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暗黒騎士と鏡の剣  作者: 十奏七音
ミラーソードと夏殺し
98/502

98. 亡国の聖霊

 続く第三層、第四層、第五層とよくもまあ作ったものだと思ったね。

 第三層は楽だった。水が引いた第二層の底から次の部屋に進んだら一面の火炎地獄で、俺が火炎耐性を配って抜けるだけで済んだ。エピスタタからの射撃は三回あったが、父は召喚術で空間を歪曲させて俺達を守ってくれた。相当な地下まで歩かされはしたがな。


 第四層は鋭い風が渦巻いているのが鬱陶しかったが、アステールが魔力解体(ディスペリング)魔力循環(サーキュレイション)の複合技で解除してくれた。矢返しと矢避けを貫通されるんだ、どうせ移動中に矢が来るのは解っていたから第四層では俺が父に倣って召喚術を行使して防いだ。第四層での射撃は四回来た。喰らっていたら死んだと思う。


 第二層が水、第三層が火、第四層が風と来ていたので当然のように第五層は地だった。第四層を出た俺達の眼前には岩盤しかなかったが、よく見てみると所々に出っ張りがあり上方への登攀(とうはん)を促しているのだと解った。


「ネタはもう解ってるな?」

「大人しく登攀(とうはん)してあげる必要はないね。どうしようか」


 理力術で飛翔と言うのは悪手だと思われた。一直線に飛んでいる最中にエピスタタに五回も射撃されたら俺は七回か八回は死ねる。第五層まで来る間に俺は殺意しか感じなかった。

 結局、俺は変成術で岩盤の形を好き勝手に変えながら俺達を上まで送り届けさせた。岩盤は相当な高さがあったが、エピスタタは更に上方から射撃を実行してくれていたようでついぞ俺達の術の射程内に入る事はなかった。操作した岩盤に守らせて矢は防いだ。俺の変成術師としての技量は最上級よりも更に上だ。エピスタタの矢がどれほど鋭かろうとも、俺が創造した超硬質の厚い覆いを貫く事はなかった。魔力は相応に使ったがね。……後から思い返せば、エピスタタは俺の魔力を浪費させると言う目的は充分に達していた。




「扉を開けてくれるか、アステール」


 第五層の天辺までやって来た俺達を出迎えたのは何の変哲もない両開きの扉だった。鍵は付いていない。開けたら矢の数発は飛んで来ると考えていたが、アステールは剣山にも矢襖にもならなかった。俺の外見よりも多少老けて見える程度のアガソニアンの男が弓を持って立っているのは、広間のそれほど奥ではない。


「夏殺しの継承儀式、罠の小迷宮と四大元素の試練は如何だったかなスタウロス公」

「子孫に課すものとしては過酷に過ぎるとは感じた」

「歴代の夏殺しは全員が試練を突破し前当主を超克した者だ」


 侯爵と公爵の挨拶にしては剣呑な会話を聞きながら、俺は床にへたり込んでいた。エピスタタが待っていた部屋には精霊のようなものがいた。薄く透けた女のような存在だった。鏡の剣が父の理力術で俺の腰から飛び出し、立ち塞がるように舞った。


「精霊を破壊せよ!」


 恐怖症の発作で声を出せず行動不能の俺に代わって母が鏡の剣から命じ、アステールが十字双剣を抜き放ち突撃した所までは見ていた。


「中立にして中庸なる烙印よ、僕の子を護れ!」


 父の声を受けて俺の両肩にある灰色の烙印が輝きを放ち、大きな翼状の実体と化して俺の視界を覆った。恐慌が俺に行動を許してはくれなかったが、護られている実感はあった。


「諸君の望みが小生の全知であるならば止め給え、スタウロス公」


 発作が止まる気配がなく、俺はアステールが攻撃を停止したと悟った。聖霊サナトゥスとして復活した亡者だと言うエピスタタの声は余裕ありげで、俺達に攻撃停止を提案しながらもエピスタタ自身は攻撃して来た。アステールの短い苦鳴が聞こえ、俺との接触がなくなった。矢を何本番えたのかは知らないが、エピスタタのただ一射によって分体は殺された。


「……殺していいね」

「消すべきだな」


 父と母の意思が揃って殺気立つ。夏殺しは異常個体だ。定命の者が死んで聖霊になっただけの存在ではないと悟らせる異様さに満ちていた。そこまでが俺が死ぬ前までに考えていた事で、鏡から魔術が放たれるよりも以前に俺の脳は眼から溶岩めいて燃える矢で貫かれていたと知ったのは死んだ後の話だった。

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