92. 戦術級精霊術
ティリンス外征開始から三日目の早朝、俺は子分として創造した夏喰らいどもの戦果を視察しにパラクレートス線へやって来た。連れている分体はアステールだ。母は理力術を扱えないので飛び回る必要がある広域視察には向かないし、ダラルロートは幻影を立体的に扱う必要があり幻術の難易度が飛躍的に上がる空中戦の困難さが神経に障るのかアステールの同伴を推して来た。
「俺の子分どもは優秀だろう、アステール」
「……夏の権能が後退はしておるの」
夏の権能の影響範囲が近いと恐ろしく不機嫌なアステールが剣呑に言って来る。パラカレから近いパラクレートス線の周囲は夏喰らいの群れが一掃したようで密林はなくなり、黒い泥とかつて存在した建築物の残骸が地上に残るばかりだ。問題はパラクレートス線は東西へと長大に伸びており、夏喰らいの群れに東と西と南のどちらへ浸透したものか指示してやらねば効率的には動きそうにない。
「あの子達は頑張ってはいるようなんだけどね」
鏡の中から父の声がする。
「アステール、気付いている? パラクレートス線、東の方で切れちゃってるよ」
「なんじゃと!?」
アステールが怒鳴り、初日は密林に埋もれていた石壁へと急降下して行った。俺は父にものを訊ねる。
「俺には解らんのだが……。占術ではないのか?」
「ミラーは邪視でパラクレートス線を覗いて御覧」
言われて遠い石壁に対して変成術で視力を強化し、更に邪視も凝らしてみると父の言った意味が解った。石壁の中を走る血管のようなものが俺の目にも視えるぞ。壁の中を走る線だから魔力の導線とでも言った方がよいのか。西側からは回路が繋がっているようだが、なるほど東側の反応がおかしい。
「夏喰らいよ、餌を東側へ探しに行け! 生肉には攻撃されない限り手を出すな!」
魔素で鞭打つようにして散らばっていた夏喰らいどもに命じ、パラクレートス線に沿って東側を目指すよう号令してやる。鞭打つついでに新たな活力となる俺の魔力も染み込ませてやる。気分は羊飼いだ。何分スライムの事ゆえ足は遅いが、夏喰らいの勤労意欲の高さは褒めてやってもよいと思う。密林を貪り喰らいながら切り株一つ残さず進行し、ティリンス地方の大地に黒い泥を塗り広げて行く。
「ミラーソード!」
「どうだった、アステール。鏡は大魔術師ではある。魔術に関してはそれほど間違った事は言わんはずだ」
「もっと褒めてくれていいのよ、ミラー」
下方から飛んで戻って来たアステールの機嫌はますます悪化していた。俺達のじゃれ合いなど聞く耳持たない様子で叫ぶ。
「魔力反応からすると東側のパラクレートス線が一部ならず破壊されておるはずじゃ! エムブレポ兵がおるであろう、始末する!」
それだけ叫ぶと速度を上げて飛翔して行ってしまった。アステールの戦意の高さには驚かされるが、スライムの足の遅さには多少の配慮が欲しい所だ。どうしたものかと思っていると母の声がする。母にしては珍しく穏当な提案だった。
「よいのではないか。アステールが苦戦するとは思えぬし、そなたの苦手なものがいるかも知れぬであろう? 斥候と思い、少々ゆるりと追うがいい」
「そうするかな。夏喰らいどもの尻も叩いてやらないとならん」
少々ゆるりと、と言う感覚は俺には掴み難かったが夏喰らいを追い立てつつ飛んだ。アステールは魔力を大幅に消費して一気に加速したようで追い着く気配がない。大丈夫かね、と思っているとアステールとの接続から元素術を立て続けに行使する感触が伝わって来た。
「随分と大技を連打してる感じだね」
「術なり血が不足すればアステールも命を喰えばよいのだ。敗北するとは思わぬ」
父も母もアステールが負けるとは微塵も思っていないようだが、俺はあのアステールが命を喰おうとするかなと言う疑問があった。正しく善なる神々の中に吸血やら吸精を行う魔性を迫害する手合いもいるのだそうだ。アガシアがどうなのかは知らんが、善なる者の多くは好かん異能らしい。俺は少しばかり飛行速度を速め、アステールとの距離を詰めようとした。
どれほど東側へ向かって飛んだだろうか。大規模な攻撃魔術の爆音が響き渡り、溶岩で焼かれたように炎上する密林が見えて来た。パラクレートス線に噛み付くような異物、アステールが戦っているものは何だ? 遠目には岩山めいた大きさで、岩肌から無数に開いた孔から黒曜石のような艶のある堅そうな触手めいた腕を大量に生やしている。
「良かったね、ミラー。実体がある精霊なら君も卒倒はすまい」
「戦術級の大地精だな。神君の余興で殴り潰した事がある」
エムプレポ兵の精霊徒が使役する精霊とやらだろうか。敵兵が見当たらないのはどこにいるのだろう? 疑問に思っていると母の声がした。
「ミラー、腕に見えている一本ずつが下位の精霊徒だ。中位の精霊徒は頑強な甲羅の内側から延々と治癒を施す事で、大地精を支配している上位の精霊徒を支援している。アステールには少々辛いかもしれぬ」
「手を出さなければアステールが負けると?」
「アステールは元素術と斬撃が主体だ。相性がよくない。あれは殴り飛ばし、衝撃によって中に潜む精霊徒を殺した方が処理は早いのだ」
説明を受ける間にもアステールは元素の上級か最上級術と思しき魔術を連発し、雷やら炎で腕を刈り取っている。攻略法は理解しているらしく腕は再生が追い着かない様子で死んで行く。だがアステールは命を喰って術と血を回復させようとはしていないし、自身の負傷にもあまり構っていないようだ。
「よくはねえな」
要するに殻が見た目通りに堅い上、内部に治癒要員がいる訳だな。ミラーソードらしく処理するなら毒だろう。飛翔して接近し、アステールへ治癒術と多少の強化を投じながら変成術を大地精の外殻へ叩き込む。岩など腐らせてやればよい。腐敗は連鎖し、精霊に潜んでいると言う精霊徒らしきエムブレポ兵が幾つか岩山の中に視認できた。特徴的な多眼の者が俺を見た気はしたが、構わず叫ぶ。
「やれ、アステール!」
「応! ハーッ!!」
意図は伝わったらしい。アステールが手にした双剣を掲げて気合と共に雷撃を発生させ、内部へと叩き込んだ。着弾した雷撃は蒼く輝きながら帯電し、腐敗と共に内部へ侵入した。大地精から生えていた腕がびくびくと震えたかと思えば動かなくなり、岩山全体の損傷が修復する様子もない。更に強毒の雨やら生物にはよろしくない効力を示す汁を降らせて追撃してやる。精霊徒を喰ってみたい気持ちもあるが、どいつが俺の恐怖症を刺激してくれるか解らないので一方的に殺せるなら殺すに限る。
「悪くはない。そなたの毒は奴らの外殻を溶かせるのだな」
「効かなかった経験はまだないな」
母には褒めて貰えたようだ。他にもエムブレポ兵や精霊がいないかと燃え盛る密林の広範囲に対して探査を行ったが、俺達が到達した時点で生きていたのは岩山のような大地精だけだったようだ。
俺が精霊徒の操る戦術級精霊術を経験したのは初めてだったが、リンミニア兵では対処できる気がしない。なるほど、イクタス・バーナバが戦に強いと言われる訳だ。あんなもんを盾や槌代わりにして街壁に突っ込み、突入部隊を送り込まれたら容易に都市を陥落させられそうだ。
「ミラーソード、可能ならパラクレートス線を復旧させねばならん。手を貸せ」
「いいぜ、貴様への借りはなるべく減らして貸しを作りたいんでな」
パラクレートス線の障害箇所は寸断されている。アステールは大地精の残骸と火災の始末には関心がないようで、途切れたパラクレートス線を調べ始めた。




