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第22話 王子を迎える準備


パーティーは終わり、アルティアがゆったりと紅茶を飲んでいる横で、ぼくとサラは食事を片付ける。


そこそこ豪華な食事とケーキは、ぼくにアルティアとサラからのメッセージカードを渡してくれた調理師のディックが用意してくれたものだった。

カードを渡してくれた時のつれない態度は照れ隠しだったのだと知って、ちょっと笑った。


サラからは、jと飾り文字の刺繍が施されたハンカチを3枚もらった。


「部屋の用意まで、大変だったでしょう?サラ」


「私は材料を用意しただけよ。計画も、飾り付けも、ほとんどお嬢様よ」


「それでも、ありがとう」


「どういたしまして」


「サラの誕生日、レシド先生にそれとなく伝えておくからね!」


「ッ!?! お、お願い……します……」


サラは真っ赤になりながらも、にへらと幸せそうに笑う。


からかったつもりだったんだけど。

慌ててくれないと、面白くないな。


あれからサラとレシド先生には何か進展があったのかもしれない。

手紙のやり取りもしてるみたいだし。



そういえば、セーロンから言伝を預かってるんだった。


アルティア様、と呼びかけると、彼女が柔らかく笑んだ。

プレゼントの一件で感じた後ろめたさから、ぼくはぎこちなく彼女の口元へ視線をずらす。


「2週間後にハロルド王子殿下が来られるそうですよ」


「ああ、そう」


アルティアは気のない返事だ。

この反応は、彼女が公爵やマリアベルに向けるものと似ていた。

つまり、気を許していない相手へのもの。

王子殿下とは、あまり仲良くないのだろうか。


「ドレスの新調のために、明日の午後、ママ・シュリがいらっしゃいます」


「また新調するの? つい先日もしたばかりだわ。ドレスはあるからと断って」


「良いのですか?」


「そんなお金があるなら孤児院の一つでも建てればいいわ」


アルティアは飄々(ひょうひょう)と言う。


彼女は普段、あまり着飾りたがらない。

豪華なイヤリングやネックレスをしているところを見たのも、ぼくが拾われたあの日だけだ。


豪奢な金髪や美しい顔立ちのせいで派手に見られがちだが、実際は違う。

彼女はキレイなドレスより、動きやすいワンピースや乗馬服を好むのだ。

そんなシンプルな格好をしていても、豊かな金髪と神秘的な青い目が、どんな宝石よりもアルティアを華やかに魅せる。


「そうだわ、せっかくママ・シュリが来るのなら、ジェシーの従者服を新調してもらいましょう」


「えっ、ぼくはいいです。この従者服がありますから」


「だめよ、あなた最近また背が伸びたもの。袖のところ、少し足りないでしょう? 従者にちゃんとした格好をさせないと、主人の品格が疑わるのよ。黙って作らせなさい」


「……ありがとうございます」


これ以上ぼくに良くしないでくれ、と思うのに。

けれど主人の品格が、なんて言われたら頷くしかない。


「あとね……」


こそこそとアルティアが耳打ちしてくる。


(「サラのデート服も作ってあげたいの。もちろん、レシド先生とのよ。サラももうすぐ誕生日だから」)


「それはいいですね」


「ママ・シュリに手紙を出すわ。急ぎで届けてね」


「かしこまりました」


アルティアは鼻歌まじりに便箋を選び出す。小さな秘密にはしゃぐ彼女を微笑ましく見ながら、ぼくはその横でペンとインクの準備をする。

アルティアが、こんな顔を公爵にも向けることができたらいいのに。そうすれば、公爵も彼女の可愛らしさに気がつける。と、公爵の眉根を寄せた厳しい顔を思い浮かべながら思う。アルティアが自分の娘で恥ずかしいとのたまった公爵にふつふつと怒りがこみ上げる。アルティアが公爵に素の表情を見せることができないのは、公爵の態度に問題がある。

公爵はどこか、アルティアを他人と見ている節がある。どうして実の娘を憎しみを込めたような目で見ることができるのか。


ここでは幸せな家族生活を送れなかったアルティアも、王家に嫁いだ暁には幸せな結婚生活を送ることができればいいと思っていた。

だけど、件の王子がセーロンの言うような人物だったとしたら、少し不安だ。

『聖女』という肩書は、信仰の象徴として民意を集めやすく、王家にとってもオイシイ存在だろう。

もしアルティアが『聖女』になれば、王家はいよいよ彼女を囲い込んで離さない。都合のいい道具として、政務に軍部にと使われるに決まっている。

そんなことで、愛のある結婚、幸せな生活なんて望めるのだろうか。

もっとも、貴族に産まれた時点で、そんな事を望む自由もないのかもしれないが。

それでも、夫となる男がしっかりとアルティアを護ってさえくれれば───


………王子殿下が、少しはマシな人物であることを祈る。


ため息をひとつ吐いて、続ける。


「王子殿下をもてなす紅茶と茶菓子も選ぶようにとのことですが」


「ああ、そうだったわね。リューン商会を呼んでちょうだい。東方の茶葉と茶菓子をいくつか用意してと伝えて」


「東方……というと、アズマノ国ですか?」


頭の中で世界地図を追う。

アズマノ国というと、東の果にある島国だったはず。

つい数年前まで鎖国体制をしいていたがために、独特の文化と思想を持つと聞く。


「ええ、緑茶というお茶が香り高くて美味しいらしいの。この前のお茶会で、レジーナ様……、キースウッド伯爵令嬢がおっしゃっていたの。今回はその線でいこうと思って」


「なるほど。かしこまりました、伝えておきます」


「お願いね。……よし、書けた。これもお願い」


ママ・シュリ宛の手紙を受け取る。

封筒に(ろう)を垂らして封をするのはぼくの役目だ。





翌日、ママ・シュリはアシスタントを数名連れて、色とりどりのたくさんの生地を抱えてやってきた。


そして、何やらアルティアと楽しそに話しているなと思っているうちに、ぼくの従者服が5着に増えた。茶会用、パーティー用など、その用途ごとに合わせて少しずつデザインが違う。


パーティー用の従者服に、アルティアがフリルをふんだんにつけてなどと注文するから、それだけは断固拒否した。

首のあたりまでフリルたっぷりなんて、ピエロみたいで不格好だし。


ママ・シュリは、ぼくが女の子みたいに可愛いからフリルたっぷりでも大丈夫だと謎の理論で説得してきたけれど、そんな理由で納得するわけがない。第一、ぼくはもう13歳で、男の子とか女の子とか言われるような歳じゃない。アルティアたちは、ぼくが8()()()()()()だと信じているけれど。似合うからって──認めたくないけど──フリルを着るのはぼくの矜持が許さない。

そういうわけで、アルティアを始めとする女性陣からの批判はすべてバッサリと切り捨てた。



その日の午後。


アルティアが召喚したリューン商会は、サンロード公爵家お抱えの商会らしく、その付き合いも古いと聞いた。

それだけに、アルティアとは小さい頃から何度も顔を合わせているらしく、まさに阿吽の呼吸といった具合で、もてなし用の品々が速やかに決定されていった。

東方アズマノ国のお茶や、お菓子、会場を飾る花といった品々だ。



一応、ノアにも王子殿下のことを伝えておく。


どうやらセーロンとの会話を影の中で聞いていたみたいで、


「ああ、わがまま馬鹿王子ですね。何か仕出かしてきたら瞬殺しますのでご安心くださいませ」


などと物騒なことを笑顔で言ってきたので、とりあえず今のところはやめといて、と頼んでおいた。


そう、いまのところはね。



こうして、王子殿下を迎えるための準備が着々と進んでいき、ついにその日がやってくる。



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