34 今度は地球で
学校に行く気はなかったのに、家に居ると石塚に襲われる危険性があるので寧ろ登校したくなったので、退治の一般科目に二限目から合流した。自宅という安らぎの場で金にも人間にも怯えて暮らすことになるとは思ってもいなかった。
登校中、太古から住宅街五区の東側にある自販機は蹴ると低確率で飲み物が出てくるという悪い噂があったので、自販機前で数分の葛藤があったことはさておき――授業中どう金を稼ごうか考えていたら、普段使わない脳をフル回転させたせいか、現実逃避したくなったのかわからないが、激しい睡魔が襲い……目を覚ましたら、いつの間にか昼休みになっていた。嘘で寝ることはよくあっても、ガチで寝落ちしてるのは案外始めてだったかもしれない。何かと勘違いしたクソ生徒共が机の周りにチョコとか手紙置くのは止めなさい。あと消すのだるいから机に直接油性ペンで書くのは違反だろ。
(はあ、このチョコが白米だったら……)
どれだけ幸せなことか。過去に食糧が無いからと言って学校の女子から投函されたチョコを食ったことあるが、えげつない腹痛に苛まれたので食う気にならない。白米だとイカサマのしようがないはずなので、今後用がある者は全て白米を献上することって張り紙だそうかな。
一応学食を覗いてみるが……激安の米やうどん一杯50円でも今は凄く遠くに感じる。あれ八回で今月終了だろ? ヤバい。超やばい。マジで終わってるよ。この辺の草は除草剤かかってそうなので、昼は水道水で我慢だな。
腕相撲に勝ったら奢ってくれそうな奴を探すため、一応席を見渡してみると……禎樹なら居た。乞食チャンスはないだろうが、暇だし話していくか。
「午前は爆睡だったね」
「最近忙しくてな……」
スマホでアニメを見ていたのか、止めてイヤホンを外した禎樹は……大層なもん食ってんな。珍しく日那多製の弁当じゃなかったみたいで、美味そうな焼肉定食食ってる。そんなメニューあったっけ?
「しゅーくん、これあげるよ」
「どうした急に」
半分食した焼肉定食を、対面に座る俺の向きに合わせて回転させながら差し出してくる。
「これ……だからね……」
「あー……」
見渡すような目の動きをされたので、周囲を見てみると……食堂に来たのに何も食えない虚しい俺を見かねたのか、女子共が飯を貢ごうか戸惑って挙動不審になっている。おいそんなことならドシドシ話しかけてくれよ! 引き際と攻め際が真逆すぎるだろこいつら。
「これでお前の好感度がどっと上がったな」
「三次元の好感度ねぇー……」
「ハハッ」
コイツはほんとにおもしろい奴だ。自分のことファンで居てくれる人の前で堂々とそんなこと言えるんだからな。そりゃ乾いた笑いもこみあげてくる。
「でも逆に考えて。貢ごうとしたところを邪魔されたっていう好感度低下はあり得ないのかな⁉」
「ポジティブなのかネガティブなのかわからんな」
根っからの三次元嫌いじゃなけりゃそんなこと瞬時に思いつかない。自分の人気度を棚に上げて、サイコーにイカれてやがる。この女子共の眼福そうな表情を見る限り、間接キスしてること滅茶苦茶意識されててそれどころじゃなさそうだが。
「めちゃくちゃキャラ持ってんだな。いくら突っ込んだんだ?」
禎樹のスマホを覗き込むと、アニメから話ながらでも放置プレイが可能なゲームに変わっていて、キャラクター一覧をポチポチ操作している。
「別に課金はしてないよ。どうしても欲しいキャラがいたらするけど、見た目重視だからね」
「へゃぇーっ」
口の形がやっぱ金持ちは違うなと言う前提で『や』の形になっていたので、特殊な反応になってしまったが、会話に集中してないのか気付かれなかった。
「攻略とかトップ層も目指してないんだよねー」
「それでこんなにも集まるもんなんだな。所有率で見たらかなり上位の方じゃないか?」
全キャラ数が分かっていないが、スクロールしてもキャラが表示され続けるのはかなりの所有率とみていいはず。無課金なら尚更運のいい奴だ。その運分けてくれ。
「上には上がいるからね。キャラが出る度に完凸してたり、月何百万も課金して最強装備揃えてたり、この業界石油王は多いよー。かといって実力ゲーはスマーフとかが蔓延ってて。上を目指すのは厳しい界隈だよ」
「へぇ」
「呆れてる返事やめてね?」
それは無理があるだろう。いきなり知らん単語も交えながら饒舌に語られたら。
「ゲームに課金するぐらいなら飯に課金した方が良くないか?」
「ご飯は食べたら終わりでしょ? ゲームはサ終まで一生だよ?」
「そか。考え方は人それぞれだな」
ゲームにはまって無くて良かったなと思っておこう。
自分で言ってた通り、キャラを愛でるぐらいでしかプレイしていないのか、スマホをポケットに突っ込んだ禎樹は、
「最近さ、全然転移者来ないじゃん?」
「平和で良いことだろうが」
「僕さー、転移者ロスなんだよね」
禎樹の場合、転移者騒動に巻き込まれたいという変態ではなく、転移者の姿を見て癒されたいという意味合いになる。
「転移者の写真とか持ってない?」
……ん? 金のにおいがするぞ……? もしかすると、一大産業が発掘されるかもしれない。
「普段写真撮らねえから沢山はないが、あることにはあるな」
「見せてくれるなら毎日ご飯おごってもいいよ。転移者の拝見代ということで」
俺がいつ金欠で飯が食えてないと言ったのかは知らんが、それなら飯という形ではなく、金という形で渡してほしい。無理して昼飯食うぐらいなら、その金ケチって振り込まないといけないんだ。
「単純計算週2500円の出費になるぞ? 金持ちかよ」
日替わり定食は毎日食っても飽きないのが利点なので、ずっと奢ってもらうなら選択肢はそれ以外ない。
「寧ろ一枚500円は安い方だよ。見たくても見れない人だっているのに」
「それはそうだ」
うーん、昼飯の為に毎日転移者の写真見せるかー? 現金なら見せたが、異世界で街ゆく人を盗撮し続けてそれが昼飯に化けるぐらいなら、別になくてもいい気がする。人間三食の内一食抜いたぐらいで死ぬ生物じゃない。
「まー考えとくわ」
現状知り合い異世界人の写真ぐらいしかなく、それを見せる気にはならないので、今は保留。本当に金策の宛てが無ければ頼る案として覚えておこう。
午後の授業を終え、いの一番に学校を飛び出し、憂さ晴らしで公園に寄ることもなく帰宅し……自主練の時間とかはなく、既に帰宅済みだったルミーナとマリアと机を囲う。
「地球での金策は異世界みたいに簡単ではなく、一筋縄ではいかないことは分かっている。だから、これからいくつかの案を考えようと思う」
事態は一刻を争う。まずは今週中に五万。それが払えないと、退居リーチになる。
「空調はルミーナの魔法で代用。トイレや風呂も魔法で代用。飲み物も魔法で代用。拳銃の練習は禁止。コンセントは全部刺さず、スイッチ系も全部押さない。飯は基本的に雑草食って、やばくなったら乞食するぞ」
人工島管理公社が一元管理している都合上、基本料金というものがない。抑えようとすれば理論上0円にすることは可能だ。ここは意図的に止める手続きを行う手間が省けて良かった。
「私が味方で良かったわね」
「本当に感謝してる。でもこんな形で魔法を使わせて申し訳ない」
「魔法の使い方に決まりなんてないわよ」
それもそうか。じゃなけりゃ生きてるものを殺すために誕生していない。転じて日常生活にも役立てる魔法が発展しただけだ。
「金稼ぎだが……とりあえず思い当たった方法を片っ端からやってみる。それが挙って失敗したら、無難にどこかで働くとするよ」
「悪足搔きはしてみるのね」
「言い方悪いな。まあ、普通に働いて稼ぐ気にはならんからな」
時間は金では買えないんで、極力楽して稼がないと本業が疎かになってしまう。
「あれは関係ありますか?」
方法の一つ目がもう始まっていると思ったのか、マリアは部屋の隅に置かれた謎の黒い袋を凝視しているが……
「なんだこれ。知らんぞ?」
いきなりアングラな稼ぎ方が始まるにしても、金欠がバレてるのは石塚と照平ぐらいなのでこうはならないだろう。袋に貼られた紙を見てみると……
「なんだ、結乃か」
依頼の類だろう。こっちもこっちで進めておかないと行けないので、現状稼ぎ方の案が思いついてない以上、先に着手する。
開封すると、中にはクソ長い物体が入れられていた。形状的に……銃。
「なにこれ……」
「あんのアホたれ発明家が3メートルのバレル銃を作りやがったんだ。こんな銃誰が使うっつーんだよ」
添えられたコメントには『産廃になるからプレゼント 砲の衝撃で大範囲に砂塵の発生有』って書かれてる……こちとらこの負の遺産を廃棄する金もねえんだよ。ただの押し付けじゃねえか。
「お金が帰ってきたからびっくりして物で返してきたんじゃない?」
「選択ミスだろー」
やな女だな。その厚意だけで十分だったのに。
「――マズい。マリア、隠しといてくれ」
するとベランダに気配を感じたので、このアホ銃の隠蔽を任せて楓と会う状態を作る。
「しゅうやん早いねー。ボクも急いで帰ってきたけど、全然追い付かなかったよ」
俺と同じく珍しく最後まで登校していた楓がやってきた。これから用事があるような恰好じゃない。でも曇った表情から、なんだかもう金欠に戻ったことはバレてそう。敵わないな、楓には。
言っちゃなんだが、時速四十キロは出てた気がするが……
「しゅうやん、大丈夫?」
「大丈夫じゃねえ。大丈夫だったら今こんなことしてねえ」
ありとあらゆる家電の音が消え、静まり返った室内で俺とルミーナはソファの上で灰になり、マリアも真隣でどうすることもできず正座したまま微動だにしてない状況は、異常事態の他ならない。
「最近分かってきたんだけど、あーちゃんは言葉で表現するのが苦手みたいで、接し方で表現してくるの」
ガムテープで接合された机に広がる振込票を見たはずなのに、話したいことは金銭面のことではなかったようで……
「ありがとうとか、寂しかったとか、素直に言えないからさ、過度にベタベタしてきて、ありがとうって表現してるの」
動物か何かか? って言いたいが、今は楓の言葉を遮る気持ちにならない。あまりにも喋り方が優しく、気持ちを落ち着かせるリラクゼーション効果があるように感じる。
「ボクはしゅうやんのことを知り過ぎてるから、ずっと一緒にいなくても安心していられるけど、あーちゃんはしゅうやんのことを知らなすぎる。だからちょっといなくなっただけで、毎日むせび泣きながら夜な夜な探し回ってるんだよ?」
それは……知らなかった。でも、そこまでする動機もわからない。何でそこまでして俺のことを追ってくるのか。楓みたいに、記憶にない過去に、救ったというのだろうか。
「ボクもしゅうやんは生きてるよーとか、確証がない事は言えないし、しゅうやんはちょっと変わった人だから、どういう人なのか説明することもできないからさ、止めることが出来ないの」
楓がどうしてそこまで石塚を庇うのかはわからないが……仲直り、してほしいんだろう。確かに今日学校で、石塚は珍しく一言も話しかけてこなければ、五メートル以内に近づいてくることもなかった。これは関係性を知ってる人から見れば、誰でも異常事態だとすぐにわかる。
「しゅうやんの魅力が溢れすぎちゃっててさ、部外者にここまで好意を持たせちゃったんだから、責任持って接してやらないといけないと思うよ? 今も家で泣いてるんだろうし」
ルミーナとマリアが、空気を読んでか寝室に移動していく。二人も、いくらバケモノ相手でも、あれはやりすぎだと感じているんだろうか。
「お金ならボクがいくらでもあげるからさ、気にしないでいいよ。ボクにはあげてもあげても返しきれないたーくさんの恩があるんだよ?」
「……金はいい。自分でなんとかする」
こうなった以上、自分で稼ぐことも覚えなくてはいけない。後一年ちょっとで、二週目も終わる。そうなったら、学生免除が消えれば大人料金が発生し出す。本格的に稼ぐ方法を確立しておかなければ、本当に楓無しでは生きていけない人間になってしまう。ルミーナに乞食と言われて気付かされた以上、すまないが昔みたいなダメ人間には戻りたくない。最悪新谷家に帰るか、異世界に逃げると毎回言ってるが、これもそうならないために言い聞かせているようなもんだ。
「俺にはお前がそこまでして石塚を庇護する理由が分からん。裏でつながってんのか? 俺の立場になって考えてみろよ」
何も悪くない楓に対して怒りたくはなかったが、何故かずっと中立的な立場にいることについて、この際真意を問う。
「確かにボクもそんな友達が居たら嫌だけど……」
「だろ? つまりそういうことだ。俺から謝るつもりはない。向こうが今までの素行を反省して改善してくれることが分かれば口を聞いてやる」
金輪際とか言っときながら、妥協点を用意してやってるだけ感謝してほしい。
〔萩耶〕
〔……〕
隣の部屋に移動はしたが、会話を聞かないようにしてるわけではなく……ルミーナから、言い過ぎ注意報が来る。
「……友達は、友達だからね。しゅうやんも友達だし、あーちゃんも友達。人によって扱い変えたらダメだよ?」
俺の遮るような反抗が止まったからか、少し様子見てから話しだした楓の主張は……もう聖人だよ。良い人過ぎる。俺には無理だ、楓と石塚を同じ友達として見ることは。仮に友達としてラインナップに追加したとしても、同じ扱いなんて当然できない。
「でも、楓のお陰でわかったことがある。こういう事情の人間は、同じ事情の人間としか引っ付かないほうがよさそうだ。普通の人間を、こっちに取り込んではいけない」
「なら、もうちょっとやり方を工夫しようね? あーちゃんも、悪い人じゃないから」
悪い人の定義に大きな差を感じるが……視点を変えれば、毎日俺の帰りを待って飯を作ってるとんでもねえ奴ともなるか。ホント、人の数だけ考え方があるな。
「適切な距離感を保つことも大事だけど、今のしゅうやんはちょっとやりすぎかなー? 嫌な時にちゃんと断れるのは良いことだけど、もうちょっとゆっくりね? 相手はどこにでもいる何の変哲もないごく普通の女子高生なんだから、同業者の接し方だとついていかないよ。困ったらいつでも相談に乗るからね」
ゆっくりやってて埒が明かないと感じ、今日遂に爆発した。よく考えれば、いつもああいう場面では楓が割って入ってきて、一緒に悪事を働くことがあっても、事なきを得ていた。でも今日は楓が来なかった。これまでの傾向で言えば、俺を上手くコントロールできる人間が不在で、やっちまった。……楓って、すごい奴だったんだな。いつも迷惑ばかりかけて申し訳ない。
「しゅうやんはボクのことどう思ってる?」
「大親友だ」
「いつでも気軽に話せるよね?」
「ああ」
「なら大丈夫だね!」
根拠ないなーと思ったが、二週目の相談をしたし、フレームアーマーとの付き合い方の相談もしたし、最近では今後の活動のアドバイスまで貰った過去がある。自然と記憶が根拠となっていく。
「本当に無理なことが伝われば、あーちゃんも自然と引いてくれるはずだから」
「はず、ねぇ」
「コラコラ、そういうところは拾わなくていいの! もー変に頭良くなっちゃったんだからー」
楓は笑いながら漫才のように軽く叩いてきたが……それが、今までいろんな奴から叩かれてきた中で、一番響いたな。物理的に痛いとかじゃなく、心が動かされたという意味で。
「もううんざりしてるんだろうけど、あーちゃんも粘り強いからさー、まだまだがんばってこう!」
「あぁ」
仕方がない。今回の所は、俺から謝りに行ってやるか。金は捲し上げたいところだが、強引に石塚対策セミナー受講料と認識してやる。
「ん……ちょっと待って? ボク、そっち側の人間判定になってないよね?」
「どうだろうな? 半半じゃね? あの時異世界人と俺の本性見てしまったから」
「半分は不可抗力じゃない⁉」
「まあでも今こうして楽しめてるだろ? いいじゃないか」
「えぇー⁉」
戦闘には参加しないのに戦闘に参加してる人よりも知識を持っている楓は、生き証人みたいな存在かな、敢えて例えるなら。まあそういう存在が居てもいいと思う。戦闘に参加していない人だからこそ思い当たることってあるからな。まさしく、ついさっきのように。
雰囲気も会話も落ち着いたからか、寝室からルミーナとマリアが戻ってくる。
「萩耶ってホント楓が友達で良かったわね。居なかったらバケモノが誕生してたわよ」
「はー?」
「今後も友達でいてね。私からもお願いするわ」
「うん! 当たり前だよ! 一番の友達だから!」
「謎の友情芽生えないでもらえます?」
あぁ、眩しすぎる。どうしてそんな笑顔出来るんだ。穢れた心が、浄化されていく。もし楓が異世界人だったら、回復術師かな。
「もしかしてあーちゃんのせいで大ピンチ?」
「お陰様で四か月滞納で四十万の支払いだ」
「毎週五万円以上の振り込み命令で、二週間滞納で退居だってよ」
「わお、それは酷いねー、想像以上だったよ」
改めて振込票の数々に目を通し、気が滅入ってくる。これ、今後の戒めとしてスマホの背景にしておこうかな。
「お金が無いならボクが養ってあげるから、バイトとかしなくてもいーよ?」
「ダメにしようとしても無駄だからな。自分に必要なものは自分で買う」
「しゅうやん変わったね~」
ここ最近は変化の連続だ。この金欠も、想定内とは言えない。俺の日常は、異世界人を味方につけると決意してから目まぐるしく変化し続けている。良くも悪くも。
「でも本当にマズくなったらいつでも頼ってね。しゅうやんが居なくなったらボクおかしくなっちゃう」
潤んだ瞳で見つけてくる楓は、なんて愛おしいんだろう。俺が何もかもやってもらう立場なのに、保護してやらないといけないと錯覚が起きる程に、魅力的で庇護欲をかき立たせてくる。まあ……お金を借りると利子ってもんが付くという知識はあるので、もしそうなったら無利子で貸してくれそうな友達から頼ることにする。
「早速でなんだが……飯、くれないっすかね? ちょっと今日の出来事濃すぎて、初日から飯抜きは耐えれそうにない」
「いひひ、しゅうやん甘々だねー」
楓はいやらしい表情をルミーナにも向けるが……何も返事が返ってこない。不服そうな表情をしている。流石にルミーナも腹減ってるんだろう。分かる、その気持ち。
「よーし、しゅうやんの舌鍛えちゃうぞーっ!」
「やめろぉ! これからの雑草生活に高級料理は毒だァ!」
何頼む気か知らんが、金の心配なんかいらん奴がチョイスすると碌なもんが出てこん。フカヒレとかフォアグラ級の高級料理なら寧ろ食う機会が無さ過ぎて悪影響は出ないが、チャーハンとかステーキのハイレベルが出されたら詰む。でも、本能には逆らえない。
〔……もう、乞食っちゃっていいっすかね?〕
〔萩耶って楓のオモチャよね〕
〔最近口悪すぎねえかおい?〕
地球に滞在する期間が長すぎて、学校では日那多の奇行を、家では石塚の奇行を見すぎたせいか、言葉に生えたトゲがかなり鋭利。この世の中正論役に回るとツッコミどころ多すぎてうんざりするんで、早いうちに引退してくれることを祈る。
「さーてと、都心部に行きますかー!」
出前を頼むのかと思っていたが、都心部で食うらしく……玄関の方に向かいだしたので、俺達もその後を追う。貰えるもんは貰っとかないと損だからな。
「……あれ?」
楓が玄関を開けると、目の前に直立不動の石塚が居た。見るからに、放心状態。
「出待ちかよ。おい……俺、こんな奴と和解しねえといけねえのか?」
「うーん。難しいね!」
「頼むから楓だけは冷静な判断をしてくれ」
仲直りを要求してきた張本人が思考を放棄してどうする。やっぱり被害者側を体験してたら気持ちが変わったのか? そんなんだと楓も無理して友達を継続してるんじゃないかと信憑性に欠ける。
「おい金銭泥棒。関わってくるなと言っただろ」
「……」
返事が無い。目ぇ開いてるというのに、珍しく微動だにしてない。ホラーゲームよりたち悪いだろ。
「だんまり決め込むな」
遂には石像と化して自宅に入り浸ろうとしてるのか? その発想力別のところで活かせよ。宝の持ち腐れだ。
「目開けたまま寝てない?」
「いやいやいや、そんなことできる訳……ない、だろぉ……?」
ルミーナの疑問に対して楓が人工島史上初のぷにぷに腹人間を突いているが、反応が無い。日々の奇行から、絶対にコンプレックスである脂肪を触られて平静を保てるとは思えない。
「やっぱりバカアホだろこいつ。もう知らねぇ」
こっちの語彙も大したことないが、言われてもわからんなら普通に日本語能力や読解力も欠落している可能性がある。発言の撤回は不要だろう。どうせ、邪魔は続く。今まで何を言われても継続したように。
一応石塚家にぶち込んでやっとく。口では言うつもりはないが、関りを持たないという発言に対しての否定にはなっただろう。……あと、いくら人工島は部外者が居ないとはいえ、家を離れる時は鍵ぐらい閉めろよな。
一人三千円級のステーキ暴力を受けるのかと思いきや、普通にファミレスで奢ってもらい……そこまで美食に引っ張られることなく、出費限りなくゼロ円生活スタート。出鼻をくじかれたくはないので、一先ず今週分の振込額を集めきるまでは学校をふける。軌道に乗って無ければ延長だ。
楓も協力の元、昨晩いくつかの案を考えたので、まずはそれの消化から始めていく。百均で買ったものを上手くプレゼンすれば石塚相手なら二万ぐらい儲けそうだが、それは夢物語にしておこう。
今日の起床時刻は四時。人工島は最先端の島なので、新聞のような情報を紙で伝達する文化などないが、例えばネット通販などの郵便物は早朝に置き配される。理由は退治の学生は授業時間が長いのと、夜は朝昼と比べて転移者の出現確率が高いからだ。
照平にお願いすると減給されそうだったので、人工島管理公社の他の社員に日雇いバイトを申請したところ、一日なんと四千円だ。三十件ぐらいを一時間以内で配達完了と命じられたが、三人がかりでやらなくても終わらせることができる。
都心部三区にある人工島管理公社で配達物を分配してもらい、一台だけチャリが貸し出されたので、俺がそれを乗って遠く離れた配達個所を回っていたら……
――バンッ!
(は?)
発砲音が聞こえた気がした。ウィリーの要領で前タイヤを浮かせ、ハンドルを思いっきり横に切った反動を利用して後ろタイヤも浮かせて180度回転し、止まったと同時に身を構える。
「なんだ、パンクかよ」
やけに年季が入ったチャリだとは思っていたが、パンクしてただのお荷物になりやがった。ていうか段差の衝撃でパンクしたらあんな音なるんだな。
「何やってんだ? 買いたいものでもあんのか?」
このまま強引に漕ぎ続ける訳にもいかないので、どうしようか考えてたら……愼平と出くわした。薄暗い中で筋肉ムキムキタンクトップ姿なんで、ゴリラでも現れたのかと思った。
見つかったタイミング的に『何やってんだ』はBMXまがい行動に対してではなく、こんな朝早くに何で配達作業しているのかという意味なので、
「まあそんなとこだ。お前もお前でこんな時間に何してんだよ」
「え? 可愛い子がランニングしてるかもしれんだろ?」
ああ、聞くだけ無駄だった。相変わらず動機が不純すぎる。破顔するな気持ちわりぃ。
「にしても時間早すぎるだろ」
「逆にこの人が少ない時間帯が良いんだよ。気にする必要がないから、ほぼ水着みてーな恰好で走ってる奴もいんだぜ? ほら、噂をすれば」
ホントじゃねえか。マジでほぼ水着みたいな露出度で走ってる女がいやがる。正直退治に学外でもここまで体力づくりに熱心な人間も居たことに感動しそうだが……この時間帯にあの格好だと確かに気持ちよさそうだ。でもいくら何でも油断しすぎだろう。人工島に怪しい奴はいなくても愼平のようなヤベー奴はわんさか居るんで気を付けてほしい。
「早朝ランニングすることによって棚ぼた式に美女と出会えるんだよ」
「……盗撮とかしてねえだろうな?」
今実質人工島管理公社みたいなもんなんで、この変態を逮捕できたら報奨金が貰える可能性はあるはず。念のため聞き出しておく。
「並走して雑談ならしてるぞ。筋肉談義だ」
「くれぐれもキモがられないようにしとけよ」
「いやいや、こんな逃げ道もないところで相手を攻めたら通報されて終わりじゃねえか。学校という後ろ盾や面白がる人間が居る場でしかやらん」
コイツ……頭が良いのか悪いのかわからんな。バカなのには変わりないが。
あの女性の元に行こうとしたので、腕をつかんで止め……
「ちょっと待て。パンク治してくれないか?」
「こんなことも出来ないのか?」
「不器用で悪かったな」
このこと一生煽ってきてもいい。どうせこのまま持って帰ると弁償させられるんで、タダで修理できそうなら頼むしかない。
「ほらよ、できたぞ」
はっや。流石はメカニック。ものの数分でパンクを直しやがった。修理キット携帯してたのは、ランニングじゃなくてサイクリング勢もいるからだろうか。あまりにも徹底しすぎてて気持ち悪いな。
「お駄賃は二人乗りで許す」
「あの女を追えってか?」
「あたりめーだろ。見失ったじゃねえか」
何だコイツ。やけにすんなりパンク修理してくれたなとは思ったが、最悪追う手段があったからしたのかよ。色んな女性が被害者になる前に早く最愛の女を見つけ出してゴールインしてほしい限りだ。
「いくら人工島でも二人乗りは犯罪だ。見かけたらチャットで教える。じゃあな」
見つけても教える気はねえけどな。
返事を待たずに漕ぎ始めると、愼平も女を探しに向かったらしく、目の前の角を曲がった瞬間、
「――硬ッ!」
なんか言ってるわ。女性とぶつかって走る動作の腕と相手の胸が正面衝突したようだが、基本的に業界人しかいないこの島で肉付きが良い人間は早々いない。とはいえ女性の象徴的部位に衝突して硬いは言い過ぎだ。
「女だとふにゃって衝撃緩和してくれる物体があるはずだろ? 平凡男子の胸筋並みの堅さがあったぞ。お前、普段どんなトレーニングしてんだ?」
気を逸らす口実なのか知らないが、話の方向が筋肉談義に移りつつある。当の女性も胸筋について気付いてくれたことが嬉しかったのか、羞恥心より自慢げな雰囲気がある。……アホらしい。女性の方を心配して立ち止まる必要はなかったな。
その後もチャリを走らせて荷物を送り続け、四時五十分。人工島管理公社の出荷場に三人で集合することができた。これで四千円。最高すぎるな。
またお願いしてもいいか聞いたところ、今回偶々量が多かっただけで頼る可能性があるかわからなければ、四千円も出るかわからないと言われたので、多分今日で最後だが……流れで、倉庫整理の仕事を紹介された。これもこれで退治の登下校のタイミングに合わせてコンビニなどの商品を充実させておく必要があるので、この時間帯と夕方五時ごろが滅茶苦茶忙しい。朝の作業の途中参加になるので、そこまでお金はもらえないが勿論参加させてもらった。
「十時からは付属小で着ぐるみの仕事でしょ? 三時間ぐらい、どうする?」
貰った缶コーヒーを乾杯する三人とも幸い疲れ知らずなので、このまま肉体労働を探してもいいが……一つ、やってみたいことがある。
「不確定要素だし、もしかするとゼロになる可能性もあるが、ちょっと運に頼ってみてもいいか?」
「ギャンブルに手を出すの?」
まさか……ギャンブルを知ってたとはな。流石にあの辞書には載っていないはずなので、自前で習得した知識の一つなんだろう。
「一度儲けを経験したら抜け出せなくなるんでしょ?」
「みたいなんだが、案外実力でどうにかなる物もあるらしい」
昔愼平から聞いたことがあるが、判断能力と情報量があれば必然になる場合もあるとか。三時間ぐらいだったら丁度いい感じにゼロになるか少し増えて終わるだろう。
「水の泡になっても知らないわよ」
「そうなったら責任持って稼ぐから一回だけ行かせてくれ」
この一回が一生続く展開にはならんだろう。そもそも人工島外に出ない事にはギャンブル系は無い。それに、今回はお金稼ぎの一案として挑戦するが、普段であれば行く時間があるなら鍛錬してないと命を落とす業界なので、今後行くことはないだろう。というか、大ピンチの今ぐらいしか行く暇がない。
まずはパチンコ。どうやら目押しってのができるなら絶対勝てるって聞いていたので、やろうとしたが……元手が千円からみたいなので、諦めた。ていうか通りかかったときに人のプレイ見たが、押したタイミングと止まったタイミングズレてなかったか? 嘘くさいな。危うく騙されかけた。
次に宝くじ。スクラッチってやつだと、削ってその場で結果が分かり、交換してくれるみたいなので、一人一枚ずつ買って運試し。
「4等ぐらいあたるんじゃない?」
普通の宝くじと違って一等が百万円なので、射幸性は低く天文学的な確率ではないはず。四等三千円ぐらいなら当たってくれそうだが……
「俺はハズレだな」
負ける前提で行ったらよくないとは思っていたものの、何もドキドキワクワクしない結果だった。せめて五等で三百円そのまま帰ってきてほしかったな。
「ほら、来たわよ」
「嘘だろ⁉」
ルミーナがどや顔で紙を見せてきたが……
「三百円か……でもちゃんと当たるんだな」
正直こういうの一等とか二等は意図的に入っていない作為的な奴だと思っていた。プラマイゼロで当たる印象を付けさせるっていうよくできた仕様かもしれないが、今のお財布事情からすれば一円でも帰ってきたのはもう勝ったも同然。
「当たりました」
「え⁉」
全然反応がないので外れたのかと思っていた。俺とルミーナはありえない速度でマリアの方向に視線を向けてしまう。
「ホントね……当たってるわ……」
「しかも三等じゃねえか。一万……一万⁉」
おいおいおいおいおい。マリアさんそれはちょっとやりすぎじゃないですかね? 三百円を数十秒で一万円に変えやがった。
「今日はマリアの日かもしれないわね」
九月九日がマリア勤労感謝の日というローカル休日に制定されかけながらも、続いて競馬場に向かうが……どうやらこの時間からはやってないようだ。近くにあったボートもやってなかった。馬なら異世界人だと見たら強弱が分かりそうな気がしたが……次の仕事の予約があるんで、ギャンブル系はここまでにして人工島に帰る。正直プラスで終われる気がしてなかったので、かなりでかい。ここで引いておくのもアリだ。というか、どうせここからは負ける一方だしな。
ファーストインパクトの影響ですぐ隣が海になっているギャンブルゾーンを離れ、そういや首都高速湾岸線は最終防衛ラインかの如く綺麗に残っていたんだよなぁと物流の要に思い老けながら、十時から一時間ちょっとの着ぐるみ仕事をこなしたが……
「これヤバいな。倉庫よりひでえ」
裏方に戻るなりすぐさま動物の着ぐるみを脱いだが……中の人間が見えたらダメという理由か、通気性が皆無と言っていい。動きづらければ視界も悪く、サウナより質が悪い。それでいて本日最安値の賃金だ。
白いキャミソール姿のルミーナも汗だくで肌が透けまくってるが……こういう時ぐらいはブラジャーなるものを着けなさい。次に異世界で提案すべき商品案が決まったな。
「いい運動になったわ」
マリアは俺とルミーナの誘導役だったので、着ぐるみにはなってない。俺もそこが良かったな。
ルミーナに水魔法で俺にも飲み水を分けてもらいつつ、
「これからどうする? 予約してたのはもうないんでしょ?」
「そうだな……」
三時ぐらいからは商店街を練り歩く予定。今週町の小さなイベントを開催しているとの情報があるので、そこで行われるミニゲーム的なので賞金を狙ってみようと考えている。今からまた数時間のフリータイムが訪れるが、同じ方向だったとしてもギャンブルの為にまた品川辺りに行こうとは思えない。
「スマホでできる奴があるから、寄り道しながら商店街行くか」
探せば他にもいっぱいあるんだろうが、今回目を付けたのは主に三つ。一つ目は空き状況や所在地、営業中か否かを確認して情報を更新する、要は現状を報告するお手伝い。単価は低いが、移動しながら書き込めばいいので塵積案件だ。二つ目は不満を投稿するだけ。商品の改善に役立てるために収集してるらしいが、金欠からすればいくらでも改善しろと思うことぐらい思いつく。これは質に応じて値段が変わるらしい。三つ目はシンプルに出前配達。飯の配達は冷めないように、崩さないようにという鉄則があれば、食欲という人間の三大欲求に関わるので、都会だと需要が半端ない。しかもやってみると結構儲かる。チップ制度なるものがあり、高速に且つ丁寧に提供できれば、意外とくれる人がいる。これは今後もやる価値アリ。
「さあ今月も始まりました月一恒例行事といえばこれ! そう! 挑戦に成功して景品を貰おう! です! 今月は誰が成功するのか……はたまた、誰が失敗するのか……見所たくさん! それでは、今月も堂々開始です!」
結局殆ど出前配達しかしてなかったが、三時になったので商店街に向かったところ、ちょうどイベントの開催挨拶をやっているところだった。
続く「この企画は以下のスポンサーの提供でお送りします――」は全く存じ上げないが、
「あれ、何円なんだろうな」
「一日三千円ぐらいじゃない?」
今は全てを金で見てしまう。地域の老人五名程度から見られただけの状態で司会進行するというクソ甘バイトどこで探し当てたのか是非とも聞かせてほしい。
この手のイベント景品は大抵この商店街でのみ有効な商品券や、ゲーム機や家電、米俵というパターンが多い印象があったが、ターゲット層に子供もいるからか、なんとオリジナルデザインの図書カードが景品らしい。図書カードだと本をよく買ってる禎樹が現金と等価交換してくれそうなので、今回大人げなく全勝を狙わせてもらう。
まずは米五キロジャスト計量チャレンジ。一組様一回までなので、誰でも米関係なく五キロ測れそうだが……ここは一番家庭的なマリアが挑戦。そしてしっかりクリア。一グラムも誤差なくクリアしやがったが、そこはプラマイ二ぐらいを狙わないと怪しまれるってもんだ。ジャストなのに無表情だし。
次にぶら下がり耐久。計量チャレンジは景品千円だったが、これはトーナメントということもあり一万円だ。地域の力自慢がたくさんエントリーしてたが、相手が悪かったな。俺が難なく一万円ゲット。
最後にタッグ早押し大会。なんと優勝賞金五万円。これには流石に現地民の俺とマリアより積極的に話すルミーナで参加するも、あまりにも地元密着型問題すぎて地球人でも理解できない始末。一応辞書に載るレベルの問題や時事ネタには相当答えられたので、三位入賞で五千円だ。もらえないよりマシか。
「じゃんけん大会でお肉頂きました」
「やっぱりマリアの日だな!」
早押し大会中に他のイベントに参加してたみたいで、高そうな木箱に入れられたお肉を見せてくる。うっわ、でけえし霜降りやべえ。現金が一番うれしいがこのレベルの肉を見るとどっちも変わらんように思えてくる。何となく気持ち的に今日飯抜きは耐えられそうになかったので、ちょうどいい。
「私が丁寧に焼くわよ」
「焦がすなよ?」
「向こうじゃ常識でしょ」
そういやそうだった。地球に居すぎて感覚が薄れていたが、出会った当初はルミーナが魔物の肉を魔法で焼いた奴をその辺の雑草と共に食ってた。
「腐る前に家帰るか」
金稼ぎをしないといけなければ、鍛錬も行わないといけない。何なら夜の時間帯は転移者騒動も起こり得るので、今日の金稼ぎはこれ以降予定してない。
「あとは、何も跳ね返ってこないことを祈る限りね」
「不吉な事言うなよ、勿怪の幸いではあるけどさ……」
一通り商店街の金のにおいがするイベントには首を突っ込んだので、人工島に戻ってから雑草ハンティングしていると……
「やや君! 宝物探し行こ⁉」
ドタバタ足音立てて呼吸を乱しまくった石塚が帰ってきた。ダイエット目的には見えんが、まだ走るっていう選択肢があったみたいで肥満の進行はもう少し抑えられそうだな。
宝探しと聞いて瞬時に振り向いたが、全く懲りてない石塚が手に持ってた紙には宝石がどうのこうのって書いていて、全然金のにおいがしない。ああいうやつって、取れなければ取れても小さすぎて売る価値ないんだよな。
「その調子で運動でもしておけ」
こちとら食える雑草探しで忙しい。最近のスマホは発展しすぎて、カメラに映すだけで同じにしか見えん草の詳細を教えてくれるとはいえ、食えると明確に書いてるものも中々見つからない。
「今何円あるの? あやは財布の中に5000円あるから行けるよ?」
いつ賛同したのか知らんが、勝手に行く前提で話を進められる。頼むからちゃんと耳掃除して日本語教室にも通ってくれ。
「ふっ、俺の方が三円多い」
「三円ぐらい……」
「人の全財産をバカにするな! 一円も重要なんだぞ!」
ホント金持ちはお金の大切さを理解してない。楓も時々お金持ち弄りしてくるし、持つもの持ったら人間可笑しくなるんだろうな。現に少し前の俺も楓から心配されてたらしいし。
いい感じにお金の話に持っていけて宝探しの件は流れたかと思っていたのに――
「なら一万円あげるから一日彼氏になって!」
……はい? お前、その機転の利かせ方、どこで習った。愼平か? ドラマか? わけわからん本か? 最悪すぎる。隣で知らんぷりしたまま草をむしっていたルミーナも世界の終わりみたいな表情で石塚に振り返っている。
「人をお金で買おうとするなアホ」
バカだから金銭面で物申せばすんなり付いてきてくれるだろうという魂胆で言ったとは思えんが、今のお財布事情的にクリティカルヒットすぎる提案がされてしまった。
「だって一緒にいたいんだもん」
「もっといい方法を考えろや! 金で解決するな!」
石塚の中で現金で買える物という認識にはなりたくないが、金欠の今致し方ないのかもしれない。
〔もちろん行くわよね?〕
〔何でルミーナも行く前提で話してんだよ〕
〔だって行ったら今週分は突破できるわよ。もう夕方だし、いい提案じゃない?〕
〔チッ……〕
持ち合わせと口座残高、直ぐには振り込まれない給料分も合算した今時点での全財産は――ほぼ四万円。石塚の話に乗れば、確かにたったの一日で今週分の振込はクリアできる。
長い、長い葛藤の末、
〔……いや、一日はダメだ〕
俺は! 絶対! あの肉が食いたい! あんな肉、自分の手でつかむには、賞品という可能性に賭けるしかないんだ。それが、本日のラッキーガールによって手元に現れたんだ。逃すわけには、いかないだろ!
「一時間、五万円からだッ!」
〔なんか値上がりしてない⁉〕
くっそ……今のお財布事情的に、一万は絶対に欲しい。でも、こいつの相手するのは絶対に嫌だ。せめて……せめて……! 五万は要る! じゃないと、精神的に死ぬ!
「ちょっと高いよぉー二時間にしてよ!」
二時間はキツい。宝探しで一時間持ってかれるとしても、その後に予測不可能な一時間が待っているのは胃薬飲んでも抑えられん。せめて、時間の上限は一時間だ。いくら金を積まれても、時間は伸ばせない。それに、今から二時間後は、平気で八時過ぎる。俺んちに肉という存在は、残っていないだろうッ。
「なら一時間三万だ」
「二時間六万円は?」
石塚はどうしても一時間以上欲しいんだろう。だが、そこだけは絶対に譲れない。
「……これが最後だ。一時間二万。以上」
「わかった!」
いいんかい。こいつもアホだろ。俺と一時間遊ぶためだけに二万払うとか。
〔ギャンブルより立ち悪いわね〕
それは彼氏になるために金銭が発生することに対してなのか、そういうシステムを開業してしまったことに対してなのかはわからないが、
〔彼氏として接しないといけない。ヤバくなったら助けてくれ〕
〔勿論よ。私も気持ち悪い映像共有されたくないし〕
気持ち悪いって……これから一時間の間に何されるんだよ? 宝探し、なんだよな?
「じゃあやや君! あや着替えてくるねっ!」
「はいタイマースタートなー」
今まで見たこともないキラキラした表情の石塚は、体重に反比例して軽やかなスキップで自宅に消えていった。頼むから衣装チェンジに三十分ぐらい要してくれ。女って化粧に時間かかるってのは耀傷で実際に味わったからな。
着替えてくるなり逃げられないようにか、腕をガッチリ組んで指先まで絡めてきた石塚に連れられ、都心部に向かう。幸い人工島外にはいきそうにないが、ホントに一時間になった瞬間どこであろうと帰るからな。唯一怖いのは、先払いにしなかったからちゃんと二万払ってくれるかだ。
「あれ? しゅうやんは? るみるみ一人は珍しいね」
萩耶石塚疑似カップルが出発してから数分後、入れ違うようにレッスン帰りなのかジャージ姿の楓がアパートの敷地内にやってくる。
「石塚と産業革命よ」
マリアは魔族で臓器の作りが人間と異なるようで、仮に毒性がある草であろうと食ったところで体が麻痺したり呼吸困難に陥ったりしないらしい。今自宅で沢山採取した草を毒見し、食える美味しい草と食えない・マズい草を分類している。
「ちょっと相談があるんだけどいい?」
「どしたの?」
楓は誰とでも打ち解けられる特殊能力じみた才能を持っているので、元々友達の友達状態だったルミーナとも相談し合えるレベルには仲が良い。
「萩耶が……」
「ボクたち以外に浮気でもしてるの? それは許せないね」
「違うわよ」
疑似的にではあるが、今そのような状態になってしまっているので、そこまで威勢よく返事できなかった。
「あは、そういう話じゃないんだね」
ボケる余裕があるのは今起きてることについて無知だから。お金が発生する以上、気軽に情報を共有できないので、今の二人のことについては伏せたまま話を続ける。
「明日からカフェでバイトするんだけど、私たちも働けると思う?」
切羽詰まって金稼ぎに邁進すると、ただでさえ異世界に行ってて登校できない期間があるのに、必要以上に欠席日数を重ねてしまい、特に義務教育期間のルミーナは進級問題に関わってくる。コンビニ振込が平日且つ十七時までしか対応していない無人コンビニ完全キャッシュレスである人口島特有の謎仕様により、初週は平日強行してお金を稼いで支払いを済ませたが、来週からはそこまで急ぐ必要はない。何より学校が休みで需要も多い休日に荒稼ぎできるので、金曜の振込を難なく済ませることができてしまう。都合上余裕がある平日……残り日数は、学校に通いつつまったり稼ぐことにしたので、ツテがあるカフェのバイトという択になった。
「それはスキル的にってこと? ボクでよければカフェがどんなとこか教えるよ!」
メイドとカフェ店員は、基本動作は似ていることが多くても、作業内容は全然違う。楓にカフェバイトの経験が無くても、ある程度日本で暮らしていれば誰でも飲食店の店員がどんな仕事をしているのかは粗方想像がつく。
「そうじゃなくて、私ってほら、異世界人でしょ? 今住民であることを偽装してるんだけど、この状態でバイトできるのかなって」
「あー」
ルミーナが抱いていた疑問は想像以上にディープな話題で、楓でも話に詰まる……かと思いきや、
「でも向こうもそんなに気にしてないと思うよ。ちゃんと働くかどうかは見極めても、どこで何してるんだろーとまでは探らないよ! モラルだね!」
正直自分に泣きついてくるかもと期待していたところもあったので、この成長には背中を押してあげたい気持ちがある楓は、それが真実か噓かわからなくてもマイナスな言葉は口に出さない。
「そもそもしゅうやんみたいないつシフト入るかわからない人雇ってくれるんでしょ? 多分相当優しい店長さんだと思うよ!」
「それもそうね」
人工島内のカフェならまだしも、バイト先は人工島外にある。重労働かはわからないが、かなり好都合なバイト先を発掘している。
「そのカフェってどこどこー? 見に行きたいから教えてー」
カフェということは三人のウェイトレス姿を見ることができる。その店のコンセプト次第ではメイド服の可能性もあれば、萩耶が女装して萩華になっている可能性もある。
「私が教えたって言わないでよ?」
「乙女の秘密だね!」
楓の楽しそうな笑顔につられてルミーナも笑顔になり……マップアプリでカフェの場所を探す。
「えっ、すごいとこに行くんだね……大丈夫かな、しゅうやん……」
ルミーナが「ここっぽいわ」といって楓の指を止めさせたのは、とても賑わっている場所とは言えず、住宅街に小さな神社まである飲食店の雰囲気を感じさせない場所。そこにポツンと一件、確かにカフェのマークがついている。
「どうしたの?」
「いやー、なんていうか……穴場? みたいなんだよねー……」
かなり言葉を選んで濁したが、スマホ画面に映るのは評価五件の星二。写真を見る限り、出来立てほやほやで評価がついてないって感じではない。逆に都会にこんな酷い店が紛れていたのかと思うと、不思議と萩耶のような人間でも雇ってくれると辻褄が合う。
「仕事っていっぱいあるから、自分に合わなかったら直ぐ他を探すのもアリだからね」
そういうのも経験ということか、直接的にはフォローしなかった。
「あ! 今日の話聞かせてよ! 学校休んで五万円到達した話!」
「いいけどそんなに期待する話じゃないわよ?」
「いーやー絶対面白いから!」
普通に考えて一日で五万は何か起きてないと中々たどり着かないので、楓は色々済ませてから新谷宅に向かうことにした。
「あはははは! まりまり豪運だね!」
石塚との地獄の一時間……とはならず、本当に宝探しに行っただけで終わった。早く終われの一心で宝を探しても見つかる訳もなく、俺は収穫ゼロ。石塚は小さな欠片三つぐらい発掘して大喜びしてたよ。
「あれ? 楓も居るんだ」
家に帰りつくなり楓の笑い声がしたので、肉の存在が脳内をよぎったが、まだ香りはしてこない。雑談に華を咲かせているんだろう。
「やっほー! しゅうやん仕事お疲れ様! もう今週分払えちゃうってね! 凄すぎ! 流石しゅうやん! 神!」
「白米提供してくれたから呼んだわ」
「カモネギかえたんだよ~!」
誘おうという発想には至っていなかったので狙った人かは微妙だが、そんな心の狭い奴発言はする必要は無い。
「いやー助かるな。正直この肉には米だよな」
正直言って人数も三人前とは思えない程でかかったので、一名増える分には全然いい。雑草サラダも置かれているが、いくら安全でも変なチャレンジ精神出されて食われ、調子可笑しくなられるとマズい。食べなくて不健康になるぐらいなら食べて不健康になった方がいいのは俺達だけだ。しれっと楓の位置から取りづらい配置にずらしておく。
〔なにもされなかったようね〕
〔あぁ、怪しさは満点だったが。二時間だったら人生終わってたかもしれん〕
一時間経った音が鳴り響いた瞬間「えー!」って叫んで不貞腐れた後、二万円を渡されるかと思いきや四万円渡され、危うく受け取って一時間延長が入るところだった。やけに硬かったが、器用に二万円だけ抜き取れたのは僥倖。しっかしこの世の中は幸運イベには帳尻合わせの悪運イベが訪れる仕組みらしい。
「お肉も魔法で焼くんだよね?」
カーテンを閉めてはいるが、部屋の明かりが本来出るべき場所から出ていなければ、怪しんで突撃してくる人間が二名ほど存在している。ルミーナが魔法で発生させた明かりは、全て照明と同じ場所から発光させているので、メーターを盗み見られない限りは判断付かないだろう。
「当然よ。火加減も任せなさい」
「やったぁ! 魔法料理初体験だ!」
何だかんだまだ異世界に連れて行ってなければ、食わせてもらう身なので魔法調理を提供する機会もなかったな。
「普通の火と変わらんぞ?」
「しゅうやんそういうのは言わないの」
「さーせん」
例え普段と何も変わらなくても、この特別感を大事にできて楽しめるところは見習わないといけないな。少なくとも現実的な思考をするより人生が華やかになる。転移者という存在が訪れながら、人生に刺激を感じる機会が少なくなっては世も末だ。
明日からはカフェで賄い飯を貪れることを期待して、直近では最後になりそうな自宅飯を食らうことにする。
翌朝。コンビニで今週分の支払いを済ませ、十時に開店するらしいので、それに間に合うよう一時間早く目黒にあるバイト先のカフェに到着した。今日も平日だが、何もわからない状態で忙しい休日に仲間入りし、足を引っ張る訳にはいかない。ある程度の仕事内容を把握できるまでは平日でも構わず仕事に出るが、今日一日でギリギリ迷惑かけずにこなせるレベルには仕上げたいところ。
「神社に併設してるのね」
実はこの稲荷神社、週一で通っている。新谷家の人間が週一。新谷家は神と精通。つまり、この神社には特別な意味があり……俺達みたいな不定期人間でも雇ってくれる理由は、ここに隠されている。労働は発生するが、神の力で産まれた闇金ならぬ神金の慈悲を貰いに来たに近い。セーフよりのグレーといったところか。
やけに狐の置物が多い神社に祈祷してから、開店準備中のカフェに入る。
「噂をすれば来ましたよ、異界の人間を連れて」
汚いわけでもなければおしゃれなわけでもなく、ごく普通のチェーン店のような内装の店内に入るなり、バイトの先輩にあたる人らしき人物からいきなり嫌味っぽく言われる。誘導尋問の可能性もあるので、ここで言動に変化を出すとかなり怪しい。ルミーナとマリアは表情一つ変えてないが、契約の恩恵ではかなり強い警戒心が伝わってくる。
「んだてめぇ、人聞わりぃな」
「余の部下じゃ。あまり強い言葉を使うでない」
身長162センチの、あまり戦闘を生業にして無さそうな豊かな体型を有しながら、引っ込むところは引っ込んだモデルのような肉付きの女は、モップの上に組んだ腕置いて俺達を一人ずつ見てくるが……
「こりゃ失敬。狐の連れだったか」
それなら知ってても納得だ。女神の神使である狐も今は身長144センチで子供のような見た目をしているが、どちらも神ってことになるからな。今の人間の姿は、どちらも化けの皮。ここを拠点に気が向いたときに地球を偵察しているとは聞いていたが、今回部下も連れて降臨したらしい。
「どういうこと……?」
ルミーナとマリアは新谷家が神と親しい関係にあると知っていても、今目の前にいる人間らしき生命体が神だとはわからない。神だと仮定して見ても、違和感なさ過ぎて神という認識が根付かないだろう。新谷家とは700年以上前から付き合いがあるとは言うが、現代のトップである俺ですら今目に見える存在が神とは思えない。
「神じゃ! 崇め奉るが良い!」
「俺が良く言う神を指すのはコイツだ。今はこの見た目だが、ちゃんと神だ」
この見た目以外の狐を見たことがなければ、年齢や名前とか謎な部分は多いが……別にこれ以上気になりもしない。ご神託扱いになる質問は、していいのかもわからないからな。他に悪影響が出たら嫌だし。現に新谷家にはこの人の手によって色々な革命が齎されてきた歴史が証拠として物語っている。
約600年前、小さな狐の妖怪のような人物が突如新谷家の敷地内に現れ、それから交流が生まれていった。当時の新谷家の人間が生きているはずもなく、あくまで伝承という形ではあるが、神が新谷家に間接的に語り掛けて力を授けたのではなく、神と実際に会って力を授かったということなので、今目の前にもいる狐を通して取引したんだろうが、その真相は正直どうでもいい。神だから数百年経った今も当然生きていて、カフェを営んでいない時――京都分社にある総本宮に居るか、この世界に存在していない――隣の稲荷神社を通して、それこそ念話のような感覚で対話を可能としている。もしかしたら昔から転移現象は起きていたのではないかという説が自分の中で一度浮上したが、そこに対しても明確に聞いたことはないし、俺が生まれてない時の話を聞く気にもならない。
最初っからエル・シリーズや刀剣を与えてきたのはなく、まずは新谷家の面々と相互信頼関係を築くために、当時全都道府県に点在していた新谷家の中心部に神の力を仕込み、立体魔法陣のようなものを形成させた。それが認識阻害や会話の傍受阻害の他に、自然治癒力の増進や疫病無効などの効力を発揮していた。前に零麗と紗結と話したが、今はもう多少の認識阻害ぐらいしか残ってないが。
これで神だという事実を全然受け止められないルミーナとマリアが呆然としていると……
「そんな幼稚な見た目で神と認識しろという方が無理ありますよね」
部下が空気読めない発言をぶちかましてくる。なんか既視感あるな。結奈の部下もこんな感じだった気がする。
「なんじゃと⁉ 先輩に向かって何を言う!」
「この世に忍ぶ人間の容姿だと、威厳が見えてきません。選択を間違えておられるかと」
それには確かに新入り三人も激しく同意なんだが……
「ちっこい方が動きやすいのじゃ!」
一度決めたらもう一度変更するために、異世界でいう魔力みたいな神界隈で用いられる能力指数をかなり消費するのか、容姿弄りに対してかなり敏感。ただ部下は根は優しそうな印象が垣間見えたのは良いことかもしれない。
「お主も大層な物ぶら下げておるではないか」
狐は真っ白なワンピースを着ているが、部下はウエイトレス姿。細いウエストとの対比で胸が余計強調して見える。ルミーナ級とは行かないが、大きいと部類される方ではあるだろう。
「この地の男性には刺さるとお聞きしたので。大きいと邪魔なので、この程度が丁度良いかと」
このカフェの営業方針ではなさそうなので、あくまでお客さんのリピート率を上げるための一案なんだろう。カフェとして儲けを出すのが目的ではなく、一般人として潜伏して情勢を把握するのが目的だろうと、怪しまれて避けられては元も子もない。
「そちはうちの胸どう思いますか」
「え、知らん。ちょうどいいぐらいなんじゃないか? 知らんけど」
マジでわからんって。無責任にも戦闘に於いて邪魔か邪魔じゃないかぐらいの勝手な判断しかしたことない。気持ちに刺さるか刺さらないかの基準で見たことが無い。せめて腹筋とか大腿筋とか、筋肉にしてくれ。
「それでなんだが、ここでは何をしたらいいんだ? もう少しで開店時間だろ?」
「まずは着替えてもらいましょうか」
いきなり虚空に服出すじゃん、部下の人。これにはルミーナも目を見開いていた。
神の技で出された服を受け取るが……
「なんぜ? 俺男だぞ?」
あり得なさ過ぎて『何故?』と『何で?』が合体してしまった。
「男性用を形成するのは面倒なので」
女装するこっちの面倒の方が遥かに上だろ。
「やっぱり女装なのね」
「こうなる気はしてたけどさ……」
ウエイトレス姿になるのはいいとしても、せめて別室用意してくれませんかね? ルミーナとマリアは異世界人だから躊躇せずにこの場で着替え始めてるが、他の誰からも見られていないとはいえ、地球人で異性で女装を強いられている身には公開衣装チェンジはハードルが高すぎる。かといって神に睡眠や休憩場所は不要だからか、このカフェにお手洗いや裏方という場所が存在しやがらない。あーもー最悪すぎる。
「日当いくら出してくれるんだ?」
女装を何回しても未だにワンピース系の服の着方が頭から突っ込むのか、足から持ち上げるのかわからない中、腹いせに給料を聞くと、
「お主最近悪運続きじゃからの。好きな金額を言うが良い」
「は……?」
パンイチ状態で、服を着る足が空中で止まってしまった。女装までさせといて東京の最低賃金据え置きとか言われたら拳が出るところだったが、まさかの自己申告制と来たか。
〔何円が妥当なんだろうな?〕
〔一時間2000円以下だとは思うけど……〕
ルミーナも聞き返されると思っていなくて、困惑気味。正直なところ、1500円以上2000円以下だろうが……
「俺達色々忙しいからな。一人につき日当で5000円はどうだ?」
途中抜けの事態が頻発するはずなので、時給換算よりお互い楽だろう。学校終わってからここに来てると19時になるので、カフェという都合上平日はほぼ働く機会がないだろう。それでも5000円貰えるのはかなりの儲けもんだが、休日フルで働いても給料が変動しないので、そことの兼ね合いで上手い具合に妥当な金額になるはずだ。
「もっと法外な金額を言った方が得しますよ? いいんですか?」
「貰いすぎても良くないからな」
神の力で湧いてくる金に対して理想論を持ち出さないのは変な話かもしれないが、ちゃんと対価として得た金じゃないと周りの人間が違和感に気づいちゃうからな。
「人間は面白いですね。そんなことで人間関係に影響が出るとは」
やっぱ舐めてるだろこの人。神の力で人間関係を気にしてると勝手に読み取り、すげえ皮肉そうな表情で見てくる。
「それじゃ開店するかの」
いつの間にかマリアが掃除をしてたようで、床掃除に窓ふき、全席にカラトリーの配置も済ませていた。見ただけで業務内容把握できるの流石だな。
狐から渡されたプラカードを店の扉にぶら下げ、いざオープン。
「ふつーに耳とか出したままやってんだな」
「稲荷神社っぽくて良いじゃろ?」
「変なこだわりね」
人間の位置に耳はなく、頭に耳が生えてるので『狐』という仮名で認識しているが……一般客からはコスプレだと思われているんだろうか。それとも、神だからそもそも認識できないか、そういう思考に至らないように記憶改竄が起きているのか。なんにせよ謎。
こういう異世界人っぽい見た目なので禎樹みたいな変態が来たり、ここのコーヒーはどうのこうのと根強いファンでもいきなり来るかと思っていたが、平日ということもあってまだ客は一人もやってこない。
十分ぐらい経ったか、マリアもすることを失い厨房に五人横並びで直立不動になってしまう。そのまま……一時間が経過した。
「人、来ないわね」
冗談でも「まあ、平日だしな」と言えないほどに人が来てない。外食文化の異世界人からすると地球の飲食店の客入りはこのぐらいの時もあると考えられるからか、あんまり違和感に思って無さそうだが……これは、明らかに異常。神が営んでいなければ来月には空きテナントになっている程には。別に周辺の人通りすらも死んでいるわけではない。五分に一人は行き交っている。でもこの店を見向きもしない。ここにこの店が存在していないような無関心さだ。
念のためちゃんとオープンの札が下げられているか確認しに行くが……しっかりオープン表記になっている。反対の面はクローズだが、重量的にも悪戯されない限りは突風でひっくり返ったりはしない。
「今日は不漁か? 普段何人ぐらい来るんだ?」
「多くて一人じゃな」
「まじかよ……」
外観や内装に変なところはないので、それじゃあ寧ろその見た目のせいで近寄られてないまである。東京の中でも田舎って程じゃないのに、パソコン広げて作業する奴一人ぐらい来てもおかしくないはずだ。
「いつもは何やってんだ?」
「神のお仕事やってます。そちには無関係なので、邪魔しないでください」
「うっす……」
魂が抜けたような見た目になってたのは神の世界? に行ってたからか。一応仕事中なんで話してもいいのかもわからず黙っていたが、そっちが並行して作業しているならこっちもやっていいだろう。
「勉強とか本読んでていいか?」
「ダメじゃ。客に変な姿見せるでない」
〔いやいや、その客がいねえし、魂が抜けたアンタらの方がこええし……〕
つまりは俺達も魂を別の所に移せば何しても良いってことなんだろうが、人間にそんなことできる訳が無い。そういう系の魔法も知らん。念話で話しててもいいが、実態はマネキンになりきる必要があるのは新手のブラック企業すぎる。
更に二時間後、暇すぎてスクワットしたり、三人で念話内しりとりをしてたが……昼飯に来る人すらいない。もう一時なんで、これ以降はもっと厳しいだろう。
「流石になんかすることないか? 食器洗いとか、仕込みとか、買い出しとか、なんかあるだろ?」
暇すぎる。あまりにも暇すぎる。忙しすぎる方がまだましだ。直立不動で日当5000円はもはや安すぎる。もっと高値を要求すべきだった。拷問体験か何かにしか思えない。
「食器洗いはあやつの指パッチンで解決じゃ」
狐の姿に戻ってくるまでに時間を要したのか、多少のタイムラグがあったが……ならいっそのことそれで掃除もしてくれよ。人が来たら接客するロボットになりきっていいなら、少しは気が楽。この状態維持プラス掃除仕事はミスマッチだ。
「メニューにサンドイッチがあるが、仕込みはないのか?」
そもそも他の飲食店でも作り置きをしているのかは疑問だが、客が来たら直ぐに提供できるように準備することぐらいはできるはず。いくら一日に一人ぐらいしか客が来なくても、五名分ぐらいを作り置きしておくと提供スピードを上げられ、顧客満足につながるはずだ。サイズにもよるが、最悪五個ぐらいなら残っても夜飯として従業員が消化できるだろう。
「指パッチンで作るから問題なしじゃ」
「見境ないわね……」
神に対して挑発的な発言をかますのは心臓に良くないな。相手が知り合いの神だったから良かったものの、もう少し自分を卑下していただきたい。まあ、これだけ暇を持て余したら毒づきたくなる気持ちもわかるが。
料理するっていうか、生成するって認識の方がしっくりくるが……
「コーヒー豆とか、買い出しも……」
「指パッチンじゃ」
ですよね。全て神の力で解決ですよね。
〔はー……こりゃあ本格的に客が来ねえとやることねえじゃん。ただの掃除役か?〕
〔せめて何かさせてほしいわね〕
これじゃ何の経験にもならない。いくら自由人間でも雇ってくれてお金がもらえても、暇すぎるともう明日以降からの出勤が怪しい。
「流石に暇すぎる。集客してきていいか?」
「仕事の邪魔しないでください」
これには大きなため息が出る。ならもうこの店閉じちまえよ……カフェに扮する必要ないだろ。活動拠点をわざわざ飲食店にする必要が何一つ思い当たらない。神はどんな仕事をしていてどれだけ忙しいのかは知らないが、まだ普通の自宅としてこの場所を持っていた方が絶対にトラブルも起きにくくて良いはず。
二時頃、狐の部下が指パッチンで生成したドリアを食す。飾りっけない見た目なのに人生で一番美味く感じるような味だった。なんか伝わってくる味覚と脳が感じる認識が一致してなかった気がするが、タダ飯が出来たので満足。
〔明日からも続けられそう?〕
〔……無理だな。このままだと暇死する〕
いくら金稼ぎが目的でも、耐えられないラインがあったみたいで……実はとっくに、超えている。今にでも抜け出したい。狐たちは俺達がどれだけ忍耐力のある奴か試しているのかと考えて少しは延命できたが、こいつらが反応しなければそれはもう疎外感が半端じゃない。
〔給料は良いから、平日だけにしない?〕
〔金は要るからな……〕
天秤だな。営業開始時間は十時と判明しているが、閉店時間は聞かされてなければ、店のどこにも明記されていない。この調子なら夜中にいきなり魂戻ってきて「ごめん、もう帰っていい」と言われかねない。何なら神は寝なくていいはずなので、流れで数日間ぶっつつけになる可能性もある。給料の指標を決めたように、労働時間や労働環境などの取り決めも行った方がよさそうだ。
「お、客が来たのじゃ」
三時頃、いきなり狐と部下が魂を肉体に戻し、動き出したかと思うと……三十秒後に本当に客がやってきた。こっちを見ているような視線を感じなかったので嘘だと思ったが、全知全能の神の発言に噓偽りは存在しなかったな。
俺達三人もようやくと言わんばかりに肩を回したり足首を回したりし、接客準備を行う。一般人の目につく場所は神の力が用いられていないので、注文は紙でとることになっている。歩くという行為ができる喜びを始めて実感するかもしれない。
やってきた客は、三名様で……
〔あれ、楓じゃね?〕
〔そうみたいね〕
かえで状態で居るからか、多少変装してはいるものの、知り合いが見れば確実に楓本人だとわかる。
双子で楓と酷似しているので見分けがつきにくいが、色白の人は楓の妹だろう。でももう一人の女性が全く見当つかない。企業の方だろうか。車のカギとスマホを机に置いたので、少なくとも成人女性であることはわかる。
「ご注文はいかがなさいますか?」
萩華状態で注文を取りに行くが、いつも萩華がする格好と異なっていれば、女声の経験値も相当上がってるからか、萩耶であることがバレていない。知人に女装がバレてないのはかなりモチベ上る。
「ん~どれにしよっかな~っ。わっ! これ喫茶店っぽい! ボククリームソーダで!」
「僕はアールグレイをお願いします」
「アイスコーヒーで」
楓はいつもの調子として、紅葉は丁寧な口調で、謎の女性は言いなれた口調で注文してきた。
「少々お待ちを」
少々どころか、持ってこようと思えばもう持ってこれるけどな。
「るみまりと話してくるね!」
「知らない子たちだね」
「はい、どうやら萩耶さんの兄妹みたいで」
ショートヘアにウェーブを加えた大人カジュアルといった印象の女性は、紅葉と話している姿を見るに企業の人ではなく、事務所内の人間や知り合いの距離感。そう思って見れば、心なしか顔つきも似ているような気がする。
「どうやって飲み物作るんだ?」
注文を取ってきたはいいものの、狐も部下も作る様子がない。まさかとは思うが……
「なーに、簡単じゃ」
冗談と言ってくれ――と言いかけても実際に狐がとった行動は想定と違い、
「ここにコップを置いてボタンを押すだけじゃ」
カプセルをセットしたコーヒーメーカーを押しただけ。隣ではティーパックを使う部下もいる。クリームソーダはいつの間にか出現している。
「嘘だろ……?」
まさか……市販のやっすい奴を提供しているのか? そりゃあこの人気も納得できる。誰でも自宅で実現可能な一つ数十円ぐらいで飲めるあのコーヒーや紅茶が、ものの見事に400円で販売される始末。いくら神でもやっていいとこと悪いことがある。まだ指パッチン生成されたクリームソーダの方が特別感がある。客には伝わらんが。
よく見ればキッチンもかなり張りぼてで、キッチンの水道が出なければコンロの火がつかず、電子レンジも近くで見れば段ボールに巧妙に描かれたただのイラストだ。このコップとかは百均で買いそろえたんだろう。見えなければ何やってもOK、最悪記憶をいじればOK――流石は神。やってることの規模感が理解できない。
飛行機のポーズでルミーナとマリアの元に駆け寄った楓は、
「しゅうやんは? 裏で力仕事?」
事前にルミーナからここで働くことを聞いていたのか、仕事合間に様子を伺いに来たんだろう。
「ここで働いてるわよ」
「ん?」
ルミーナは隠そうとしたわけじゃないが、微妙に話がかみ合わず……質問は諦め、俺の方を見つめてくる。
「可愛い先輩バイトさん居るんだね!」
「あれは萩耶よ」
「あれ……っ?」
ホントにバレてないんかよ。楓の表情から過去一感情が抜け落ちている。
「どうしたんだ?」
「うわーっ! しゅうやんだ!」
可愛い女性だと思っていた人から萩耶の声が聞こえてきて大絶叫。テーブルに座ってる二人が苦笑いしてるよ。
「ボクとしたことがッ! 一生の、不覚ッ!」
崩れ落ちた楓はあまりのショックに涙まで落としている。演技にしても実力えぐすぎて素人にはついていかねえ。
客が俺達の知人だからか、飲み物を作り終えてからまた抜け殻になった狐と部下を一瞥し……
「残念なことにやる機会が多くてな」
最近の女装遍歴を振り返るが……まあ酷いな。結奈に暴かれてからより本格的に女装を意識し出したとはいえ、変声師匠に見つからなかったのはもう女性としての人格を作り上げたといっても過言じゃないだろう。
「仕事の合間か?」
「仕事終わり! レッスン前! 休憩ッ!」
噂通り、俺のいない所ではかなりの努力家になっている。結構堂々と言ってきたが、世の中には努力している姿を友達に見られると恥ずかしいって人もいるらしい。
「事務所戻る前に舞希さんに寄ってもらったんだー」
楓の発言に続いて舞希さんが会釈してくる。
要は人気者だから電車とかバスは乗れないし、個人事務所なのでタクシー使おうにも荷物が運べないので、車の運転を担当してる人なんだろうが……いくら個人事務所でも、未成年だけで会社が成り立つとは思えなかったので、ちゃんと大人の存在があってどこか安心したな。
ほぼ同一人物にしか見えない楓とかえでがバレずにやれているあたり、相当隠密系には強そうな事務所だ。社員規模は知らないが、もう一人ぐらい珠玉の逸材が居る気がする。逆に今までよく二人以外の存在、それも大人の気配を感じさせなかったもんだ。
視線が釘付けでどんな人か探ろうとしてたからか、
「舞希さんは従姉だよ! 色んな制作会社に打診したり、たくさんの企業さんとやり取りしてて、紅葉が社内的なことやって、舞希さんが社外的なことやってるんだ」
つまりは風間舞希である可能性が高い女性は、年上だからさん付けしているというより、社長的立ち位置だからさん付けしているんだろう。仕事と家庭を区別できているのはいいことだな。
「舞希さんは事務・経理の資格網羅してるんですよ。憧れの存在です」
「あはは、私よりあっちを尊敬した方が良いよ」
「あのレベルの偉業は、達成できない目標になっちゃいます……」
飲み物を提供する傍ら、二人の話を聞くが……二人から見ても、楓は特別な存在みたいだ。今無邪気に異世界人二人と談笑してるあの姿は、これからの未来大切にしなきゃいけないし、相当な影響力をもたらす力だって秘めている。世界情勢に疎ければ身近な存在過ぎて中々実感しないが、今世の中で一番知名度がある人間だからな。
「何気に初めてみたな、お前の妹」
話には度々上がっていたが、人工島で暮らしていない人なので会う機会は一度もなかった。
「妹じゃないです! 僕男です!」
姉と同じく、自分の性別を詐称する系なのかな。男という割には髪型や容姿があまりにも女過ぎる。服装もユニセックスだ。
含み笑い気味に楓の方を向いたからか、
「男ですからー!」
行動の誤差やワード選択の差で二人の区別はつくが、声色もかなり近い。両腕の筋肉を見せるためにポーズをとっているが、全然隆起してなければ男とは思えない程に細い。ほぼ性別は確定したようなもんだが、楓も真相を明かそうとしない辺り、これ以上深堀すると前回みたいに痛い目遭いそうなので止めておこう。
提供時に商品名を伝え損なったが、誰も気にすることなく、楓もテーブル席に戻ってくる。
「わっ! 美味しい!」
クリームソーダなんてどこで食ってもたいして味変わらないはずだが、それでも一口飲んで満面の笑みになる楓は、この店がゴッドじゃなくてアンデッドによって運営されていたら、瞬く間に全滅するほど。ただ『美味しい』と言っただけなのに、ここまで相手に欲求をかき立たせることができれば、食レポなんて要らない。
「……ん、いい味ですね」
「いいんじゃない? 落ち着くし」
対して紅葉と舞希は決して『美味しい』と言わない大人な対応。楓のは神の力で生成された不正級に美味しさが伝わってくる飲み物だとしても、二人の飲み物はスーパーで売ってる激安商品。一口飲んでそれに気づき、知り合いがバイトしてる手間言葉を選んでる感が否めない。あっちには美味しくなる神業してないんかい。俺が居ない限りはリピートする可能性絶無だろう。
「何でこんなに美味しいの……⁉ 飲んでみて!」
「ホントだ、美味しいです」
「私もクリームソーダにすればよかったわ」
舞希の発言は『こんな安物飲まされるぐらいなら』というより『大人がクリームソーダを頼む気恥ずかしさを忘れられれば』が正しい感想だと思うが、遠回しに悪口を言おうとした可能性はある。最近勉強するようになったへっぽこにはまだ理解できないな。
「もっと有名になるべきだよ!」
楓は魂が抜けかけてた狐と部下に振り向き、
「そうだ! SNSあげてもいい? ここの宣伝したい!」
美味い料理を皆に共有するのはこのご時世呼吸をすると同じくらい普遍的な行為。悪い呟き程人の目についている印象はあるが、かえでを取り巻くSNS界隈は光りすぎてネガティブ話題を一回も見たことない。
「だめじゃ。だめじゃだめじゃだめじゃだめじゃだめじゃ!」
「えぇー」
狐は徐々にボルテージを上げるように否定したが、あんたらどうせ気に食わんかったらすぐ神の力で情報操作するくせに。一度出ればすぐに消しても一生取り返せないと言われるインターネットの情報すらも完全に。
「あっそうだ。しゅうやんこれあげるよ」
しばらく三人で談笑した後、舞希が会計する中楓から紙切れ一枚渡される。
「なんだこれ、野球?」
ぱっと見、野球のチケット。それも観戦じゃなく、何故か参戦の方で。
「この前の商店街の話聞いてボクも行ったんだよね。そしたらあたっちゃってさー」
「当たったって……これがか?」
楓は、頷く。いやいや……普通何らかの賞品だろ。何で倍プッシュを要求されているような、野球大会決勝ラウンド進出権なんだよ。こんなの景品なんかじゃない。まだポケットティッシュの方が有用だ。
「これ勝ったら温泉旅行に行けるみたいだよ!」
「勝てそうな俺が参加して一緒に行こうってか?」
「いや?」
思ってもいなかった回答をされて、眉間にしわが出来てしまう。それ以外に、何があるというんだ。
「当たったそのチケット、売ればいいんだよ」
「……なるほど?」
これはこれは……よく考えましたな。楓は要らないから俺に渡し、現状ではまだ不確定要素だから、仮に旅行券を勝ち取れたとしても罪悪感が残ることもない。対して俺は、この決勝戦で勝つことができれば、温泉旅行券を入手することができ、自分で使いたければ使えばいいし、お金が欲しければその券を他人に売り捌けばいいのか。どの温泉地でどのぐらいの宿が用意されているかはわからないが、売って五万は固いはず。そういうやり方もあったのか。
「アイドルが転売を勧めてはなりませんよ。自分のグッズがされたら嫌ですよね?」
「しゅうやんの為だから!」
「萩耶さんごめんなさい、うちの姉が。聞かなかったことにしてください。ご馳走さまでした」
いくら紅葉から止められようと、金欠人間に金の話が入ってきて止まる訳がない。
〔二人はどう思う〕
〔お金稼ぐに決まってるでしょ〕
〔お任せします〕
よっしゃ。俺の周りには味方がたくさんいて助かる。野球なんかやったことないが、運動神経には自信はある。野球猛者が集まってたら話は別だが、あくまで商店街で勝ち上がった人たちとの真剣勝負なので、勝機も十分にあるはずだ。投げるのは何とでもなるんで、棒で球体を弾き返すイメトレでもしておこう。素手で弾丸の軌道を変えたり止めたりする感覚でやってると、バットを握る拳で撃ちかねん。
外で掃き掃除しつつ素振りっぽい動作もしていると……
「うわっ」
変な声が出てしまった。
「へいらっしゃい、ご注文は?」
にやけ顔からして女装していることもバレているので、腰に手を当てて気だるげに注文を取る。何で来てんだよ、禎樹と愼平。
「気だるそうなメイドきたわ、おもろ」
「コンカフェかな? 変なところに店を構えているね」
「当店は撮影禁止なのでお控えくださいー」
禎樹はおちょくりに来たというよりかは連行された印象があるが、愼平は確信犯。俺だけじゃなくジト目のルミーナや至って虚無のマリアも撮影している。狐とその部下も撮っているが、多分アイツらは謎にぼやけて写真に映らないぞ?
「その辺で汲んできた水でいいか?」
「定員さんサービス悪いっすよー、まずはスマイル、スマイル一丁!」
「当店はそういうサービスを行っておりませんー」
コイツ、本当に草木にやるために溜めた雨水でもやろうかな。ムカついてきた。
「当店は静謐さをモットーにしております故、低俗なお方は入店できないような仕組みになっておりますー。注文をしないのならどうぞあちらからお帰り下さいー」
「お前ホントにバイトしてたんだな。女装するまで追い込まれてんのか?」
俺の言葉を全く聞かず、注文せずに質問してくる。
「うるせえ。てかおい、どっから情報仕入れた」
「そういうサービスもあるの⁉」
「ちげーよ!」
胸倉掴んだら勘違いされた。禎樹も勝手に面倒な奴の仲間入りを果たさないで欲しい。
「あーもーだりぃな! 上がりだ上がり!」
「ダメじゃ」
「知るぁ!」
熱がこもりすぎて言葉が抜けたが、そのぐらい相手してられない。二人の対応は任せて存在しない裏方仕事に回る。こいつらは次学校で会ったときにでも〆ておこう。
当たり前だが、チケット一枚につき一名しか参加できなかったので、ルミーナとマリアをカフェに出勤させた後、一人で草野球会場に向かう。やはり対象はこの券を引き当てた人に限られるので、老若男女様々だ。見るからに運動が苦手そうな人も複数人いる。人数規模的に五十枚ぐらい配布されてそうだが、受付の人が困惑している辺り棄権した人も多そうだ。
まさか翌日が最終戦当日とは思わなかったが……受付を締め切り、すっかり真っ暗になってからやっと試合が開始した。
野球とは書かれていたものの、やることはただのバッティング。同じく参加してきた人が柔らかいボールを十球投げ、五球以上指定ラインまで飛ばすことができれば景品獲得。最悪全員に温泉旅行券を配ることになるので、敢えて暗闇になるまで時間を稼いだ可能性がある。
全員に景品獲得のチャンスがあるなら、ライバル関係ではない。投げる番の時は、相手が打ちやすいように軽く投げてやっているが……中にはこういう形式になっている以上、蹴落としてやらないと気が済まないような気性の荒い人も居る。か弱い女性に向かって当たれば脱臼しかねん速度で投げるのはいかがなものか。
〔平和的に終わりそうね〕
〔楽してお金ゲットだ〕
東京は東京でも辺鄙な河川敷まで連れてこられたが、難なく五球打ち切り温泉旅行券獲得。投げてくれた人は打たせる前提で投げてくれたし、五球打ち終わった瞬間切り上げていた。これ、わざわざレクリエーションする必要あったのか? 五球打てなかった人たちが頗るかわいそう。
「おっ、おねがいしますっ」
茶髪セミロングをサイドテールに結った女性は、特徴のない体つき。身長も147と割と小柄だ。所謂運動系じゃなく勉強系の学生さんだろう。
「安心しろ。お前も旅行に連れてってやる」
「ひいっ……」
(え?)
初めて挨拶してきた人なので、こっちもそれなりに返答したが……この人、ちゃんと打ってくれるだろうか。何故か知らんが俺の顔を見るなり小さな悲鳴を上げて少し猫背になった気がする。恐怖で両足が震えていて、ズレたメガネの位置を正す余裕すらもない。
一投、二投、三投、全てスローモーションにも見えるふんわり投げをしたのにも関わらず、空振り三振。四球目に至っては、両目を瞑るあまり振れてすらなかった。
「大丈夫か……?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
余程温泉旅行に行きたかったのか、残り一回しかミスできない状況に涙をたらし始めた。転売目的で参加してる俺に痛いほど刺さる。
「どうせ私には無理だったんです……どう考えても運動神経抜群でこの景品も難なく取れてしまうようなお方が、私のような愚民の相手をしてくださり、しかも打ちやすいような投球をしてくださっているのにも関わらず、ボールを直視すらできずに空ぶってしまうようなナマケモノには……」
見た目的には、太っていて動けないというより、痩せすぎてて動けなさそうだが……流石に泣かれてしまってはこっちも心苦しい。
「バットをこう……横向きに構えていてくれないか?」
「すみませんっ! 素人がテレビで見る野球選手のようなスイングはできっこないのに真似しようとして申し訳ございませんっ!」
「いやっ、誰も謝れとは言って無いんだが……」
やりづらいな、ネガティブすぎて。人工島には我が強い人しかいないもんで、こういう人との接し方には慣れていない。
「そうだ、そのまま絶対に動かすなよ? 何が起きても、絶対に動かすなよ?」
「じっとしておくのは得意なので任せてください。あ、すみません、任せられると困るかもです……すみません……」
やっと横に構えてくれたが、調子崩されるな。辛うじて会話のキャッチボールは成立していても、投球がのんびりすぎる。
とはいえ横に構えてくれたのならこっちのもんだ。後は投げる方がバットに上手く当てればいい感じに飛んでくれるはず。すごい勢いで投球するんで、それに怯えず彼女がバットを構え続けてくれるかが不安要素だが、あの怯え具合なら逆に力籠めてバットを握っていることだろう。ここまで来て泣いただけで、収穫無しで深夜帰宅は流石にかわいそうなんで、俺が温泉旅行に導いてやる。
五球目、成功。六球目、成功。
「その調子だ」
「こっ、怖いです! ボールも! 貴方も! ミジンコ以下の私にはぺちゃんこにされるしか未来が無くてこれ以上は無理ですっ!」
「温泉旅行が待ってるんだ。つべこべ言わずそのままじっとしてろ」
勝手に怖い人扱いされてるし、何と比較してミジンコ以下なのかは知らんが、七球目動揺してバットを引いたのは良くないな。五回終わるまで何も話しかけない方が良かったかもしれない。
「動かすなっつっただろ!」
「ひゃいっ!」
「ほら、脳内で思い描いてみろ。山奥にある、紅葉が綺麗で、小鳥のさえずりも聞こえてくる、眺望がすばらしい露天風呂。そこでまったりする自分を」
んだよ。想像に集中してる間に、二球終わらせることできたじゃねえか。最後の一球も……ほら、終わり。何も難しいことはない。ただ、じっとしてればいいだけだ。
五本打てたことが受け入れられず、涙があふれることなく今自分に起きたことが理解できなくて呆然としているが、良かったな投手が俺で。
その後も全参加者がチャレンジし終えるまで見届け……最後に表彰式を行った後、温泉旅行券を受け取って解散だ。問題があるとすれば、こんな辺鄙な地で最寄り駅の終電があと少しで過ぎ去ること。ただの嫌がらせだろ。
よくよく見れば温泉旅行券の有効期限は三日後。行かせる気ないだろ、社会人・学生殺しすぎる。もうすぐ終わる券を配布していかに経費削減しようとしてるかがわかる。
電車に間に合っても乗る金がない身としては、歩いて人工島まで帰るしかないんで、皆とは違う方向に一人向かっていると、
「ご自宅ってそっち方面なんですか?」
さっき温泉旅行に導いてやった女性が話しかけてくる。金欠そうには見えないが、走力に自信は無さそうなので無難にタクシーでも乗るんだろう。
「そうなんだよ。品川の方だ」
「あっ、そこ行ったことあります」
まあ東京に住んでたら大抵の人が行ったことあるだろう。新幹線も止まるしな。
「かなり遠かったですよね?」
「だな。全くその通りだ」
金に目がくらんだとは言え、本当にコスパ良いんだろうな? ちゃんと売れてくれよ、この券。
やはりタクシーを手配してたみたいで、別方向に向かって行くので「じゃ」と一言残し人工島に戻る。さて、帰りつくのは何時になるんだろうな?
翌日、残り二日に迫った温泉旅行券をどう捌こうか悩んでいたが……案外直ぐに買い手がついた。どうやらペアチケットだったので、石塚に売るとえらい目に遭いそうな予感を察知し、ルミーナを仲介して日那多に売り捌いた。禎樹には申し訳ないが、買ってくれそうなラブラブ二人組はお前達しか思いつかなかった。しかも売値は何と十万円。シンプルにこの旅行券を譲ってくれたお礼と、二人で旅行する機会を与えてくれたことに対しての上乗せが発生したらしい。後から知ったが、かなりの高級旅館らしいので、意外と妥当な金額なのかもしれない。
カフェバイトに加え、内職と宅配で三週間分は余裕が生まれた。今日は雨でどうせ行っても客が来ないカフェに行く気にはならず……三人でかえでライブグッズの袋詰めをしていたら、インターフォンが鳴った。
「チクショウ、インターフォンがあったか……」
これにて今月の電気代ゼロ円の夢は幕を閉じた。楓はベランダから、結奈は自主的に来ず、石塚には口酸っぱく言ったので、最近鳴ら無さ過ぎて完全に存在を忘れていた。
「でも珍しいわね。誰かしら」
確かに、石塚なら鳴らしかねんが、インターフォンの押し方がこんなに丁寧なはずがない。アイツは絶対連打する。最近の金銭事情的に人工島管理公社の訪問もあり得るが、室内に異音を響かせて緊張感を煽る質の悪い奴らだ。インターフォンを押すことはないだろう。
金がある時にインターフォンを映像機能付きに変更すりゃ良かったなとか思いつつ、覗き穴から外の様子を伺うと……
(……はい?)
何で、いるんだ? あの決勝戦でギリギリ温泉旅行券を勝ち取った女性が。
あの後、尾行はされていない。していても、人工島には入れてないはずだ。品川方面とは言ったものの、詳しい住所まで言った覚えもない。今人工島に上陸できているわけだから、それなりの理由を以て上陸許可が為されたんだろうが、人工島管理公社による手続きの過程で、俺の住所を聞き出せるわけがない。そんなセキュリティーが死んでいたら、今頃出入り自由になっているはずだ。
「何、どうしたのよ。……見かけない人ね」
契約の恩恵で俺の視界を見たのか、魔法を使って玄関を透視したのかはわからないが、外でソワソワしている女性を見て二人の作業の手が止まる。
「コイツは、昨日の温泉旅行券の奴に居た人だ」
「口説いたの?」
「人聞きわりいな」
直立不動バイトで暇を持て余した二人がずっと俺の視界を見てたことぐらい知っている。実はあの後、カフェに寄って二人と合流し、時間的に人工島に戻るのが面倒だったのでそのままカフェで寝泊まりしてたりする。
「仮に口説いてても上陸できんだろ」
「そうよね。住所もバレてるし、何か裏がありそうだわ……」
相手に戦力が無いことは知っている。あれが巧妙な演技だとしても、咄嗟に対応できな程戦闘に不向きな三人組ではない。とりあえず会って話さない事には何もわからないので、警戒態勢で玄関を開けることにする。
「来ちゃった」
何が『来ちゃった』だよ。バケモン発言過ぎる。
「よくわかったな」
「あ、いや、別にストーカーではないので安心してほしいんですが……正直、突然来られると全く信用できないのも分かります……」
〔よくわかってるじゃないの〕
〔コイツこういう奴なんだよ、被害妄想っつーか、客観視が正しい?〕
でもそれを実際に行動に移すのはいかがなものか。思考では留まれなかった意味があるんだろう。
「お姉ちゃんに教えてもらったの」
〔お姉ちゃん何者?〕
〔俺の知り合いにコイツに似た顔の人居らんぞ〕
謎は深まるばかりだが、ナイフや拳銃を携帯している気配はない。鞄に加えて一眼レフを持っているが、他に不可解な点はない。
「あの温泉旅行券、ペアだったんです。なので……一緒に行きたくて……」
……コイツ、アホなのか? 名前も知らん相手に温泉旅行券を導いてもらっただけで、方法はわからなくても住所を特定して、一緒に行こうと申し出てくるとか。そのうち痛い目見るぞ。
「あ、いや、その……わかります、まともにスイングすら出来ないへっぽこな私と温泉になんか行きたくないですよね……そんな凡人と街中を一緒に歩いていたら顔に泥を塗ることになりますよね……お友達から変な目で見られますよね……」
ネガティブ思考が闇深すぎて返す言葉が出てこない。だからこういう返答慣れてないって。ていうか友達から変な目で見られるのは見知らぬ女連れている時点で確定だろう。
俺は怪訝な表情になっても、ルミーナはかなり前向きで、
〔責任持って何者なのか聞き出して来なさいよ〕
〔……ホントに言ってるのか?〕
〔金稼ぎどころじゃないわ〕
それはそうだが、何で知らんヤバめの奴と一泊二日の温泉旅行に行かないといけなくなるんだ。それこそこの後どっか店でも入って話せばそれで済むだろ。
「俺とか?」
「はい! あなたじゃなきゃ嫌なんです!」
えぇ……それこそお姉ちゃんと行けよ。誰もペアチケットは男女じゃないといけないなんて法律は定めてない。
それこそ部屋の奥にルミーナとマリアの姿が見えているはずなのに、構成的に夫婦というより兄妹に見られるのは仕方なくとも、よくもそんな堂々と言えるもんだ。昨日の及び腰とは打って変わって自身に漲っている。
〔私達バイトする時は魔法で移動しましょ〕
〔わかりました〕
マリア、そこわかっちゃダメだ。いくら神という最強の後ろ盾があるにしろ、魔法で移動し出したら世も末だ。はい顔出したから5000円。居てもやることないでしょ? が出来てしまう。
ルミーナからは行けと圧力を感じ、女性からは期待に満ちた眼差しを向けられ……
「はいはいわかったわかった」
今日は午後から楓と共に学校を抜け出し、内職を始めている。今――三時から行けば丁度晩飯時にホテルに着くことができるので、明日から一泊二日って話じゃなさそうだが……一日半、潰れることになるのか。それだけ時間があれば何円稼げたことか。
「お前、明日平日だが、休みってことでいいんだろうな?」
「有給なので大丈夫です!」
有給ってことは、大人かよ。見た目からして高校生か大学生、今時なら中学生もあり得るって思っていた。
「楽しんでくるのよ」
ルミーナは手を振って見送ってくれるが、こんな奴誰が楽しめるかよ。少なくとも俺には無理だ。
この女性が人工島に入れた理由は、写真を撮る仕事をしているからだそうで、写真を撮る傍ら、色んな所に旅行するのが趣味らしい。温泉のみならず、見た目に反して登山やキャンプといった山関連も好きとか。名前は逢阪恋音。今回何で俺を誘ったのかは、未だ不明。
電車やバスを乗り継ぎ三時間ほど揺られてようやく本日の宿に到着。自分で撮った写真付きで日記をつけているみたいで、それを見ながら恋音がどんな奴か探っていたらいつの間にか着いていたので、ここがどこかはわからない。現状判明していることは、ただのネガティブ思考の写真家。正直恋音の姉の方が気になるところ。
郵送で申請すれば交通費も後から支給されるとのことなんで、羽が生えたかの如く軽い足取りでフロントに向かう。
「なんか男女が多いなこのホテル」
「まだ出来て一週間のピカピカ高級旅館なんだって」
へぇ、それで俺を誘ったのかは知らんが、よくこんなところのチケットを配ってたもんだ。テスターとして招待して更に経費削減に走っていたのか?
とにかく敷地が広く、海岸沿いにあるこの旅館は、アパートのような棟がたくさん並んでいる。どうやら五階建ての施設はフロントや大浴場などの総合案内所みたいで、周辺の家々に寝泊まりするらしい。
オープンしたてだからか、嫌らしいほどにイルミネーション装飾がされた木製デッキを進み、二十畳一間ぐらいの部屋に入室。西洋風な内装に、ベランダにはハンモックと露天風呂が併設されている。意識高すぎてシャワールームがガラス張りなのは男女ペアとしては最悪だが、これは確かに日那多が十万払って買うのも納得できる。
写真を撮りまくってる恋音の邪魔にならないように、夜飯のバーベキュー会場の場所を確認しているが……滅茶苦茶撮るな。
「記事でも書くんか?」
「はい! 普段は風景写真を雑誌に掲載しているんですけど、偶には旅館の紹介もいいかなーって」
「へえ、すげえじゃん。よっぽど上手いんだな、撮るの」
写真なんか楓の写真集か友達間の情報共有ぐらいでしか見ないので、商用利用される人物以外の写真に対する知見はないが、恋音は界隈でかなり知れ渡った人物なのかもしれない。
「最近は地方の大会にお邪魔させていただいて撮ったりもしています」
「ああいう地区予選レベルの奴って、保護者以外も入れるんだな」
単純に人の目を気にせず動くものの撮影練習ができるからか、大きな大会だと正式な許可が必要になってくるのかは知らないが、向上心があるのはいいことだ。
写真撮影中は暇なので、スマホで検索欄に『逢』と入力したところ……うわすげえ、これだけで一番上に名前が出てきやがる。紹介ページを見てみると、何回かかえでの写真撮影も担当している。他の撮影者と違って風景へのこだわりを強く感じるので、あんまりかえでが前面に押し出てる感じがない。そこにいる人は誰でもいいんじゃないかと思ってしまうが、その腕は確かだ。
「個人SNSやってないのか、意外だな」
「私のような人間がSNSなんか始めたら承認欲求で大炎上しちゃいそうで……」
「あぁ、そういう……」
そのネガティブ思考は英断かもしれない。人気になるためには近道になりうるが、様々なリスクが伴うのがSNSだ。
「もし撮った写真に新谷君が映ってても、掲載してもいい?」
「ちょっと映ってるぐらいなら好きにしてくれ」
もうかえで界隈ではバケモン警備員兼バックダンサーが居ると名が広まっていたりする。今更容姿非公開にしたところで手遅れだろう。SNS怖すぎ。
(この明るい雰囲気が続けばいいんだけどな……)
会話のどこで地雷を踏み抜くかわからない。今の発言の中にも私のような愚民が受賞なんざ~となる可能性があったし、承認欲求の話で深堀される可能性もあった。考えながら会話しないといけないのは厄介だが、平常時は至って普通の女性で少し安心した。
粗方撮影会が終わり、バーベキュー会場で久しぶりにまともな飯&苦労で泣きそうになるぐらい美味い飯を頬張った。バーベキューだからスローペースなのはいいんだが、恋音の皿にはそれを上回るほどに肉が積み重なっていた。昔喉詰まらせた記憶が悪さしてるようで、食べる速度が超遅いらしい。早くて一食一時間かかるらしいが、一口が小さい癖に毎回五百回ぐらい噛んでたらそりゃ一時間かかる。
残り火でのんびりした後、今回の題材でもある温泉に入ることができ……部屋に戻ってくる際、見つかりかけて滅茶苦茶焦った。戸賀兄妹に同じ券を売ったとはいえ、まさか隣の家に泊まってるとは思わなかったな。相変わらずのイチャ付き具合でこっちの存在がバレなくて良かった。
ハンモックでルミーナとマリアと情報共有をしていたら、恋音も温泉から戻ってきて……ホテルの部屋着を着ているんだが、思ってた以上に細いな。着太りするタイプだったのか、帯によってウエストラインが強調され、かなり薄っぺらい腹部が露わになっている。胸部が大きくてその対比で細さが際立っているというわけではなく、単純に薄っぺらい。正面から見るとマリアとか陽菜、楓、アルネスの推定体重30台族の方が圧倒的に細いが、横から見るとぺらっぺら過ぎて臓器が入っているのか心配になるな。
せっかくだし楓に写真を送ろうとスマホを室内に向けると……
「よく撮るのに自分が撮られるのは嫌なんだな」
「私みたいな何の取柄もない人間なんか映る資格ないので……容量の無駄です……」
ネガティブワードのレパートリー多すぎだろ。反射的に言いなれてないとできるもんじゃない。
顔を両手で覆って背中を向けてくる知らない女性が映っているとそれはそれで疑惑が生まれかねないので、写真を撮ることは諦め……
「この宿来たかったんだろ? そこで寝ていいぞ、俺はこれで寝る」
カップル想定だからか、ベットは一つしかなく、サイズも敢えて小さめになっている気がする。知り合って一日の部外女と同じベッドで寝る気にはならない。
「いやいやいやいや! 貴方様の様なお方に譲っていただけるなんて私如きには大変恐縮です! 同じ空間に入れるだけでも恐れ多いんですよ⁉」
いきなり何言ってんだよこいつ。びっくりしすぎてハンモックから転げ落ちかけた。
「お前が勝ち取った温泉旅行券だ。そこで寝な?」
「正直私のようなケダモノと会話して同じ空気を吸わせてしまって申し訳なく思っています! なので息を止めてハンモックで就寝しようと思います!」
「外で寝るなら息止める必要ねえだろ」
いつスイッチが入ったのかわからんが、急に謙遜し出すじゃん。その性格、石塚と交換してくれないか?
「いいから黙ってそこで寝ろ。お前が寝るまで監視し続けるからな」
室内の地べたやソファで寝た方がもし見られたときに怪しまれなくて良いが、息を止められて窒息死されては困る。流石に息止めは何らかの比喩表現だろうが、対異世界人関連専門学校二年生にはそんなトリッキーな表現わからん。
「ダメです! どうせ私は世の中に何も残せず死んで行くだけです。新谷君のような将来価値のある人間に真っ当な空間を提供すべきです」
「非力な恋音じゃ開けられんだろ」
どうしても外に出ようとしてくるが、ドアに手を当てて体を傾けておくだけで開けるのを妨害できてしまう。今まで会ってきた人の中で恋音が一番非力かもしれない。
「……私なんか愚民に譲っていただき本当にありがとうございます。この恩は明日、必ず数倍にして返します」
「はいはいそれじゃお休みな」
土下座すんなアホか。
明日は、上手くネガティブに繋がらないように立ち回らないとだな。ガツガツうるさい系じゃないが、これもこれで面倒くさい。
翌朝、フロント上にある食事会場で朝食バイキングを食らい、今は登山している。一時間ぐらいで行って帰れる意外と景色がいいと周辺地図にも記載されていた、旅館直ぐそばの山だ。この旅館の開業に併せてこの登山道も整備されたのか、三人ぐらい横並びで歩いても草木の邪魔がなく、かなり斜面が緩やかになっている。その分階段の量が増えたからか、所々ベンチを置いて休憩スペースが作られていた。
いくら登山が好きと言っても基礎体力的な問題があるので、とにかくゆっくり、こまめに水分補給や休憩を取りつつ登り切った。恋音の息は上がっていないが、上るだけで百分ぐらい要したな。
山道の木漏れ日に隠れるように、両サイドにポツンと売店があったので寄ってみると……昔懐かしの駄菓子屋だった。もう片方は地域の伝統工芸品らしきものを扱う所謂お土産屋。
山頂と言っても周辺の山々のうちの一つなので、全体的にみると三合目ぐらいだ。その影響か、綺麗な湧水が流れている所に冷やされたご当地瓶サイダーが売られていたので、それを恋音が二人分買って、赤い布が敷かれた和傘で日影が作られたベンチに座って飲む。序に団子も渡されたが、これが昨日言ってた恩返しなんだろうか。あの調子ならもっとヤバいことしてくるかと思っていたので安心した。
「買い物する時ってこう思いません? 『こんな奴がこんな物買うんだ』って思われてるとか、『現金対応面倒だからキャッシュレスにしろよ』とか、思われているんじゃないかなーって」
「いやいや……そんなこと一々考えてたら何もできんが?」
被害妄想が半端じゃねえな。その挙動不審さが逆に怪しくて通報されそうだ。
その会話を広げないためにもサイダーをグイッと飲む。うん、キンキンに冷えていてクソ美味しいが、他のサイダーと差が分からん。
「写真撮ってもいい?」
「俺が被写体か? ポーズとか取らんぞ?」
「うん、自然体でいいよ」
この場所の雰囲気が気に入ったのか、うっとりした表情の恋音は写真を撮るのに集中しすぎてサイダーと団子に手を付けていない。
「それ飲まないのか? せっかく冷たいのに温くなるぞ」
せっかく湧き水でキンキンに冷えてるのに飲まないのが貧乏性には気に食わない。親みたいな指摘すると、
「あと一回だけ撮って終わるね」
連写しだしたんだが? 確かに、一回ではある……のか?
「これ、奢ってくれてありがとな」
「いえいえ! 寧ろお財布ぐらいしか役に立てないので自身のへそくりだと思っていただけた方が助かります」
「何言ってんだ……」
温泉旅行券の使用は終わった。どこかによってもいいが、そこは自己負担分になるので、行く気はない。恋音もあまり人混みは得意じゃなさそうだし、下ったらバスと電車乗り継いで帰宅だろう。
「……恋音の姉って、どんな人なんだ?」
俺ん家の住所を知ってる姉の存在について気軽に語ってくれる好感度を得たかと言えば難しいところだが、今聞かないとこの後聞く機会は訪れない。この旅を同行することになった、最大の疑問点について――問う。
「逢阪雫瑚、って知りませんか?」
いきなり姉の話なんか聞くと怪しさ満点だが、案外すんなり本名を教えてくれた。
「いや? 知らんな」
名前でピンと来てたら恋音の本名を聞いたときに姉の名前ぐらい直ぐに思いつく。
「同じ人工島に住んでいるはずですけど……」
同じ人工島に住んでるって言われても、全校生徒とその家族、教師や商業を営む人など、具体的な数字は知らんが、あの島には下手したら万単位で人間が暮らしている。そんな場所で、関りのない特定の人物まで把握できるわけがない。
「何してる人なんだ?」
「最近はずっとゲーム配信してますよ」
ゲーム配信? そんな奴が、何で俺の住所知ってやがる。俺がゲームに住所登録してたなら話は別だが、そもそもネットゲームをやっていなければ、やる気もやる金もない。
「人工島のどこに住んでる」
「私にも教えてくれないのでわかりません……どうせ私に教えたところで強面の人から脅されると秘密を漏らしてしまうかもしれませんので、妥当な判断です」
被害妄想は無視し、『にも』ってことは、家族にも内密に飛び出してきた楓系の人なんだろうが……ますます気味が悪いな。仕事サボってゲームしてる人工島管理公社の人説が濃厚だ。
最初は写真業で上陸できたのかと思っていたが、どうやら姉の家に行く名目で上陸できたみたいだな。
「あそこは危ないから、姉に用事が無い時は極力近づかない方が良い」
今後の上陸理由が『新谷萩耶と会うため』になると非常に厄介なので、遠回しに来るなと言っておく。
「転移現象を撮ってみたいんですけど、法律違反になるよね……どうせ私には正式に撮影する資格はないので、何か良い手段があれば嬉しいのですが……」
「最初のうちは地下労働だが、次第に罰金も発生するからな。正式な撮影権なんかねぇ」
地下労働っていうと人聞き悪いが、実際シェルター内の清掃を休憩なしぶっ続けでやらされるので間違ってはいない。しかも手にチップを埋め込まれるので、労働状況を常に監視されている。詳しい事情を知らない外の人間からは結構東京刑務所って揶揄されたりする。
「転移現象の撮影は写真家の夢とか言うなよ?」
「大丈夫です。法律を犯してまで写真を撮る価値はないので! 後どうせ私には撮影するために必要な運動神経がありません!」
前半の発言は色んな意味で受け取れるが……法律を犯した人は今までに片手で数えられる人数しかいないのも事実だ。罰則がイカれているのと、WB社が始末しているので報道する意味もないからな。これは俺も最近知ったんだが、人工島管理公社のホームページを見れば転移現象の履歴が載ってたりする。
「よし、下って帰るか」
「お昼ご飯、どこかで食べていきませんか?」
「……ああ」
食い終わるのを待たなきゃいけないのかと思うと返事が遅れてしまったが、何かゆっくり食べてごめんなさいとかで奢ってくれそうな気配があるので付き合ってやろう。こっちとしても、飯が食えるなら逃すわけにはいかないからな。




