で綺麗に砕けるガラスでも、当たり所次第で割れてしまうのは本当に儚い。
コミカルな表情してごまかしていた楓は、
「違う……これほどの衝撃では割れるはずがない……長年の研究で割れない域を把握したはずだッ……」
「とりあえず離れよか」
今度は何だよ、中二病の真似か?
世にも珍しいサンドイッチ状態から離れ、苦笑いのルミーナの隣に座り……
「しゅうやん!」
「何だ」
「もうすぐライブがあるから、来週から休みが無くなっちゃった!」
「ライブか、頑張れよ」
楓との夜ご飯チャンスは減ってしまうが、その分シフト入れれば違法食品が湧いてくるだろう。
俺の視線が砕けたガラスを片付けるマリアのその先、ベランダに向いていたからか、
「今回はワイヤーアクションないよ。ボクのすんばらしいダンスを魅せてやるのさ」
「だったらもっと丁寧に飛べよ」
「怖いものは怖いじゃん?」
ふむ。なるほど。そりゃそうだ。言葉が出ん。
「今三人でお金稼ぎしてるでしょ?」
「ああ」
「数週間分の余裕があるんだよね?」
「そうね」
一つずつ、着実にYESをもらう楓は、どんどんにやけ顔になっていき……
「最後の休みだからさ、色んな刺激が欲しいんだよね~」
「そうか」
つまり、今からカラオケとかボウリング、ゲーセン、映画、とにかくどこかに遊びに行きたいんだろう。金の確認されたのは解せないが、奢ってくれるなら勿論行く。
「――異世界連れてって!」
キラキラした表情の楓は、ガムテープで補強された机に両手をついて、身を乗り出してきた。
そう、来たか……今地球は平和だし、ちょうど数週間分の金銭的余裕も生まれている。楓がこれから数か月間遊べないなら、直近で行く日として丁度良くはある。
〔タイミングはバッチリよね〕
〔行くかー? 異世界〕
〔任せるわ〕
普通そういうのってライブ終わってからお疲れ様会として行くもんだと思うが……
「行くかぁ、約束してた異世界」
「うるあぁ! やったぁ!」
実は滅茶苦茶楽しみにしてたのか、聞いたことのない雄叫びが出てたが……俺としても、ちょうど現実逃避という名の息抜きが出来ていいかもしれない。最近転移現象は起きないものの、学校に鍛錬に金稼ぎに邁進している。先日の温泉旅行も全然気が休まらなかったし……そろそろ休暇が無いと、過労で死んじまう。
「もし帰ってきたときに仕事が無かったら、ボクがいい仕事紹介してあげる!」
「その保険があるのはでかいな」
地球と異世界は時差が半日ある。人数の都合上二回に分けて転移する必要もあるので、実際に異世界に滞在できる時間は三日ぐらいだろうが……楓が楽しめるよう、全力でサポートしよう。正直、ルミーナが居るから安心だ。
先にルミーナとマリアを転移させ、現地時間に生活リズムを矯正した俺と楓も後を追って転移する。
転移する時、なんかカバンが重たく歪な形をしていたので、開いたら中から石塚が出てきやがった。面白い話にハブられてる気がしてついて来ようとしたらしい。そのセンサー正確すぎて盗聴を疑ったが、流石にそこまでするバケモンじゃないはず。危うく石塚を不正転移させるところだった。
「おぉー、転移ってこんな感じなんだ。うわっ、しゅうやんの家でっか! 庭ひっろ! 金持ち万歳!」
異世界の景色も見て欲しかったので、直接家の中ではなく庭の中心に転移した。異世界に降り立って早々楓は忙しそうにあちらこちらを見渡している。初々しいな、あの感じ。
「お帰りなさいませ、萩耶様! と、お客様ですね!」
ルミーナからある程度話を聞いているのか、名前はわからなくても笑顔で柔軟に対応している。
「ありゃ? まだメイドさん居たの?」
「アトラだ。あんまり戦闘は得意じゃないから、異世界担当だ」
楓は驚いて口笛を吹いている。その反応日本人でもするんだ。
「アトラ・ヴァルティーナ――改め、アトラ・カータレットと申します。以後、お見知り置きを」
アトラは、俺が知る限り最強のメイド。誰に対しても、毅然とした態度でカーテシーをする。その姿は、いつも見る俺でも気が引き締まる程に美しさがある。
「うひょー、緊張しちゃうね! マリアよりメイドっぽい!」
「マリアは元々奴隷みたいな扱いされてたからな」
「え⁉ そうなの⁉ しゅうやん隠し事多くない⁉」
「隠してたわけじゃないが……こっちに来ることないだろうと思ってたから、言ってなかっただけだ」
あんまり余計な事言うといつも以上に飯を奢りに来たり、楓の見る目が変わる可能性があるので言っていなかっただけ。それに地球で活動する上で必要な情報でもない。
「ボクは風間楓……じゃなくて、カエデ・カザマ? しゅうやんのずっ友だよ!」
「いいよ気にしなくて。こっちで名前意識してるとキリねえぞ、俺もシュウヤ・カータレットだし」
誰かと会って話すなら意識すべきだろうが、今回基本的に俺と誰かが一緒にいる状態で楓の異世界旅行をエスコートする。そもそもこっちの言語を喋れない楓は、本来であれば今アトラと会話できていないからな。
「楓様、素晴らしき休暇になりますよう私が全力でサポートさせていただきますね!」
「のんのん、かえたんだよ~。とあたんもっと柔らかく行こう!」
執拗に『たん』を付けさせるの久しぶりに見たな。相変わらずあだ名付けるのも早い。
「何かしたいこととかあるか?」
「んー、とりあえず金持ちしゅうやんの家見て回る!」
街を見て回るより先に俺ん家を見て回るのかよ。俺って相当貧乏な印象がついているんだな。
「この後出会ったら厄介だからな……一先ずこの国の王様に話し通してくる。ついて来たら隔離されるだけだから、家見て待っててくれ」
楓は恰好が完全に異国。この世界の販売・製造職ですら見ない個性的な恰好なので、見る人が見ればすぐに他国の人間だと判断するだろう。パブルス帝国はその状態だと住民の民度が高すぎて逆に生き辛いので、ここは先手を打つべきだ。
「え⁉ しゅうやん王様と知り合いなの⁉」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない聞いてない! すごすぎ! 地球とは正反対だね!」
「一言余計だぞ」
地球でもこんぐらい金持って人付き合いもできたらどれだけ楽なんだろうな? 現実はそう甘くない。
楓をアトラとマリアに任せ、実体験者として感想が言えるルミーナを連れてパブルス城にやってきた。
「転移現象のこと、言うのね」
「いつかは言わないといけないからな。今回丁度いい」
今回、この地に異界の地の人間を遊びに来させている。通常では、あり得ない事態だ。別に楓が遊びに来ているだけなのでそこまで公表する必要はないが、これによって地球の一般人がどんな人なのか、この地で遊ばせて実際に見せることができる。転移してきた異世界人は惨殺されている実情を伝えることにはなるが、こういう地球上の一般人に訴えかけるような、立ち回り次第では今後の地球側の対応を変化させる可能性を秘めていることを伝えられるはずだ。情報共有にうってつけのタイミングだろう。
「カエラの見る目が変わるかもしれないわよ?」
「変わっても、俺を大切にしないといけないことには変わりないだろ」
現状、地球に転移してきた異世界人をこの世界に戻せる人間は、俺たった一人。そんな惨状を伝えられて逆襲しようが、俺を仲間に付けていなければ片道切符になってしまう。
「最近転移現象が落ち着いてるからな。今のうちにこういうことが起きているって広めてもらった方がいいんじゃないか? それに、関係値も薄いその辺の市民に言う訳じゃないんだ。おざなりにはならんだろう」
「……ちゃんと考えてるみたいで安心したわ」
ルミーナがほっと一息ついてるが……そういや今契約が切れてるんだった。二回に分けて転移した影響で。そりゃいきなり転移現象について公表するって言いだしたらバカなのに大丈夫かよって思われても仕方ない。
久しぶりにパブルス城に入ると、魔法を駆使して薔薇の三銃士が目の前に突如現れてきた。これには驚いたな。明らかに昔より覇気がある。行動に自信が満ち溢れている。確実に、そして着実に成長しているのが伝わってくる。まだまだ改善すべき点はあるにしろ、カエラを六人で守るために切磋琢磨しているのは素晴らしいことだ。
ミザエリーが先導する形でカエラの元に案内され……
「久しぶりじゃな、元気しておったか?」
「忙しくて休みに来たところだ」
「気の毒じゃな……」
忙しそうなのはお互いさまで、ヴィオネとしていた書類作業を切り上げて椅子に座るよう手招きしてくる。ヴィオネも見ればかなり筋肉質になったな。一見体型に変化はないように見えても、腕を曲げたときに力こぶが出来ている辺り、パンパンに筋肉が詰まっていそうだ。まさしく、フレームアーマーでよく見る無駄肉のない、体脂肪率一桁と思われる体型だ。
「重い話してもいいか?」
「何、改まる必要ないぞ」
それじゃあ遠慮せず前置き無しで本題に入る。
「実は俺、別の世界から来てんだよ。隣の国とかじゃなくて、そもそも会おうとしても物理的に不可能な地から」
あんまりにも現実味の無い話をしたせいか、うんともすんとも返事がなければ表情の変化もない。ただ、いつの間にか戦乱の戦乙女が全員集合しているが。
「この地にそういう名称がないからややこしいんだが、仮に『異世界』って惑星だとすると、俺がいるのは『地球』って惑星だ。そこでは、今異世界から人が転移してくる不可解な現象が起きているんだ」
「……あんまり驚かないのね」
真剣に話を聞いてはいるものの、全然反応を示さない。そこに対してルミーナがツッコむと、
「最近突如人が消える噂が後を絶っておらんからの。驚いたと言うか、辻褄が合ったような感覚じゃ」
流石に……一国の王ともなれば、この現象について何らかの情報は持ってたか。
「向こうは住民管理が凄いからな、現状ここから向こうに行く一方通行しか起きていないはずだ。念のために聞いておくが、知らん人が来たって話を聞いたことはあるか?」
「我が把握してる限りじゃと、しゅーやぐらいじゃな。アラヤって貴族は存在しないからの」
当時異世界の名前構成なんか気にしたことなかったので、かなり前から俺が異界の地の人間である憶測が生まれていたことが判明したが、直接聞いてこなかったのは我が身に害が及ぶどころか救われたからだろうか。
大体適当に名付けているとか言っていた割には存在しないと分かっていた辺り、パブルス帝国の階級制度はほぼ形式上の存在に近い印象だったが、ちゃんと王族としての管理も果しているようだ。
「最初は調子に乗った平民かと思ってたんじゃが、次第にどこかの刺客かと考えておったぞ」
「『カータレット』を命名したのはそういうところの兼ね合いもあったのか」
今となっては笑い話に昇華しているが、次第に各国・各世代のエリートを連れ歩くようになっていれば、そう予想されても仕方がない。今まで悪影響を及ぼすことがなくて助かった。同時に国民について詳しくないミミアント商会やシャガル・ミネヴァルトにも疑問を持たれなくて良かった。
「突如消えた人が戻ってきたって話は聞いたことある?」
「んー……」
「ないですね。『消えた』と言われていますので」
つまりは俺が転移者を≪エル・ダブル・ユニバース≫で返還させていると、対象人物が異世界上のある特定の場所から存在が一時的に消えたとしても、一時間以内に同じく異世界の別の地へ飛ばされているだけになる。それだと消えたというより、突然魔法のトラップでも踏み抜いて無作為テレポートさせられたとも考えられる。地球視点だと理解しがたい話だが、異世界であればこういうこともあり得てしまう。
〔返還された人が起きたこと――地球について語ることはあるはずよ。それでもこの現象が認知してないってことは、地球での記憶が消されてるんじゃない?〕
〔でもルミーナやアトラは消されてないからな。その辺はわからんな……〕
現に前回の転移者は同じ異世界内にある知らない国に瞬間移動させられたという認識だった。謎は深まるばかりだが、地球の記憶が残っている可能性が低いのであれば、俺としては好都合だ。もっと大胆に立ち回ってもいいことになる。
「向こうでは転移してきた人々が大暴れするもんでな、転移者お断りの殲滅部隊が発足しているんだ」
「そうじゃったのか……すまんの……」
「しょうがないわよ。いきなり飛ばされるのよ? 警戒するに決まってるわ」
パブルス帝国を代表して謝罪してくるカエラだが、突発的に発生するこの現象を止められない以上、謝罪されても完全な解決には導けない。ルミーナが言うように、謝り損だ。
「実はルミーナがその現象の体験者なんだ。そして今俺とルミーナがこの地にやってきていることから、一応こっちに戻す手段もあるんだ」
それが俺によって発動されるというと話が長くなるので、この部分は伏せておく。
「条件が合わないと送り返すことができないけど、こういう手段があることについて伝達すべきだと思うのよ」
「皮算用にはなるが、そもそも話を聞いていなければいざ飛ばされた時に一瞬でも冷静になって考えてくれる余地すらないからな。それに向こうの人たちからしても、転移してきた人が暴れない奴だったら少しは安心できるし、それが続けば意識も変わってくるだろ?」
交戦態勢をとる人が減ってきたら、転移者に対する世間の見る目は必ず変わる。今の人工島のようにとは言わないが、見つけ次第ぶち殺すのではなく、異世界人の保護に特化した地域を作り、平和に暮らせる世の中を作ってもいいはずだ。ゆくゆくはそんな地域も無く、地球上どこでも地球人と平和的に共存していけるように。
「そうじゃな……今後この情報を伝達していく必要がありそうじゃが、時勢的にパブルス帝国や同盟諸国には大々的に伝達できても、デリザリン王国やオルレラン公国は聞く耳を持ってくれんじゃろう」
異世界に存在するすべての国が平和的であればこの情報が尾ひれなく伝達するだろうし、全員がしっかり受け止めてくれるだろう。でも地球と同じように、敵対的な国もあれば、友好的な国もある。そういう争いごとは地球とも規模感が異なっていて、数世紀に亘って発生しうる。情報戦の一つだと思われて無視される可能性があるからタイミングが悪いと言ってしまえばそこまでだ。状況がどうであろうと、遅かれ早かれ情報を伝達していかなければならない。
「パブルス市民に向けてスピーチでもするかの?」
「負担でかすぎないか?」
「そんなの責任負えないわよ」
いくら王族が直々にこの現象について話したところで、現実味が無い話題を真に受け止めてくれるかは別問題。民度が良ければ聞き入れてくれるってことはあるだろうが、それをジョークと受け止めるかは個人の尺度になってくる。
「各国の王族や貴族に直接伝達して、個々で更に広めてもらう形にしませんか? それだと私共の負担も削減できますし、それぞれが配下に伝達するので、信憑性や認知度も保証できます」
流石は王族の側近として日々国全体の管理をしているだけあるな。ベリーヌがこれ以上ない名案を提案してくる。
「いいわね、それ」
「うむ、ならもう少し詳しく聞いても良いか? まず我が話すなら、もう少し情報が欲しいのじゃ」
「それなら薔薇の三銃士も集めてくれ」
転移現象についての情報はほぼ全て言い切ったつもりではあるが、カエラも前向きになっているなら、地球人の特徴や転移者の扱いについても深堀しておくか。
「城の管理なら私とマリアが受け持つわ」
「助かるのじゃ」
この事務作業部屋に八人集まると窮屈だからか、場所も改めるみたいなので……アトラに一報入れとくか。楓とパブルス見て回ってこれからなんかやってみたいことないか聞き出してくれって。
転移現象を取り巻く地球側の対応について情報共有を終え、最後にカエラから名前以外で異界の地の人間らしさがにじみ出ていた所作は無いか聞いてみた。すると、ルミーナみたいに生活圏の差や世間知らずで想定外の所作をしていると片付けられるレベルの差ではなく、赤ちゃんでも潜在意識でそうはしないだろってレベルで異世界人とかけ離れた所作をしている部分がいくつかあったらしい。最近見かけた例で言うと――
この地に溢れる草木は、所謂食虫植物――魔物に分類される存在である可能性を秘めている。仮に普通の植物だとしても、魔物からの捕食を避けるために、少しでも毒性を含むものが半数を占めるらしい。自宅に飾ったり食したい場合、魔法使いや専門家に解毒してもらうのが鉄則だが、基本的にお金がかかるので、ギルドでの買取や採取依頼に納品するらしい。その毒性を利用するケースもあるため、解毒をしてから納品・販売しないといけないという義務はなく、個人の自由となる。その為購入者や受け取り主の責任問題に問われるので、茎や葉より毒性がある可能性が高い花や実の部分を呼吸器から遠ざけるため、足元に向けて持ち歩く。言われてみれば、よく花を買ってくるアトラはいつも下に向けて歩いていた。その時俺は、花びらが崩れないようにと確かに上を向けて歩いていた。戦闘を生業としている人であれば、毒耐性を持っていても可笑しくない。でもこれは潜在意識的なもので、この地の人間は無意識に花びらを地面に向けてしまう。
俺を含む対異世界人関係者は、こんな事で素性を見せてたらやっていけない。退治でもある程度の心理学的なことは叩き込まれ、例え最低ランクだとしても、普段は諸見えでも戦役中には素性が出にくいようには意識したり、潜在的に隠せるように調教されているはずだ。無意識にそういう面も気にしてたはずだが……これは参った。知らない地だからって、大胆な行動を制限していても、明らかな認識違いが見えてくるようだ。改善しようにも本能的に出てしまうので、カータレット流と割り切るしかない。
自宅に戻る道中、ちょうど楓とアトラも帰ってくるところだったみたいで、通路でばったり遭遇した。
「異世界凄いね! 滅茶苦茶でかい! 広場二つしか行けなかったよ」
地球を夕方に出発したので、異世界に着いたのは朝方。数時間話し合っていたので、もうそろそろ昼飯頃だが、その短時間でパブルスの主要箇所二つ回れたなら十分だろう。後は住宅街か、冒険者向けの売店が軒を連ねているだけだ。刺激はあれど、景色は殆ど変わらない。
「なんかやりたいこと見つかったか?」
帰りの転移は先に楓から送ればいいので、異世界には最長四泊五日滞在できる。色んな街を観光してもいいが、大きく二つの異世界ならではの要素がある。魔法と、冒険だ。ある程度回答の予想はついている。
「この世界って、魔物であふれているんだね! なんかゲームの世界みたい」
ゲームに詳しくなくとも、その例えはしっくりくる。今後、使わせてもらおう。
「ボクもクエスト受けてみたい! 冒険者体験!」
数時間の間、パブルスの主要箇所は見て回ったが、ギルドに行ったわけでもなければ、魔物と遭遇したわけでもない。この世界にそういう職業があるということは、アトラが教えていないと楓は知る由もないので、会話の過程で上手く冒険体験をするように導いていそうだが……アトラの話術は王族も恐れる程だ。ツッコまないでおく。
「それじゃギルドに行くか」
楓の恰好は、白と金色が基調のアイドル衣装。スカート丈も短く、動きやすい。この地の人間が見れば色使いが奇抜で隠密性に欠けるが、魔法主軸の冒険服と言われても何ら違和感ない。冒険に向いた格好に着替える必要はなさそうだ。配色や装飾に差があれど、アイドルの恰好と冒険者の恰好が似たり寄ったりなのは今更ながら気が付いたな。
何だかんだ行く機会が無く今回初めて赴くが……ギルドの本拠地は、パブルス帝国にある。冒険者として機能しているギルドの隣に、全ギルドを統べる事務所が併設されている。事務所は安全なところにあるべきとしてパブルスに作られたみたいだが、パブルスが第一首都になってしまい、通常運営の方の仕事量が半端なく夜間も明かりが消えている姿を見たことないと言われていたりする。
地図上だとパブルス城から東北東に位置する、パブルス一のブラック企業と謳われるギルド・バリンに入る。アトラから聞いたが、オルレアンのギルドはラぺス、フィリザーラのギルドはラズビランというらしい。
「色んな人がいるねー」
「その人の強さだけじゃなくて、貢献度にも実力が左右されるんだ。アトラと色々見て回っててくれ、俺は話付けてくる」
興味津々の楓をアトラに任せ、俺とルミーナとマリア三人で受付をしていたライラの元へ行く。
「久しぶりだな」
「お帰りなさいませ、変わらず元気のようで安心しました」
ギルドに名前を登録した覚えはないが、ギルドの店員として然るべき発言をしているだけ。
各地のギルドを不定期に訪れて、しっかり機能しているか視察していると言っていたので、今は本拠地であるバリンで仕事しているライラには、エルドギラノスを見せつけてドン引きされた過去がある。これから楓レベルでも気軽に達成できるクエストを行いたくても、エルドギラノス討伐級の依頼を投げてきそうなので……
「スターリィーはいないのか? 直接話たいことがある」
「ギルド長とお知り合いでしたか。案内するので、少々お待ちください」
十分も満たない会話しかしてないので、お知り合いというか怪しいところだが、疑うことなく案内されたのはラッキーだ。
〔ライラってこんなにコンガリ焼けてたか?〕
〔さあ? 最近忙しくて日に焼けたんじゃない?〕
全身タイツみたいな恰好で見えにくいが、ドMが高じてか肌が焼けているアルマと違って元からこの褐色だったような見た目だが、まあどうでもいいか。
「こんにちは、バリンへようこそ。私はドロシーと申します。ギルド長までお繋ぎしますので、何かご質問等ございましたらお気軽にどうぞ」
「……ん? あぁ」
魔物の分布図を三人で眺めていたら、ライラじゃない別のギルド職員が来たので反応が遅れた。
ドロシーと言った女性は、身長153センチで冒険を生業としていたとは思えない一般的な体つき。丸眼鏡をかけ、頭頂部でお団子を作った黒髪に太眉、水着の上からシースルーに加えオープンショルダーのチャイナドレスを着て、更にシスター帽を被るという特徴の多さ。恰好の解説がそのまま魔法の詠唱文になっていそうなカオスさがある。
「ドロシーはギルドで何してるんだ?」
「ギルドの鑑定長を務めさせていただいております」
ということは、レートや買取額、アム値やアエ値を統べるのはこの人なのか。ギルドの総本山でこれからそのトップに会うとはいえ、いきなりバケモン連れてきやがったな。
「……すごい恰好ね」
「申し訳ございません。ギルドのガイドラインに違反する発言はできかねます」
「……」
え? ルミーナに釣られるまでもなく、数秒間俺の生命活動が停止した気がする。
〔俺達の暇をつぶすために雑談相手に来たんじゃないんだな〕
いくら鑑定士を行っているとはいえ、そこまで規則を貫き通して融通が利きづらい対応を取らなくてもいいだろう。こういう職業には、冒険者に対しての柔軟性、言わばユーモアが必要なはずだ。
〔鑑定士をやってるから、自分が気に入ったものかけ合わせたらこうなったってことかしら。バカバカしいわね〕
バカは言い過ぎだが、ノリでも着たくないのは確かだ。せめてどれかに統一してほしい。
数十分後、ドロシーに案内されて、隣の事務室に移動し……スターリィーの部屋の前に来た。ドロシーには入室権限がないのか、一礼してから帰って行った。
「フフフ……」
「カエラの知り合いのカータレット家だ。ちょっと話を聞いてほしいんだが……今、大丈夫か?」
「は、はい大丈夫ですよ⁉」
少し赤く染めた顔で慌てて本を閉じたが、緑の制服姿じゃなく、ビキニアーマーを着ている。横腹部分にくっついた生地から下に長くマントのような意味を果たしていない部分はあるが、仕事中に人目のつかないギルド長室で、趣味を嗜んでいたわけではなさそうだ。
「なんだそいつ」
膝の上に乗せていた丸っこいふわふわした物体が落っこちていたので、スターリィーを落ち着かせるためにもそこについて話を振る。
「魔物界で最弱のわたたんと言います」
「わたたん」
んだそれ。みんなのマスコット的な存在か? 地球でいう犬や猫みたいなペット的立ち位置なんだろうか。今までその辺の草原を歩く機会いくらでもあったが、こんな魔物初めて見た。
「触っても少しピリッと電気を感じるだけで、いくら貧弱な方でも触り続けて死に至ることはありませんよ。触ってみます?」
「ああ」
スターリィーから手渡されたが……なんだこれ。毛むくじゃらの球体だ。軽すぎて持っている感覚がほぼない。言ってた通り、不定期にピリッと来るが、電気風呂みたいな感覚で気持ちいいな。もう少し強くなったら低周波マッサージ機の代用として使われそうだ。
「初めて見たわ。よく見つけたわね」
「最近絶滅危惧されてますからね……私も初めて見たので、感動のあまり持ち帰っちゃいました」
ルミーナに渡すと、左右の手でポンポンしている。そんなことしていいのかよ?
〔昔王室で飼われていたことがありますが、いまだに生体が解明されていないので、主食もわからず二週間で綿毛のように飛んでいきました〕
マリアが残酷なわたたんの生涯を教えてくれるが……二週間の命だということは、言わないでおこう。幸いマリアが他人に口を開くような人じゃなかったので、悲しい思いをさせずに済んだ。
「これから冒険初心者講習みたいなやつをやろうとしてんだが、何か丁度いいクエストって無いか?」
「初心者講習ですか……」
書類を漁っているスターリィーは、恰好が恰好なので色んな所が見えてしまう。前にアルネスが言っていたように、露出した腹部が段差になりかける寸前までもっちり成長してしまっている。そんなところに、視線を引っ張られながらも……部屋に飾られたギルド創設時らしきイラストに目を移すと、うわすげえ。見違えるほど筋骨隆々としている。いくらイラストで誇張の可能性があるとは言っても、こりゃあアルネスから幻滅されるのもわかる。友達を失わない為にも、徐々に運動を再開してほしい限りだ。
「丁度先ほど偵察から帰ってきた案件がありまして、そちらでもよろしいでしょうか?」
「初心者ができるならいいぞ」
初心者前提で、それの偵察に行ってるスターリィーってどこまで冒険職から遠ざかったのかは知らないが……
「ここから遠く離れた地にはなりますが、悍ましい量のスライムが発生していまして、周辺住民から大変迷惑だと依頼が入っております」
スライム、か。そんな魔物相手だと余計楓の中の異世界印象がゲーム寄りになってしまうが、寧ろ明らかに魔物ってわかりやすくて丁度良くもある。
「近くに洞窟がありまして、そちらにスライムのアジトがあると予想されていますが、『小型魔物大全・銅』452ページ八行目にも記されている通り、スライムは服を溶かす個体や、体に粘着してくる個体も存在が確認されております。死体にも生命力があり、再生能力に長けているので、処理に困るかなりの嫌われ者なんですよ」
〔な、何? 小型魔物……何?〕
〔どうでもいいこと気にしないの〕
そんなつらつらと話されると普通ツッコミたくなるだろう。博識アピールを気にせず相手できるのは、同じく本を読むことを得意とするからだろうか。
「しかも生息域周辺には、一度入ると抜け出せない沼のようなスライムの死海があるので、内容自体は簡単な依頼ですが、誰からも受けてもらえずレートが上がり続け……私が出動する事態にまで発展しました」
基本的に冒険職は複数人行動。お互いの不得意をカバーし合えるように、最低でも剣士と魔法使いのペアとかになるだろう。一人だったら服を溶かされようが誰からも見られることが無いので気にならなくても、仲間に裸を見られる可能性や、仲間とくっついて離れられなくなる可能性がある、低報酬で厄介な依頼を態々受ける変人チームはいないに決まっている。
「物理的に傷付くことってあるか?」
「皮膚も溶かされた例はありますが、酷くても火傷のような症状までだと伝えられています」
全身火傷も大概だが……丁度いいかもな。死ぬ危険性はなく、似たような黒雨で予行練習はできているといっても過言ではない。
「よし、それ引き受ける。報酬は要らん」
「ホントですか⁉ ありがとうございます!」
引き受けてくれる喜びで激しく立ち上がったからか、わたたんが吹っ飛んでいる。あぁ、死んじまうぞ?
「スライムって斬ってもくっついて復活するってことだよな?」
「はい、そうですね」
「だったらどうやって始末するんだ?」
「親玉を倒すか、存在ごと消滅させるしかありませんね」
見切り発車って、まさにこういうことを言うんだろうな。全く持ってクエストクリアできる気がしない。最悪親玉を着火でもして焼却すればいいはずなんで、そこは博識のアトラや現地で情報収集することにする。
「目的地の洞窟ですが、道中にいるハッカンには気を付けてください。攻撃はしませんが、背後をずっと追いかけてきて叫び続けます。他の魔物に自分たちの居場所を常に公開しているような状況になるので、真っ先に始末してくださいね」
そんなやついるんだな。自分たちに相手を倒す能力はないから、強い魔物に倒すことをお願いし、お裾分けをもらう魔物なんだろう。人間界みたいに賢い奴も魔物にもいるんだな。
「どんな感じなんだ? 耳が痛くなるほどうるさいのか?」
「にゃー。こんな感じです」
「お、おおぅ……」
スターリィーの性格上絶対にやらなさそうなのに、ポーズまで猫そっくりになり切っている。再現に真剣過ぎて恥じらいを忘れたんだろう。
〔これは私も見たことあるわ。ミーアキャットみたいなやつよ。結構すばしっこいわ〕
確かミーアキャットは犬みたいな鳴き声だったはず。これまた感覚が狂いそうだ。
「これは別件なんですが、もし生命を失ったスライムの液体があれば、持って帰っていただけないですか?」
「ギルドの利益に貢献しろと?」
依頼に無い文言ということは、ギルドが個人的に欲しがっている物。ただでさえ報奨金は要らんと言っているのに、そこまで要求してくるのは容認し難い。
「そ、そういうことではなく……てですね?」
スターリィーはルミーナの方に視線を向けるが……何か察してほしくても、ルミーナには伝わっていない模様。
「ま、まあ、とってきてください。お願い致します」
「気が向いたらな」
そもそも死んでも復活すると言ってるのに、それをどう生命を失ったって判断して持ち帰れと言ってんだよ。存在ごと消滅させるしかないと言ったのに、話に矛盾が生じている。
〔そんな依頼聞いたことないわよ〕
〔私的利用だろどうせ〕
多分これは、ギルドのお願いじゃない。スターリィー個人のお願いだろう。痩せようとはしてるみたいなので、スライムの死骸をバランスボールの代りにでも使えないか考えたんだろう。
「鉱山なので鉱石も採れます。できれば素材集めも……」
「は? 俺は便利屋じゃねえ」
これは確実にギルドのお願いだろうが、後出しで要求して来ようと無駄だ。俺達がこの依頼を始末してやるんだから素直に感謝してほしい。
スターリィーが依頼の受付処理をした後、目的地が記された紙切れを手渡してきたので、それを受け取っていざ出発しようとするが……
「ルミーナ様とマリア様、少しお話よろしいでしょうか?」
「楓とアトラを待たせても悪い。先行ってる」
二人を指名するということは、女性絡みの話か、魔法絡みの話。俺が同席する必要はないだろう。最悪契約の恩恵で情報共有してもらう。
「マニュチュという街をご存知でしょうか?」
「エルネア王国とヴァーブォーン王国の境に位置する街よね?」
ルミーナは、マリアから念話で聞き取った街の情報を代弁する。
「はい。明日より三か国合同で魔術の祭典が行われます。私の知る限りでは、最大級の祭典です。大きな発見が無い限り開催されないので、今回行かれてみてはどうでしょうか?」
昔カエラからそのようなことを聞いた記憶があったので、どういう祭典かは何となく想像がついている。各地から名高い魔導士が集まり、誰も知らないような魔術を見せ合ったり、魔術作品の展示や、古代魔法の魔導書を始めとして、この世に数冊しかない魔導書のオークションとか行っている、魔法使いを極める以上必ず行くべき祭典だ。今回開催に至ったのは、前回アルネスとスターリィーとカエラが出向いていた古代の書物の件だろう。
今楓の異世界旅行をやっている最中とは知らないので、スターリィーはこの情報について共有してきたんだろうが……特にルミーナにしてみれば、絶対に行きたい祭典だ。開催していたことを後々聞く方が幸せだった程に。
〔萩耶、今スターリィーと話してるんだけど、明日から魔術の祭典があるらしいのよ〕
出発前に腹ごしらえをするために、三人で『シャガル ミネヴァルト』に向かっている最中、ルミーナからとても悩んでいるような念話が来た。
〔私とマリア、そこに行って来たらダメ?〕
〔寧ろ行ってきてって感じだが……それだと魔法使い誰も居なくなるぞ? 流石に魔法使いゼロはマズくないか?〕
〔そうよね……そこなのよ……〕
そんな次いつやるかわからない祭典には是非とも大魔法使いとして参加して、たくさんの情報を盗んできてほしいもんだが、俺と楓は元より、アトラは魔法が使えない。いくらスライム討伐に出向くと言っても、楓はルス語が話せないし、もし怪我した時に即時回復できる手段が無い。何よりも異界の地の人間が二名も居るので、情報隠蔽のためにも、今回の旅路には魔法使いの存在が必須。この世界、魔法にありふれているように見えて、戦闘でも駆使できるほど精錬された人物は、人口で見れば全体の数パーセント。対人魔法戦が発生するとは考えにくいが、このままでは魔法を駆使されれば直ぐに無力化してしまうのも心許ない。
〔遠隔で魔法付与できたり、魔力を予め与えといてある程度なら擬似的に魔法使えたりする魔法とかないのか?〕
あいまいな表現にはなったが、要は誰でも魔法が使える方法だ。
〔うーん、そのような魔法あった気がするけど、探してみないとわからないわね。ちょっとパブルス城に行ってくるわ〕
〔頼む〕
「まりまりっていつもより危険な方の半歩後ろにいるけど、とあたんは真横だよね。友達ポジション!」
俺が念話中でも話すことが好きな二人の会話は止まらずに弾み……
「とあたんってまりまりと違って日常会話も沢山するタイプ?」
「そうですね、マリア様はメイドのお仕事を正確無比に遂行しますが、わたくしは仕える方との相性を見て柔軟に対応しますよ。お互い、過去の影響ですね」
「へー! 両方対応できてていいね! 完璧じゃん!」
楓はグッと親指を立て、アトラはニッコリ笑顔で返している。
こっちは今『シャガル ミネヴァルト』で二人の合流を待っていたので、先にご飯を食べることにする。ここに来た目的は、楓に異世界ならではの料理を食べさせるため。異世界人である二人がここに来てご飯を食べる必要性はない。
「『シャガル』とは日本語で『お食事処』という意味なんですよ」
「へー! そうなんだ! お食事処・ミネヴァルトってことね!」
キョロキョロ見渡す楓にアトラは豆知識を教えている。ルス語覚えているのにそういう店名という認識だったので俺も一瞬マジかよと言いかけた。
「やべ、こっちの金持ってき忘れた。アトラ持ってるか?」
「もちろんです」
多大なる貢献をしていただいたので永年無賃飲食OKとか言われかねないが、あくまでここで食べられる料理に対等な金額を出したまで。その結果がここに店を構える後押しをしただけだ。無賃飲食をする気はない。
「そういや新入りって来たのか?」
「はい! 今は料理の勉強をしているところです。厨房に行けば会えますよ」
言われてみればミネヴァルトが店内を動き回っている時間が長い。接客は相手に応じた柔軟性が必要で、料理は家電産業が発展しない限り時短できないので、まずは回転率を上げるためにも料理をマスターさせてるんだろう。客席は満員でも、前より料理の提供速度が上がっている。軌道に乗ってきたらそのうちテラス席とか増席されそうだ。
「今度でいいや。今の主役は楓だしな」
「やっほー、主役のかえたんだよーっ?」
「そうですね、申し訳ないです」
アドバイス通りメニュー表はかなり見やすくなっていて、料理名だけじゃなくて想定イラスト、紹介文、値段まで細かく書かれていた。何食べるかギャンブルをする必要が無くなったので、俺はここで一番好きな肉料理、アトラは健康的な野菜料理。楓は……
「すげえな、それ……」
「うひょー! 異世界っぽい!」
チョルテュウィーリャという、ツタが巻き付いた動く目玉の料理を注文した。何のジャンルかもわからんが、人間が食べれるものではあるらしい。
「ナイフで目玉を刺してから食べるんだお~、そしたら美味しいソースが全体に広がるお!」
それ美味しいソースっていうかコイツの血だと思うが……それが広がることで美味しくなるんだろう。にしてもグロテスクすぎる。
郷に入っては郷に従えか、躊躇いなくフォークをぶっ刺して返り血……ならぬ返りソースで腕を汚しつつ、
「わぁ! 春巻きみたいな味だ!」
「面白いだろ? 見た目と全然違う味とかよくあるんだよ」
俺も今度来た時それ食べてみよう。その見た目から春巻きは連想できなさすぎる。
「異界の地での料理ということで、我々は一抹の不安と一縷の期待を胸に目玉料理と対峙する。いざ食すと、そこには想像を遥かに絶する美食が待ち構えていた。舌に伝わる味覚や噛んだ触感に留まらず、心地よい程度に香る炭火が鼻腔を擽ってくる。今までこの味を知らずに生きてきたのかという後悔と、遂にこの味にたどり着いてしまったという驚愕が入り乱れる中、また食べたいという人の欲望をかき立たせる破壊力は――」
「ナレーションやめんかい」
「ツッコミ結構遅かったね」
「俺も味わって食ってたからな」
久しぶりに食ったが、あまりに美味すぎて楓の発言が全然入ってこなかった。最近雑草が主食になりつつあるが、やっぱり肉だよな。肉は最強。この世界はパン食文化だが、金があれば高価な米や水が頼める。勝利は確定している。
「なにかそういったご職業をなさっているんですか?」
ただの楓のボケだが、楓についてあまり詳しくないアトラは食事の手を止めて質問する。
「アイドルやってるんだ!」
「アイドル……?」
「辞書に載ってなかったか?」
「載ってはいましたけど、空想上の人物または職業って書かれてたので……」
「あー……」
それは辞書作った人のせいだな。今更だけど、ちゃんと辞書としての機能果たしてるよな? 独断と偏見で構成されてないよな? 禎樹の私見が入りそうな単語だけでも精査すべきだった。
「この世界って歌ってないの?」
「ないんじゃないか? ルンルンしてる奴は見かけるが、何かのメロディーって感じはしないな」
それこそ今そこで注文取ってるミネヴァルトとかそうだ。よく鼻歌歌ってるが、フンフンフーンって感じで曲を歌ってる印象はない。
「確かにないですね。考えたこともありませんでした……」
「えぇー、つまんないー」
少し記憶を辿ってはいたが、アトラレベルの博識でも知らなければこの世界に無いと言っても過言じゃない。ジタバタする楓は、異世界ならではの曲調とか民謡にも触れあいたかったんだろう。
〔……あ、聞こえるかの?〕
……ん? 談笑しながら飯を食ってたら、いきなり念話にカエラの声が入ってきた。
〔聞こえてるぞ。どうしたんだ〕
地球で起きたら一たまりもないが、ここは魔法であふれた異世界だ。それにカエラは概念魔法使いでもある。一時的に介入してきているんだろう。びっくりはしたが、気になりはしない。
〔ルミーナから聞いたんじゃが、ヴァーブォーン国王に行くようじゃの〕
〔あぁ、地球人にちょうどいいクエストをギルドでもらったんだが、それが結構離れた場所でな〕
地図を見たところ、目的地はヴァーブォーン王国の更に東側。正直行きだけでも一週間以上かかりそうなので、どうしようか悩んでいたりする。
〔サーニャはしゅーやと並ぶ我の大親友じゃ。ルミーナに招待状を渡しておる。一度城に行って挨拶してほしいのじゃ〕
〔わかった。序に、転移現象の件も俺から言っておく〕
話の流れ的に、パブルス帝国の同盟国であるヴァーブォーン王国の王族はサーニャという人物らしいが……王族と知り合い特権発動したな。監査なしで城に入れるらしい。予定にはないが、カエラの親友なら会ってみたいな。
〔最近、パブルスとヴァーブォーンを繋ぐ列車が完成したのじゃ。なんと! 明日になったらもう到着じゃ! どうじゃ、すごかろう⁉〕
〔へぇー、そんなものできたのか〕
パブルスからヴァーブォーンまでシークで行くと何日かかるのかわからないので、どれだけ凄いか実感がない。新幹線や飛行機といった高速移動が可能な乗り物で溢れる世界出身としてはそれでも一日かかるのかよって思ってしまう。
過去に電車についての提案をした覚えはない。数年前に異世界人が独自に発明し、ようやく開発して利用開始した文化なんだろう。流石に電車レベルの駆動は魔法で賄えないはずなので、蒸気機関だろうが……この流れだと、電気の文明が開化する未来も近いかもな。少なくとも俺のような百年選手はくたばった後の世界だろうが。
〔シークで行くと退屈じゃからの、しゅーや達を乗せるように伝えておる〕
〔何から何まで助かる〕
途中何回か駅を経由するだろうが、飯食いに行ける程の停車時間はないはず。飯と水は事前調達しておこう。
〔そっちにルミーナとマリアっているのか?〕
〔総出で魔導書探しておるぞ。記憶はあるのじゃが、誰も使えそうにない魔法じゃったから、どこにしまったか覚えてないのじゃ……〕
時間さえかければ魔法の代用は可能になるんなら十分だ。やっぱり一国の城の書庫ともなれば、そのような希少な魔法が記された書物も保管されているらしい。カエラとは仲良しなので城には入りたい放題。そのうちルミーナが入り浸りそうだ。
〔見つけたわよ! エイラが!〕
するとルミーナが割って入ってきたからか、カエラとの念話が中断され、ルミーナとマリアとアトラとの契約の恩恵が再開される。
〔どんな魔法なんだ?〕
〔≪ハランズベル≫っていう代役魔法よ。対象人物に魔力を与え、尽きるまで魔法を使えるようにさせる魔法だから、莫大な魔力が必要だけど、私には関係ないわ。今日中には習得してみせるわ〕
ルミーナの得意分野だからか、並々ならぬやる気が伝わってくる。
〔使える魔法って、発動者のルミーナに依存するのか?〕
〔被魔法者に依存するので、適性が無い方であれば白魔法に限定されます〕
早速ルミーナは読書に入ったのか、マリアから返事が来る。つまりは≪トラスネス≫を始めとして、≪ラリヒリル≫、≪リフレッシュ≫、≪ラスペリファンス≫などなど、生活必需魔法なら使い放題ってことか。ルミーナが与えた魔力が基準になるのであれば、時間を許す限り与え続けることができる。いくら楓が魔力の制御が下手でも、今回の旅路で尽きることはなさそうだ。
〔問題があるとすれば、地球の方々が魔法の仕組みを理解できるか、ですね〕
〔多分大丈夫だと思うぞ? 俺も何となく思い描いたら石を灯すことができたからな〕
一応地球人にも魔力を吸収して保有できるサイクルがあることは判明している。楓の想像力は言うまでもないので、なんとでもなるはずだ。
〔魔法が使えん俺が言うのも烏滸がましい話だが、せっかくだし楓にもなんか魔法で攻撃させられる手段をあげることはできないのか?〕
現状、クエストには参加するが、楓は一般人。護身術やそれなりにパンチやキックはできても、対人前提で習得したものでなはない。当たり前だが、剣の心得もあるわけないので、見る専門になるだろう。どうせなら魔法技術を駆使して、何かさせてあげたい。
〔≪アテシレンド≫で攻撃するのはダメですか?〕
〔味気ないっていうか、もっと魔法感が欲しい〕
具体的な案を言えと言われても思いつかないので、無責任な発言にも程があるが……
〔歌で攻撃ってのはどうでしょうか?〕
〔いいねそれ。なんかあるか?〕
〔≪ベネツライツ≫と概念魔法を組み合わせれば実現しそうですが、既存の魔法がありそうです。後ほどお嬢様にお聞きします〕
魔法の組み合わせで実現可能ということは、既に合体した魔法が存在するということ。魔法使いの考え方も一緒で、みんな楽できることなら全力で試案するんだな。
「おーい、しゅうやーん?」
「……あ、あぁ」
全然飯に手を付けずにぼーっとしてたからか、心配した楓が下から覗き込んできている。
「大丈夫? 生きてる?」
「ちょっと魔法で連絡が入ってたもんでな……」
「わ! ハイテク!」
確かにこれはハイテクかもしれないが、プライバシーのクソもないので地球では流行らないだろう。
「どうやら魔法の祭典があるみたいで、ルミーナとマリアとは途中でお別れだ」
「えぇー! 一緒に行きたかったけど、しょうがないねぇ」
いつの間にか二人とも完食していたので、俺もなる早で飯を食い……
「これから経由地まで移動するのに一日かかるらしい。そこから更にクエストの場所まで移動しないといけないから、殆ど移動の旅になりそうだ。せっかくの異世界なのにすまんな」
帰りは一度見た場所になるので、ルミーナ依存の魔法でひとっ飛び。これができるだけでどれだけ気が楽なことか。
「ううん、それだけ広大な場所ってことだもんね! それにみんなと居れば楽しいから大丈夫だよ!」
いつでもキラキラ笑顔の楓はほんとにいい奴だ。この世界には娯楽が無いので、景色でも見ながらアトラと異世界交流に華を咲かせるとするか。
列車は今すぐ出発することはできず、それなりに時間がかかるみたいなので、必要になりそうな道具を買い漁ってからパブルスをぶらぶらして時間を潰し、第一広場の噴水前でルミーナとマリアと合流した。異世界に滞在中、自分が魔法使いの代役を務めることになり、歌で攻撃できると言われて楓は大喜び。テンション上がりすぎて何故かシャドーボクシングしていた。
パブルス帝国の紋章がシーリングスタンプ代わりになった手紙を受け取り、何だかんだ初めてパブルスの外壁の外側にある街に訪れた。列車が止まる駅を障壁を破壊してまでパブルス内に製作するのは防衛面が懸念されたので、こっちに設立されたそうだ。
パブルス随一の繁華街から出ると、尚も広がる街並みがゴスラーのような白黒が特徴的な建造物に変化していく。その中で一際目立つ教会のような建造物が、どうやらパブルス帝国側の終点駅のようだ。
「この辺りはシークの侵入が禁止されているので、転移魔法先として使われるようですよ」
アトラの解説を聞きながら広場の中央の方に視線を向けると、丁度四人組がワープしてきたところだった。地球では見られない光景に楓は指差して驚いている。パブルスは住民ゾーンへの直接転移はカエラが許可した人のみが可能なので、実は中々お目にかかれない光景だったりする。パブルスで、という要素があったので俺も少しびっくりしたな。
魔法は調理や運搬など日常動作に用いられることがあるので、完全に制限することは不可能に近い。しかしカエラレベルの魔法使いになれば大規模な制限をかけることが可能なので、いきなり敵が目の前に現れるという可能性だけ潰したような感じだ。俺も寝てたり飯食ってるところにいきなり剣突きつけられるのは嫌だ。少人数で城を切り盛りしているからこその特色と言えるだろう。
「この辺りも凄いよねー、お金持ちって感じ!」
「日本は上にでかいがここは横にでかいよな」
ヴァーブォーン国王の人々をもてなす為にか宮殿を思わす絢爛豪華な駅構内は、アントワープ中央駅を彷彿とさせる。地球にもある似たような景色と一致してしまうと、相変わらず周辺との調和が可笑しく思えてしまうな。
「うおーっ! これってバロック様式じゃない⁉ すげー!」
俺的には楓がバロック様式を知っていたことにすげー、だ。
「不思議よね、中世ヨーロッパに似てるところが多いから」
地球のあれこれを学んだルミーナも改めて謎の親和性に苦笑いしつつ、観光客丸出しで構内を進んでいく。
パブルス帝国は人種差別が無い。色んな人種が行き交う中、一直線で他国に行ける唯一の手段だからか、殆どの人が大荷物を背負っている。出来立てだからかもしれないが、観光利用より商用利用って感じだ。
「あっ! みなさーん!」
すると遠くから聞き馴染みの声がしてきた。視線を移すと、手を振りながらルナが駆け寄ってきている。
「久しぶりだな」
楓は次々と知らない知り合いが出てくるからか、ルミーナに「誰―?」と聞いている中、
「ルナが運転やってるのか」
「はい! 後に民間の所有物になりますが、今はまだ王族の所有物なので」
ミミアント商会の運転担当であるルナが電車を運転するのは、この上なく安心感がある。初めて見たはずなのに、不思議と薄緑が特徴的な駅員らしい制服にも既視感がある。
「主に荷物を運搬するためなので、今回で五回目の走行になりますが、危険な乗り物ではないので安心してくださいっ」
カエラ達王族には俺の正体を明かしたが、まだミミアント商会には言っていない。こういう乗り物が蔓延る世界なので恐怖も違和感も何もないが、ルナはちゃんと安全であることを教えてくれる。
「蒸気機関車だ! すげー! しゅうやん見て回ろうよ!」
元気な子供みたいに俺の腕を引っ張って今にも走り出そうとしているので、
「まだ出発まで時間あるよな?」
「はい! 先程始動の準備を始めたので。みなさんの積荷が落ち着いてきたら出発前の合図を鳴らしますので、そのタイミングでも大丈夫です!」
大荷物を背負って行き交う人々は、どうやらヴァーブォーン王国へ送る物資を運んでいたらしいな。
蒸気機関車が動き出せるまでは後二時間ぐらいはかかるはずなので、この辺りも十分に見て回れるだろう。俺も初見なので、のんびり異世界旅行らしく観光する。
蒸気機関車の構成は、一両目と二両目が所謂客室。一両目は部屋のような作りになっていたので、主に運転手の休憩用や、貴族などのお偉いさんが滞在する場所だろう。二両目はボックス席が四つ用意されていて、半分は仮眠が取れるスペースになっていた。今回カエラ直々の依頼だからか、俺達以外の乗客はいない。一、二両目貸し切りだ。ゆくゆくは二両目の仮眠スペースが座席に置き換わったタイプが数両連なる予定で現在誠意作成中らしい。六両編成で、残りは全て屋根なしの荷物置き場。最後に上からシートを被せておしまいだ。
「何あれ」
「すごいとこに着眼したな」
駅を出るなり外観を見渡した楓は、壁の随所に鎮座している謎の彫刻を指差している。宗教的な彫物に見えるが、知る限りパブルス帝国にそういう概念は存在しない。見た目が魔物過ぎるが、位置関係的に樋嘴だと予想する。
「雨樋ですね。鳥類に巣を作られないように天敵を模して造られています」
「おー、この世界だとトゲトゲがあーなっちゃうんだ」
ルミーナとマリアも知らなかったようで、アトラの解説を聞いて一同揃って興味深そうに彫刻を眺める。見た目は好きじゃないが、あれ異世界の家に作ってもいいかもしれない。聞いたことはないが、現状そういうトラブルはメイドであるマリアやアトラが対処してくれているんだろうし。
「因みに商店には必ずランタンを設置しないといけなくて、その明かりが灯っていれば営業中だと分かるようになっていますよ」
「おぉ! ホントだ! ずらーっと並んでる!」
改めて周辺の建物を見渡すと、パレルモ旧市街の家々のように華やかな看板や観葉植物などが見て取れる。普段目に入らない場所なのに徹底してオシャレだが、実際には住居者の趣味やその店の程度を示す装飾なんだろう。
「この世界電気が無いからさ、夜になったら誰かが光る石を灯してくれているんだ。繁華街ならずっと明るいが、意外と真っ暗な道もあったりするんだよな」
「へー! 魔法使い様様だね!」
厳密には魔晶石を灯すぐらいなら魔法が使えなくてもできるが、明るさの強さとか持続力がまちまち。繁華街は冒険職がよく通るので、力のある魔法使いが触れると夜が明けるまで光りっぱなしだが、特に住宅街とか裏路地は10分程度しか持たないことも多々ある。
「シミュラクラ対決したら面白そう!」
「なんだその対決」
駅の散策を終えているので、みんなで顔っぽく見える場所を見つけては笑いつつ、周辺散策をしていると駅の方から鐘の音が鳴り響いてきた。クラクションの仕組みはまだできてないようだが、鐘の方が耳につきやすいし危機感を煽りやすいかもな。
両手広げて走ってく楓に遅れて全員列車に乗り込む。
「ライラも来るのか」
「すみません、水を差すようで」
「路線周辺の安全確認と、ヴァーブォーン王国のギルドに用事があるとのことで、勝手ながら招待しました」
この列車は私利私欲で動いているんじゃない。寧ろ増えたのが知ってる人で良かった。知らん貴族とかだったら楓も居る手間面倒くさいからな。
「わぁ、イケボだ」
「気にしたことなかったな……」
「イケボ……?」
俺が人を戦闘能力で判断するなら、楓は人を声質で判断するようでお互い職業病が出ている。当の本人が住む世界にはイケボという単語自体が存在しないからか、何一つピンと来てないが。
周辺から人々が離れたことを確認したルナは、
「それでは出発しますね」
俺達に向けて一礼してから、機関室の方に向かって行った。
ロイヤルクレッセントのように並んだ家々が疑似的な外周壁を模っているようにも思える中、この列車はパブルスを体感三時ぐらいに出発して平野をひたすら進み、途中の田舎町や鉱山、港町を経由して終点・ブァーボーンに到着する。過去四回の実績だと、ルミーナとマリアと別れる田舎町にある駅につくのが今日の夜、ヴァーブォーンにつくのが明日の昼ぐらいとのこと。進行速度は一般人がチャリを漕ぐ速度より早く、いくらラジアシークで全力を出しても追いつけはしない程。でも地球の電車程早く無ければ、原付バイクで勝てるぐらい。景色もだだっ広いせいで全然進んでいる印象が無い。
窓を開けて心地よい風が入ってくる中、ルナは運転に勤しみ、ライラは一両車の方で仕事に励み、ルミーナは楓に魔力を与えるため≪ハランズベル≫をかけ続けているので、他のことをする余裕がない。俺と楓とマリアとアトラ四人は、見える物縛りのしりとりをしたり、楓が外郎売を披露したり、歌を教えたりして過ごす。因みに魔法で賄われるので風車はほぼ見ないが、羊や牛のような生き物が放牧されていたり、麦らしき食物が育てられていたり……牧歌的で全然景色が変わらないせいで、見える縛りが窒素とか意味わからん領域まで行ったので、途中からオセロのトーナメントをしたが、アトラの圧勝だった。三人の頭脳をかけ合わせてもアトラには一勝もできなかった。
「じゃじゃーん!」
紅茶で一息ついた後、楓はギターやピアノを取り出していく。
「それで大荷物だったのか」
異世界には旅行としてやってきているので、隙間時間に楽曲制作に励むためというより、皆に特技を披露するために持ってきたんだろう。
「これが音を奏でる『楽器』というものですか……?」
「ああ、そうだな」
禎樹作の例の辞書には各楽器についてまでは触れられていなかったのか、大した知識は持っていないようだが、気にはなっていたようでかなり興味津々。
「あれっ? この世界って楽器の概念もないの?」
アトラの発言が予想と反していたのか、どういうことだと問いただすような視線を向けてくるが……確かにこの世界で歌唱だけでなく楽器の音色も聴いた覚えはない。そういう機会もなかったとはいえ、アトラとマリアですらぽかんとした表情である以上、もう答えを言っているようなもんだ。
「ルナも初めて見ました。触ってみてもいいですか?」
「いいよ!」
丁度一休みに来ていたルナも目をキラキラさせてギターとピアノに触れている。商社の人間でも見たことがないなら、近い将来出てくることも無さそうだ。
「長旅の気分転換とか、戦場で指揮上げたりとか、この世界ならではの楽器に出会えるかなーって思ってたんだけどなぁ」
「この世界魔法があるのと魔物が蔓延るせいで地球とは違う方向に文明が発展してるっぽいんだよな」
電気ガス水道の供給が全て魔力関連で賄われている時点でお察しだ。仮にこの世界で音楽を広めようとしたところで、一大産業になる可能性はそう高くないだろう。
「わあ! 音が鳴りました!」
「弦を弾くと振動で音がなっているのでしょうか……面白いですね!」
ギターを横に置いたまま弦を軽く押すように触っているだけの二人は、知っている人が見るととてもギターを弾いているようには思えない。ピアノに至っては電子なので、音が鳴る構造が想像できず二回以上触ろうとしてない。知らない物への恐怖と好奇心が入り混じる初見の反応は見てて自然と笑顔になる。
「今の時代楽器弾けなくてもパソコン一つで全部作れちゃうけど、ボクはこういう生の楽器が好きなんだよね~」
楓はギターを手に取って優しい歌声で弾き語りを始めた。この疾走感のない車窓からのんびりとした景色が広がる異世界にふさわしい優しいメロディー。今まで聞いたことが無い。ここに来て楽器初対面の人相手に伝わりやすく、親しみやすそうな曲を新たに即興で作りやがった。
「すげえ……」
「え? しゅうやんが驚くの?」
「いやまあ……ね?」
音楽の文化が無い異世界人にとっては楓がどれだけ凄いのかわからないので、こういうものなのかと認識したような反応を示している。ルナに至っては途中から機関室に戻った。俺が驚かないで誰が驚く。
「せっかくだし体験しよう!」
そう言って楓は小さい鉄琴をアトラに渡し、鍵盤ハーモニカをマリアに渡す。自分はリコーダーを手に取った。
「自分のセンスでいい感じに叩いてみて」
すると楓が即興で主旋律を奏で始める。広大な草原を呑気に散歩しているような、優しいメロディーだ。そこに戸惑いながらもアトラとマリアがちょっとずつ音を挟み込んでいく。全く音階とか意識せずにそれとなく適当に叩いたり押しているだけなので、その時々不協和音のようにも聞こえるが、楽器の選択的にこの粗削りな感じも寧ろ味になる。
何も強要せず、知識ゼロの人から、雰囲気に合った曲で新たな刺激を自然誘発させる。楓は自分が音楽を愛しているだけでなく、他人に音楽の素晴らしさを伝えることも得意みたいだな。二人ともわからないなりにも楽しそうだ。俺もギターで乱入しよ。
それからアトラが楓に真似て歌ってみていたが……あまりに美しい歌声過ぎて楓が過去一レベルで口を開いていた。当の本人はちょっと教わっただけでちんぷんかんぷんだからか、戸惑っていたが……アトラと音楽的にも繋がれたのはいいことだろう。異世界に関する知識を該博しているので、楓の新たな引き出しを見出してくれるはずだ。
道中魔物が来た時、楓は即興で激しい戦闘曲をギターで弾いていたが、ライラが魔法で瞬殺したせいで五秒ぐらいしか聞けず即終了。吟遊詩人の布教はできずじまいとなった。でもアトラのキラキラした反応が気持ちよかったのか、音楽ゲームを破壊するために書き下ろした再現不可能レベルのピアノ旋律を披露したり、スラム奏法でリズミカルなギター演奏を披露したりと、中々見ない一面を見れた。少なくとも楓は俺と同じく脳みそが一つの民族ではないと思い始めてきたが。
マリアが≪スレンジ≫に収めていた夜ご飯を変わり万古でみんな食し……
「ラズザペリオ。んんー……果物禁止! 青くてトゲトゲした果実ですね」
「オムライス! 連想! 卵とお米の料理だよ」
「ガーペル、しりとりで。オムレツみたいな料理よ」
「る、る……また『る』か……」
「地球は『る』が弱点だよね~」
異界の物共有ということで、一同揃って絶賛しりとり中。後数回はやりそうだ。
この世界にしりとりの文化はあったが、地球と同じく一生終わらないのが良くも悪くもだったので、ワードの後に『しりとり』か『連想』か『条件』を指定して、大体一分ぐらい出てこなかったら負け、という魔改造を施したが、それでも結構続く。何ならお互い分からないワードで繋いでいくので、不正と疑ってどういうものか説明してもらって……でテンポ感最悪。ただ情報共有のゲームとしてはかなり楽しめている。
「そろそろ着きますよ。予定より長く止まりますね」
あたりが真っ暗になってようやく、ルミーナとマリアと別れる駅についた。
「私達、祭典が終わったら≪レベレント≫で帰るわ。そっちも、家を見てるはずだから楓が使えるはずよ」
「何かあったらヴァーブォーンからパブルスに手紙飛ばすわ。カエラなら概念魔法でルミーナとマリアに繋げられるからな」
これから二人とは契約も中断されるので、今一度要点を復習しておく。
アーリントンロウのようなこの田舎町には駅と隣のギルドらしき施設しか光が灯っていないので、二人は今日野宿だろう。ルミーナは経験者だし、マリアは種族上寝なくてもいい。宿の心配はいらないな。
「止まる駅、どうやって選定したんだろうな?」
一息つくライラとルナにふと気になったことを投げかけてみる。
「場所に拘りは無く、一定間隔に休憩ポイントを設けたとお聞きしています」
「基本何かがある近くですね。物流にメリットがある場所に作られました」
「え……?」
「……あれ?」
ギルドの視点と商人の視点で解説したからか、意見が食い違ったことに顔を見合わせてキョトンとしてしまう。
「……すまんな、思いつきで聞いて」
「いえいえ! 今後の為にもカエラさんに聞いてみますね!」
通常国内で賄いきれないものは他国と貿易して補うので、中継地となる村は整備しておかないと行商人が行ってられない。物流革命を起こすために作られた鉄道であれば、何らかの意図があって停車駅が定められているはずだ。パブルス帝国は居心地がいいので、こういうノスタルジック……いや、貧しさが残る街にもどんどん脚光を浴びせて欲しい。
「楓、お風呂入りたい?」
別れ際にルミーナは何かを思い出したかのように振り返り……
「え⁉ 入れるの⁉ ――うぇ⁉ お肌ちょーすべすべだ⁉」
楓に対して≪リフレッシュ≫を使ったらしい。物理的にシャンプーとか使ったわけじゃないのに、風呂上がりの楓からよく香るいい匂いまでしてやがる。何が起きたか一般人にもわかりやすいように、敢えて再現度を上げてきた。
「今日は無理だと思ってたよー、るみるみ最強! またねー!」
ジャンプしながら手を振ってる楓の真似……とまではいかないが、他四人も二人に向けて手を振った。
「俺達も貰えばよかったな」
「ですね」
体感九時頃、再び進みだした。今日は色々あって疲れも溜まっているだろうということで、場所を仮眠スペースに移動し、足を崩して雑談タイム再開だ。
「いくら魔法が使えなくても、白魔法の≪リフレッシュ≫ぐらいできるんじゃね?」
人類は誰でも魔力を吸収し、保有できる。その差によって優劣が決まるものの、白魔法は全員が等しく使える魔法だ。俺――というか地球人には、切り傷を修復させることすらできないが、現地の人の非魔法使いはどれぐらいの規模感で使えないのか知らない。
「魔法って失敗したらどうなるの? ドカーン?」
「いやいや……不発になるだけだ」
そんなリスキーな技だったら誰も気軽に使おうとしない。
「だったらチャレンジあるのみだね! とあたんいけぇー!」
「はい! 頑張ります!」
アトラが何となく俺に掌を向け、魔法を出そうとして少し踏ん張ったかと思えば……ボフン。今、ボフンっつった。
「……」
「……」
「あははははははははははははは‼」
え、えぇー……アトラさんなんか顔真っ赤にして耳と尻尾出ちゃってますやん。ここで獣が目覚めると一溜りもないぞ。
楓がずっと俺を指差したまま腹抱えて笑っているので、その先……自分の頭を触ってみると。
「え?」
俺の髪の毛、逆立ってないか? 全部。
「しゅうやんサイコー! 永久保存! 宣材写真これにしようよ! あはははは!」
異世界なのになりふり構わずスマホで激写してくる。それ、俺と楓だけの秘密にしてくれよ? いくら異世界コスプレと言ってもこの状況を説明するのがめんどくさすぎる。
「……何してるんですか」
「俺の台詞だよ」
「すっ、すみませんっ!」
こっちがあまりに賑やかだったからか、ライラとルナが様子見に来ちゃったよ。
「ライラって、魔法使えるか?」
ルナは髪の毛が逆立ちした俺と獣人みたいな耳と尻尾を露わにしたアトラを交互に見て処理が追い付かなかったのか、全然返事が返ってこないが……
「はい、それなりには」
「すまん、俺とアトラに≪リフレッシュ≫をしてくれ。失敗したらこうなった」
「≪リフレッシュ≫の失敗ってどういうことですか?」
「すっ、すみません……」
俺の仕業だと思われていたようだが、アトラが謝り続けるので少し困った表情。アトラを詳しくない人からすれば、魔法が一切使えない人だとはわからないからな。
疑似的とはいえ、風呂に入れば一日が終わりを迎える感覚がする。大きなあくびが出た。
「……お眠? 実はボクもなんだー」
横になった楓は、隣をポンポンしてくる。もう、就寝時間だな。アトラが空気を読んで、部屋の明かりを豆電球程度まで落とした。
「空綺麗だねー、地球の田舎よりすごいよ」
「気にしたことなかったな……」
「東京は地上が明るいけど、異世界は上空が明るいんだね~」
言われてみれば、確かに凄い。ラメをぶちまけたレベルで星が見えるので、もはや体調によっては気持ち悪く感じそうだ。
「ん? あれアルタイルじゃね?」
よく見れば、プラネタリウムで見たことある星座がちらほら一致する。やっぱり地球とは他の惑星ってだけで、この世界は宇宙のどこかに存在しているのだろうか。
「デネブだね」
「ならあれがベガか」
「アルタイルだね」
「てことはあれが――」
「ベガ!」
「詳しいなァ⁉」
反射的に上体を起こして笑う楓と空を順に見る。こちとら何年生まれか忘れるぐらいで、自分の星座や干支なんか分かりっこない。日常衣食住に活きない星座なんかわかるはずがない。
「もし夏の大三角形であれば、地球と異世界の距離感は遠くても一光年ぐらいですね」
「つまりどういうことだ? 同じ見た目だから地球から割と近い位置にあるってことか?」
偶々見つかっていないのか、見つからないようになっているのか。水金地火木土天海冥のラインナップに入る可能性があるんだろうか。
「10兆km以内にはあるよ!」
「じゅ……は?」
時価総額でしか聞かん単位出されても全然想像できない。一万円で割ればいいんだろうが、その束が莫大過ぎて想像するのさえ面倒だ。
「オーロラも見れますよ。この辺りは街が無いので……あの辺りなんか」
「おぉー、オーロラ目撃者の実績解放だぁ」
俺の思考が停止したからか、同じく上体を起こした二人は他の現象を眺めている。我を取り戻して同じ方向を眺めてみると、ウェーブのような謎の輝きが見えた。あれがオーロラか。ていうか流星の頻度も凄いな。この惑星の周辺はどうなってんだか。
「どれが地球かなー?」
「星として見えればいいけどな」
また俺の思考を止めようとしているのか知らんが――あんまり星には詳しくないが、地球は恒星じゃないので他の惑星から星としてみることができるのか知らない。仮に太陽の影響で見えるとしても、まだ届いていない可能性や暗すぎる可能性すらあるだろう。
俺と同じで星がありすぎて少し気持ち悪くなってきたのか、寝転んだ態勢に戻り……
「しゅうやーん、純粋な質問していい?」
俺の方に体を向けてきて、声量もアトラまで聞こえる程度のヒソヒソ話にしている。
「異世界でもしゅうやんの周りに女の子しかいないのって、この世界も女の子が強いから? それともしゅうやんが男だから?」
今日異世界を見て感じ取ったことを質問してくるのかと思っていたが、想像と全く違い……
「どうなんだろうな? 個人的には後者だと思うが、パブルス帝国の王族は全員女だしな」
ゆくゆくは契約の恩恵を求めることになるとわかっている今は、異世界で男と仲間になろうとは思わないな。キスとかハグを男とするぐらいなら、まだ女とした方が精神衛生上も良い。
「オルレラン公国の貴族や王族は男性の方が殆どですよ」
「地域差か……」
つまり、俺が男だからってことになる訳で……
「ボクが、一番かわい……」
何を言おうとしたのかわからないが、楓は寝落ちしたようだ。やっぱり、刺激的な体験が多くて疲労がたまってたんだろう。明日もあるから、今日はしっかり休んでほしい。どうせ明日の昼頃までは移動だけだし、いつ起きても問題ない。
「うふふ、かわいいですね」
「だな。一番かわいいと思うよ」
きっと、誰が一番可愛いか聞きたかったんだろう。正直こういう戦闘業界には、可愛い奴はいないだろう。何より、認識が全てカッコいいに置換されるはずだ。だから俺の中で一番可愛いのは、楓。消去法っぽく聞こえるが、誰か聞かれても真っ先に出てくるのは楓だろうよ。
「生まれ変わったら楓みたいな性格になってみたいもんだ」
「萩耶様は今のままでも素敵ですよ」
「そりゃどうも」
アトラは地球には来ないので、こうして話す機会はめったにない。それでも素敵だと思ってくれることには光栄だな。難しい感情表現ではなく、『素敵』って俺にも伝わりやすい言葉選びをしているところも好感持てる。
俺もそろそろ寝たいので、楓を起こさない為にもルナに報告しに行く。
「楓が寝たから俺達もそろそろ寝ようかと思うが、そこ一人で大丈夫か?」
まだ列車というものがこの世に出た初号機だからか、機関室の中は窓が開いていても五十度以上ある。暑すぎて眠気が一瞬で吹っ飛んで行ってしまった。
「はい! 大丈夫ですよ! ルナのお仕事なので」
そうはいうものの、ワンオペなので全身汗だくで服もびしょびしょになってまでそこに居続けてるが、倒れてもらっては困る。
「何かアクシデントあったら遠慮せず黙って俺の体蹴っていいからな」
楓には今回の旅をハッピーな印象で終わらせたい。その為になら、裏で一睡も出来なかろうが問題ない。
「私も居るので問題ありません。お客さんなのに助太刀はさせませんよ」
一両車の方から双眼鏡のようなものを持ったライラがやってくる。暗闇でそれを使えるってことは、魔法で暗視機能でも搭載されてるんだろう。
「ギルド職員って、魔法とか剣術にも長けておかないといけないのか?」
「当然です」
純粋な疑問に対してそこまで毅然に答えられると気に障ったのかと思ってしまう。この際だし、少しスターリィーについて聞き出してみる。
「ギルド長、ギルド副長クラスでも要るのか。てっきりギルドとしての能力値が高い人なのかと」
「ギルドとしての能力値もそうですが、ギルドの代表となるので、期待を裏切らない戦闘能力が必要になります。当然、日々の訓練は欠かせません」
「スターリィーさんは英雄ですからね」
恰好のせいで鍛え上げられた肉体であることは直ぐに見て取れる中、ルナから聞き捨てならない単語が出てきた。
「そうなのか? バカで申し訳ないんだが、何をした人なんだ?」
「エルドギラノスの襲撃を、たった一人で守り抜いた英雄です」
「寝ずに食べずに、飛び回るエルドギラノスを撃退しました。実はルナ、憧れて一時期冒険職をやっていました」
それで商社に勤めているのに罠やクロスボウを使ってるのか。いくら移動販売時の護身用といってもやけに本格的だった。
「当時下火だった冒険職にかなりの影響を与えたので、象徴となるようにすぐさまギルド長として就任されました」
この世界で冒険職が下火になる状況は中々に想像できないが……魔法使いじゃなく剣士のスターリィーが、空を縦横無尽に動き回るエルドギラノスを撃退したのは偉業だろう。俺とルミーナも二人で倒したとはいえ、魔法で地に落とし、一方的に攻撃しただけだ。スターリィーが撃退した魔物を、知らない二人組がいきなり死体で持ってきたらそりゃ驚かれるか。
「今がどれだけ面影が残ってなかろうと、この偉業は未来永劫語られるでしょう」
「ぶっちゃけ、見た目だけでも維持してほしいって思ってるだろ?」
「当り前ですよ。ギルドのトップとしての激務と並行できないのはわかりますが、私の憧れでもあったので」
悔しそうな表情で今は憧れじゃないみたいな口ぶりだ。お前らが勝手な妄想で作り上げた理想像を強要するなよって言ってやりたいところだが、実際にエルドギラノスと対峙したことある身としては、当時の条件に合わせると英雄と称されるのは妥当だと思う。
自身がギルドの副長を務めていることもあって、どれだけ仕事に追われているのか大体予想がつくんだろう――でも多分、ライラはこうして外での仕事を担当しているから運動する機会があっても、スターリィーは事務処理に追われて内勤業務しかやってないはず。そういう部分で、少しずつ差が生まれていく。それこそ結奈――フレームアーマーみたいな一日のスケジュールは、今もその道を極め続けて必要とされていないとやろうとはしないものだ。
「まだ本人にこのままじゃいけない、英雄としてのあるべき姿を保つべきって意思があればいいけどな」
今の仕事をやりたくてやっているのか、英雄という地位の影響でやらされているのか、本人じゃない以上どっちかわからない。やりたくてやっていたらガヤが口出す必要はなく、それでも推せる人が付いて行けばいい話。冒険職の象徴人物としてギルド内に鎮座するのではなく、英雄として実際に討伐活動を行ったり、もっと大衆受けすることすりゃいいのになとは思うが、考え方は人それぞれだ。よく禎樹が推しを語る時に似たようなことを口にするが、それの意味が理解出来た気がする。
地球には、痩せようとして行動を起こしても全然痩せれていない奴もいる。そいつと違ってまだ行動を起こしてすら無さそうだが、その意思さえ無くなれば日常生活に現れてくるので、見れば直ぐにわかるもんだ。スターリィーは……どっちだろうな?
「そういう歴史があったからこそ、いきなりお二人でエルドギラノスを持って来られたときはどこで拾ったのか、どこの生態系が狂ったのかなど、多くの謎が生まれましたよ」
「えっ⁉ エルドギラノスを倒したんですか⁉」
「あー……」
あの時の騒ぎはこんなバケモンを討伐したことだけじゃなく、生態系や自然環境の懸念もあったからだと判明したのはいいものの、そんなこと知らなかったルナが過剰反応してしまった。
「この際だから言っておくが、その辺の魔物倒しまくってたらいきなり現れたんだよ。そこでルミーナが魔法で地に縫い付けて、後はタコ殴りだな」
生態系を狂わせるどころか頂点も潰してしまったので、あの辺りでは生態系の再構築が始まったんだろうが、ドラゴンがわんさか居るとは思えないので、悪影響は出なかったはずだ。今更ながら事実を伝える。
「すごいです……っ!」
「すごいで片付けられることじゃありませんよ……」
ライラはため息をついて呆れているが、一度冒険職を経験したルナはキラキラした瞳で見つめてくる。実際俺一人だと何もできなければ、ルミーナ一人なら殺したい放題なので、株を上げるならルミーナにしてくれ。
「靴下で財を成したミミアント商会や、次期帝王の一行などと、無名なのに着実に有力な方々と縁を広げていくのも不思議と納得できます」
「ミミアント商会は教えてもらったが、カエラ達との出会いは偶々だけどな」
振り返ってみるととんとん拍子でここまで知り合いの輪を広げてきたが、異世界活動に於いてキーパーソンである割合が確かに多い気がする。これに関しては当事者としても謎だが、戦力が最重要である世界である以上遅かれ早かれ訪れていた運命だろう。
運も実力のうちとか言われて深堀される前に、
「水分補給忘れんなよ」
「はい! おやすみなさい」
聞きたいことは粗方聞けたので二両目に戻る。いつの間にかアトラも寝ていた。楓を守るためか、優しく手を握って。割って入る気にはならないので、空いたスペースで寝るか。
翌朝、目覚めると既に起きていたアトラから手招きされ、楓に気づかれないうちに契約の更新を行い、五人全員で朝食を摂った。
「服何着も持ってきたんだな」
「女の子だよ? 旅行なんだし可愛い服いっぱい着るっしょ!」
≪スレンジ≫に荷物全て収めていた楓は、仮眠スペースを使って服を着替えたりヘアアレンジに励む。異世界には化粧の文化がなければ、服装は自身の生活・戦闘スタイルや魔力適正を元に見繕う。美容系は全て≪リフレッシュ≫で賄われるので、基本的に服を着替えて人によって髪を束ねるだけで済む。対して地球は、この手の文化があまりにも豊富。最近は男でもするらしく、言ってるとキリがない。
「楽しそうですね」
「認識の違いって怖いよな。めんどくさそうにしか思えん」
≪リフレッシュ≫の使用が根付いたからではなく、昔からちょっと外出する程度ならパジャマにサンダルでもいいし、寝癖がついてても気にせず外に出る質だ。流石に度が過ぎてたら一度風呂入ったりするが、≪エル・ズァギラス≫のせいで髪の毛跳ねは慣れっこだったりする。
化粧するぐらいなら運動するアホな学校に通いつつも、楓はアイドルが本業。普段楓とかえでを区別するために化粧しているが、気にする必要が無い時は完成されすぎた素のままでいる。それでも美容は異世界旅行中も欠かさず、関連グッズを展開して鼻歌まじりにお出かけ準備を一時間ぐらいかけて整える。これを毎日やってるとか尊敬する。
今日の楓は、昨日とは変わって遊園地に遊びに来たがきんちょみたいな恰好をしている。異世界らしさは大分薄れたが、ドレープ感はなく、短パンにお腹も出してる。動きやすそうなのはいいことだ。その小さな帽子と小さなポーチは数時間後には収納されてそうだが。
何にでも興味を持ってくれるアトラが楓をずっと見ていたからか、二人揃って髪の毛を編み混んでいる。楓ではなくアイドルのかえでの方はよく髪形を変えるので斬新さは抱かないが、汚れ作業の時に髪をまとめるぐらいしかしなかったアトラがここまでヘアアレンジしているとギャップが凄い。
「もうすぐヴァーブォーンです」
ルナの案内を聞いて窓から列車が進む先を見ると、ヴァーブォーンらしき街並みが徐々に大きく見えてき始めた。
「……あれか」
「おぉー! なんかオシャレ!」
「ヴァーブォーンは水の都です。この目では初めて見ました」
楓は中央にあるアート作品のような曲線的な建造物のことを言っているんだろうが、多分あれはこの国の城だろう。これで四種類目だが、どの町の城も全て中央に位置している。
水の都と呼称されるのも納得できる程にトラス橋の数が増えきた。U字型の川に囲まれ、城壁みたいな奇抜な見た目の橋と合わせて弓矢のようなシルエットにし、終点のヴァーブォーン駅に到着だ。こっちもパブルス帝国をもてなす為か、かなり豪勢な駅舎だ。地球で言うキングスクロス駅にかなり近い。外観はケルン大聖堂なので違和感がすごいが。
「ヴァーブォーン、上陸!」
ジャンプして電車から降りた楓に続き、ルナ以外の全員が下車する。
「ルナはこの駅にいますので、お帰りの際は声かけてください」
「すまんが帰りは魔法でひとっとびだ。俺達の為にありがとな。ゆっくり休むんだぞ」
「私もこれで。ご武運を」
「じゃーねー!」
それぞれ目的が違うので、ここでお別れだ。楓はアトラのカーテシーを真似してたが、放たれるオーラに格の違いを感じた。
「とりま飯か? 先に王族と会うエネルギーあるか?」
「飯ィ!」
「美味しいお店が見つかるといいですね」
何だかんだもう体感一時ぐらいなので、ヴァーブォーンの散策がてら飯食ってから城に向かうことにする。
この街は、獣人が多い。すれ違う人の頭に耳が生えていたり、尻尾がある確率は七割強。首都なので冒険職っぽい見た目の人もかなりいるが、それすらも獣人なので俺達はかなり浮いている。しかも民族衣装が――人によってシースルー生地があったり、露出箇所が多かったり、魔力吸収に応じてデザインの差はあるが――所謂チャイナドレス風の衣装だからか、恰好もかなり世間離れしている。とはいえ人種差別があるような視線を感じないので、この辺りの人種が獣系に偏っているだけだろう。
駅がある周辺はベルンのような街並みだったが、中心部に近づくにつれてアムステルダムやヴェネツィアのようにしか思えなくなった。それもそのはず、道路の数より水路の数の方が多い。陸での移動が困難なので、この町ではマジラシークやラジアシーク、所謂馬車が使い物にならない。代りにホジルシークという、ヨットみたいなシークが主な交通手段になっていた。
ホジルシークは必要とされる動力が大きいからか、魔力駆動式はなく人の手で漕ぐか、魔物式しか存在していないが、その分レンタル料はかなり安い。この町で暮らすには必需品だからか、基本的に買い切りかタクシーみたいな奴しか無かったが、王城に用事があると言ったら運転手無しで借りることができた。
パブルス帝国が王族との距離感が近すぎて異常なだけなので、あまり気にすることなく……アムステルダム駅みたいな大衆食堂で水の街らしく魚系の料理を三人で食し、順番に運転手を担いながら城へ向かう。
城は完全に水路で孤立していて、ホジルシーク前提であれば、ある一定の箇所からでないと上陸できないような仕様になっている。城壁を造っていない代わりに水路で代用しているんだろう。他の水路と違って、明らかに人工的な部分も多い。
ヴァーブォーン王国の兵士は白・金・水色の三色で構成された鎧に統一されているらしく、俺達の上陸と共に兵士五名ほどに迫られたが、手紙を見せつけるとすぐさま深く一礼されて案内された。
「VIPって感じ! がに股で歩く?」
「カチコミじゃねんだから」
エアーでガムを噛みながらポケットに手を突っ込んで歩く楓にアトラは大笑い。今から王族に会うっていうのに気が楽なのはいいことだが、もう少し緊張感がないと王族の威厳も感じられないもんだ。
偽造の可能性があるはずなのに手紙を見ただけで通してくれたのはいいんだが……連れられた場所はただの大広間。天井や壁といった概念が無い空間だ。青色のグラデーションが美しく、祈りを捧げるために存在しているようにも感じる。
「――ヴァーブォーン王国へようこそ!」
すると魔法を使ったのか、突如目の前に女子四人組が現れた。初めて魔法で人が出現する瞬間を見たからか、楓が「ふぎゃあ!」とか変な驚き声をあげている。
てか……全体的に、ちっさ。子供がヒーローごっこしてる姿にしか見えない。カエラと知り合ってなければ、絶対に勘違いしていた。
「カエラから聞いたぞ、カータレット家とそのご友人だよな! 私はサーニャ・ヴァン・ウォーホール、ヴァーブォーン王国の王女だ! よろしくな!」
明るい男と喋ってる感覚がするサーニャは、身長144センチ。茶髪のサイドテールにしっかり獣の耳がある。体型的にはごく一般的なので、戦闘を生業にしてなさそうだが……パブルス帝国の側近リスペクトか、ビキニアーマーを身に纏っている。白金水色で構成された鎧のスカートとニーソックス部分は布生地。お腹も丸出しにしていれば、杖と本が合体したようなものを腰に下げているので、魔法使いなんだろう。
「……ミュネ・ウィルストーン。よろしく」
普段滅多に喋らないのか、超小声すぎて聞こえなかった楓は首を傾げているが……読唇したら理解できた。
獣人の国だがエルフのミュネは、ルミーナと違って純エルフだとしても、身長がかなり低めの148センチ。耳の長さと華奢な印象は残っている。ピンク色の髪の毛は左右に分けられていて、肩から胸の辺りでどちらとも結ばれているが、その先は風に任せている。一応視界の邪魔にはならないように細工したロングヘアといった印象だ。ディアンドルにニーハイソックス、肩を出して膨らんだ円形のような生地が二の腕についている。腕部分のタイツ生地や髪飾りも特徴的。
「ジュリア・メイザールだ。今後ともよろしくね」
見た目にまで大きく影響は出てないが、この中で一番筋肉質で努力家な印象があるジュリアは、俺達と同じく人種。短剣と小ぶりな盾を携帯していて、ウルフカットの髪の毛は楓と同じく水色。146センチの体はここの民族衣装らしくチャイナドレスを着ているが、魔法はあまり使えないのか金属的なパーツが目立つ。どちらかというとフレームアーマーの見た目に近い。声も拓海みたいに低めだしな。
「ティーファ・ラズベルだよ。アブソリアの栄誉を貰ったと聞いていたので、てっきり厳格な人かと思ってたの」
最後に155センチとこの中で一番身長が高いティーファは、くびれてはいるが一般的な体つき。水色の鉱石が三日月のような鉱石で包まれている杖を持っているので、確実に魔法使いだとわかる。とんがりボウシに、胸部の中央から上がフルオープンした七分袖のローブを着ている。股からマントのように広がっていて、ニーソックスが露わになっている。サイドアップにした髪の毛と服装どちらも白が基調の青が差し色。この国では明るい色が良く目立つ。誰にでも優しそうな雰囲気があるので、アトラみたいなメイドや書記を担っているんだろう。
『アブソリア』についてはよくわからんが、どうせカエラの仕業。帰ったら問い詰めるとして、
「これ、カエラからの手紙だ。読んでやってくれ」
「おお! そんなものが!」
手紙を受け取ったサーニャはさっそく読み……嬉しくなったのか、口は動いてるのに声が出てない。ジャンプするせいでパンツが諸見えしているが、王族としてそれどうなのか? 魔力吸収を目的として布生地にしたんだろうが、スカートだけは金属に変更した方がよさそうだ。
「色んな見た目の人がいるね! サーニャさん平和主義?」
「サーニャとは幼馴染だ。昔から周りを先導するような人で、人望も厚く逆らう者もいなかった。私も含め次期国王選抜に選ばれたが、圧倒的な差をつけて国王の座についた」
楓はジュリアが気になったのか、それとも一番話しやすそうだったのか、初めて王族という立場の相手と話したはずなのに、いきなりため口で話せる肝の据わりよう。ジュリアも気にしている様子はなく、楓が作る雰囲気がこの空間を和ませているんだろう。
「悔しくなかったんだ。ボクだったら友達相手でも悔しいよ?」
「私なんか、毎日腕立て・腹筋・背筋・スクワットを300回、ヴァーブォーンの外周を二周走っているだけだ。人の上に立つ能力はない。雑用がお似合いだ」
「努力家だね! 多分勘違いしてるけど……」
雑用は自分を遜りすぎてるので後半部分聞こえないように小声で喋っていたが……確かこの人が、人種差別撤廃の先駆者だ。カエラの王女の座をかけて住民にアピールしている時、聞いたことがある。きっと幼い頃に獣人のサーニャと友達だったことで一悶着あったんだろう。
「アトラさんって、今は王族の側近はしていないのですか?」
「そうですね。お手伝いをすることはありますが、基本的にはカータレット家に仕えさせていただいてます」
ティーファは立ち位置が自分と似ていると感じたのか、アトラに話しかけている。同じ立場で生活しているつもりだったが、一歩引いた立場で自己紹介をしているのは、これまた何らかの話術だろう。
「カータレット家はドクドクします?」
「平和ですよ、パブルス帝国やヴァーブォーン王国のように」
多分ドキドキといい間違えたんだろうが、二人も楽しそうに会話してるので……普段も全然話す質じゃないのか、孤高を貫いてるミュネでも相手してやるか。サーニャは手紙読むのに熱心だし。
思い返せば、俺達が列車で移動している時、ずっとこの城の一番高い屋根の上から見られてた気がする。こんな感じの人に、弓を向けられながら。
何か誤解されてそうなので……大事そうな弓を奪い取り、にやけて見せる。すんなり盗めたな。
「どうするつもり?」
「え? 吐くまで没収する」
口をへの字にした不満そうなミュネは、辛うじて聞こえる声量で質問してきたが、盗まれた理由は自分がよくわかってるはず。
「うわあああぁ。返せ返せ」
泣きっ面でぽかぽか殴ってきたり、腕噛みついてきたんだけど。この弓、そんなに大切な物だったんかな。わりぃことしたな。
「どうしたんだ?」
返してやった弓を抱きしめていたミュネはサーニャに話しかけれ、慌てている。この反応はマリアみたいに基本無言な性格ではなく、普段から人付き合いを避けているタイプだ。何話せばいいのか、内容が分かっていても口から出てこないんだろう。
「あー、またやったんだ。よくないぞ、最高級のおもてなしが必要な相手だ」
俺達の前でミュネを叱ったからか、ハッとしたサーニャは俺の両腕を掴み、
「面倒事が嫌みたいで何でも人に押し付けるけど、こういう監視は一人に慣れるから好きみたいなんだ。風を操って矢も必中するから、監視にはうってつけだぞ!」
「お、おう……」
有望な部下であることを全力でアピールしてくる。弓が百発百中なのは凄いが、扱い方に癖がありすぎるだろうよ。曲者は常人と思考回路がずれていて光るものがあるとはいっても、アルマやブラン、薔薇の三銃士といい、王族には曲者が居ないといけない暗黙の了解でもあるんだろうか。
「ムラムラしてそうなの~」
ティーファはミュネをおちょくっているが……今回は、擬音が間違ってるのかの判別がつかないな。
「ここに来たのは良いが、クエスト受ける次いでに寄ったから、長居してる暇がない。話したいことがあるんだが、端折ってもいいか?」
この城のどこに客間や王室があるのかは全く想像がつかないが、流石にパーティーとか開かれたら一溜りもない。普段であれば寧ろありがたく参加させていただくが、今回は滞在時間の制限がある楓が同行している。
「カータレット家は不在が多いらしいな! カエラが遊びに行った時殆ど不在って聞いたぞ」
「冒険者らしいかも」
カエラと友達というだけあって、こっちの情報もある程度把握してそうだ。
「楓、アトラ、時間かかると思うから、この辺観光しててくれ」
「せっかくなら案内するぞ。そうだな……」
「私行きたいかも」
「おっそうだな、街には一番詳しいもんな」
毎日走り回っているからという単純な理由でジュリアが抜擢され、いつの間にかミュネは消えていた――多分、城の監視だろう――サーニャとティーファに転移現象のことを話すか。
「虫料理が大好きだから、おすすめを案内しよう」
「虫⁉」
「初体験ですっ」
街に向かう三人からとんでもない発言が聞こえたが、その場に居合わせなくて良かった。楓とアトラは知らないことに触れるのが平気だが、俺は虫なんか食えたもんじゃねえ。どれだけ借金背負っても虫には手を出さねえからな。
サーニャとティーファに転移現象のことについて話すと、カエラと同じく意外とすんなり聞き入れてくれた。事前にカエラから話を聞いていたわけではないらしいが、やっぱり魔法文化が根付いている世界なので、突然知らない地へ飛ばされるって現象に違和感を抱きにくいんだろう。
でも今回はそういう理由以外にも、転移現象を直ぐに飲み込めてしまう決定的な出来事が起きていたらしい。なんと、サーニャ自身が転移現象経験者だという。今この地で生活できているということは、俺から救われた過去があるということで……転移現象を取り巻く地球側の対応を聞いた後、サーニャからあり得ないぐらい力強く抱きつかれた。テンション上がって尻尾も激しく動き、スカートの中身が丸見えになること。言われてみれば約五年前、まだ転移者に対する対処手順が確立し切っていない時、相対的に禎樹の盗撮活動が未遂で終わる今とは違ってほぼ確実に成功していた時、サーニャみたいな転移者が撮影された写真を見せてもらったことがあるような気がする。
当時の俺は行動がガサツだったので、負傷させて衰弱させ、話を聞かせることもなくとっとと転移させていた。地球に転移してきて着地で負傷し、俺と遭遇したかと思えばまた転移させられ……たどり着いた先はフィリザーラの川。一瞬変な高層ビルの光景が記憶に残るとはいえ、これだったら体験者の記憶には焼き付いていても、異世界で転移現象が問題視されないのもわかる。また、その時に右脇腹に打ち込まれた9mm弾が謎の鉛として厳重保管されていたが……それに関してはノーコメントで。
その後溺れかけていたサーニャを見つけた戦乱の戦乙女が救護し、傷が完全に癒えた後も自国へ送るまで何一つ不自由なく匿ってくれたことがキッカケでカエラと親友になり、イカロスとは秘密裏で同盟国となり、カエラが王の座に就いた今、大々的に同盟国を掲げ、列車を共同製作するまでに至る。つまりヴァーブォーン王国が表向きにも同盟国になったのは割と最近の出来事らしい。それまではイカロス政治の影響で中立を保っていた模様。
因みにサーニャが行方不明になっていたおよそ一か月の期間、次期国王候補二位だったジュリアが繰り上げで王女になったらしいが、兵士に求める筋力面のスパルタが激しく……何はともあれ、それがキッカケで今ヴァーブォーンを警護する兵士の実力が跳ね上がったとか。
「萩耶と会えないのも納得だな! カエラと一緒に沢山の人に伝達するね!」
「全員を救えるわけじゃないから、あんまり期待を煽らないでくれよな」
ティーファは転移現象について書き起こした紙を持ってどっかに向かって行ったので……そろそろ、仕事に向かうか。
「王族に聞くことじゃない気がするが……」
「萩耶は命の恩人だ! 何でも聞いていいぞ!」
転移現象について説明したせいでサーニャの見る目が尊敬する人を見るものに変わっちゃったせいで、常にキラキラしてて話しづらいが、
「ここが目的地なんだが、どうやって行けばいいんだ? 地図上だと全部山になってるよな」
行先は洞窟だが、その洞窟がかなり変わった場所にある。山にあるのは洞窟の意味合いからして理解できるが、地図で見ると突然山表記に変わっていて何も役に立たない。
「そうか、他国の人が見ればわからないな……ごめん、改善するように伝えておくよ」
パブルス帝国と同盟国になった以上、お互いの国から遊びに来る人はたくさんいるだろう。ギルドだとこの手の問題は直ぐ発生していて、対処しているはず。現地の人で成り立つ城の人々が態々知らない人にもわかりやすい地図を持っている方が珍しい。どちらかというと聞くべき場所で聞いていない俺の方が悪いだろう。
「この辺はフィヨルドだから、ホジルシークで最寄り街まで行けるぞ。今から出たら、日が沈んだ後だな」
「結構遠いのか」
まーた大移動ですか。今は体感三時頃。ホジルシークはレンタルしているので、いつ向かおうが個人の自由だ。ヴァーブォーンでゆっくりしてもいいが、移動に半日かかるなら、これから目的地に向かって最寄り街で飯を食い、洞窟の近場で野宿でもして、翌朝からスライム討伐が無難だろう。
「次いつ来れるかわからんが、鉄道は繋がってる。カエラと一緒にご飯でも食べような」
「おう! 楽しみにしてるぞ!」
ニコッと笑顔を見せてきたサーニャとは別れ、兵士にホジルシークを置いてある場所まで案内してもらい、楓とアトラの戻りを待つ。あまりにも透き通っているので手を浸けてみたが、かなり冷たい。指を舐めてみたが、しょっぱくもない。隣は海だと思っていたが、湖みたいだ。
「……どういう状況だ?」
アトラの気配が近づいてきたので、水路の方を見ていると……ジュリアが操縦するホジルシークの後ろに、四艇付いてきている。街中で踊ったのか歌ったのか知らないが、総勢二十名ほどの獣人が楓に釘付けだ。
「異世界でファンを作ってどうする」
「ボクが田舎出身だから?」
どうやらアイドルらしい行為をしてファンができたわけではないらしいが……
「だから何だよ? 動物に好かれるってか?」
「しーらんぺったんごーりら」
楓も意味わからず尾行されているからか、不貞腐れ顔だ。久々聞いたなそれ……小学校以来じゃないか? まあ、本人が知らんなら俺にもわからん。地球でのかえでの存在が先行して楓を疑ったが、異世界――それもヴァーブォーン王国ともなれば、実際ジュリアを追ってきている可能性の方が高いだろう。
ホジルシークが進行方向に向けて城前で90度旋回する中、ジュリアと俺はほぼ同時にジャンプして入れ替わる。
「変なもん食わせてねえだろうな?」
「大丈夫だ。案内しかしてない」
スパルタ教師なら強要しかねないが、その瞳は嘘をついた奴にできるもんじゃないので……
「それじゃまたな」
「バイバーイ!」
ヴァーブォーン城を後にし、クエストを達成しに向かう。幸い城までは追いかけに来られないのか、楓ファンらしき獣人軍団の姿はもうない。急いで漕ぐ必要もないだろう。
「ずっと漕いでるが大丈夫か? 疲れたら俺に任せとけ」
メイドとしてご主人様やその客人を過程で疲れさせるわけにはいかないのか、ずっとホジルシークの運転を自主的に請け負っている。早く行かないといけないことはないので、のんびり進んではいるが、戦闘と生業としないアトラにはホジルシークを運転するために必要なエネルギーは有限だろう。そろそろ精神的な疲労しか押し寄せない俺に代わるべきだ。
「実はミネヴァルトさんのメンタルの弱さを克服するために、毎日城の周りを走るようになったのです」
「へぇ、そうなんだ」
ミネヴァルトの為とはいえ、アトラも一緒に走ることになるので……持久力や体幹が鍛えられ、電車の中で立っている時とか、アトラだけは揺れで左右に流されそうだったのにこけかける事がなかったのか。元々姿勢はお手本級に良かったので、運動を始めて凛々しくなったように見えなかった。
最近まで逃げ回る人生だったので、元から走力はある方だろう。ミネヴァルトのお供としてランニングを始め、自ら筋力をつけようとはして無さそうなので、速度は遅くてもいつまでも走り続けられるような持久力が磨けるのは非戦闘要員のメイドとして働く上ではいい相乗効果なのかもしれない。
「あの人メンタル弱そうには見えなかったよー?」
「体力ついたから自ずと自信もついてきたんじゃないか?」
それこそ日々の飲食店業務で疲れを感じにくい体になったと変化を実感していたら、気持ちの余裕が生まれ、自然と色んな事に手が伸び始め、立ち回りにも反映されてくる。今は人員的に余裕が生まれたということもあるだろうが、呼ばれて厨房から出てくる昔とは違って、自ら進んでおすすめ商品を紹介して回ったりしていた。昔を知っている身からすれば、確実に成長していると言える。
「シェスカさんも同行してて、かなり痩せられましたよ」
「あの人、その時忙しいことで体型変化してる印象あるがあるから、維持できればいいけどな」
ミミアント商会が繁盛している時は痩せて、オセロにハマった時は太って、会うたびに容姿が変わっている印象がある。
「あまりにもオセロに熱中しすぎて服がどれも着れなくなったそうで。怒りのあまりルアさんから≪ガリンパズ≫をかけられたみたいです」
「ガリン……なんだそれ、初めて聞いたぞ」
ルナは精霊だ。寝なくてもいい事を利用して連日オセロ対決を挑んでたらしいが、遂に限界が来たか。精霊魔法はルミーナの分野外なので、その魔法については何も知らないが、ランニングしないとオセロできない呪い、こんなところか?
「対象に任意の行為を強要させたり禁止させる技です。通常であれば一回で終わりますが、毎日欠かさず同行しているので、ラフィーナさんが指金になっていそうです」
「あー……」
あーあ、残念だなシェスカ。ラフィーナも怒らせたらこりゃ痩せるだけじゃ許してもらんだろう。オセロがなくても生活できる体に戻し、みっともない体型にならないよう毎日運動する習慣が根付くまでその魔法が解かれることはないだろう。
「魔法こわ! そのダイエット強要魔法、あーちゃんにもかけようよ!」
「ラフィーナって奴は闇と風魔法使いだ。闇はルミーナには扱えん」
マリアは扱えるだろうが、ラフィーナ程の大魔法使いじゃなければ一応使えるレベルだ。できても今すぐにジャンプさせる呪い程度に留まるだろう。できることならこの魔法でダイエット強要……じゃなくて面会拒絶させる。実害は奴の体型に依存しない。
楓とアトラは無限に話題を産める才能持ちなので、会話が止まることなく……ヴァーブォーンからずっと河川を進み、徐々に視界と川幅が狭まりコリントス運河のようになっていった。偶には楓が雰囲気に合った曲を歌ったり、いまだに尽きない楓とアトラの意見交換会を聞いたりして、日が沈んでからようやく町明かりが見えてきた。地震大国出身としては周囲に聳える落差三百メートルはありそうなフィヨルドには肝が冷える中、ヴェルナッツァに似た岸にある小さな町に上陸。照明の役割を担っている魔法石が煌めくホジルシークはこの街で返すことを事前に伝えて上乗せ料金支払っているので、もう乗ることはないだろう。帰宅は≪レベレント≫だ。
「洞窟に入ってしまえば夜でも変わりないが、一睡してから行くか?」
楓は遊べる時間に限りがあるので、飯は食うとしてもこれからどうするか判断を委ねる。
「寝ていこう! ヘロヘロで行っても楽しくないしね」
「宿があるといいですけど……」
アトラの発言通り、この街には建物がざっと三十軒しかない。ギルドがない街なので、町の出入り口となる波止場には数名居たが、街中は行き交う人がいない。そもそも半数は明かりすらも灯っていないので、飲食店はあっても宿まであるかはわからない。
波止場の人に聞いたらこの街には一店舗だけ宿屋があるとのことで、そこで一泊過ごすことにした。唯一の宿屋なので人が集中しているかと思ったが、そもそも洞窟に用が無ければこの街は通過点にしかならないみたいで、六部屋中二部屋しか埋まっていなかった。
「うえー、ここお風呂ないの?」
「この世界はお風呂があるお家の方が珍しいですからね……」
「魔法はお手軽だけど、なんか気持ち的にはばっちいよ」
「そのうち慣れるさ。俺も最初は嘘こけって思った」
この街には飯屋もこの宿屋に併設している一店舗だけだったので、物色することもなく魚料理を食した。洞窟で取れた魔物の肉とかもあったが、近くに水辺がないパブルスで過ごす身としては魚ってあまり食う機会がない。この際色んな魚料理が体験できて悪い気はしない。
「どりゃ」
「元気溌剌だな」
翌朝、フィヨルドの影響でいつ日が登り始めたかわからんが、いつもの感覚で行けば七時頃に目が覚めたが……楓に教わりながらアトラも美容に励んでいたので、あと一時間はかかりそうだから二度寝した。そしたらわき腹をチョップされて起こされた。二度寝なんかやったことない人にはできなかったので、ただ目を瞑ってただけだが……朝っぱらからチョップしてくるとは元気のいいこと。
これからようやく本番だからか、ミニスカートに肩も露出させ、わき腹の生地もない動きやすそうで涼しそうなピープス系のファッション。可愛い人って何着ても似合うんだな。そんな楓は腰に手を当ててニッと八重歯を見せながら笑ってる。今日のファッションはどうだ、って見せつけてくるかのように。飾りっ気のない戦闘服人間とメイド丸出し人間も本職らしさがあっていいだろ?
「よし、行くか」
「歌ってなぎ倒しちゃうよ~!」
「期待してます!」
宿のチェックアウトを済ませ、飯屋で朝飯を摂り、いざ出発。どうやら今から行く洞窟はスライムに留まらず多種多様な魔物が陣取っていて、最近はこの洞窟目当てに来る人も居なくなったらしい。そもそも洞窟経由で行った先に何かが待っている訳ではないため、フィヨルドの上に行きたければこの川を進んで逆側からアクセスすればいい。ギルドに属していれば制約もあるからか、敢えてリスキーな行動を取る人は意外といないらしい。
そんな人聞きの悪い洞窟の入口に町から十分ぐらい歩いて到着したが……
「流石に真っ暗か」
入口付近はトラックぐらいなら突っ込んで入れそうな大きさだが、当然明かりなんか灯っていない。先人が壁に魔法石でも埋め込めてくれていれば楽なもんだが、ここから見る限りだとそのような形跡もない。
「町でライト買うべきだったな」
いくら異世界でも洞窟には明かりは必需品。魔法使いの存在が身近に居たもんで基本的な感覚が薄れていた。
「ルミーナ様は光魔法で照明を出したり、火魔法を操って明かりを灯しています。白魔法では存在しなさそうですね」
「ボクじゃ無理なの?」
「仮に属性適性があっても、安定させるには熟練度が必要です」
「あちゃー」
ルミーナはただ魔力吸収量や保有量が人並外れているだけじゃなく、魔法に関する熟練度も他の追従を許さない。初心者が真似すると激熱の火球を作ったり、閃光手榴弾にしてしまったり、そもそも移動や会話と両立できるかも怪しい。
「今回は松明を造るしかなさそうですね」
「あれ実際にやると熱そうじゃないか?」
「この世界の松明は想像と違いますよ」
期待しててと言わんばかりのウィンクをしたアトラは、周辺を見渡し始めた。俺と楓が理解できず顔を見合わせていると……
「あれです、魔法石です」
何気に初めて掘られる前の状態を見たが、あんな風になっているんだな。通常の岩石より少し発光しているように見えるだけで、地球人が気づけるものじゃない。
あれを使って松明代わりにするってことなんだろうが……
「でもどうすんだよ。取れんぞ?」
砂や土のように手で取れる物じゃななく、そこに自生している。小石程度だったらいいが、テトラポットより大きな岩石だ。周辺に欠片が落ちていれば話が早いが、雑草しか生えてない。
「何とかできるっしょ」
楓だけじゃなく、アトラも希望の眼差しを向けてくる。これって……
「俺がか?」
「うん」
「拳で?」
「はい!」
「うっそだろおい……」
こいつらは……アホなのか? 何食ったら殴って岩砕いて松明代わりにしようって発想なるんだよ。同じ飯食った俺ですらこんな限界思考に至っていない。エル・シリーズを使えるとはいえ、超人か何かと勘違いされている。
「三時間程衝撃を与えたら三人分の魔晶石の松明が作れるはずです」
「昼になっちまうぞ。街に買いに行く手段はないのか?」
「せっかくの異世界じゃん?」
「ならお前がやれよ」
二人して俺の手を掴んで目を輝かせるな。どこで口裏合わせやがったこん畜生め。
「私たちはその間傷ついた手を治癒する薬草や、魔法石を嵌める枝を収集してきますね」
「へいへい」
殴ればいいんでしょ? 殴れば。誰が岩相手に三時間も殴り続けろってんだ。とっとと終わらせてやる。
いざ殴ってみると、やはり痛い。手がやられるのは時間の問題だが、こっちとしてもやるからには挫折したくない。お土産として持って帰れるレベルで至高の逸品を作ってやる。
とっとと終わらせようと≪エル・アテシレンド≫で殴ってみたが、威力が強すぎて魔法石の一部が粉々になってしまったので、適度な力加減で上手く型取りつつ殴らないといけない訳で……三人分作ってると、ホントに三時間ぐらいかかった。収集組の方が一時間足らずで終わり、助太刀せずひたすら二人で歌って踊って応援する始末。ゲームじゃねえんだから回復効果とかねんだよな、テンションは上がるが。傷の量は勝てるが、消費カロリーは俺より高そうだ。
慣れっこの楓と違って、準備運動で体がカチコチだったところから始まり、ぎこちないダンスを続けて息切れのアトラに、震えた手で血だらけの手を労ってもらい……
「松明っていうかペンライトだな」
じゃじゃーんと完成品を掲げる楓を見ると、サイズ感といい異世界コンセプトのライブグッズっぽさがある。枝を長くすると狭い場所で不便になるからそのサイズ感にしたんだろうが、楓の本職のせいで印象操作がされてしまう。
「洞窟探索へGO!」
鼓笛隊の指揮者みたいに先陣を切るのは良いんだが、流石に飛び出してくる系の魔物がいたらマズいので、俺が先頭に付く。
水滴の音や蝙蝠に似た鳴き声が聞こえてくる洞窟を進むと……早速噂されてたミーアキャットが出てきた。コイツはすぐさま始末しないといけないが、聞いてた話と違うな。
〔狂暴化した二足歩行のウサギみたいじゃないか?〕
〔もはや別の生き物ですね〕
それには納得してしまうが……楓には残念なお知らせだ。
「ここで叫ぶの禁止な」
「えー」
「崩壊したら一溜りじゃねえ」
頭上を見れば、剣山のような見た目になっている。しかもたちの悪いことに、お互いが押し付けるようにして現状を維持しているように見えるので、歌う攻撃が壁に命中して周囲に振動が伝わったら、いずれかの岩が落ちてきかねない。まだ洞窟序盤だからか通路は広ければ色んな場所に繋がっているように見えるので、道が塞がれる心配はなくとも、一定範囲が崩壊するのはかなり危険だ。
「叫ばなければいいんでしょ?」
「あぁ」
何か策があるらしく――突如、優しい歌声を洞窟内に響かせ始めた。その歌は、聞いている人の心を落ち着かせ、安心させる効果があり……あぁ、子守唄か。あまりにも心地よすぎて、俺やアトラまでもウトウトしてきた。初めて魔法を使うので、対象の指定とか上手い事できていないんだろう。
「あの魔物たち、全員寝かせたよ!」
「ふあぁ、助かったわ……」
でっけえあくびをしながら歩き始めるが、どれだけ居るんだよあの魔物。奥の空間に光が届いて十個の瞳がこっちに向いた瞬間絶望した。
「これを付けておきましょう」
「こんなもんよく持ってたな……」
楓の子守歌魔法が俺やアトラにも食らうので、耳栓を付けて対策し……
「わ! 泉がある! 宝箱も!」
細い空間の先は行き止まりだったが、魔物がいないので耳栓を外す。
「いかにも罠じゃねえか」
魔法石も輝いているこの場所は、かつて人間のような知性を持つ者が居た可能性が高い。石を彫って作られた棚や、泉を囲う岩があまりにも滑らか。服に種子でも付着していたのか、草花まで生えて彩が増している。
「でもここ洞窟だよ? 人為的なダンジョンじゃないよ?」
そもそもこの世界はゲームじゃないので、楓が思い描いているような地面が無くなったり針が出てきたりするダンジョンは存在しないはずだが……
「鍾乳洞と同じ原理で溜まった水のようですね。人工的ですが、鉱石から滴っているので、それなりの効能が期待できそうですよ」
アトラは指先を浸けてペロッと舐めているが、よくそんなことできるな。異世界人は地球人と感覚が違うので、それを見た楓も「おーっ」って言っている。
アトラは人間だが体内に獣を封印している。嗅覚や聴覚、味覚などには人一倍優れているので、毒性は無さそうだ。試しに指をナイフで傷つけて水に浸けてみると……治ったな。これにもまた楓が「おーっ」って驚いてる。
「でも入ろうとは思わないよねー」
「気味が悪いですよね」
良かった、風呂に飢えてそうな楓が奇行に走るような変人じゃなくて。
「ならこれもただの箱なんじゃない?」
「いやいや……」
ミミックと言ってもこの世界は名称が異なっているはずなので、名は伏せつつ箱を開けてみる。
「……ホントにただの空箱じゃねえか」
「えーっ、牙とか舌とかないのー?」
楓は宝箱を覗き込んで牙がありそうな位置をなぞっていくが、よくそんなことできるな。仮に牙が出てきたら指無くなるぞ。
「獲物を捕らえるために擬態する魔物もいますが、人類のみに対象を絞って宝箱に擬態する魔物はいるのでしょうか……?」
「人間だけを狙うモンスターっていないの?」
「いないんじゃないか? 飢餓で絶滅してるだろうよ」
この世界の職業で最も人口が多いのはまごうことなき冒険職ではあるが、魔物という存在は根本的な部分は地球での生物の認識と近い。ただ殆どの生物が自分の陣地に入られたときの防衛本能や捕食対象の一案として人間を狙ってくることがあるだけで、地球の一部生物でもある話だ。所謂ゾンビ対人間みたいなどちらかしか生き残れない二極構図ではない。お互い上手い具合に共存していて、時々侵略し合うような仲だ。人間にとっても食料源になったりするので、切っても切れない関係性だろう。
謎の空間を分析し終えたので、来た道を戻ろうとするが……
「やっぱり罠じゃねえか」
帰り道が無い。いつの間にか音もなく岩に塞がれている。やっぱり人工的であれば、悪さする冒険者も居る訳で……一息ついた冒険者を閉じ込める仕組みを作られていた。あまりに中が綺麗だったので、初の被害者は俺達だろう。
「わあホントだ! 凄いね!」
単純に罠に引っかかったという実体験の感動が上回っているだけだろうが……危機感を抱かない楓が壁をペタペタするのも当然、閉じ込められても壁の向こう側に魔法を使っていくことができる。≪レベレント≫でもいいし、≪アランヅ≫を使って壁を透過する方法もある。無暗に物理的に押し開けようとすると辺り一帯が崩壊しかねないので、魔法を使うしか脱出方法はない。仕掛けようと思えば泉や箱にも施せたはずなので、仕掛け人の技量不足なのかは知らないが……この一つだけでも魔法使いがいなければ詰むので、結構な殺人トラップになっている。
「魔法で脱出するぞ」
「無難に≪レベレント≫ですね。洞窟の光景を思い浮かべながら詠唱してみてください」
閉じ込められるだけでこの空間内に他の罠は仕掛けられていない。急ぐ必要はないので、初心者の楓にはゆっくり安全に魔法を使用してもらう。
「んー、≪レベレント≫!」
目を瞑って洞窟の風景を思い浮かべ、魔法石の松明を掲げると同時に、三人の体が魔法陣に包まれた。距離も離れてなくて魔力消費も少ないので、問題なく瞬間移動できた。
瞬間移動先は、閉じ込められた岩の真裏ではなく、ある程度分岐点が多い場所まで戻った位置で……
「あれっ、お久しぶりやなぁ」
目の前に、アルネスが居た。探検家のような見た目をしているので、ちょうどこの洞窟を調査に来ていたところなんだろう。
「奇遇だな、俺達この洞窟でクエスト受けてるんだ」
この洞窟は未踏の領域が多いらしい。アルネスは考古学者なので、古代魔法を探しに来たタイミングと被っていたのは驚きだが、いかにも魔法が詳しそうな人と会えたのはラッキーだ。
「見ない顔やね」
「楓だよ! かえたんでいいよー!」
「アルネス・アルランやで。よろしゅうなぁ」
最初で最後になりそうな二人は挨拶を交わし……
「クエストって、スライムの件?」
「あぁ、売れ残りみたいでな、楓と遊びたかったから受けさせてもらった」
アルネスは冒険者じゃないが、この洞窟に来る際にスターリィーと会話したんだろう。クエストを聞いて苦笑いしている。
「ちょうどええわ、ここの地下都市一緒に見に行かへん?」
アルネスとしてもこの魔物量は予想外だったのか、共闘を申し出てくる。こっちとしても、魔法が使える仲間が増えるのは有難い。
「え⁉ ここ都市があるの⁉」
「せやでー。昔この辺りの住民は洞窟内で暮らして、炭鉱を交易して生活してたんやで」
「それは知らなかったな」
やけに入口が大きいなとは思っていたが、シークを使って鉱石を運搬していた過去があったからだろう。これがガチ勢とエンジョイ勢の差といったところか、クエストとは関係ない情報なので敢えて言わなかったのか言う必要がないからかはわからないが、正直俺も興味がある。
「未踏の地が多そうですね。お宝が眠っていそうです!」
「お宝ァ!」
「せやなぁ、あるとええなー」
何回か来たことあるのか、クスっと笑っているアルネスは見てからのお楽しみにしたらしい。
「まだスライムと遭遇してないし、都市に陣取ってるかもしれない。気を抜くなよ」
俺達と違って魔法で産んだ光の球体を光源としているアルネスは、都市の所在地を把握しているので先に進んでいく。俺達もその後を追う。
「現状一か所しか繋がってへん場所やから、土の中を移動して新生物が誕生してたりしない限りは脅威が無いはずやけど……」
「その入口が封鎖されていることを祈るしかないということか」
アルネスは頷きながら、魔物に向かって掌を向けている。そこから可視化された輪っかが飛んでいき、魔物たちが昏睡状態に陥っているところを見るに、楓の子守唄攻撃に似た昏睡魔法を放っているんだろう。いくら魔法使いでも洞窟探索となると生地面積があった方が身のためだからか、着ている服は必要以上に肌が露出していない。殺傷能力がないのは単純に魔力不足か、節約しているかのどちらかと予想する。
「おぉ! 世界遺産じゃん!」
楓が言う通り、広くなった空間の先にはシャーヒズィンダ廟群を思わす幾何学模様の扉の数々が現れた。青色じゃなく白黒だが、行った気分になる。
「この先やで」
アルネスはシンメトリーの空間から中央の一つを選び、そこの扉に対して魔法を詠唱している。
「他の扉はどこに繋がってるの?」
「空っぽの物置やね」
物置まで施錠しているのは魔物の住処とならない為なんだろうが、こんなにもバカでかい建造物が横一列に十個も並んでいるとか、昔ここでどれだけ鉱石が採れたかが伝わってくる。
「開けてええで」
「こうか……?」
せっかくならと、アルネスから筒状の物を渡され、指示された場所に差し込むと……筒の中に潜んだいくつもの歯車が回りだし、差込口からいくつもの魔法陣が波状に広がり始めた。
「うおー! すげー!」
「なんだこれ……」
「機械技術と魔法技術の融合ですね。この施錠方式、まだ残っていたのですね……」
「大昔の鉱山やからなぁ」
俺と楓は一生お目にかかれない代物だとしても、この世界にとっては太古の仕組みなのか、二人は懐かしんでいる。魔法だけで施錠するより鍵を用いることでより堅牢になっていそうだが、利便性や量産の観点から廃れていったんだろう。
全員が中に入るなり戸締りを済ませたアルネスは、光源を十個ほど追加生成する。
「ほんじゃいくでー?」
掛け声とともに、四方八方に光源を発射させた。すると、本来は見えないはずの都市全貌を断続的に見ることができ……
「広ぉ⁉」
入口とは違って次はヴィエリチカ岩塩坑みたいな空間が広がっていた。本やアクセサリーなどは一つたりとも残っていないが、棚や椅子などの家具は当時そのままだ。階段を下りて近づいてみれば、全体的に風化していてざらついているが、当時の豪勢さは十分に伝わってくる。
「贅の極みですね」
魔法石で作られた年代物のシャンデリアを見ているアトラは、あまりの規模感に自分では発光しきれないからか、アルネスに付けてもらい……壁にぶつかって反射する光源が周辺の魔法石に接触して光を灯していくので、この空間が徐々に明るくなっていく。
「この規模だとバケモン級の魔物居てもおかしくなさそうだが……」
「≪サンペータ≫を使ったんやけど何も見つからへん」
「ここにはスライムも居そうにないですね」
発言から推測すると≪サンペータ≫は≪サーペンター≫の魔物検知版なんだろうが、魔法で索敵して見つからなければ確実にいない。鱗が厚くて魔法攻撃が通らないということはあっても、魔法にかからない魔物はいないらしいからな。
「この先の進む方向ってわかったりするか? 崖の上に出れるみたいだが」
「ここにしか用が無いからわからへんなぁ……」
洞窟に入って結構経ったはずだが、高低差はあっても泉の罠に引っかかっただけで、フィヨルドの上にたどり着きはしなかった。一応聞いてみたが、流石に分野外は知らんか。
「おーい、行くぞー」
「えー⁉ もう行っちゃうの⁉」
「観光目的じゃないからな」
この都市をもう少し見て回りたくもあるが、スライムが居ないならここで時間を消費する訳にもいかない。ここはアルネスの探索範囲なので、仕事の邪魔をするのも忍びない。
「いいもん見させてもらった。ありがとな」
「ええで。気ぃつけてなー」
「お互いな」
「バイバーイ!」
粗方目に焼き付き終えた楓が戻ってきたので、扉を開けてもらい地下都市からはおさらばする。
アルネスと別れて洞窟探検を再開し、上に道が続く方へ行き続けていたら……ようやく、スライムがちらほらと現れ始めた。居る方向へ進んでいけば自ずと本拠地にたどり着けるだろう。
「聞いた通り、斬っても斬っても再生するな」
「恐ろしー」
店で買える緑色の粘々したゲル状の物体ではなく、微かに水色をした水滴のような物体が、人類に敵対意識を持って跳ねるように動いている。目とか口があるわけじゃないので、自我があっても命があるように見えづらい。踏んづけたりするだけでも無力化できるが、数十秒すればまた動き出している。アトラでさえ服を溶かされる心配はないので一先ず安心だ。
「あの部屋が拠点でしょうか」
アトラが見る先は、光が漏れている空間。さっきから進む道が人工的になってきているので察してはいたが、本拠地は完全に人工物だ。
「うわ……」
中を覗いてみると、綺麗に裁断された石の中に小さな水たまりができていた。そこから球体が飛び出るようにして、スライムが湧いている。水の嵩が減っていないので、あれが大本の生命体なんだろう。水たまり以外には魔法石の光源ぐらいしかなく、この水源自体が魔法陣によって生成又は保護されている線が一番有力だ。
「ここだったら歌っても壊れんだろ。一回歌で蹴散らせるか試してくれないか?」
スライムを倒すには存在ごと消さないといけないので、歌の攻撃がどのようになるか試す必要がある。もし衝撃波系の技だったら殴りと変わらず、飛び散った雫がまたくっついて再生するだろう。
「――あっ!」
突然アトラがらしくない上擦った声を上げたので、振り返ると……
「は……?」
人の形をしたスライムから、羽交い締めされている。液体が接触している脇の部分の服が、徐々に燃えるように消えかけている。
すると……下を向いてスライム人間を浮かし、勢いよく体を起こして相手の足元を不安定にさせ、脛を蹴って腕の力を緩ませた隙に脱出してる。背中の服が円形に消えてしまっているが、アトラっていつの間に武闘派になったんだ?
「萩耶様の見様見真似で動いてみました」
「えぇー……」
護身術って、見様見真似で再現できるもんかね? 相変わらず自分に降り注ぐ危険に対しては半端じゃない回避能力と怪力で対処できている印象がある。潜在意識的に、獣の存在を出さないために火事場の馬鹿力が出るようになっていそうだ。
「いけー! パンチパンチキックキック! ……あれ?」
剥がれたスライム人間の腕にしっかり関節技まで決めて、片腕と片足を分離させたが、スライム人間が瞬時に液体となって最小化し、中央の水溜まりに戻っていったぞ。テンションが高い楓の攻撃指示は不発となった。
「へー、一番雑魚そうだったのにやるじゃん」
さっきはマッチョなお兄さんの姿だったのに、次は妖艶な女性の姿となって現れたスライムは、人間そのままの見た目。臓器や骨とかは透けてなく、皮膚がスライム特有の液体に置き換わっただけの外見だ。
「は〜? 黙れよ〜」
楓は怒らないアトラの代りにぷんぷんしているが、この流れだと……
「兄貴、こんな奴やっちまいましょうぜ」
ですよね、振られて実行するのは俺ですよね。
振られても現状スライムを打破できるのは魔法が使える楓でしかないんだが、
「お前が元凶か知らんが、スライムが大量発生して困ってんだとよ」
人間に成れて喋れたんなら、会話することが可能だろう。魔物なのか所謂ハーフなのかの判断はつかないが、会話で解決できるならそれに越したことはない。
「知らないわよ。私はただ生活してるだけじゃない」
スライム人間はチャイナドレスのような服装にチェンジさせ、今度は対象が男性だからか胸や尻のサイズ感を増加させているが……アホらし。そんなんで舞い上がるの愼平ぐらいだぞ。
「スライムが居るだけでキャーキャー言ってる雑魚どもの話なんか聞かないよ」
「これでも雑魚だと?」
顔面と腹部、両足を殴り飛ばし、周辺に水滴を飛び散らせるが……瞬く間に人間の姿を模っている。一度水溜まりで集まってから形成されるところを見るに、こういう存在になれる個体は一つだけのようだ。他はごく普通のスライム。
「人間を襲う必要ないだろ」
「だって雑魚の反応見るの面白いじゃん」
「雑魚雑魚うっせんだよ」
生まれるたびに殴り飛ばされ、また生まれているが……細かな液体は生命力が少ないからか、中々水たまりに戻れずどんどんサイズが小さくなっている。最初は180ぐらいあったが、今はアトラと同じ身長ぐらいだ。一般的な冒険者はこうやって相手の戦闘力を低下させているのかもしれない。
「よーし、ボク歌っちゃうよー?」
魔法の準備をしていたのか、楓が魔法石ペンライトをマイク代わりにして握り直し、スライム人間と正対する。
これまた俺やアトラにも食らう可能性があるので、一旦部屋から出たら直後歌が始まったんだが、
「なんでヘビメタなんだよ」
「威力高そうですね」
ヘドバンとかモッシュとかの光景が過る。かえでのライブではモッシュは見ないが、ヘドバンはやってる人いたような。
まさかの選曲に気になって顔だけ出して部屋の方を見てみると、露出した顔面に掌を音速でぶつけられたような衝撃が走った。どうやらこの歌唱攻撃、音の発生源から円形に攻撃を行うらしい。子守歌で経験してたから逃げておく判断ができたが、遮蔽物が無いと味方も全滅する広範囲の魔法攻撃だ。
一番を歌い終わったタイミングで魔法を止め、余韻で「ふふふーん」と歌っている楓の所に戻るが……歌唱攻撃は、あくまで衝撃波のような物理攻撃。部屋中に極小サイズのスライムが飛び散ってはいるが、元通りになるのは時間の問題だ。
「お前……というかスライムの討伐依頼が出されてる。殺されたくなければ人へ危害を加えるのは止めてくれ」
「むーり」
どこからともなく聞こえてくる声には、実態が無い以上攻撃することはできない。歌が効かなかったので、残された道は消滅系の魔法を放ってもらってクエストを達成するしかない。でもスライムの中には人間のようなもの一つが混ざっている。流石に楓に人殺しを強要することはできない。ギルドには討伐したと伝えられ、スライムは人類に危害を与えないように生活するよう、話で穏便に解決するしかない。その為に極限まで戦闘能力を見せつけることは可能だ。後は時間が解決してくれるだろう。
「魔物のスライムが言うこと聞かないならもっと人里離れた場所に引っ越せ。お前も半分魔物なんだから、その辺は弁えろ」
「やーだ」
「もっかい歌う?」
「ダメッ!」
スライムは復活できても痛覚はあるのか、もう攻撃は食らいたくないらしい。
「なら話を呑め」
「……」
発言からして生意気なのは十分に分かっていたが、全然うんと言ってくれない。ここで言質が取れないと再発しかねないので、こっちも引くことができない。
楓がにこやかに魔法石の杖を握りなおすと、
「……はい」
耳を澄ませないと聞こえないぐらいの声量で、回答してくれた。ちゃんと聞いたので、これでもし人間に害を与えていたら、速攻でぶちのめしに来る。その時はルミーナも一緒なので、ここに瞬時に来れれば一瞬で躊躇いなく消滅させられる。
「私の服、戻してくれますか?」
「……」
アトラに対しては回答したくないから喋らないっていうか、戻す方法がないから喋っていないように感じる。あぁ、やっぱり普通のスライムはただの魔物なんだろう。アトラの足にくっついて靴が溶けかけている。
「お前は倒したって伝えるからな? ここで暮らすんなら、絶対に危害加えるなよ?」
「慈悲だよー?」
どうせこういうやつは絶対もう一回やる。これ以上話しても意味がないので、改心してくれたことに期待してこの場を離れるとする。道中のスライムが煩わしいことこの上ないな。
「クエスト達成感ないね」
「仕方ない。誰も相手が人間のようなものとは思ってねえよ」
これは地球でも言えることだが、想定通りに事が運ぶことの方が珍しいってもんだ。こういうイレギュラーにも柔軟に対応していかなければ肩身が狭くなる。
「せっかくなので洞窟を抜けてみます?」
「この上でしょ? いいね、行こ行こ!」
肌の露出度が上ったアトラは赤の他人に見られている訳でもないので特に気にすることなく歩いているが、靴だけでも千切れた両腕の生地で補強すべきだと思う。対物の再生魔法とか高度な魔法は使えないので、ゴツゴツした地面の感覚を少しでも和らげておいた方がよさそうだが、戦闘を生業としている人々と一般人の感覚にはズレがある。変な状態になっても補強する素振りは見せない。本人がそれでいいなら特にいうことはないな。
上から入ろうとすると下っていく都合上大きな穴のような見た目になっているからか、高さ十メートル級の縦穴をロッククライミングする羽目に……とはならず、直下ではないので大きな岩を足場に登っていけば洞窟を出られた。高所恐怖症の楓を担いでたり、二人ほど運動神経が良くないアトラに手を伸ばして援護したりするのに大層苦労したが。
フィヨルドの上は、草木が生えていない完全に風化した土地。緑は消えて殆どが茶色や灰色といった印象だ。高度が高すぎてか、魔物が荒らしすぎてか、生物が誕生している気配が無い。洞窟付近には少し緑も伝播しているが、少し離れた位置に生えた木は膝丈ぐらいのサイズで枯れて萎れた枝にしか見えない。土が死んでいる以上栄養が摂れないんだろう。
「終末だぁー」
「ここで争いが起きた歴史はないので、強力な魔物が潜んでいそうです」
魔物の線が有力になった今、そろそろ夕方になりかけた上空を見やると……俺達の頭上を、八匹程度のコンドルらしき魔物が周遊している。
「あれ見て! 卵がある! 目玉焼き作ろうよ!」
「あんなの食えたもんじゃねえだろ」
明らかに空飛ぶ魔物が守っている卵なのによくそんな発想できるもんだ。
「来ました! お願いしますっ!」
楓は巨大な卵に夢中なので、アトラが魔物の落下攻撃を教えてあげる中、遮蔽物がないので俺は序にアトラも押し倒すようにして寝そべり込む。
「いえーい!」
三百キロぐらいで落下してきた魔物を歌の波状攻撃で弾き返し、再び遥か上空に戻らせている。でもその攻撃のせいで俺達が卵を狙っていると勘違いしたか、親玉以外の魔物も攻撃を仕掛け始めた。
アトラを守るために上から被さるように寝そべっていたので、アトラには重み以外感じさせなかったはずだ。背中全体でトラックに衝突したような痛みがする中、
「俺の出番だ。耳を抑えておけ」
魔物の軌道に合わせて剣で斬ってもいいが、この位置まで敵を降下させるのは他の攻撃手段も隠し持っている可能性がある以上、あまり得策ではない。ここはM1911を構え、接近される前に撃ち落とすべきだ。
「ガンマンだ!」
恰好や構える銃はリボルバーなんかじゃないが、周辺の荒廃具合はイメージと合っている。
アトラはいつの間にか体育座りで両目を瞑り、手で耳を塞いでいる。それを見た楓も真隣に移動し、全く同じ態勢を取る。運動会のピストル横で待機してるアシスタントみたいだな。
魔物が一斉に降下を始めたが、それらを的確に撃ち落とし……
「もういいぞ」
「早―ッ⁉」
制御が利かなくなっても速度は出たままなので、周辺に勢いよく魔物が倒れていく。子を育てているし、こんなところに冒険者は来ないはずなので、今までのびのび暮らせていただろうが……スライムのクエストが達成されたので、時期にここにも冒険者が来始める。その先駆けというわけじゃないが、洗礼を与える。相手がどういう状況でも、この世界での魔物と人種の関係は殺し合う仲だ。
「見て回る物もないし、援軍が来る前に帰るぞ」
フィヨルドの絶景を見ようにも、楓は高所恐怖症だから近づけない。見渡す限りずっと気味の悪い大地が広がっているだけなので、無理に目的もなく探索する必要はない。既に洞窟を抜けたという体験実績は得ている。
「ん……?」
洞窟に戻ろうと数歩歩いた途端、いきなり日影になったかと思えば直ぐに日向になった。立ち止まった楓は空を見上げてキョロキョロしているが、俺とアトラは念話で〔あーあ〕だよ。
俺達の周辺を少しの間日影にできる程の巨大な存在となると、一番考えやすいのは雲。しかし羽ばたく音や多少の風圧が伝わってくるので、魔物の存在であることは間違いなく、この規模感には身に覚えがある。
〔鳥と龍は近い関係なのか?〕
〔倒れた魔物の臭いを嗅ぎつけて捕食に来たのだと思います〕
そんな一瞬にして腐敗臭が散漫するかはわからないが、相手は魔物なのでそれなりの嗅覚を有していても可笑しくない。
あのドラゴンの名前を言ったところでなんで、ひたすらに鋭い視線を送り続ける。
「やばい! 逃げなきゃ殺されちゃう!」
流石にドラゴン相手ともなれば楓も焦るようで、その場でグルグル走ってるが……何で楽しそうな表情なんだろうな? 俺が何とかしてくれるとでも思ってるんだろうか。確かに過去一度倒したことはあるが。
「言っとくけどあれはどうしようもないぞ」
当時はルミーナが地に縫い付けてくれたから討伐できたが、今回はそれができない。しかも木々や地形の高低差が無い開けた平地なので、ドラゴンが羽ばたく高度まで飛躍することができない。俺が普段人間ではありえない跳躍力で動き回れているのは、≪エル・アテシレンド≫の力を用いて障害物が多いEoD内で電柱や仮想ビルなどを足場として駆使しているからだ。いくら出力十でも直上ジャンプであそこまではたどり着けない。
「またまたぁー」
「いや、結構本気で言ってる」
拳銃を取り出して発砲するが……当然、あの分厚い鱗に弾かれる。あの唯一装甲が無さそうな瞳を狙うことはできるが、致命傷を与えることは厳しく、撃たれたことで無差別に大暴れされても対応に困る。最悪この崖の一部でも崩壊すると、下の町や河川の交通面に多大な被害を齎してしまうので、大胆な行動も取りづらい。
「しゅうやんもっとちゃんと狙ってよー」
「あんなデカブツ外すかよ。当たっても痛くないんだよ。だからどうしようもない」
地球人からすれば拳銃は最強の武器と思われても仕方がなく、一向にくたばらないドラゴンに不貞腐れているが、それはこっちも同感だ。
〔飯を食いに来たんならこっち狙ってくることないんじゃないか?〕
〔魔物にとって、人類が一番美味しいのでそれはないかと……〕
何気に新情報が飛び出してきたが、そりゃそうか。だったら全部が魔物と呼ばれず、敵対的でない奴らに関しては動物と分類されているだろう。
「試してみないとわからんが、歌って迎撃できるか試してくれないか?」
「うーん……」
背中を向けてダッシュで洞窟に逃げ込もうにも、盗掘内は当分一直線。俺達に向かって火でも吐かれると丸焦げになってしまう。現状三人の中で魔法が使えるのは楓だけなので、楓が何か行動を起こすか、ドラゴンが地に足をつけてくれるのを気長に待つしか選択肢はなく、そうなると後者の択は現実味がない。
「あれ? 一時的に魔法使えるようになってたんじゃねえのか?」
楓が全然歌おうとしないので、無意味にも俺の松明を口元に向けるが……
「楽しかったからつい使いすぎちゃった」
「ん? それってつまり、もう与えられた魔力が尽きて魔法が使えないってことか?」
「えへ」
言われてみれば、アルネスとも普通に会話できていたし、道中の魔物を眠らせるためにずっと歌い続けていた印象はある。魔法の使い方がまだなっていない人だと、数時間かけて魔力無限の人が≪ハランズベル≫をし続けても一日持たないのか。
「えへじゃねえだろ、どーすんだよ」
「私たち誰も魔法使えませんね……」
「えへっ」
「楽しそうで何よりだなァ!」
終始楽しそうに笑っているのは良いことだが、今回ばかりは危機感を持ってもらわないと困る。
「うわあ!」
こっちの戦力を図るためか、まずはただの突風をぶつけてきた。空を飛んでいる動作から変化がなかったので、予測ができなかった。≪エル・アテシレンド≫を使って高速移動し、左右の手で楓とアトラの腰に腕を回して抱き寄せて、飛ばされないように踏ん張る。単純な行為だが、こういう場合には寝そべるのは悪手だ。
「敢えて口に出して言うが、大ピンチだ」
楓とアトラの腰回りがかなり細かったので肩を組む感覚でロックできた。もし腕の関節を伸ばして手首で掴む必要が生じていれば、三人とも飛ばされないようにどちらか片方をサヨナラしていたかもしれない。
「しゅうやんどうするの?」
「無理だ」
障害物に隠れさせることができなければ、二人を洞窟に戻して一人で太刀打ちできることも出来ないので、二人をUFOキャッチャーで持ち上げられた景品のような状態で持ち上げさせてもらい……
「無理って……?」
「死です」
次第にブレス攻撃を仕掛け始めたので、≪エル・アテシレンド≫でそれを躱しつつ、現実を伝える。広範囲だが≪エル・アテシレンド≫で全力を出さなくても回避可能。でも、逃げれないし攻撃できない以上、先にくたばるのは人間が先だろう。
「え?」
「もう一回言おうか? 死、だ」
結果で言えば俺達が負ける。伝わりやすい表現で言ったら『死』になっただけで、間違ってはいない。
「しゅうやん⁉」
「気にすんな」
口から吐く炎に加え、翼でも突風を起こしていたらしく、宙に浮かされ数メートル吹っ飛ばされた。突風に殴られないように二人を正面でサンドさせたことはすまなく思っているが、着地時の衝撃も態勢を変えて全て俺の背中で受けたので許してほしい。地面と衝突した時一瞬顔が歪んだからか、楓の顔が青ざめている。そういう時だけしっかり見てなくていい。
〔獣化した方が良いでしょうか……〕
〔安売りするな。俺の前では絶対出させねえからな〕
そんなことに甘えてたらアトラがアトラでなくなる。封印の仕組みは未だ謎だが、二つの立場が逆転してしまったら手に負えない。それに魔法が無ければ獣に頼るしかないっていう判断も腹立たしい。
「でも……」
念話ではなく、口で答えたアトラは、楓との会話の続きと俺との念話の続きを同時に行う高等テクニックを駆使している。それができたら、何か一つぐらい案が浮かんでほしくはあるが、戦闘を生業としていない人に応急処置を立案させる方が酷。
「おい、それ使えないのか?」
≪エル・ズァギラス≫を使おうとしたが、二人を持ち直した時にアトラの胸元から存在を露わにしたネックレスに視線を奪われてしまう。あれは、昔ルミーナが緊急時に一度だけ自宅に転移できるように魔法を仕組んだネックレスだッ。
「まだ一度も使ってません……!」
「何何⁉ 勝てるの⁉」
逃げることを勝ちと捉えるか、負けと捉えるかは、人それぞれだし、状況にもよる。楓を楽しませることができたと考えれば、大勝利かもしれないな。最終日はゲリライベントのドラゴンアトラクションだ。
「戦略的撤退だッ!」
「はいっ!」
アトラがネックレスを強く握りしめると、三人諸共謎の光に包まれ始めた。一瞬で移動することはできてないが、アトラに俺が触れ、俺が楓を触れているからか、三人揃って移動できたのは棚ぼただな。ドラゴン用であった訳じゃないが、一応目の前に大量の食い物は用意できている。人間を欲して麓に降りてくることはないだろう。久しぶりにヒヤヒヤしたぜ。




