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虚構家族  作者: はんどろん
高校生期
8/8

08.

 男難の相でも出ているのかもしれない。

 その筆頭は勿論アデルだ。彼との出会いから、まずわたしの運命が狂わされた。

 そして、次に小崎。彼との出会いで「ん?」となった。けれど思い返してみれば、彼らだけではなかった。

 わたしは昔からまともな男というものを余り目にしたことはない。小さい頃から知る母の友人の男性達は、どうやったらそんなに揃うんだと問い詰めたいほどの曲者揃いだし、物心ついた頃に保育所でやたら懐いてきた男の子はひたすら虫を潰すことに生きがいを感じる、行く末が少々怖ろしい子だった。小学生の頃はちょっと気になる格好良い男の子がいたけれど、学校の帰り道、二人で歩いている時に遭遇した痴漢のおじさんに恐怖を感じたのか、わたしを置いて真っ先に一人で逃げたことに心の底から幻滅した。その幻滅具合と言ったら半端のないものだったので、中学生になった頃にはかなり冷めた目で男子を見る様になっていて、男子みんなが馬鹿に見えた。そして、満を持したかの様にアデルの登場である。全く、タイミングを見計らってやってきたとしか思えない。

 彼氏が欲しいと渇望したこともないけれど、興味が全くない訳ではない。わたしにだって人気の芸能人を見れば格好良いと思うことや、街中ですれ違う男の人に目が惹かれることくらいたまにではあるけれどある。ただ好みの範疇が恐らく物凄く狭いので、食指が動くことが滅多にないだけである。一目惚れなんて夢のまた夢の話だ。

 最近では、わたし自身が悪いのかと思う様になってきていた。魅力的な人間のところには魅力的な人間が自然と集まってくるという。だとしたら、まともな男性がわたしの周りに少ないのはわたし自身のせいということになるのだろう。

「千花ちゃん、聞いてる?」

「ちょっと黙っててもらえませんか。過去の自分がしてきたことを現在の状況と照らし合わせている最中なので」

 淡々と言い放つと、小崎は目を円くしてまじまじと見つめてきた。摩訶不思議な生物でも見る様な目線にわたしは睨んで返す。

「何か採算が合わないの」

「……自分の性格はそれなりに良くはないと自覚してるんですが、それにしたって今の状況はつりあいがとれません。生きてて今までそんなに悪いことをした覚えもあまりないですし……どうして小崎さんは今ここにいるんですか」

「え、俺の存在全否定?」

 わざとらしく驚いた顔をしながら小崎は言った。

 出会ったばかりの頃から軽そうな男だとは思っていたが、今やその軽さは風が吹けば吹き飛ぶほどのものになっている。時折そのまま風に飛ばされていなくなってしまえば良いと思う。

 小崎と偶然外で会ったのは、もう数えるのも面倒なほどだ。近所の道で、スーパーで、ご近所とは言え気持ち悪いくらいの確率で出会っている。今日もカフェ付近でばったり会った。もしかしたら何かに憑かれているんじゃないだろうか。だとしたら、相当性の悪い悪霊だ。

「小崎さんだけじゃなくてアデルもです」

 言うと、小崎は興味深げに瞳を動かした。分かりやすい。

 最近わたしは小崎相手にアデルの愚痴を零す様になっている。彼があまりにアデルに興味を向けるのと、アデルの愚痴を言うことができる相手が萱子か彼かの二択しかないからだ。萱子は或る程度までは愚痴を聞いてくれるが、しつこいのは嫌いな性である。あまりぐちぐちしすぎると話題を変える。なのでわたしは何年も積もり、未だ毎日溜まる鬱憤を床屋の穴ならぬ小崎にぶつける様になった。

「世間一般の女子から見るとアデルみたいな弟がいるって、すごい羨むことだと思うよ。アデルすごいモテるし、あの容姿であの性格、理想の王子様じゃん?」

「理想の王子様なんて世の中には存在しないと思います」

 存在しないというのが持論なので、アデルがひたすら怪しい存在に見える。けど、よく考えたらアデルは真偽の程は定かではないけれど、異世界人だし、異世界人というよりもスペックを見てれば宇宙人にも見えてくるレベルなので、もしかしたらありえるのかもしれない。けれどそんな存在はわたしの許容範囲を超えている。そうだ、これに尽きる。アデルはわたしの許容範囲を超越する存在なのだ。

 小崎は「千花ちゃんはクールだねえ」といつもの様に言うと、近場の花壇のふちに腰掛けた。そしてボディバッグからおもむろに小さなミネラルウォーターのボトルを取り出した。手渡されたそれをわたしはぐびぐびと喉を慣らしながら一気飲みする。小崎はおおお、と声を上げた。

「小崎さんは、どうしてアデルが好きなんですか?」

 訊くと、小崎は時折浮かべる、悪戯に成功した子供の様な笑顔になった。

「だって、おもしろいじゃん」

 何に掛かる「おもしろい」なのか、小崎は口にしない。ただいつもおもしろいと言う。まあ、何がとは訊くまい。同性愛者に頭の中では或る程度の理解はあるけれど、それが実際目の前で、家族の関わるところでとなるとまた別の話である。わたしは気が短い方だし、心も狭い。苦手なものを好きになろうと努力する前に、できれば丸投げして逃げてしまいたいタイプだ。普段は避けて通るタイプの人間が今周囲に増えつつある事実は、明らかにわたしの精神をごりごりと削ってくれている。増えつつあるというのは、このままアデルの知り合いと出会っていったら、わたしのか弱い精神の糸はそのうちきっとブチ切れてしまうだろう。

「千花ちゃんこそさ、どうしてアデルが嫌なの」

 毎度この言葉を皮切りに、わたしの愚痴大会は始まるわけである。

 胡散臭いから始まり、胡散臭いで終わるわたしの話を小崎はいつもレンズの下の目を細めてにやにやと笑いながら聴く。いつもわたしの愚痴に対して口出しはせず、上手い具合に相づちを入れてくれるのだ。けれど、今日は違う様だった。

「千花ちゃんがさ、アデルをそれだけ胡散臭く感じるのは、アデルのことをあんまり知らないからじゃない?」

 いつもふざけた様子の小崎の口から確信を突く言葉が飛び出して、わたしは思わず口を噤んだ。

 そうなのだ。そんなことは分かっている。アデルは自分のことをやたら主張するタイプではないし、わたしに気を使っているのかなんのか、自分の考えや思いを言葉にすることも態度に出す事もあまりない。そしてわたしは、彼のことを知ることを避け続けている。

「人ん家のことに口出しするのはあんまり好きじゃないんだけどさ、千花ちゃんは仮にも弟のアデルのことをどうしてそこまで避けるの?」

「……まともなこと言うんですね」

「俺だって、まあたまにはね」

 いつもの調子で笑いながら言われて、わたしはため息を吐いた。

「例えば、のはなしですけど」

「うん」

「やむ得ない状況で急に家族になったアデルは、ある事情でわたしに本音を話せないとして」

 うんうん、と小崎は頷く。

「わたしはアデルの存在を目に入れるだけでその事情をどうしても思い出してしまうんで、できれば関わりたくないと思ってます」

「……なんか、思ってたよりも重傷っぽいね」

「やっぱり、悪いのはわたしですよねえ」

「千花ちゃんって意外と自虐的なんだ。その事情を俺は知らないからなんとも言えないけど、二人の間に結構深い溝があることはなんとなく解った」

 それを今頃理解するなんて、小崎は今までわたしの話を右から左に聞き流していたということだろうか。まあそれでも良いかと彼を床屋の穴に見立てて愚痴を投げかけ続けたのはわたしだけれど、少し複雑ではある。

 自虐的と彼は言ったけれど、やっぱりどう考えても状況を変えることができるわたしが変えようとしないのは悪いことだとは思う。今までずっと母のせいにしてきていたけれど、今の状況に苛立ちながらそれを変えようとしていないのはわたし自身だ。自分の感情自体に板挟みになって動けないでいる。全く勇気も根性も思いきりもないしみったれなのである。

「そろそろ、少しは何かを変えたいとは思ってるんです。けどわたし、自分で思ってた以上にプライドが高いみたいで……今まで貫いてきた態度を崩しにくいというか、感情がそれを邪魔するというか」

「プライド高いって割には素直だねえ」

「素直じゃないから今の状況になってるんですが」

「やっぱクールだ」

 思いっきり睨むと、小崎は目を伏せて苦笑した。

「変えたいって、その気持ちがあるんなら変えれるんじゃないかな。まあ、その気持ちが扱いの難しいものなんだろうけど……血が繋がってなくて生まれるしがらみってのもあるんだねえ」

 本当に他人事の言葉だ。彼は何の事情も知らない。そしてそれはわたしもだ。小崎には妹がいると聞いたことがあるけれど、彼と妹の間にも何か人には言えない事情やしがらみがあるのだろうか。けれど彼の場合はどんなしがらみでも気にせずに、妹に接しているのではないだろうか。あくまで短い付き合いの中からの予測だけれど。

 わたしもぐちぐちと考えずにもう少しだけ適当に色んなしがらみから目を逸らして、宇宙人みたいなアデルと人間同士として接してみた方が良いのだろう。すぐには無理かもしれないけれど。女は度胸である。

「……道のりは長いです」

「長いと思ってたら案外近かったりするかもだよ。まあ、そう焦らずに」

 至極まともな人間の様なことを言う小崎をわたしはまじまじと見つめた。正直、今まで面倒くさい人間からはじまりサウンドバックの様な扱いをしていたけれど、この人は大学生で、わたしから見れば随分と大人だった。そこでようやく、彼に対して一つの疑問が湧く。

「アデルが、小崎さんは女好きだとか言ってましたけど」

 絶世の美女に引けをとらないアデルが、彼を普通の道から横道へと誘導してしまったのだろうか。

 小崎は目を円くして呆気にとられた様な顔をしたあと、にやりと笑った。

「千花ちゃんには、そういう意味では全く食指が動かないから大丈夫だよ」

 もの凄く失礼なことをもの凄くいやらしい笑顔で言う男を汚物を見る様に見て、わたしは立ち上がると荷物を持ち上げた。

 家に帰って早くご飯を作らなければ。こんなところで油を売っていて良い時間は終わった。可愛い弟がお腹を空かせて待っている。

 ご飯を食べる時、アデルに好きな食べ物を訊いてみるのも良いかもしれない。彼はなんでも美味しそうに食べるけれど、わたしは彼の好みや苦手な食べ物さえ実はよく知らないのだ。たまには、彼の好みにそってご飯を作っても良いかもしれない。それはわたしにとって決して無理なことではない。わたしはご飯を作ることが好きなのだし、むしろわたしが家のご飯事情を支えているのだから、それを食べる人の好みを訊くのは道理というものだ。


 食事中、弟を交えた会話の流れで何気なく好きな食べ物を訊くと、アデルは大きな目をさらに大きく見開いたあと、やたら瞬きをした。いつにないその様子にわたしが眉を顰めると、なぜか少しだけ顔を赤くさせて視線を落として言った。

 どうやら彼は卵焼きとぶり大根が好きで、生魚と納豆が苦手らしい。

 わたしはアデルの好みと共に長年知ることができなかった弱点を手に入れた。申し訳ないけれど、いざという時に使う算段だ。小崎に言った歩み寄りは本心だけれど、わたしだって少しくらい手札は持っておきたいのである。

 とりあえず明日の晩ご飯はぶり大根だ。










 

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