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第47話 マリアベル、ワイバーンに乗りたい


 今日はマリアベルのポニーを使った乗馬練習だ。

 先生として、ポニーの飼育員を迎えている。


 パカラ、パカラ、とマリアベルはポニーに乗って少し歩いたあと、もう飽きてしまったようでつまらなそうにしている。


「もうポニーはいいや」


 唐突にマリアベルがポニーから飛び降りる。


「マリアベル様、まだお時間がございます」


「もう乗れるようになったからいい」


「練習で感覚を叩き込まないと、すぐに乗り方を忘れてしまいます」


「大丈夫だよ。覚えてるから」


 そりゃ、今はね。


「それよりさ、私、ワイバーンに乗りたい!」


「は……? マリアベル様もワイバーンを買ってもらったのですか?」


「ううん、そうじゃないけど。お姉さまのがあるでしょう?」


「マリアベル様、ワイバーンは頭のいい魔物です。主の許しがなければ、他人を乗せることはありません」


「大丈夫、大丈夫」


 どこからくるんだよ、その自信は。


「パパとお兄さまのワイバーンは大きくて乗りにくいから、お姉さまのにしなさいって、パパから言われたの」


「旦那様の許可を取ってあるので?」


「あ、うん。そう、そう」


 ふむ……

 だとすると、ダメだとは言えなくなるな。


「だとしても、アルティア様にはお許しをいただくべきです。ルルはアルティア様のワイバーンですから」


「ルルっていうんだね、お姉さまのワイバーン」


「………はい」


 あれ、何かまずった感が……


「じゃ、お姉さまのことに行こ。どこにいるんだろ?」


「この時間でしたら、お部屋でお勉強をされているはずです」


 ぼくはアルティアの従者を外れても、彼女のスケジュールを毎日確認していた。


 アルティアも監視対象者なのだ。

 その動向は注視していなければならない。


 というのは建前で、

 少しでも会える時間がないかと探している。


 結局、マリアベルとスケジュールがかぶることはないから、夕食時以外は会えないのだけど。


「ふーん。じゃ、行こ」


 マリアベルはぼくと腕を組んで歩きだす。


「マリアベル様、離れてください」


「なんで? いいじゃん」


「ぼくは従者です。必要以上に触れ合わないでください」


「仲良くなるには触れ合いが1番だよ」


「だから、仲良くなる必要はないんです」


「もう、ジェシー冷たい。リボンをちぎっちゃったこと、まだ怒ってるの?」


「それはもういいです」


「はぁ、まだ子供ね」


 そう言われて、カチンとくる。


 お前も子供だろ!

 それも、すっごく子供っぽい部類の!


 だけど我慢だ。

 あと一ヶ月の辛抱なのだから。



 アルティアは、スケジュール通り自室で勉強中だった。 

 ミハエルが勉強を見ていたようだ。

 ぼくは数学の先生からも外されたからな。


「ルルを貸してほしいの」


 マリアベルが言う。


「ルル?」


 アルティアが片眉を釣り上げ、ぼくを見る。

 勝手に名前を教えたのね、と言っているようだ。

 ごめんなさい。


「どうしてかしら?」


「乗りたいからに決まってるでしょ!パパもいいって言ったよ」


「そう、お父様が………」


 仕方ないわね、とアルティアがつぶやく。


「いいわ。じゃあ、私も一緒に行く」


「お姉さまはお勉強中じゃないの?」


「ちょうど区切りがついたところだから。いいわよね、ミハエル?」


「はい、アルティア様」


「そういうことだから、一緒に行くわ」


 こうして、ぼく、マリアベル、アルティア、ミハエルの四人で北の森の竜舎へと向かうのだった。


マリアベルは乗馬服のまま、アルティアとミハエルはそれぞれの部屋で着替え、ぼくも一度部屋に戻ってアデルのお下がりの乗馬服に着替えた。


「ルル、来たわ」


 アルティアが笑顔でルルの鼻をかいてやる。

 ルルも嬉しそうに顔を擦り寄せていた。


「こんにちは、ルル。こないだは乗せてくれてありがとうね」


 ぼくもルルに挨拶する。


「へぇ、ジェシーさんもワイバーン騎乗の経験がおありで?」


 ミハエルが聞いてくる。少し鼻にかかった物言いだった。


「はい。といっても、まだ一度乗せてもらっただけですけど」


「まぁ、そうでしょうね」


 含みのある言い方だな。

 何が言いたいんだ?


「ミハエルさんはワイバーン騎乗のご経験が?」


「ええ。我がアンダーソン子爵家でも、ワイバーンを所有していますのでね。貴族の嗜みとして、私も当然乗りこなせるようにしておりますよ」


 購入費も維持費も馬鹿高いワイバーンの所有は上級貴族家のステータスだ。 


 下級貴族である子爵家に所有できるものではない。

 のだが、アンダーソン子爵家がワイバーンを所有できるということは、子爵家の中でも力のあるの家なのだろう。


「わー!すっごい大きいね!」


 マリアベルがルルに駆け寄る。


「待って、マリアベル。紹介するから」


 と、アルティアが止める。


「いいよ。自分で自己紹介する」


「でも……」


 ワイバーンは扱いが難しい。ルルが大人しい方だとしても、主を重んじる性質に、他のワイバーンと変わりはない。

 主からの紹介があって初めて、相手を受け入れるかどうか決めるのだ。

 マリアベルにもそのことは説いていたはずなのに、そんなものは関係ないとばかりに、ルルにベタベタ触る。

 ルルも少し不快そうにしながら、アルティアの様子を伺っている。

 この子はアルティアのお友達?と聞いているようだ。


「ルルちゃん、初めまして!私はマリアベルだよ。よろしくね」


 マリアベルはそう言って、にぱっと笑顔をルルに向けた。


 ゾクリ、と悪寒が走る。


 ……しまった!魅了(チャーム)か!


 そうだよ、なんで気が付かなかったんだ。


 マリアベルの過剰な自信はここから来ていたのか!


 チャームを使ってくる可能性に思い当たらなかったなんて。クソッ


 マリアベルのチャームの力はまだ弱い。

 そう思って、完全に油断していた。


 たしかに、人間に対しては、好感度を少し上げるくらいしか効果がなかった。


 だというのに………


 ルルは一瞬動きを止め、次にはだらしない顔をして、でろんと地面に腹を向けて寝転がってしまった。

 まるで猫がマタタビに酔っているように、マリアベルにすり寄る。


 魔物には、マリアベル程度のチャームでも効果抜群のようだ。


 人間と魔物では、チャームのかかり方が違うのか?

 こんなの聞いてないよ!


 うふふ、とマリアベルは嬉しそうにしている。


 アルティアは信じられない、というように唖然とその様子を見ていた。


「ルル、私を乗せて飛んで!」


「がう!」


 マリアベルを乗せたルルが、すぐに空へと飛んでいく。


 キャッキャとマリアベルが喜ぶ声が聞こえてくる。


「いったい……どういうことなの………?」


「アルティア様……」


「マリアベルは、今日初めてルルに会ったのよね?」


「はい……そのはずです」


「私はあの子をまだ、ルルに紹介してないわ」


「はい……」


「あの子は……、何なの!?」


 ぼくは何も答えられない。


 チャームを使われた結果です、とは言えない。

 力のない、その存在すら知らない普通の人間に理解できるような話ではないからだ。


 アルティアはまだ呆然としている。


「ルルは……ルルは……」


 やがて、マリアベルを乗せたルルがふわりと舞い降りてきた。体重の重さを感じさせない、見事な着地だった。


「お姉さま、ルルを私にちょうだい!」


 こいつ、何を言い出すんだ?

 図々しいにもほどがある!


「何ですって……?」


 アルティアの顔がどんどん赤くなる。

 その表情は怒りに染まっていた。


「ね、ルルも私が主の方がいいよね?」


「きゅ〜」


 ルルがマリアベルにすり寄る。


「そんなの、許しませんわ!」


「でも、ルルはいいって言ってるよ」


「そんなこと、言うわけないでしょう!ルルは私のものですわ!」


「えー、でもぉ」


「さ、ルル、こちらに戻りなさい」


 アルティアがルルの手綱を引く。


 しかし……


 ぶん、とルルが頭を振って、手綱が引っ張り上げられる。

 手綱を掴んでいたアルティア様が軽く吹き飛ばされた。


「アルティア様!」


 ぼくは急いで駆け寄り、アルティアを体で受け止める。


「ぐ、」


 勢いがあっあので、ぼくまで地面に倒れてしまう。


 背中が地面に叩きつけられたが、問題ない。

 ぼくは魔族だ。人間の数倍も丈夫な体を持っているから。


 アルティアは、ぼくの胸の中で震えていた。


 泣いているのか、屈辱からか……

 そう思って顔を覗き込むと、その目は大きく見開かれていた。涙は出ていない。

 と、ポロポロと、その大きな青い目から涙の粒がこぼれ落ちる。


「ふっ、う、ぅう」


「アルティア様、どこか痛みますか?」


 ぼくが聞くも、アルティアは頭を振るだけだ。


 マリアベルめ。


 マリアベルを見ると、まだルルとじゃれ合っている。

 時折こちらに哀れむような視線を送りながら。そのゆがめられた表情が、成熟した大人のように見えて。ぼくは薄ら寒さを感じた。


「ジェシー、ジェシー」


 アルティアがぼくにすがりついてくる。

 乗馬服のシャツが強く握られていた。


 ぼくのせいだ。

 ぼくなら、マリアベルのチャームの可能性に気づけたのに。アルティアの大事なものにむざむざ近づけてしまった。


 アルティアを支えて立ち上がる。


「ジェシーさん、私が代わりましょう」


 ミハエルがアルティアの手を引こうとするので、ぼくはアルティアを抱き寄せる。


「結構です。ぼくが屋敷に連れ帰ります」


「それは従者である私の役目です」


「アルティア様はぼくをお望みです」


「なんだと?」


「申し訳ありませんが、マリアベル様のことをよろしくお願いします。マリアベル様はワイバーンの扱いにまだ慣れておりません。騎乗経験の少ないぼくがこの場に残るより、経験豊富なミハエルさんにお願いしたいのです。ミハエルさんは、ワイバーンの騎乗がお得意なのでしょう?」


 さっき自分で自慢してたもんね。


「………」


 ミハエルの無言を了承ととって、ぼくはアルティアを屋敷へと連れ帰っていった。


 アルティアはお部屋に着くと、よほどショックだったようで、ベッドに潜ってしまった。


 しばらく側についていると、やがて静かな寝息が聞こえてくる。


 彼女の頬には涙の跡が幾重にもかかっていた。


 その目元、今にもこぼれそうな涙のしずくを指で拭うと、ぼくはそっと部屋を出た。



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