第48話 チャームに対抗する方法
「アレ程度の貧弱なチャームでも、魔物には効果絶大なんて聞いてないぞ!」
夜、ぼくは自室のベッドに身を投げながらうめいた。
「私も初めて知りました。なにせ、魔物にチャームをかけてみようなんて物好き、魔族にはおりませんからね」
ノアが言った。
「チャームを解くにはどうすればいい?」
「基本的に、チャームは術者本人にしか解くことはできません。他者が干渉するとなると、光魔法の浄化の力が必要ですねぇ」
浄化の力!
浄化魔法でチャームが解けるのか。
けれど、ぼくの浄化の力はとても弱い。
「ぼくの力でも、ルルのチャームを解けると思う?」
「うーむ。時間をかければ可能でしょうが。何日かかることやら」
母上ほどの浄化魔法の使い手なら、一瞬でチャームを解くこともできたんだろうな。
「仕事もあるし、ルルにつきっきりではいられない」
「それだけ時間をかけて解いたとしても、またチャームされると時間の無駄にもなりますしね」
「ああ、やっぱりチャームはひとつの対象に、何度でもかけられるんだね?」
「ええ。我々バンパイアも、他者から血を貰う際に『催眠』と同様にチャームも使いますが、同じ対象に回数制限などはないですね」
「ほかに方法はないかな。母上をこちらに呼び寄せるわけにもいかないし……そもそも、もうそれほど力は残ってないか」
「………ふむ……。チャームを解くには光魔法の浄化の力が必要。その応用として、別の方法がないわけではありません」
「それは?」
「浄化した魔石を使うのです」
「そうか。浄化された魔石には、他を浄化する能力が宿るんだね?」
「いえ、魔石を浄化しただけでは、ただの『浄化石』。『浄化石』に、新たに浄化の力を注ぎ込むことで、『浄化能力を持つ石』になります」
「なるほど……けど、」
「ええ、我が君では、これもかなりの時間を必要としますね」
「だよね……」
「しかし、浄化の能力を注ぎ込んだ……仮に、『能力石』としましょうか。この能力石は装飾品にして身につけていれば、チャームを跳ね返すことができます。すでに影響している力も含めて。ですので、ただチャームを解くより、こちらの方法が長い目で見れば安心かと」
たとえば、『浄化能力石』でつくった腕輪をルルにつけてやれば、いま影響しているチャームを解くことができるし、つけたままにしておけば、もうチャームにかかることはない、ということか。
「なるほどね。時間をかけるだけの価値があるか……。あ、ぼくいま、ゴブリンの『浄化石』を持ってるよ!これ使えないかな?」
数日間かけて浄化を行っていたゴブリンの魔石。
赤黒かった魔石が、いまはほぼ透明になっている。
浄化は成功しているはずだ。
「いえ……、今回はワイバーンですので、ゴブリンの魔石では力が足りません。ワイバーンと同程度に強い魔物の魔石を使いませんと」
「オーガやオークの無傷の魔石、売らなきゃよかったね」
最近の狩りで手に入れた無傷の魔石は、ことごとく売ってしまっている。
「そうですね……しかし、そのお金があったからこそ『録画の魔道具』も購入できたのですから」
「うん……。どうにもままならないね」
「オーガか、野良のワイバーンを狩りに行きますか」
「うん。行こう」
……
………
……………
マリアベルがルルにチャームをかけてから3日が経った。
アルティアはずっと元気がない。
夕食の席で見る限りでは、食欲もないようだ。
ぼくは心配で落ち着かない。
あの夜、ぼくとノアは野良のワイバーンを狩った。
野生で育ったワイバーンは、人の手で育ったワイバーンより、当たり前だけど凶暴で、目に理性の輝きはなかった。
ぼくを獲物と定めると、よだれを飛び散らして一直線に向かってきた。
人に飼われたワイバーンは、爪や歯を削って鋭さを失くしてある。
だから知らなかった。
野生のワイバーンの爪や歯があれほど鋭いなんて!
ワイバーンはオーガより少し強いくらいで、ハンターギルドが作った強さランクは『A+』
『A』ランクのオーガより、少しだけ手こずった。
頬や腕を切られてしまった。
その傷も、今は擦り傷程度まで回復している。
ともかく、無事にワイバーンの魔石を手に入れることができた。もちろん、無傷だ。
無傷の魔石でないと、うまく浄化できないし、浄化の能力を注ぎ込むこともできないから、その入手は必須だった。
ちなみにこれは、ゴブリンの魔石で実験した結果に基づくものである。
ワイバーンの心臓は体躯に合わせて大きくて、生きたまま取り出すのも一苦労だった。
ロープで縛っても、力任せに千切られた。
羽を削ぎ落とし、足を切り落とし、頭を落とし、ノアにその体を抑え込んでもらって、なんとか心臓を引っぱり出すことができた。
まずはこの魔石を浄化して『浄化石』にしなければならない。
ぼくは睡眠時間もけずり、仕事中は従者服のポケットに魔石を入れ、ひたすら浄化し続けた。
ポケットに手を入れ、魔石に触れる。
真っ黒な湖の水が、透明になってゆく様を想像し、浄化をかける。
指先から、ぼくの中にある魔力が吸い取られていく。
ふらり、と立ちくらみがした。
どっと汗が吹き出してくる。
『我が君、あまり無理をされませぬよう。魔力が完全に無くなれば、我々魔族は、体を動かすのもままならなくなります』
『わかってる。けど、少しでも早く完成させないと』
すべての魔族には、魔力がある。
かつては人間にもあった。
魔王は魔力を奪うことで、人間から魔法を奪ったのだった。
魔力は魔法を具現化させる燃料だ。
燃料を失えば、魔法は使えなくなる。
それだけでなく。
魔族は無意識に魔力に頼った生命活動をしている。
そのため、魔力が空になると、生命活動に支障をきたす。
まともに体が動かなくなる、とはそういうことだ。
魔族の体が丈夫だったり、長寿だったりするのは、魔力の作用によるものだ。
魔族は、元々魔力を持つ生命として生み出された存在なので、魔力と親和性が高いために、このような現象が起こる。
一方で。
人間には元々魔力はなく、神から魔法の力を授けられる際に、その燃料として与えられたにすぎない。つまり、あとから無理やりくっつけただけ。
だから、魔力との親和性は低く、魔力を生命活動には使えなかった。
そのため、人間が魔力を有していても、体が丈夫になったり、長寿になることもなかった。
しかも、魔法を使いすぎて、体の中の魔力が空になっても、ただ魔法が使えなくなるだけで、体への影響も出ない。
ふらり、とまた体がよろける。
『我が君!もう本日はその辺りで……』
『あと、少しだけ。あとちょっとで終わるんだ』
魔石の浄化は、ほぼ休みなく浄化し続けて、三日目の夜に完了した。
次は、『浄化能力石』を作るために、浄化の能力を注ぎ込んでいく。
ルルにかかったチャームが解けますように。
もう二度と、チャームにかかりませんように。
そう、願いを込めて魔力を注ぎ続ける。
そして、さらに三日が経ち、その夜ついに……
「完成だ!」
ぼくは自室のベッドの上で飛び跳ねた。
そのままノアの胸に飛び込む。
「やったよ!ノア!」
「おっと。我が君……よく頑張りましたね」
「うん。正直きつかったけど、なんとか予定通り一週間以内に完成できた」
「ああ、こんなにげっそりなされて……目の下のクマもひどい。まるで、バンパイアが一年も血を飲んでいない時のようですよ」
「あはは……」
笑いながら、ぼくの体はふらりとベッドに沈んだ。
体がうまく動かない。
どうやら魔力切れだ。ギリギリまで保ってくれてよかった。
「魔力は睡眠で回復します。今夜はゆっくりお眠りください」
「そうだね。早くルルにつけてあげたいけど……。あれ、」
そこで、重要なことに気がつく。
「この『浄化能力石』、どうやってルルにつけよう」
ルルの太い首や足に合わせた鎖など、用意がない。
ああ、先に注文しておくんだった。
つくづく計画性のない自分が嫌になる。
「そう言われると思いまして、私の方で用意させていただきました。こちらを」
ノアが渡してきたのは、指輪を大きくしたような見た目の銀の輪っかだった。
なるほど、この大きさなら、ルルの太い首や腕にもはめることができそうだ。
留め具を外すと、輪っかが2つに分かれる。
簡単に装着させられそうだ。
「ドワーフの友人に頼んで作ってもらいました。アンクレットとのことですので、足首につけるようですね」
ドワーフも、魔族の中の一族だ。
鍛冶を得意とする種族だ。
いつの間に頼んでくれたんだろう。
輪っかの表面の一部には、凹んでいる部分がある。
その凹みは、ちょうど魔石がはまる大きさだ。
ここに『浄化能力石』をはめ込めば、『浄化能力石』のアンクレットが完成する。
「ノア……!」
ぼくは動かない腕を必死に伸ばした。
ノアがぼくの意図に気づいて身をかがめる。
その首にぎゅっと抱きついた。
「ありがとう」
「どういたしまして、我が君」
ノアの笑い声が耳をくすぐる。
いつも肝心なところでツメの甘いぼく。
それを助けてくれるノア。
ノアがいてくれてよかった。
ぼく一人だと、全然だめだったはずだから。
これでやっと、ルルのチャームを解くことができる。
待ってて、ルル。アルティア。




